近年細胞周期に関与する因子が次々と同定されるに伴い、細胞周期の制御機構が明らかにされ、これらの因子の異常による細胞周期調節機構の破綻と細胞の腫瘍化との関連性が示されてきた。また急性リンパ性白血病(ALL)を含む様々な悪性腫瘍で共通に欠損することが報告されていた9番染色体短腕9p21領域より、新規癌抑制遺伝子候補p16が同定されたが、これは細胞周期を負に制御する因子としてすでに単離されていたCyclin-dependent-kinase-4-inhibitor(CDK4I)をコードする遺伝子であることが明らかとなった。細胞周期のG1期にCyclin DとCDK4は複合体を形成しRb蛋白をリン酸化する。Rb蛋白のリン酸化によりRb蛋白に結合していたE2Fなどの転写因子が放出され、細胞周期はG1期からS期へと移行する。この経路においてp16はCDK4と結合することによりCyclin DとCDK4の複合体の形成を阻害し、これによりRb蛋白はリン酸化されず細胞周期はG1期に停止することが示されてきた。これらの知見より、p16の欠失により細胞周期の抑制機構に破綻が生じ、細胞周期は回転し細胞増殖へと向かうことが推測された。 実際種々細胞株において高率にp16遺伝子の両アレルの欠失が認められることが報告され、p16がこの領域に存在する癌抑制遺伝子であることが示唆された。そこで私は造血器腫瘍の発症におけるp16遺伝子の変異の関与について検討することを目的に、造血腫瘍細胞を用いてp16遺伝子の変異の有無について検討を行った。 私はまず最初に造血器腫瘍由来細胞株において、このp16遺伝子の欠失の有無についてサザンブロット法を用いて解析を行った。その結果37細胞株中14株(38%)と高率にp16遺伝子の両アレルの欠失を認めた。特にリンパ系腫瘍由来の細胞株で18例中8例(44.8%)と高率に認められた。この結果よりp16遺伝子の欠失が造血器腫瘍においても重要な役割を果たしている可能性が予想されたため、さらに以下の研究を行った。 原発性造血器腫瘍におけるp16遺伝子の欠失について検討を行うため、厚生省日本白血病研究グループの協力により日本国内64の病院及び施設より造血器腫瘍患者由来の461検体が集められ、さらに詳細にp16遺伝子の欠失について解析を行った。9p21領域にはp16遺伝子近傍にp15及びIFN 遺伝子が位置し、後者もALLなどで高率に欠損が認められることが報告されている。そこで9p21領域における最小共通欠損領域を見出すために、410検体についてサザンブロット法を用いてp16,p15及びIFN 遺伝子の欠失の有無を解析した。さらにp16遺伝子の点突然変異を検出するため、74症例についてPCR-SSCP及びシークエンス法による解析をおこなった。 その結果これら3遺伝子のうちp16の欠失が最も高頻度で、410例中59例(急性骨髄性白血病[AML],134例中2例;ALL,105例中41例;慢性リンパ性白血病[CLL],15例中2例;成人T細胞白血病[ATL],14例中5例;非ホジキンリンパ腫[NHL],33例中4例;急性混合型白血病[Mixed AL],8例中3例;慢性骨髄性白血病[CML],61例中2例)に認められた。この59例中16例では遺伝子の欠失はp15遺伝子エクソン2とp16遺伝子エクソン2の間に認められた。PCR-SSCP及びシークエンス法による解析ではp16遺伝子の変異は検出されなかった。また同一患者の初発及び再発時の検体を用いて、p16遺伝子の変異の検討を行ったところ、p16遺伝子が初発時は両アレルまたは片側のアレルで残存しているものの、再発時は両アレルとも欠失している症例が観察された。また染色体9p21領域の変異とp16遺伝子の欠失との相関について検討したところ、9p21領域に変異のある14例中12例にp16遺伝子の欠失を認めた。しかし37例ではp16遺伝子の欠失を認めたが、染色体レベルでは9pに異常を検出されなかった。つまりこれらの症例ではp16遺伝子を含む微少領域での欠損があることが示唆された。 以上の検討により、p16遺伝子の欠失は骨髄系においては稀であるが(219例中2例[1%])リンパ系悪性腫瘍においては約30%(183例中54例)と高率に認められることが明らかになった。さらに近傍のp15及びIFN 遺伝子の欠損についても同時に検討をおこなった結果、欠落の最小領域に含まれる唯一の遺伝子がp16遺伝子であることが判明した。さらにp16遺伝子の不活化は点突然変異より両アレルの欠失により生じるとが示唆された。また病期の進行に伴いp16遺伝子の欠失が認められる症例があることより、p16遺伝子の欠失した細胞はより細胞増殖に有利になる可能性が示唆された。以上よりp16遺伝子の欠失はリンパ系悪性腫瘍に極めて特異的であり、同遺伝子がリンパ系悪性腫瘍の発症ないし進展に極めて重要な役割を果たす遺伝子であることが示唆された。 一方、造血器腫瘍において高率に異常を認めることが報告されているp53及びRbも、細胞周期を負に制御する重要な因子であることが判明してきた。特にRbは上記のように細胞周期のG1期からS期において中心的な役割を果たすことが知られている。p53は、Cyclin D/CDK4及びCyclin A(E)/CDK2複合体と結合しそれらのキナーゼ活性を阻害するp21の発現を調節する転写因子で、間接的にRbのリン酸化を調節することで細胞周期を負に制御する。そこで造血器腫瘍のうち特にリンパ系腫瘍における細胞周期に関連する因子の不活化の関与を検討することを目的に、リンパ系腫瘍患者由来の230検体を用いて、これら細胞周期に関連のある癌抑制遺伝子であるp16,p53およびRb遺伝子の不活化について以下の解析を行い、さらにそれぞれの不活化の相関について検討を行った。 まず上記のp16遺伝子の解析に加え、p53およびRb遺伝子の変異の有無についてもサザンブロット法を用いて解析を行った。Rb遺伝子は巨大な遺伝子であるため、サザンブロット法での異常の検出感度が低く、一方蛋白の解析では不活化の検出感度がより高いことが報告されているので、ウエスタンブロット法を用いてRb蛋白の発現の有無を調べた。さらにp53遺伝子の不活化の機序の多くは点突然変異であることが示されているので、PCR-SSCP法を用いてp53遺伝子の変異をスクリーニングし、シークエンス法で確認した。以上の解析の結果より、p16,p53及びRb遺伝子のうち1つの遺伝子の不活化の有無で層別化し、マンテルーヘンツエル法を用いて残り2遺伝子の不活化の有無の相関について検定を行った。 上記の解析の結果は以下の通りになった。Rb遺伝子の不活化はリンパ系腫瘍91例中27例(ALL28例中10例,ATL10例中5例,CLL21例中5例,前リンパ球性白血病[PLL]4例中0例,NHL23例中4例,Mixed AL5例中3例)、p53遺伝子の不活化は173例中9例(ALL101例中5例,ATL14例中0例,CLL21例中1例,PLL4例中2例,NHL27例中1例,MM1例中0例,Mixed AL5例中0例)に認められた。p16,p53及びRbのすべての遺伝子の不活化が検討できた91例中41例(45.1%)にいずれかの遺伝子の不活化を認めた。また2つの遺伝子の不活化を認めたのは、p16及びRbは91例中4例、p16及びp53は171例中2例、Rb及びp53は91例中1例であった。3遺伝子ともに不活化を認めた症例はなかった。これら遺伝子の不活化の間には、統計上有意な相関関係は認められなかった。 この結果により細胞周期の負の調節因子であるp16,p53及びRbそれぞれの不活化は統計学上独立に起きていることが示唆された。またリンパ系悪性腫瘍においては、p16,p53及びRbいずれかの遺伝子に非常に高頻度に不活化を認めることより、細胞周期に関わるこれら因子の不活化がリンパ系悪性腫瘍の発生、進展において非常に重要な役割を果たしていることが示唆された。 |