学位論文要旨



No 112819
著者(漢字) 半下石,明
著者(英字)
著者(カナ) ハンガイシ,アキラ
標題(和) 造血器腫瘍における細胞周期関連癌抑制遺伝子(p16,p15,p53及びRb)の不活性化についての検討
標題(洋) Analysis for Inactivation of the Tumor Suppressor Genes Involved in Negative Regulation of the Cell Cycle,p16INK4A/CDKN2,p15INK4B,p53,and Rb Genes in Hematopoietic Malignancies.
報告番号 112819
報告番号 甲12819
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1189号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 澁谷,正史
 東京大学 助教授 北村,聖
 東京大学 講師 林,泰秀
 東京大学 講師 東原,正明
内容要旨

 近年細胞周期に関与する因子が次々と同定されるに伴い、細胞周期の制御機構が明らかにされ、これらの因子の異常による細胞周期調節機構の破綻と細胞の腫瘍化との関連性が示されてきた。また急性リンパ性白血病(ALL)を含む様々な悪性腫瘍で共通に欠損することが報告されていた9番染色体短腕9p21領域より、新規癌抑制遺伝子候補p16が同定されたが、これは細胞周期を負に制御する因子としてすでに単離されていたCyclin-dependent-kinase-4-inhibitor(CDK4I)をコードする遺伝子であることが明らかとなった。細胞周期のG1期にCyclin DとCDK4は複合体を形成しRb蛋白をリン酸化する。Rb蛋白のリン酸化によりRb蛋白に結合していたE2Fなどの転写因子が放出され、細胞周期はG1期からS期へと移行する。この経路においてp16はCDK4と結合することによりCyclin DとCDK4の複合体の形成を阻害し、これによりRb蛋白はリン酸化されず細胞周期はG1期に停止することが示されてきた。これらの知見より、p16の欠失により細胞周期の抑制機構に破綻が生じ、細胞周期は回転し細胞増殖へと向かうことが推測された。

 実際種々細胞株において高率にp16遺伝子の両アレルの欠失が認められることが報告され、p16がこの領域に存在する癌抑制遺伝子であることが示唆された。そこで私は造血器腫瘍の発症におけるp16遺伝子の変異の関与について検討することを目的に、造血腫瘍細胞を用いてp16遺伝子の変異の有無について検討を行った。

 私はまず最初に造血器腫瘍由来細胞株において、このp16遺伝子の欠失の有無についてサザンブロット法を用いて解析を行った。その結果37細胞株中14株(38%)と高率にp16遺伝子の両アレルの欠失を認めた。特にリンパ系腫瘍由来の細胞株で18例中8例(44.8%)と高率に認められた。この結果よりp16遺伝子の欠失が造血器腫瘍においても重要な役割を果たしている可能性が予想されたため、さらに以下の研究を行った。

 原発性造血器腫瘍におけるp16遺伝子の欠失について検討を行うため、厚生省日本白血病研究グループの協力により日本国内64の病院及び施設より造血器腫瘍患者由来の461検体が集められ、さらに詳細にp16遺伝子の欠失について解析を行った。9p21領域にはp16遺伝子近傍にp15及びIFN遺伝子が位置し、後者もALLなどで高率に欠損が認められることが報告されている。そこで9p21領域における最小共通欠損領域を見出すために、410検体についてサザンブロット法を用いてp16,p15及びIFN遺伝子の欠失の有無を解析した。さらにp16遺伝子の点突然変異を検出するため、74症例についてPCR-SSCP及びシークエンス法による解析をおこなった。

 その結果これら3遺伝子のうちp16の欠失が最も高頻度で、410例中59例(急性骨髄性白血病[AML],134例中2例;ALL,105例中41例;慢性リンパ性白血病[CLL],15例中2例;成人T細胞白血病[ATL],14例中5例;非ホジキンリンパ腫[NHL],33例中4例;急性混合型白血病[Mixed AL],8例中3例;慢性骨髄性白血病[CML],61例中2例)に認められた。この59例中16例では遺伝子の欠失はp15遺伝子エクソン2とp16遺伝子エクソン2の間に認められた。PCR-SSCP及びシークエンス法による解析ではp16遺伝子の変異は検出されなかった。また同一患者の初発及び再発時の検体を用いて、p16遺伝子の変異の検討を行ったところ、p16遺伝子が初発時は両アレルまたは片側のアレルで残存しているものの、再発時は両アレルとも欠失している症例が観察された。また染色体9p21領域の変異とp16遺伝子の欠失との相関について検討したところ、9p21領域に変異のある14例中12例にp16遺伝子の欠失を認めた。しかし37例ではp16遺伝子の欠失を認めたが、染色体レベルでは9pに異常を検出されなかった。つまりこれらの症例ではp16遺伝子を含む微少領域での欠損があることが示唆された。

 以上の検討により、p16遺伝子の欠失は骨髄系においては稀であるが(219例中2例[1%])リンパ系悪性腫瘍においては約30%(183例中54例)と高率に認められることが明らかになった。さらに近傍のp15及びIFN遺伝子の欠損についても同時に検討をおこなった結果、欠落の最小領域に含まれる唯一の遺伝子がp16遺伝子であることが判明した。さらにp16遺伝子の不活化は点突然変異より両アレルの欠失により生じるとが示唆された。また病期の進行に伴いp16遺伝子の欠失が認められる症例があることより、p16遺伝子の欠失した細胞はより細胞増殖に有利になる可能性が示唆された。以上よりp16遺伝子の欠失はリンパ系悪性腫瘍に極めて特異的であり、同遺伝子がリンパ系悪性腫瘍の発症ないし進展に極めて重要な役割を果たす遺伝子であることが示唆された。

 一方、造血器腫瘍において高率に異常を認めることが報告されているp53及びRbも、細胞周期を負に制御する重要な因子であることが判明してきた。特にRbは上記のように細胞周期のG1期からS期において中心的な役割を果たすことが知られている。p53は、Cyclin D/CDK4及びCyclin A(E)/CDK2複合体と結合しそれらのキナーゼ活性を阻害するp21の発現を調節する転写因子で、間接的にRbのリン酸化を調節することで細胞周期を負に制御する。そこで造血器腫瘍のうち特にリンパ系腫瘍における細胞周期に関連する因子の不活化の関与を検討することを目的に、リンパ系腫瘍患者由来の230検体を用いて、これら細胞周期に関連のある癌抑制遺伝子であるp16,p53およびRb遺伝子の不活化について以下の解析を行い、さらにそれぞれの不活化の相関について検討を行った。

 まず上記のp16遺伝子の解析に加え、p53およびRb遺伝子の変異の有無についてもサザンブロット法を用いて解析を行った。Rb遺伝子は巨大な遺伝子であるため、サザンブロット法での異常の検出感度が低く、一方蛋白の解析では不活化の検出感度がより高いことが報告されているので、ウエスタンブロット法を用いてRb蛋白の発現の有無を調べた。さらにp53遺伝子の不活化の機序の多くは点突然変異であることが示されているので、PCR-SSCP法を用いてp53遺伝子の変異をスクリーニングし、シークエンス法で確認した。以上の解析の結果より、p16,p53及びRb遺伝子のうち1つの遺伝子の不活化の有無で層別化し、マンテルーヘンツエル法を用いて残り2遺伝子の不活化の有無の相関について検定を行った。

 上記の解析の結果は以下の通りになった。Rb遺伝子の不活化はリンパ系腫瘍91例中27例(ALL28例中10例,ATL10例中5例,CLL21例中5例,前リンパ球性白血病[PLL]4例中0例,NHL23例中4例,Mixed AL5例中3例)、p53遺伝子の不活化は173例中9例(ALL101例中5例,ATL14例中0例,CLL21例中1例,PLL4例中2例,NHL27例中1例,MM1例中0例,Mixed AL5例中0例)に認められた。p16,p53及びRbのすべての遺伝子の不活化が検討できた91例中41例(45.1%)にいずれかの遺伝子の不活化を認めた。また2つの遺伝子の不活化を認めたのは、p16及びRbは91例中4例、p16及びp53は171例中2例、Rb及びp53は91例中1例であった。3遺伝子ともに不活化を認めた症例はなかった。これら遺伝子の不活化の間には、統計上有意な相関関係は認められなかった。

 この結果により細胞周期の負の調節因子であるp16,p53及びRbそれぞれの不活化は統計学上独立に起きていることが示唆された。またリンパ系悪性腫瘍においては、p16,p53及びRbいずれかの遺伝子に非常に高頻度に不活化を認めることより、細胞周期に関わるこれら因子の不活化がリンパ系悪性腫瘍の発生、進展において非常に重要な役割を果たしていることが示唆された。

審査要旨

 本研究では、まず新規に発見された細胞周期を負に制御する因子である、サイクリン依存性キナーゼ抑制因子をコードする遺伝子であるp16及びp15遺伝子の変異の、造血器腫瘍の発生における関与につき検討することを目的に、造血器腫瘍患者の検体を用いてp16及びp15遺伝子の変異について解析を行った。次にこの解析によりp16遺伝子の欠損が特異的かつ高率に認められたリンパ系腫瘍において、p16およびp15以外の細胞周期の負の制御因子の不活化の関与についても検討するために、p16同様に細胞周期の負の制御に関与する癌抑制遺伝子である、p53及びRb遺伝子の不活化の関与について検討を行い、さらにこれらの遺伝子間の不活化の相関について検討を行い、下記の結果を得ている。

 1.まず最初に造血器腫瘍由来細胞株において、p16遺伝子の欠失の有無についてサザンブロット法を用いて解析を行った。その結果37細胞株中14株(38%)と高率にp16遺伝子の両アレルの欠失を認めた。特にリンパ系腫瘍由来の細胞株で18例中8例(44.8%)と高率に認められた。この結果よりp16遺伝子の欠失が造血器腫瘍においても重要な役割を果たすことが示唆されたため、さらに以下の研究を行った。

 2.原発性造血器腫瘍の発生におけるp16遺伝子の変異の関与について検討することを目的に、造血器腫瘍患者由来の461検体を用いてp16遺伝子の欠失についてサザン法による解析を行った。p16遺伝子の欠失は骨髄系では稀であるが(219例中2例[1%])リンパ系悪性腫瘍では約30%(183例中54例)と高率に認められたことより、p16遺伝子の欠失は造血器腫瘍においてはリンパ系腫瘍に極めて特異的かつ高頻度に認められ、同遺伝子がリンパ系悪性腫瘍の発症ないし進展に極めて重要な役割を果たす遺伝子であることが示唆された。

 3.さらにp16遺伝子の点突然変異を検出するため、74症例についてPCR-SSCP及びシークエンス法による解析を行ったが、今回の私の実験ではp16遺伝子の点突然変異などの微少な遺伝子変異は検出されなかった。上記の結果と併せるとp16遺伝子の不活化は点突然変異より両アレルの欠失により生じることが示唆された。

 4.染色体9p21領域にはp16遺伝子近傍の両側にそれぞれp15及びIFN遺伝子が位置し、後者もALLなどで高率に欠損することが報告されている。そこで9p21領域における最小共通欠損領域を見出すために、造血器腫瘍患者由来の410検体についてp15及びIFN遺伝子の欠失の有無についても同様にサザンブロット法を用いて解析を行った。p15遺伝子もp16遺伝子とともに高率に欠失を認めた。これら3遺伝子のうちp16遺伝子の欠失が最も高頻度で、欠落の最小領域に含まれる唯一の遺伝子がp16遺伝子であることが判明した。

 5.染色体レベルでの9p21領域の変異と上記のp16遺伝子の欠失との相関について検討したところ、9p21領域に変異のある14例中12例にp16遺伝子の欠失を認めた。つまり大部分の9p21領域の欠失はp16遺伝子の欠失も含んでいることが示された。しかしp16遺伝子を含まない9p21領域の欠失例も2例あることより、この領域には他にも癌抑制遺伝子の存在する可能性も予想された。一方p16遺伝子の欠失を認めたが、染色体レベルでは9pに異常を示さなかった症例が37例存在した。これらの症例ではp16遺伝子を含む微少領域での欠損があることが示唆された。

 6.同一患者の初発及び再発時の検体を用いて、サザン法によりp16遺伝子の変異の検討を行った。初発時に観察されたp16遺伝子のバンドが、再発時に欠失している症例が観察された。このように病期の進行に伴いp16遺伝子の欠失が認められる症例があることより、p16遺伝子の欠失した細胞はより細胞増殖に有利になる可能性が示唆された。

 7. リンパ系腫瘍患者由来の230例中173検体を用いて、p53遺伝子の不活化について検討を行った。p53遺伝子の不活化の機序の多くは点突然変異であることが報告されているので、サザン法に加え、PCR-SSCP法を用いてp53遺伝子の変異をスクリーニングし、シークエンス法で確認した。この結果リンパ系腫瘍173例中9例に不活化が認められた。

 8.リンパ系腫瘍患者由来の230例中189検体を用いて、サザン法によりRb遺伝子の不活化について検討を行った。Rb遺伝子は巨大な遺伝子であるため、サザンブロット法での異常の検出感度が低く、一方蛋白の解析では不活化の検出感度がより高いことが報告されているので、89例についてはウエスタンブロット法を用いてRb蛋白の発現の有無を調べた。サザン法では4例、ウエスタン法では25例でRbの不活化を認めた。

 9.p16,p53及びRbのすべての遺伝子の不活化について検討できた91例中41例(45.1%)に、いずれか1つ以上の遺伝子の不活化を認めた。また2つの遺伝子の不活化を、p16及びRbに91例中4例、p16及びp53に171例中2例、Rb及びp53に91例中1例認めた。3遺伝子すべての不活化例は認められなかった。この結果より上記の細胞周期の負の制御因子の不活化が、リンパ系腫瘍の発生に極めて重要な役割を果たしていることが示唆された。

 10.p16,p53及びRb遺伝子の不活化の相関を検討するために、これら3遺伝子のうちある1つの遺伝子の不活化の有無で層別化し、マンテルーヘンツエル法を用いて残り2つの遺伝子の不活化の有無の相関について検定をおこなった。その結果これら3遺伝子の不活化の間には、統計上有意な相関関係は認めらず、各々の遺伝子の不活化は独立に起きていることが示唆された。

 以上、本論文はまず造血器腫瘍において、新規の癌抑制遺伝子p16の不活化がリンパ系腫瘍に特異的かつ高率に認められることならびにその不活化は主に両アレルの欠失によることを明らかにした。さらに細胞周期の負の調節因子であるp16,p53及びRb遺伝子の不活化について同時に詳細に検討することにより、それぞれの不活化は統計学上独立に起きていることを初めて示した。またリンパ系悪性腫瘍においては、p16,p53及びRbいずれかの遺伝子に非常に高頻度に不活化を認めることより、細胞周期に関わるこれら因子の不活化がリンパ系悪性腫瘍の発生、進展において非常に重要な役割を果たしていることを明らかとした。このように本研究は、多数の患者検体を用いて、リンパ系腫瘍の発生における細胞周期の制御因子の異常の関与を明らかにした点で、造血器腫瘍の発生の原因解明において重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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