本研究は、細胞外液カルシウムの転写に及ぼす影響を明かにするため、種々の培養細胞と副甲状腺ホルモン(PTH)遺伝子の上流にある抑制性カルシウム反応DNA配列を用いた系で、このDNAに結合する蛋白の同定と解析を試みたものであり下記の結果を得ている。 1)副甲状腺遺伝子のプロモーター領域にある細胞外カルシウムに反応して転写を抑制するDNA配列(nCaRE)をゲルシフトアッセイにより解析したところ、特異的に結合する蛋白が副甲状腺に留まらず種々の系統の細胞(HeLa細胞、BHK細胞、CHO細胞)にも有ることが解った。この配列をPTHプロモーター或いはチミジンキナーゼプロモーターをもつCAT遺伝子につないだレポータープラスミドを作り、CATアッセイを行ったところ、この配列は細胞外液カルシウムの上昇に反応して転写を抑制することが示された。 2)nCaREをプローブとしてサウスウエスタンアッセイを行ったところ、これに特異的に結合する蛋白は約35kDであることが示された。同じ方法を用いてこの結合蛋白のクローニングを試みたところ、ref1という既知の蛋白と同一であることがわかった。ref1の転写は細胞外液カルシウムの増加にともない増加し、ref1のアンチセンスRNAを発現するプラスミドをトランスフェクションした細胞ではnCaRE結合蛋白活性が低下するとともにnCaREを介する細胞外カルシウム依存性の転写抑制が解除された。抗ref1抗体をプローブと同時に添加したゲルシフトアッセイでは、この抗体の添加によりnCaRE結合蛋白活性が消失した。これらよりref1はたしかに機能的なnCaRE結合蛋白であることが示された。 3)ゲルシフトアッセイからnCaREに結合する蛋白はref1単独ではない事が示唆されたが、サウスウエスタンではクローニングできなかった。そこでDNAアフィニテイーカラムを用いたところ、Ku抗原が単離された。精製したKu抗原はゲルシフトアッセイでnCaREに結合し、抗Ku抗体はnCaRE結合蛋白活性を阻止した。Ku抗原のアンチセンスRNAを発現するプラスミドをトランスフェクションした細胞ではゲルシフトアッセイにおける結合が低下するとともにnCaREを介する細胞外カルシウム依存性の転写抑制が解除された。このことからKu抗原も機能的なnCaRE結合蛋白であることが示された。 4)ゲルシフトアッセイの結果から、ref1とKu抗原は複合体をつくるが短時間でref1が解離することが考えられたためにゲルシフトアッセイにおいてインキュベーションの時間を変化させたところ、短時間のインキュベーションではより大きな複合体(複合体A)が形成されていて、これが速やかにKu抗原単独とほぼ同じ移動度の複合体(複合体B)に変換されていくのがわかった。ゲルシフトアッセイにおいて抗ref1抗体をプローブを加えると同時に添加すると複合体Bは消失したが、抗体をプローブを加えて30分後に添加しても複合体Bには変化は観られなかった。またゲルシフトアッセイにおいて各々の蛋白をアンチセンスによって減少させた核抽出液を混合する実験では、混合により単なる加算以上のnCaRE結合能の増強がみられた。これらのことから、ref1とKu抗原は複合体を形成してnCaREに結合するが、短時間の後にref1はこの複合体から解離することが示唆された。 5)ref1のどの部位がKu抗原と反応しているのかを明かにするためGSTをタグとして付けたref1蛋白の欠損変異を作り、蛋白蛋白結合を調べたところ、ref1のアミノ端がKuAgとの相互作用に重要で有ることがわかった。 以上、本論文は種々の培養細胞において、細胞外液カルシウム依存性の転写抑制DNA配列の解析を行い、この配列に結合する蛋白の同定とその機能解明を行った。本研究はこれまで充分に研究されていなかった細胞外液カルシウムによる転写調節の機構の解明に貢献し、学位の授与に値するものと考えられる。 |