学位論文要旨



No 112823
著者(漢字) 鄭,雄一
著者(英字) Chung,Ung-Il
著者(カナ) テイ,ユウイチ
標題(和) 細胞外液カルシウムによる転写調節機構
標題(洋) Mechanism of Transcriptional Regulation by Extracellular Calcium
報告番号 112823
報告番号 甲12823
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1193号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 豊岡,照彦
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 助教授 多久和,陽
 東京大学 助教授 後藤,淳郎
内容要旨 背景

 副甲状腺ホルモン(PTH)遺伝子は副甲状腺から分泌されるペプチドホルモンで、生体の細胞外カルシウム濃度を厳密に一定に保つ役割を担っている。その転写は細胞外カルシウムの濃度によって調節されていて、細胞外カルシウムの濃度が上昇すると転写はそれに従って抑制される。これまで我々のグループは副甲状腺遺伝子の上流プロモーター領域において二つのDNA配列がこの細胞外カルシウムによる転写の抑制を担うことを報告し、これらを抑制性カルシウム反応性配列(nCaRE)と名付けた。この配列をプローブとして用いたゲルシフトアッセイなどの結果から細胞外カルシウムによる抑制性の転写調節は、nCaREとそれに結合する核蛋白(nCaREB)の相互作用により行われていることが明らかになった。またnCaREとnCaREBは副甲状腺以外の細胞にも存在し、細胞外カルシウム以外の刺激による転写調節にも関与することが推測された。本編においてはnCaREBを構成する蛋白の同定と、それら蛋白間の相互作用がどのように細胞外カルシウムにより調節されているかについて述べた。

材料および方法

 nCaREBの単離に当たっては二つの方法を用いた。一つはサウスウエスタン法で、ゲル電気泳動ののちニトロセルロース上に固定した蛋白質とプローブとして用いたnCaREとの結合を利用してnCaREBの構成蛋白を同定するものである。もう一つはDNAアフィニテイーカラムによる方法で、特殊なラテックス上にnCaRE DNAを固定し、これをカラムとして用いてnCaREBを精製するものである。

結果

 最初に得られた蛋白は既知の酸化還元因子蛋白1(ref1)と同一であった。この蛋白は元来バクテリアの修復酵素の哺乳類におけるホモログとしてとられたものだが、その後特定のアミノ酸残基の酸化還元状態を変化させていくつかの転写調節因子の活性調節に関わっている事が明らかにされている。細胞外カルシウムが上昇するとref1はmRNAレベル及び蛋白質レベルで増加した。nCaREをプローブとして用いたゲルシフトアッセイでは抗ref1抗体によってnCaREとnCaREBの複合体は消失した。またref1 cDNAのアンチセンスを細胞に導入する実験では、このアンチセンスによりnCaREを介した細胞外カルシウムによる転写の抑制が解除された。しかしnCaREをプローブとして用いたゲルシフトアッセイからはref1以外にもnCaREBを構成する蛋白が有ることが推測された。次にDNAアフィニテイーカラムを利用して同定された蛋白は既知のKu抗原と同一であった。この蛋白は元来膠原病患者の血液中にある自己抗体の抗原として同定されたものだが、その後の研究でDNAの修復に重要な役割を果たし、DNA依存性蛋白燐酸化酵素(DNAPK)のサブユニットを構成することが明らかにされている。転写調節に関してはT細胞レセプター、トランスフェリンレセプター、リボソームRNA、ヒートショック蛋白等の遺伝子の上流域にDNA配列特異的に結合して転写を前二者では促進し、後二者では抑制することが明らかにされている。nCaREをプローブとして用いたゲルシフトアッセイでは抗Ku抗体によってnCaREとnCaREBの複合体は消失した。またKu抗原のアンチセンスを細胞に導入することでnCaREとnCaREBの複合体は消失し、nCaREを介した細胞外カルシウムによる転写の抑制が消失した。ref1のミュータジェネシスの実験からはref1のアミノ端側にKu抗原との結合部位が存在し、この部位がnCaREとnCaREBの複合体の形成に必要であることが示された。

結論

 PTH遺伝子の上流に同定された細胞外カルシウムによる転写の抑制性の調節を担うDNA配列であるnCaREに結合する蛋白nCaREBとしてref1及びKu抗原を同定した。細胞外カルシウムの増加は、nCaREとnCaREBとの結合の増加を介して転写の抑制を引き起こす。ref1とKu抗原は複合体を形成し、その相互作用にはref1のアミノ端側の領域が重要である。

審査要旨

 本研究は、細胞外液カルシウムの転写に及ぼす影響を明かにするため、種々の培養細胞と副甲状腺ホルモン(PTH)遺伝子の上流にある抑制性カルシウム反応DNA配列を用いた系で、このDNAに結合する蛋白の同定と解析を試みたものであり下記の結果を得ている。

 1)副甲状腺遺伝子のプロモーター領域にある細胞外カルシウムに反応して転写を抑制するDNA配列(nCaRE)をゲルシフトアッセイにより解析したところ、特異的に結合する蛋白が副甲状腺に留まらず種々の系統の細胞(HeLa細胞、BHK細胞、CHO細胞)にも有ることが解った。この配列をPTHプロモーター或いはチミジンキナーゼプロモーターをもつCAT遺伝子につないだレポータープラスミドを作り、CATアッセイを行ったところ、この配列は細胞外液カルシウムの上昇に反応して転写を抑制することが示された。

 2)nCaREをプローブとしてサウスウエスタンアッセイを行ったところ、これに特異的に結合する蛋白は約35kDであることが示された。同じ方法を用いてこの結合蛋白のクローニングを試みたところ、ref1という既知の蛋白と同一であることがわかった。ref1の転写は細胞外液カルシウムの増加にともない増加し、ref1のアンチセンスRNAを発現するプラスミドをトランスフェクションした細胞ではnCaRE結合蛋白活性が低下するとともにnCaREを介する細胞外カルシウム依存性の転写抑制が解除された。抗ref1抗体をプローブと同時に添加したゲルシフトアッセイでは、この抗体の添加によりnCaRE結合蛋白活性が消失した。これらよりref1はたしかに機能的なnCaRE結合蛋白であることが示された。

 3)ゲルシフトアッセイからnCaREに結合する蛋白はref1単独ではない事が示唆されたが、サウスウエスタンではクローニングできなかった。そこでDNAアフィニテイーカラムを用いたところ、Ku抗原が単離された。精製したKu抗原はゲルシフトアッセイでnCaREに結合し、抗Ku抗体はnCaRE結合蛋白活性を阻止した。Ku抗原のアンチセンスRNAを発現するプラスミドをトランスフェクションした細胞ではゲルシフトアッセイにおける結合が低下するとともにnCaREを介する細胞外カルシウム依存性の転写抑制が解除された。このことからKu抗原も機能的なnCaRE結合蛋白であることが示された。

 4)ゲルシフトアッセイの結果から、ref1とKu抗原は複合体をつくるが短時間でref1が解離することが考えられたためにゲルシフトアッセイにおいてインキュベーションの時間を変化させたところ、短時間のインキュベーションではより大きな複合体(複合体A)が形成されていて、これが速やかにKu抗原単独とほぼ同じ移動度の複合体(複合体B)に変換されていくのがわかった。ゲルシフトアッセイにおいて抗ref1抗体をプローブを加えると同時に添加すると複合体Bは消失したが、抗体をプローブを加えて30分後に添加しても複合体Bには変化は観られなかった。またゲルシフトアッセイにおいて各々の蛋白をアンチセンスによって減少させた核抽出液を混合する実験では、混合により単なる加算以上のnCaRE結合能の増強がみられた。これらのことから、ref1とKu抗原は複合体を形成してnCaREに結合するが、短時間の後にref1はこの複合体から解離することが示唆された。

 5)ref1のどの部位がKu抗原と反応しているのかを明かにするためGSTをタグとして付けたref1蛋白の欠損変異を作り、蛋白蛋白結合を調べたところ、ref1のアミノ端がKuAgとの相互作用に重要で有ることがわかった。

 以上、本論文は種々の培養細胞において、細胞外液カルシウム依存性の転写抑制DNA配列の解析を行い、この配列に結合する蛋白の同定とその機能解明を行った。本研究はこれまで充分に研究されていなかった細胞外液カルシウムによる転写調節の機構の解明に貢献し、学位の授与に値するものと考えられる。

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