学位論文要旨



No 112826
著者(漢字) 下澤,達雄
著者(英字)
著者(カナ) シモサワ,タツオ
標題(和) プロアドレノメデュリンN末端20ペプチド(PAMP)の生理作用の検討
標題(洋) Physiological Effect of Proadrenomedullin N-terminal 20 Peptide (PAMP)
報告番号 112826
報告番号 甲12826
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1196号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 助教授 後藤,淳郎
 東京大学 講師 平田,恭信
 東京大学 講師 上原,誉志夫
内容要旨 【背景と目的】

 近年アンジオテンシンIIをはじめとする多くの生理活性ペプチドによる血圧制御につて研究されている。アドレノメデュリンはその中でも、最近副腎より抽出された降圧ペプチドであり、その前駆物質からさらにプロアドレノメデュリンN末端20ペプチド(PAMP)と名付けられたもう一つの降圧ペプチドが発見された。アドレノメデュリン遺伝子が副腎のみならず、血管内皮細胞、平滑筋、心筋、脳などに幅広く分布し、高血圧や腎不全、原発性アルドステロン症などの際に血中濃度が1.3-1.5倍に増加することからアドレノメデュリンやPAMPが新たな循環調節因子と考えられた。

 アドレノメデュリンは細胞内cAMP上昇、カルシウム上昇を介したNO産生促進などの機序により直接血管拡張作用を有するのに対し、PAMPの降圧機序は不明であった。本研究ではこの点を明らかにした。

【方法】1In vivoの血圧、心拍数変動1-1無麻酔無拘束下ラットでの検討

 9週令雄Sprague-Dawleyラットを用い、無麻酔無拘束下にPAMP,アドレノメデュリンを静脈内一回投与した際の血圧、心拍数変動を観血的に測定した。

1-2機械的除脳ラットでの検討

 9週令雄Sprague-Dawleyラットを外径0.6mmの金属棒により機械的に除脳し、人工呼吸下にPAMP,アドレノメデュリンを静脈内一回投与した際の血圧、心拍数変動を観血的に測定した。

1-3電気刺激下の除脳ラットでの検討

 機械的除脳をしたラットの脊髄7-12を1Hz,30Vで電気的に刺激し、血圧、心拍数を増加させた状態でPAMP,アドレノメデュリンを静脈内一回投与した際の血圧、心拍数変動を観血的に測定した。

1-4血中ノルエピネフリンの変動

 1-3と同様に処理したラットにPAMP,アドレノメデュリンを静脈内一回投与する前と投与後5分の血中ノルエピネフリンをHPLC法により測定した。

2Ex vivoでの検討、単離ラット腸間膜潅流法

 9週令雄Sprague-Dawleyラットの腸間膜を単離し、Castellucciの方法によりKrebs-Hensleit bufferを用い、2mL/minで潅流した。

2-1外因性ノルエピネフリンに対する潅流圧の変化

 PAMP,アドレノメデュリン持続潅流時のノルエピネフリン反応性を検討した。また、アドレノメデュリンの拮抗薬であるCGRP(8-37)処置下でPAMP,アドレノメデュリンの影響も検討した。

2-2ノルエピネフリン放出

 腸間膜を電気刺激(8Hz)時の潅流液中のノルエピネフリン量をHPLC法で測定した。このノルエピネフリン放出に与えるPAMP,アドレノメデュリンの効果を検討した。また、CGRP(8-37)、節前性2受容体拮抗薬ヨヒンビン、ニコチン性受容体拮抗薬ヘキサメソニウム、ならびにノルエピネフリン再吸収阻害薬であるコカインやデオキシコルチコステロン前処置下でPAMPの作用を検討した。

2-3ノルエピネフリントランスポータの検討

 神経成長因子(NGF)により交感神経様に分化させたPC12にPAMP,アドレノメデュリンを作用させ、3、12、24時間後のノルエピネフリントランスポータmRNAをRT-PCR法にてアクチンmRNAと比較して、半定量した。

3ノルエピネフリン合成酵素チロシン水酸化酵素の検討

 2-3と同様に処理したPC12細胞においてラットチロシン水酸化酵素mRNAをRT-PCR法にてアクチンmRNAと比較半定量し、ノザンブロット法に定量した。

4PAMP細胞内情報伝達系の検討

 9週令雄Sprague-Dawleyラットに百日咳ワクチンを3日間連続腹腔内投与し、百日咳毒素感受性G蛋白が抑制された状態で上記の方法を用いて、ノルエピネフリン放出、血圧、心拍数の変動を検討した。

【結果と考察】

 無麻酔無拘束下の正常血圧ラットにおけるPAMPによる降圧時の反射性頻脈がアドレノメデュリンに比べ小さいことから本ペプチドが何らかの交感神経抑制作用を有する可能性が考えられた。

 機械的除脳ラットを用いた場合、ラットの血圧コントロールに神経系の調節を除外することができるため、アドレノメデュリンでは直接血管拡張作用があるために降圧するものの、PAMPでは降圧しない可能性が考えられ、実証された。そこで、除脳ラットの脊髄を外因性に電気刺激し、血圧及び心拍数を増加させた状態ではPAMPにより血圧が低下した。また、この際の血中カテコラミン濃度もに低下した。一方、ラット腸間膜において、アドレノメデュリンはノルエピネフリンによる血管収縮を抑制するものの、PAMPは影響しなかった。このことから、PAMPは末梢の交感神経終末からのノルエピネフリンの放出を抑制することで、降圧作用を示し、血管拡張作用は少ない可能性が示唆される。

 このことをさらに詳しく検討するためにラット腸間膜単利標本を用い交感神経終末を電気刺激した際のノルエピネフリンの放出を検討した。PAMPは濃度依存的にノルエピネフリンの放出を抑制し、この作用はコカインやデオキシコルチコステロンといったノルエピネフリン再吸収阻害薬によっても抑制されなかった。つまり、電気刺激によって交感神経終末より放出されたノルエピネフリンは交感神経終末やその他の組織に再吸収され、残りのノルエピネフリンを測定しているので、コカインなどの再吸収阻害剤を使うことで、PAMPは交感神経終末からのノルエピネフリン放出そのものを抑制することがわかる。また、PAMPのこれらの作用はアドレノメデュリンの拮抗剤であるCGRP8-37によって抑制されないことからPAMPはアドレノメデュリンとは異なった受容体を介することが考えられた。一方、ヨヒンビンやヘキサメソニウムではPAMPの作用が抑制されなかったことから、PAMPの作用は2受容体やニコチン受容体を介さないと考えられた。

 NGFにより交感神経様に分化させたPC12細胞を用いPAMPによるtyrosine hydorxylase mRNA量の変化をRT-PCR法及びノザンブロットにて検討した。PAMPは時間依存的にtyrosine hydroxylase mRNA量を減少させたが、アドレノメデュリンではこのような作用は認められなかった。このことから、PAMPはノルエピネフリン放出を抑制するのみならず産生も抑制する可能性が考えられた。

 ついで、PAMPによる細胞内情報伝達系を検討する目的でラットを百日咳ワクチンで処理した。本処置により、カルバコールによる徐脈作用は有意に抑制されたことから、百日咳毒素感受性G蛋白を抑制した状態であることがわかった。PAMPによるノルエピネフリン放出抑制、血圧降下作用が腸間膜潅流実験、除脳ラット、正常血圧ラットにおいて抑制された。このことから、PAMPは百日咳毒素感受性Gタンパクを介して作用することが示唆され、その受容体は今の所わかっていないが、7回膜貫通構造を有する可能性が考えられる。

 以上のことから、PAMPとアドレノメデュリンは同じ前駆物質からできるものであるが、全く異なった作用機序で降圧効果を示すことがわかった。

審査要旨

 本研究は新たに発見された降圧ペプチドであるプロアドレノメデュリンN末端20ペプチド(PAMP)の降圧作用機序をin vivo,in vitroにおいてアドレノメデュリンと比較検討し、また、細胞内情報伝達系についても検討したものであり、以下の結果を得ている。

 1無麻酔無拘束下の正常血圧ラットにおけるPAMPによる降圧時の反射性頻脈がアドレノメデュリンに比べ小さいことから本ペプチドが何らかの交感神経抑制作用を有する可能性が考えられた。

 2機械的除脳ラットを用いた場合、アドレノメデュリンでは直接血管拡張作用があるために降圧するものの、PAMPでは降圧しない可能性が考えられ、実証された。そこで、除脳ラットの脊髄を外因性に電気刺激し、血圧及び心拍数を増加させた状態ではPAMPにより血圧が低下した。また、この際の血中カテコラミン濃度もに低下した。

 3ラット腸間膜において、アドレノメデュリンはノルエピネフリンによる血管収縮を抑制するものの、PAMPは影響しなかった。また、交感神経終末を電気刺激した際のノルエピネフリンの放出を検討したところPAMPは濃度依存的にノルエピネフリンの放出を抑制し、この作用はコカインやデオキシコルチコステロンといったノルエピネフリン再吸収阻害薬によっても抑制されなかった。つまり、電気刺激によって交感神経終末より放出されたノルエピネフリンは交感神経終末やその他の組織に再吸収され、残りのノルエピネフリンを測定しているので、コカインなどの再吸収阻害剤を使うことで、PAMPは交感神経終末からのノルエピネフリン放出そのものを抑制することがわかる。

 4PAMPのこれらの作用はアドレノメデュリンの拮抗剤であるCGRP8-37によって抑制されないことからPAMPはアドレノメデュリンとは異なった受容体を介することが考えられた。一方、ヨヒンビンやヘキサメソニウムではPAMPの作用が抑制されなかったことから、PAMPの作用は2受容体やニコチン受容体を介さないと考えられた。

 5NGFにより交感神経様に分化させたPC12細胞を用いPAMPによるtyrosine hydorxylase mRNA量の変化をRT-PCR法及びノザンブロットにて検討した。PAMPは時間依存的にtyrosine hydroxylase mRNA量を減少させたが、アドレノメデュリンではこのような作用は認められなかった。このことから、PAMPはノルエピネフリン放出を抑制するのみならず産生も抑制する可能性が考えられた。

 6PAMPによる細胞内情報伝達系を検討する目的でラットを百日咳ワクチンで処理した。本処置により、カルバコールによる徐脈作用は有意に抑制されたことから、百日咳毒素感受性G蛋白を抑制した状態であることがわかった。PAMPによるノルエピネフリン放出抑制、血圧降下作用が腸間膜潅流実験、除脳ラット、正常血圧ラットにおいて抑制された。このことから、PAMPは百日咳毒素感受性Gタンパクを介して作用することが示唆された。

 以上本論文はPAMPとアドレノメデュリンという同じ前駆物質からできる2つの降圧ペプチドの作用を比較検討することにより、新たに発見されたPAMPの降圧機序を初めて明らかにしたものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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