グルタミン酸は、哺乳類中枢神経系における最も重要な興奮性神経伝達物質の一つであり、グルタミン酸トランスポーターは、グルタミン酸作動性神経終末からシナプス間隙に放出されたグルタミン酸を速やかに細胞内に取り込む膜タンパクである。グルタミン酸作動性シナプスではシナプス間隙に遊離したグルタミン酸を不活化する機構がなく、トランスポーターはグルタミン酸による神経伝達の終了に主要な役割を果たしていると考えられてきた。また、過剰の細胞外グルタミン酸は、中枢神経系における神経細胞死を引き起こし、グルタミン酸取り込みの阻害により神経細胞死がもたらされることが明らかにされている。さらに、グルタミン酸トランスポーターの異常と筋萎縮性側索硬化症をはじめとする神経変性疾患や、一過性脳虚血による神経細胞死との関係が報告されるにいたっており、現在最も注目を集めている研究分野の一つである。 現在、4種類のグルタミン酸トランスポーターGLT-1,GLAST,EAAC1,EAAT4のcDNAが単離され、ノザンブロット法により、その組織分布が検証されている。最近単離されたEAAT4はクロライドチャンネルとしても機能する特異なグルタミン酸トランスポーターであり、ヒト小脳にmRNAが豊富に発現していることが知られているが、その蛋白質レベルでの分布は不明のままである。そこで、EAAT4に対する特異抗血清を作成し、EAAT4のラットにおける組織分布および個体発生における発現変化、さらに正常および疾患ヒト小脳における分布について、免疫化学および免疫組織化学的検討を試みた。 始めにEAAT4のC末端のアミノ酸配列を参考に選択したオリゴペプチドを化学的に合成し、これをハプテンとして定法に従って家兎に免疫して得られた抗血清の特異性を検討した。アフィニティーカラム精製抗体(SAE4)は、ヒトおよびラット小脳S1分画のイムノブロットにおいて70kDaの単一バンドを認識し、その分子量はEAAT4のcDNA配列から予想されるものと矛盾しなかった。またこのバンドは、免疫原としたオリゴペプチドで吸収したSAE4を一次抗体として用いると消失し、GLASTのアミノ酸配列から選択したオリゴペプチドでは吸収されず、SAE4をEAAT4に対する特異抗血清として以後の実験に用いた。 次にウェスタンブロットにより正常ラット組織内分布の解析を行った。EAAT4は主にヒト小脳および胎盤にmRNAの発現していることが報告されているが、本研究でタンパク質レベルでもラット小脳、大脳および脊髄にEAAT4の発現していることが認められた。 続いてラット小脳における細胞内分布を明らかにするため免疫組織化学的検索を行ったところ、EAAT4はラット小脳分子層全体に不均一に分布し左右対称の小脳を矢状方向に貫くバンド構造を呈していた。これは従来parasagittal compartmentと称されるものに相当すると思われた。その細胞内分布を検討するとプルキンエ細胞、特に遠位樹状突起に豊富な存在が認められた。In situ hybridizationによりEAAT4はヒト小脳プルキンエ細胞に強く発現していることが報告されており、本結果はこれに新知見を加えた。免疫電顕においても平行線維のpresynaptic boutonsには全くSAE4陽性像は見られず、EAAT4はシナプス後部に豊富な存在を示すことが判明した。一般に中枢神経系において神経伝達物質に対するトランスポーターはグリア細胞かシナプス前終末にあり、一、二の例外を除いて後シナプス側にはないと考えられてきた。本研究でEAAT4がスパインに選択的に豊富な存在を示すことが明らかとなって、平行線維とプルキンエ細胞間でのシナプス伝達の終了・制御に直接EAAT4が関わっている可能性が示唆された。 さらに小脳皮質特に分子層において組織化学的、免疫組織化学的に種々の物質がバンド構造を呈することが知られているが、グルタミン酸作動性神経細胞に関連する機能分子でこの様なparasagittal compartmentを呈するものは今までに知られておらず、本結果が初めての報告となった。一方、片側脊髄切断ラットおよび3-AP投与ラットを作成して片側脊髄小脳路ないし両側オリーブ小脳路の途絶を施したが、施術後7日目ではEAAT4の発現に変化は見られなかった。本研究により一旦形成されたプルキンエ細胞のEAAT4の発現は求心系入力の遮断により影響を受けないと考えた。 続いてラットを用いてEAAT4の個体発生における変化をイムノブロッティング法および免疫組織化学法により検討した。イムノブロットにおいてEAAT4は胎生前期では発現が認められず、胎生後期から新生児期にかけてほぼ一定の発現を示したが、生後13日目から急激にその発現量を増加させ生後20日目には成獣のレベルに達した。免疫組織化学においてEAAT4は小脳尾側および外側から左右対称に複数の発生点を持って発現し、プルキンエ細胞の分化発達とともに発現範囲を広げ、生後13日目に全てのプルキンエ細胞にほぼ均一に発現した。この後、発現は漸減し次第にバンド構造が明らかとなり、生後20日目にはほぼ成獣と同じパタンを呈した。この様な発生後期の一過性のparasagittal compartmentの消失はzebrinでも知られており両者の分布の比較検討が必要と考えた。本研究によりEAAT4はプルキンエ細胞発生の初期からプルキンエ細胞に特異的な存在を示し、マーカーとして個体発生の指標やparasagittal compartment発生機序解明の手段にEAAT4が有用であると推察した。 最後に正常および疾患ヒト小脳におけるEAAT4の発現および、個体発生における発現変化を検討した。免疫組織化学染色においてラットと同様、プルキンエ細胞とその遠位樹状突起に著明な発現を認め、乳児期から幼児期にかけて発現量および分布を増大させることが判明した。本研究ではヒト小脳において明らかなバンド構造は認められなかったが、その有無を論ずるにはさらに詳細な検討を要すると思われた。さらに多系統萎縮症および遺伝性小脳皮質萎縮症患者脳において正常脳と比してEAAT4の発現の減少が認められ、神経細胞脱落を反映すると考えて矛盾しない結果を得た。 以上、本研究では、免疫組織化学的手法を用いて平行線維-プルキンエ細胞におけるEAAT4の後シナプスへの選択的存在とプルキンエ細胞間での発現の不均一性(parasagittal compartment)を示して、後シナプスへのグルタミン酸取り込みによる神経伝達制御を含むEAAT4の生理機能の重要性を考察した。またEAAT4がプルキンエ細胞発生初期からプルキンエ細胞に特異的に発現し、transient parasagittal compartmentを形成したことから、個体発生におけるプルキンエ細胞のマーカーとして有用である可能性を示した。 |