学位論文要旨



No 112831
著者(漢字) 星野,眞二郎
著者(英字)
著者(カナ) ホシノ,シンジロウ
標題(和) エストロゲン受容体アイソフォームおよび遺伝子多型性の骨代謝における意義に関する検討
標題(洋)
報告番号 112831
報告番号 甲12831
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1201号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武谷,雄二
 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 助教授 中村,耕三
 東京大学 助教授 福岡,秀興
 東京大学 助教授 岩森,正男
内容要旨 I.背景および目的

 女性ホルモンであるエストロゲンは、子宮などの生殖器官や乳腺の発達、機能の維持に重要な役割を果たしている。近年、脳組織、骨組織や血管組織などもエストロゲンの標的器官としてとらえられている。

 閉経後女性におけるエストロゲンの欠乏は骨代謝回転を亢進させ、骨量の減少をもたらす、エストロゲン補充療法は骨量減少の予防及び治療において有意な効果があるなど、エストロゲンが骨代謝において果たす役割の重要性は様々な点から示唆されている。

 骨組織におけるエストロゲンの作用機構については、骨以外の組織を介する間接的なものとされてきた。しかしながら、最近の研究では、骨形成をつかさどる骨芽細胞、骨吸収をつかさどる破骨細胞においてエストロゲン受容体(ER)の存在が確認され、エストロゲンは骨の細胞に直接作用するものと考えられている。骨を含めた多様な標的器官に対して、エストロゲンの作用が一様であるのか、さらには、個体のレベルで、エストロゲンに対する反応性やエストロゲン欠乏状態に対する適応に多様性があるのか、これらについては、分子生物学的に解明されなければならない。

 ERには通常のER以外に、いくつかのsplicing variants(アイソフォーム)が存在することが、乳癌組織に関して報告されている。これらのアイソフォームの機能については不明な点が多いが、その中には正常なERの働きを抑制するdominant negativeな作用を持つものも報告されている。一方、正常組織においては、脳組織、および血管組織におけるERアイソフォームの報告があるが、骨組織におけるアイソフォームについては報告がない。

 そこで、本研究では、まず、骨におけるERアイソフォームの存在およびその機能について検討した。

 さて、骨粗鬆症は、骨塩量が病的に減少した結果、骨の微細構造が破綻し、易骨折性が増大する疾患である。骨粗鬆症は遺伝的素因と環境的因子がそれぞれ複雑に関与する多因子性疾患と考えられている。遺伝的素因に対する分子生物学的アプローチとして、1994年、MorrisonらがビタミンDレセプター遺伝子のRestriction Fragment Length Polymorphism(RFLP)が骨量の有用な遺伝的マーカーとなりうることを報告した。しかしながら、他のグループによる追試では、骨量に差は認めなかったとの報告もあり、骨粗鬆症における遺伝的素因はいまだ検討が必要な領域である。

 エストロゲンの骨代謝における重要性から、ER遺伝子が骨粗鬆症の原因候補遺伝子の一つである可能性は高い。また、ER遺伝子には突然変異を含めて、いくつかの遺伝子多型性(polymorphism)が報告されている。このような分子多様性と、婦人科領域の臨床像との間に関連性があることが示唆されている。また、Kobayashiらは、イントロン1内のRFLP(PvuII,XbaI)でgenotypeを分類した場合、特定のgenotypeを持つ閉経後女性の群が、他のgenotypeと比べて、骨塩量が低いことを報告している。このように、ER遺伝子の多型性として、non-coding regionの多型性については報告があり、いくつかの臨床的意義が検討されてきたがエクソン内の遺伝子多型性に関する報告はほとんどない。

 そこで、本研究においては、ER遺伝子のエクソンに遺伝子多型性を求め、Polymerase Chain Reaction-Single Strand Conformational Polymorphism(PCR-SSCP)法を用いて検討した。

II.方法A.mRNAからの検討:骨における ERアイソフォームの存在と機能

 骨におけるERアイソフォームの存在を確認するために、ラット骨組織と培養骨芽細胞様細胞であるROS17/2.8細胞を用いた。ERcDNAに対して特異的な2組のPCRプライマーを設計し、Reverse Transcriptase-Polymerase Chain Reaction(RT-PCR)を用いて、アイソフォームmRNAを検出した。アイソフォームのDNA塩基配列をdideoxy法により決定した。また、アイソフォーム遺伝子をビテロジェニンERE-CATリポーター遺伝子(Estrogen Responsive Elements:ERE,Chloramphenicol Acetyl Transferase:CAT)とともに、COS-7細胞にトランスフェクトし、エストロゲン添加の有無による転写活性の変化を検討した。

B.DNAからの検討:新たなエクソン内の遺伝子多型性の検出と骨代謝における意義に関する検討

 健康閉経後女性306名を対象として、末梢血の白血球分画よりDNAを抽出した。ERの各エクソン(エクソン1からエクソン8まで)の全長を挟み込むようにPCRプライマーを作成し、各エクソン毎にPCRを行なった。得られたPCR産物をPCR-SSCPに供した。このPCR-SSCPでは、熱解離させた一本鎖DNAが分子内塩基対を形成することにより、未変性ゲル内で独自の立体構造をとるため、見かけの分子サイズが塩基配列の違いにより異なってくるのを泳動度の差で検出しようとするものである。PCR-SSCPゲルより、移動度の異なるバンドを切り出し、クローニングし、dideoxy法によりDNA塩基配列を決定した。また、PCR-SSCPにより分類できるgenotypeと、骨塩量(Bone Mineral Density:BMD)や各種骨代謝マーカーとの関連性について検討した。

III.結果A.mRNAからの検討:

 ラット骨組織およびROS17/2.8細胞について、RT-PCRを行なったところ、wild type ERの他に、塩基長の短い2本のバンドが検出された。これらのPCR産物をクローニングして、塩基配列を決定したところ、エクソン4を欠失した△4アイソフォーム、エクソン3ならびにエクソン4を同時に欠失したER△3/4アイソフォームであることがわかった。

 さらに、これらのアイソフォームの機能を調べるために、リン酸カルシウム法により、これらのアイソフォーム遺伝子をCOS-7細胞にトランスフェクトして、CAT assayを行なったところ、ER△4アイソフォームおよびER△3/4アイソフォームはエストロゲン依存性転写活性を失っていることが判明した。また、wild type ER遺伝子とともに、これらのアイソフォーム遺伝子をトランスフェクトした場合には、wild type ERの作用を修飾することはなかった。

B.DNAからの検討:

 ER遺伝子の各エクソン毎にPCR-SSCPを行なった結果、エクソン4のPCR-SSCPにおいて、3種の泳動パターンが得られた。PCR-SSCPゲルの各バンドを切り出して、クローニングし、dideoxy法により、塩基配列を決定したところ、975番目のシトシンがグアニンに塩基置換を起こしているalleleが存在することがわかった。このalleleを持たないgenotypeをMM、一つ持つgenotypeをMm、二つ持つgenotypeをmmと名付けた。それぞれのgenotypeの出現頻度は、それぞれ、81名(26.5%)、132名(43.1%)、93名(30.4%)であった。

 この新しい多型性(MM,Mm,mm)と骨塩量や各種骨代謝パラメータとの関連につき解析を行なった。その結果、無治療群での骨塩量の減少率(6ヶ月後、腰椎)については、MM群が他のgenotypeと比較して、骨塩量の減少率が速い傾向にあることがわかった。

 また、MM群で尿中カルシウム排泄量 (早朝空腹時尿、クレアチニン補正値)が他のgenotypeに対して有意に多いことが判明した(MM vs mm,0.247vs0.200)。 次に、ERのイントロン1の遺伝子多型性(PvuII,XbaI)との関連を検討したところ、骨塩量が低いと報告されたPPxxというgenotypeを持つ群の中でのMM群の出現頻度が他の群(Mm,mm)と比べて高い傾向にあることがわかった。

IV.考察

 本研究では、骨代謝の立場から、エストロゲン受容体(ER)の多様性についてmRNAレベルおよびDNAレベルで解析した。骨組織および培養骨芽細胞において検出された△4アイソフォーム、△3/4アイソフォームのうち、△4アイソフォームは1993年にSkipperらにより正常な脳組織に存在することが報告されたものであるが、△3/4アイソフォームは今回、初めて見いだされたものである。△4アイソフォーム、△3/4アイソフォームはDNA結合部位とともにリガンド結合部位の一部をも欠失するものである。従って、これらのアイソフォームは、エストロゲン依存性転写活性を失っていることが予想された。in vitro transient expressionの系を用いて、これらのアイソフォームが、実際にエストロゲン依存性転写活性を失っていることを本研究で示した。このように機能を持たないERの組織での発現量が増加することが、エストロゲンに対する応答性の低下に結びつく可能性がある。 ERアイソフォーム発現の臓器特異性や病態による差異、加齢に伴う変化などについて今後検討すべきである。

 一方、ERのエクソン内の多型性の有無についてPCR-SSCPを用いて、検討したところ、エクソン4内の975番目の塩基であるシトシン(C)がグアニン(G)に1塩基置換を起こしているalleleの存在が確認された。各genotypeと骨塩量や各種骨代謝マーカーの関連について検討したところ、尿中カルシウム排泄量の多いMM群は、mm群と比べて骨塩量の減少率が速い傾向にあることがわかった。閉経直後の女性は尿中カルシウム排泄量が多く、エストロゲン補充療法により、尿中カルシウム排泄量が減少するという報告もあり、新たなエストロゲン受容体遺伝子の多型性が影響を及ぼしている可能性がある。この塩基置換はsilent mutationであったが、ERのエクソン内の多型性については高血圧や自然流産の発症頻度との関連性が示唆されているエクソン1の突然変異(silent mutation)以外には現在までに報告はなく、エクソン内に新たな多型性を検出した本研究の意義は大きいと考える。

 なお、すでに、骨塩量と関連性があることが報告されているERイントロン1内のRFLPとの関連を検討した。特に骨塩量が低いと報告されたPPxxというgenotypeを持つ群の中での、MMというgenotypeを持つものの出現頻度を調べたところ、統計学的に予想される出現頻度より、高い頻度で出現することが2乗検定を用いて示された。このことから、イントロン内の遺伝子多型性が連鎖不均衡にある可能性が示唆された。

 本研究で見い出された新たな多型性は臨床像の解析に応用される可能性の他に、ポジショナルクローニングや連鎖解析などの手法を用いた、病因遺伝子の究明に有用な遺伝子マーカーとして用いられる可能性もあり、今後の研究が待たれる。

審査要旨

 本研究は生体内の種々の臓器で重要な役割を果たしていると考えられるエストロゲンの作用における多様性の機序を細胞レベルあるいは個体のレベルで検討したものである。特に、エストロゲン受容体遺伝子に注目し、その多様性を分子生物学的に解明することを試みたものであり、下記の結果を得ている。

 I.骨におけるERアイソフォームの存在を確認するために、ラット骨組織と培養骨芽細胞様細胞であるROS17/2.8細胞を用いて、Reverse Transcriptase-Polymerase Chain Reaction(RT-PCR)を行い、アイソフォームmRNAを検出し、DNA塩基配列を決定した。また、アイソフォーム遺伝子をCOS-7細胞にトランスフェクトし、エストロゲン依存性転写活性の有無を検討した。

 その結果、wild type ERの他に、エクソン4を欠失した△4アイソフォーム、エクソン3ならびにエクソン4を同時に欠失したER△3/4アイソフォームの存在を確認した。

 さらに、Chloramphenicol Acetyl Transferase assay(CAT assay)を行なったところ、ER△4アイソフォームおよびER△3/4アイソフォームはエストロゲン依存性転写活性を失っていることが判明した。また、wild type ER遺伝子とともに、これらのアイソフォーム遺伝子をトランスフェクトした場合には、wild type ERの作用を修飾することはないことがわかった。

 II. 新たなER遺伝子エクソン内の遺伝子多型性の検出と骨代謝における意義に関して検討するために、ERの各エクソン毎にPolymerase Chain Reaction Single Strand Conformational Polymorphism(PCR-SSCP)を行なった。PCR-SSCPゲルより、移動度の異なるバンドを切り出し、クローニングし、DNA塩基配列を決定した。また、PCR-SSCPにより分類できるgenotypeと、骨塩量(Bone Mineral Density:BMD)や各種骨代謝マーカーとの関連性について検討した。

 その結果、エクソン4のPCR-SSCPにおいて、3種の泳動パターンが得られた。クローニングの結果、975番目のシトシンがグアニンに塩基置換を起こしているalleleが存在することがわかった。この塩基置換を持たないgenotypeをMM、一つ持つgenotypeをMm、二つ持つgenotypeをmmと名付けた。

 また、無治療群での骨塩量の減少率(6ヶ月後、腰椎)については、MM群が他のgenotypeと比較して、骨塩量の減少率が速い傾向にあることがわかった。

 また、MM群で尿中カルシウム排泄量(早朝空腹時尿、クレアチニン補正値)が他のgenotypeに対して有意に多いことが判明した(MM vs mm,0.247vs0.200)。

 次に、ERのイントロン1の遺伝子多型性(PvuII,XbaI)との関連を検討したところ、骨塩量が最も低いgenotypeであるPPxx群におけるMM群の出現頻度が他の群(Mm,mm)と比べて高い傾向にあることがわかった。

 以上、本研究では、骨代謝の立場から、エストロゲン受容体(ER)の多様性についてmRNAレベルおよびDNAレベルで解析した。骨組織および培養骨芽細胞において検出された△4アイソフォーム、△3/4アイソフォームは機能を持たないことがわかった。このようなERアイソフォームの組織での発現量が増加することが、エストロゲンに対する応答性の低下に結びつき、骨粗鬆症の病態と関連している可能性がある。

 また、ERのエクソン内の多型性については高血圧や自然流産の発症頻度との関連性が示唆されているエクソン1の突然変異(silent mutation)以外には現在までに報告はなく、エクソン内に新たな多型性を検出した本研究の意義は大きいと考える。また、すでに報告されているイントロン内の遺伝子多型性と連鎖不均衡にある可能性を示唆している。

 本研究は骨粗鬆症の病態を分子生物学的に理解するためにも役立つと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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