本研究は生体内の種々の臓器で重要な役割を果たしていると考えられるエストロゲンの作用における多様性の機序を細胞レベルあるいは個体のレベルで検討したものである。特に、エストロゲン受容体遺伝子に注目し、その多様性を分子生物学的に解明することを試みたものであり、下記の結果を得ている。 I.骨におけるERアイソフォームの存在を確認するために、ラット骨組織と培養骨芽細胞様細胞であるROS17/2.8細胞を用いて、Reverse Transcriptase-Polymerase Chain Reaction(RT-PCR)を行い、アイソフォームmRNAを検出し、DNA塩基配列を決定した。また、アイソフォーム遺伝子をCOS-7細胞にトランスフェクトし、エストロゲン依存性転写活性の有無を検討した。 その結果、wild type ERの他に、エクソン4を欠失した△4アイソフォーム、エクソン3ならびにエクソン4を同時に欠失したER△3/4アイソフォームの存在を確認した。 さらに、Chloramphenicol Acetyl Transferase assay(CAT assay)を行なったところ、ER△4アイソフォームおよびER△3/4アイソフォームはエストロゲン依存性転写活性を失っていることが判明した。また、wild type ER遺伝子とともに、これらのアイソフォーム遺伝子をトランスフェクトした場合には、wild type ERの作用を修飾することはないことがわかった。 II. 新たなER遺伝子エクソン内の遺伝子多型性の検出と骨代謝における意義に関して検討するために、ERの各エクソン毎にPolymerase Chain Reaction Single Strand Conformational Polymorphism(PCR-SSCP)を行なった。PCR-SSCPゲルより、移動度の異なるバンドを切り出し、クローニングし、DNA塩基配列を決定した。また、PCR-SSCPにより分類できるgenotypeと、骨塩量(Bone Mineral Density:BMD)や各種骨代謝マーカーとの関連性について検討した。 その結果、エクソン4のPCR-SSCPにおいて、3種の泳動パターンが得られた。クローニングの結果、975番目のシトシンがグアニンに塩基置換を起こしているalleleが存在することがわかった。この塩基置換を持たないgenotypeをMM、一つ持つgenotypeをMm、二つ持つgenotypeをmmと名付けた。 また、無治療群での骨塩量の減少率(6ヶ月後、腰椎)については、MM群が他のgenotypeと比較して、骨塩量の減少率が速い傾向にあることがわかった。 また、MM群で尿中カルシウム排泄量(早朝空腹時尿、クレアチニン補正値)が他のgenotypeに対して有意に多いことが判明した(MM vs mm,0.247vs0.200)。 次に、ERのイントロン1の遺伝子多型性(PvuII,XbaI)との関連を検討したところ、骨塩量が最も低いgenotypeであるPPxx群におけるMM群の出現頻度が他の群(Mm,mm)と比べて高い傾向にあることがわかった。 以上、本研究では、骨代謝の立場から、エストロゲン受容体(ER)の多様性についてmRNAレベルおよびDNAレベルで解析した。骨組織および培養骨芽細胞において検出された△4アイソフォーム、△3/4アイソフォームは機能を持たないことがわかった。このようなERアイソフォームの組織での発現量が増加することが、エストロゲンに対する応答性の低下に結びつき、骨粗鬆症の病態と関連している可能性がある。 また、ERのエクソン内の多型性については高血圧や自然流産の発症頻度との関連性が示唆されているエクソン1の突然変異(silent mutation)以外には現在までに報告はなく、エクソン内に新たな多型性を検出した本研究の意義は大きいと考える。また、すでに報告されているイントロン内の遺伝子多型性と連鎖不均衡にある可能性を示唆している。 本研究は骨粗鬆症の病態を分子生物学的に理解するためにも役立つと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |