本研究は大腸癌の肝転移成立の機構を明らかにすることを目的とし、糖鎖抗原sialyl Lewis X(sLeX)の発現量の異なるヒト大腸癌バリアント細胞株KM12-HXとKM12-LXを用いた実験系で大腸癌の肝転移成立の初期段階における癌細胞の動態とそれに与える細胞表面上のsLeX発現量の影響を検討したものであり、以下の結果を得ている. 1.sLeX発現バリアント細胞を用いて、細胞表面上のsLeX発現量を制御する機構を明らかにするため、sLeX糖鎖抗原合成の最終段階に働く糖転移酵素であるfucosyltransferase活性を測定した.その結果、sLeX高発現細胞であるKM12-HX細胞では、sLeX低発現細胞であるKM12-LX細胞と比較してfucosyltransferaseの活性が高く、この酵素が癌細胞表面上のsLeX糖鎖抗原の発現量を制御している可能性が示された. 2.蛍光ラベルしたKM12-HX細胞およびKM12-LX細胞をマウス脾臓に注入し、門脈を経て肝臓に到達した時点での細胞の動態を生体蛍光顕微鏡を用いてin travitalおよびin vivoの系で観察した.その結果、肝臓内に到達した直後には癌細胞は門脈および門脈間の結合組織内に分布すること、24時間後までに次第に肝臓内に残存する細胞数は減少すること、24時間後細胞が残存している部位はシヌソイド内であること、このような初期の癌細胞の動態には細胞表面上のsLeX糖鎖抗原発現量は影響を及ぼさないことが明らかにされた. 3.肝内に残存した細胞がシヌソイド内に分布していたことより、ヒト肝凍結切片を用いて、sLeX発現バリアント細胞株と肝臓の実質部分との接着性を検討した.その結果、sLeX高発現細胞は低発現細胞と比較してヒト肝凍結切片への接着性が高いこと、この接着性は抗sLeX単クローナル抗体によっても、抗E-selectin単クローナル抗体によっても阻害されないことが示された.一方この接着性は細胞をEndo--galactosidase処理することにより阻害されたことから、接着性に直接関与しているのはsLeX糖鎖抗原自身ではなく、sLeX糖鎖抗原と相関して発現量の変化する他の糖鎖抗原である可能性が示唆された. 4.大腸癌細胞の肝凍結切片への接着に関与している肝臓内の分子を解析する目的で、ヌードマウスの肝を用い膜蛋白をビオチンラベルしてlysateを作製し、このlysateのsLeX糖鎖抗原発現バリアント細胞への吸着画分を分離した.この結果、sLeX高発現細胞と低発現細胞では分子量110kDaの分子の吸着に差が認められ、この分子が癌細胞と肝臓との接着に関与している可能性が示された。 以上、本論文はsLeX糖鎖抗原発現バリアント細胞を用いた実験系で、大腸癌の肝転移成立の過程における癌細胞の分布の主座を明らかにした.また癌細胞表面の糖鎖抗原が肝臓に対する接着性と相関することを示し、およびその接着性に関与する癌細胞側の分子に対する新しい知見を与えた.さらに癌細胞と肝臓との接着に関与する肝臓側の分子を同定した.以上より本研究は大腸癌の肝転移成立機構を明らかにする上で重要な貢献なすと考えられ、学位の授与に価するものと考えられる. |