本論文は、細胞癌化におけるErbB-2蛋白質の発現について2つの方向から解析を加えたものである。 第1章では骨肉腫の臨床組織凍結標本を用いて、ErbB-2蛋白質の発現とその臨床的意義について解析しており、第2章ではErbB-2蛋白質を介する細胞癌化のシグナル伝達経路下流に位置する可能性のある、ErbB-2結合分子Tobの機能解析を行っている。 第1章骨肉腫におけるErbB-2蛋白質の発現とその臨床的意義 ErbB-2蛋白質はこれまで乳癌、胃癌など多くの悪性腫瘍で発現が認められているが、肉腫や血球系腫瘍での発現の報告はほとんどなかった。また、正常骨組織ではErbB-2蛋白質の発現はないものと報告されている。この論文では、骨肉腫におけるErbB-2蛋白質の発現を以下のような分子生物学的手法並びに統計学的手法を用いて解析している。 骨肉腫臨床組織凍結標本26例を材料として、ErbB-2抗体を用いたウエスタンブロッティング、c-erbB-2cDNAをプローブとするサザンブロッティング、およびc-erbB-2膜貫通部位の点変異を調べるためにPCR-SSCP法を行った。その結果骨肉腫26例中11例(42%)にErbB-2の発現を認めた。ウエスタンブロッティング、サザンブロッティング、およびPCR-SSCP法の結果より、骨肉腫症例ではDNAレベルでの異常は認められなかった。従って、骨肉腫におけるErbB-2蛋白質の発現は転写、翻訳のレベルでの何らかの異常が原因と考えられた。次に、これらErbB-2蛋白質の発現と臨床経過との関連を統計学的に解析した。その結果次のような知見が得られた。第1に、ErbB-2蛋白質陽性症例では1年生存率が61%であり、3年生存率は14%であった。それに対し、ErbB-2蛋白質陰性症例では1年生存率100%であり、3年生存率は84%であった。第2に、ErbB-2蛋白質の発現と肺転移との関連が統計学的に有意であった(P<0.05)。また、ErbB-2蛋白質陽性症例では、初診より6カ月以内に肺転移を生じるリスクが高かった(P<0.05)。第3に、ErbB-2の発現と化学療法非感受性に関連が認められた(P<0.01)。これらのデータより、ErbB-2蛋白質は骨肉腫症例において細胞を増殖させ、更に、遠隔転移能を高める役割を果たしていることが示唆された。 ErbB-2蛋白質の発現検索に用いるウエスタンブロッティングは、少量のサンプルしか必要とせずしかも容易に行える。ウエスタンブロッティングによる迅速な診断は、過大な手術療法の見直しや、遠隔転移の早期発見にとって極めて有用となる可能性がある。 第2章癌化におけるErbB-2蛋白質による細胞増殖促進作用の研究(ErbB-2蛋白質結合分子Tobの機能解析) ErbB-2蛋白質結合分子であるTobの機能を解析するため各種Tob変異体の発現プラスミドを作成し、その細胞増殖抑制に及ぼす影響を分子生物学的、細胞生物学的手法を用いて解析している。9種類のTobおよびTob変異体の発現プラスミドを構築し、コロニーフォーメーションアッセイ、マイクロインジェクションを行い、Tob蛋白質のもつ増殖抑制の機能ドメインを検索した。さらに、GST-Tob融合蛋白質を用いて、Tobの増殖抑制ドメインと結合特性のある蛋白質を同定している。コロニーフォーメーションアッセイ、マイクロインジェクションの結果、Tobの増殖抑制ドメインは1-103アミノ酸領域、並びに104-163アミノ酸領域であることが示唆された。この領域を含むようなGST-Tob変異体融合蛋白質を数種類作成し、それらと結合特性のある蛋白質を調べたところ、前者の領域ではCdk2,Cdk4,Cdk6との結合特性が認められ、後者の領域ではhCAF1(human CCR4 Associated Factor 1)との結合特性が認められた。 ErbB-2蛋白質からのシグナルはShc-MAPKinaseのシグナル伝達経路で細胞増殖を刺激する傍ら、Tobのような増殖抑制因子をも制御することにより、細胞を増殖促進の方向に進ませる可能性が考えられる。 以上、本研究は、骨肉腫におけるErbB-2蛋白質の発現を初めて明らかにしており、更に、その発現と臨床経過とが関連することを明らかにした。また、ErbB-2蛋白質結合分子Tobの細胞周期制御機能ドメインの同定を行った。前者は、骨肉腫疾患の臨床診断ならびに予後判定の進歩に貢献しうるものであり、後者は、ErbB-2蛋白質を介する新規シグナル伝達経路の解明に重要な貢献をなしうるものであるため、学位授与に値すると認められる。 |