学位論文要旨



No 112841
著者(漢字) 森,芳久
著者(英字)
著者(カナ) モリ,ヨシヒサ
標題(和) 骨端軟骨組織中の破骨細胞活性化因子および骨芽細胞増殖因子
標題(洋)
報告番号 112841
報告番号 甲12841
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1211号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 町並,陸生
 東京大学 教授 柳澤,正義
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 助教授 長野,昭
内容要旨 緒言

 骨格を形成する多くの骨は内軟骨骨化によって形成される。軟骨性骨原基が成長して石灰化すると、血管の侵入を契機に軟骨が骨へと置換される。軟骨細胞の増殖、肥大化に関しては、いくつかの因子の制御を受けていることが明らかになりつつある。しかし軟骨が骨に置換される際に、どのような因子がどの細胞に作用して骨化を進めるかに関しては不明な点が多い。この置換が起こる領域では、盛んな軟骨・骨吸収、骨形成が見られることから、破骨細胞および骨芽細胞を活性化する因子が軟骨内に存在することを示唆している。本研究の目的は骨端軟骨中に存在する骨吸収ならびに骨形成を活性化する因子を求め、その作用を細胞レベルで明らかにすることである。

材料と方法

 胎生3カ月から5カ月のウシ胎仔四肢から採取した骨端軟骨にguanidium chlorideを作用させて得られた抽出物に対し、aceton分画、限外濾過、ゲル濾過を行った。得られた分子量10-50kD画分をヘパリンアフィニティーカラムに展開し、0.5M NaClで溶出する画分(Hep-0.5M)をC4逆相HPLCカラムによりさらに分画した。破骨細胞形成作用の見られたピークをC8逆相HPLCカラムにより最終精製を行い、エドマン分解法によりN末端アミノ酸配列を決定した。

 マウス脾臓から得たblast cellから形成される酒石酸抵抗性酸ホスファターゼ活性陽性多核細胞数、あるいは凍結融解により成熟破骨細胞を除去した造血細胞を含むマウス全骨細胞を6または7日間象牙片上で培養して形成される吸収窩の面積により、破骨細胞形成作用を検討した。精製因子の成熟破骨細胞に対する作用は、ウサギ未分画全骨細胞を象牙片上で培養することによって形成される吸収窩の面積を測定することにより検討した。また破骨細胞のみを培養して同様に検討した。

 骨端軟骨抽出物中には株化骨芽細胞MC3T3-E1の増殖を促進する作用と分化を抑制する作用とが見られたので、この中に存在するchondromodulin-I(ChM-I)とchondromodulin-II(ChM-II)とのMC3T3-E1の増殖と分化に対する作用を検討した。増殖の指標としてDNA合成を、分化の指標としてアルカリホスファターゼ(ALP)活性を測定した。マウスの初代培養の骨芽細胞でも同様に検討した。

結果と考察1.軟骨抽出物中の破骨細胞活性化因子

 ヘパリンアフィニティーカラムにより、非吸着画分、Hep-0.5Mおよび1.2M NaClで溶出する画分(Hep-1.2M)の3画分を得た。Hep-0.5Mはマウス脾臓から得たblast cellの破骨細胞様多核細胞への分化を促進したので、この画分のどこにこのような作用があるかを検討するため、Hep-0.5MをC4逆相HPLCによりさらに19個の蛋白質ピークに分画した。これら19画分の破骨細胞形成に対する作用を、凍結融解したマウス未分画全骨細胞を使って検討した。破骨細胞形成促進活性の見られた第5ピークをさらにC8逆相HPLCにより分画し、最終精製物(C8-4)を得た。そのN末端アミノ酸配列は、AQDDYRYIHFLTQHYDAKPKGRNDEYXPNMであった。27残基目のアミノ酸は検出されなかったが、その他はbovine angiogeninのN末端アミノ酸配列に一致した。Angiogeninは血管新生作用を持つことが知られている蛋白質である。

 凍結融解したマウス未分画全骨細胞にC8-4を添加して培養すると、C8-4は10ng/mlをピークとして用量依存的に破骨細胞形成を促進した。そこで化学合成human angiogeninを用いて同様に検定したところ、C8-4と同等の活性を持っていた。したがって骨端軟骨中にはangiogeninが存在し、破骨細胞形成促進活性を持っていることが明らかになった。

 成熟破骨細胞に対する活性は、ウサギ末分画全骨細胞を培養した場合、精製bovine angiogenin(C8-4)と合成human angiogeninとは用量依存的に骨吸収を促進した。しかし、破骨細胞のみを単離して培養した場合には骨吸収促進活性は見られなかった。したがってangiogeninは破骨細胞以外の細胞を介して間接的に破骨細胞の骨吸収を促進すると考えられた。

 Angiogeninは破骨細胞の形成と破骨細胞による骨吸収とを促進した。Angiogeninによる骨吸収促進作用によって軟骨・骨基質は溶解し、新たに骨基質を蓄積する空間と骨髄の空間を作り出していくと考えられた。Angiogeninには血管新生作用があることも知られており、血管侵入を促進するという点でも内軟骨骨化の進展に寄与していると推定される。

2.軟骨抽出物中の骨芽細胞増殖因子

 Hep-0.5MとHep-1.2MとはMC3T3-E1のDNA合成を促進する一方で、ALP活性を抑制した。Hep-1.2M中にはChM-Iが、Hep-0.5M中にはChM-IIが存在することが報告されている。ChM-IとChM-IIとは濃度依存的にMC3T3-E1の細胞数とDNA合成とを増加させた。またChM-IとChM-IIとは濃度依存的にMC3T3-E1のALP活性を抑制した。初代培養骨芽細胞に対しても、ChM-IとChM-IIとはDNA合成を促進し、ALP活性を抑制した。したがって、生体内においてChM-IとChM-IIとは骨芽細胞の分化を抑制したまま増殖を促進し、その消失により骨芽細胞の分化が進展するといった作用機序が考えられた。ChM-I、ChM-IIの軟骨細胞のDNA合成を促進する作用は、basic fibroblast growth factorが存在すると相乗的に強くなることが知られているが、MC3T3-E1に対しては相加的な促進作用が見られ、細胞によりChM-IおよびChM-IIの作用発現機序が異なる可能性が示唆された。

結論

 骨端軟骨から精製した破骨細胞活性化因子の一つがangiogeninであった。またChM-IとChM-IIとは骨芽細胞の増殖を促進した。これらの軟骨由来の因子の作用により軟骨から骨への変換が進展すると考えられた。

審査要旨

 本研究は、内軟骨骨化において軟骨が骨に置換される際に重要な役割を演じていると考えられる成長因子の作用を明らかにするため、破骨細胞の形成と活性化とを測定する系、および骨芽細胞の増殖と分化とを測定する系にて、ウシ骨端軟骨から精製された蛋白質の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.ウシ胎仔四肢の骨端軟骨にguanidum chlorideを作用させて得られた抽出物に対し、aceton分画、限外濾過、ゲル濾過を行い、ヘパリンアフィニティーカラムによりさらにその精製を行った。マウス破骨細胞形成促進作用の見られた0.5M NaClで溶出される画分を、C4逆相HPLCカラムにて19個の蛋白質ピークに分画した。活性の見られた5番目のピークを、さらにC8逆相HPLCカラムにより精製し、C8-4を得た。C8-4のN末端アミノ酸を分析したところ、bovine angiogeninのそれと一致することが示された。

 2.C8-4は10ng/mlをピークとして用量依存的にマウス破骨細胞の形成と、ウサギ成熟破骨細胞による骨吸収とを促進した。化学合成human angiogeninを用いて同様に検定したところ、C8-4と同等の活性を検出した。したがって、ウシ骨端軟骨中には血管新生因子として知られているangiogeninが存在し、破骨細胞形成促進および骨吸収促進作用を持っていることが示された。この作用によって軟骨・骨基質は溶解し、新たな骨形成の場を作り出すと考えられた。

 3.ウサギ成熟破骨細胞のみを単離して骨吸収促進作用を検定したところ、骨吸収促進活性は見られなかった。したがってangiogeninは、破骨細胞以外の細胞を介して間接的に破骨細胞を活性化して骨吸収を促進すると考えられた。

 4.ヘパリンアフィニティーカラムから0.5M NaClで溶出される画分と、1.2M NaClで溶出される画分とは、株化骨芽細胞MC3T3-E1のDNA合成を促進し、アルカリホスファターゼ活性を抑制した。前者にはchondromodulin-IIが、後者にはchondromodulin-Iが含まれていることが報告されているので、これらのMC3T3-E1に対する作用を検討したところ、どちらもMC3T3-E1の細胞数とDNA合成とを増加させ、分化の指標であるアルカリホスファターゼ活性を抑制することが示された。したがって、chondromodulin-I,-IIは骨芽細胞の分化を抑制したまま増殖を促進し、骨形成に寄与するものと考えられた。

 以上、本論文はangiogeninが骨端軟骨中に含まれ、破骨細胞の形成と骨吸収とを促進していることを明らかにした。また、骨端軟骨中に含まれるchondromodulin-I、-IIは骨芽細胞の増殖を促進することを明らかにした。本研究は内軟骨骨化のメカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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