学位論文要旨



No 112842
著者(漢字) 戴,敏
著者(英字)
著者(カナ) ダイ,ミン
標題(和) 猫における脊髄局所冷却の抗侵害作用に対する内因性オピオイドの関与について
標題(洋) Mediation of Local Spinal Cord Cooling Antinociception by the Endogenous Opioids in Cats
報告番号 112842
報告番号 甲12842
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1212号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金澤,一郎
 東京大学 教授 宮下,保司
 東京大学 教授 高橋,智幸
 東京大学 助教授 田上,恵
 東京大学 助教授 中村,耕三
内容要旨

 (一)目的:脊髄局所低温による神経組織の影響(Denng-Brown.1945)、神経線維伝導のブロック(Albin.1963)、低温鎮痛は神経細胞活動の抑制、或は、AとC神経線維の抑制によるインパルスの伝導障害と指摘されている。一方、ストレス誘導鎮痛(SIA,stressinduced analgesia)現象も考えられる。今回、神経電気生理学的手法を用い、腰部脊髄局所冷却による脊髄後角細胞活動への影響に、内因性オピオイドが関与しているかを検討した。

 (二)方法:成ネコを用い、中脳綱様体除脳後に腰部椎弓切除後、脊髄を横切断し、硬膜切開により第三腰椎から馬尾まで脊髄を露出した、微小電極を腰部膨大部の脊髄後角のL7後根の入る付近に刺入し、脊髄温度以外の条件を生理学的正常範囲内に保ちながら、冷却前(対照値)、冷却中、ナロキソン投与後の発射数を記録した、後角細胞の反応を細胞外微小電極誘導法にて自発発射数およびピンチ法による誘発発射数を記録した。冷却の範囲はL3から馬尾まで、生理食塩水(15℃)を5ml/分の速度で連続潅流し、脊髄表面温度は21℃-22℃に維持した、サーミスター電極により脊髄表面の温度を観察した。水素クリアランス法による脊髄局所血流量の変化を観察しました。

 連続脊髄表面冷却1時間後にナロキソン0.1mg/kgを静注したのち、5分おきに発射数を測定した。ナロキソンの効果の消失は、発射数がナロキソンの投与する前と同じレベルとなった時点とした。統計処理にはANOVAを用い、P<0.05を有意とした。

 (三)結果:冷却前の発射数を100%とした場合、冷却開始1時間後、ナロキソン投与5分後、25分後、自発発射数は:42.04±9.46%,133.08±36.7%,101.68±33.7%となった。誘発発射数は:59.22±13.35%,124.99±40.36%,74.49±13.34%となっ。冷却1時間後とナロキソン投与5分後との間に有意差があった。冷却前の血流量を100%として、冷却1時間後、復温後の血流量は各々76.27±10.24%,131.26±26.27%であった。

 (四)考察:冷却によって抗侵害刺激作用が出現し、脳脊髄内だけでなく末梢組織でもオピオイドペプチドの急激な遊離、放出とともに生合成の亢進があり、脳脊髄液とか血清中のオピオイドペプチド含量増加が認められる。従って、今回の脊髄表面冷却の刺激による後角細胞の発射数減少傾向は脊髄内と血清中のオピオイドペプチド含量増加を一つの因子と考えられる。その根拠としては、ナロキソン投与によって、オピオイドの作用が拮抗され、冷却中でも脊髄後角細胞活動の発射数が活発化したからである。

 (五)結語:脊髄表面冷却により脊髄後角細胞活動が抑制されるが、その機構には内因性オピオイドが関与していることが推測された。

審査要旨

 冷却鎮痛は神経細胞活動の抑制、或は、AとC神経線維の抑制によるインパルスの伝導障害にもとづくと考えられている。最近では、ストレス誘導鎮痛(SIA,stress-induced analgesia)と(DNIC,diffuse noxious inhibitory control)の研究から痛みの内因性制御機構を形成している内因性オピオイド系の関係が注目されている。本研究は神経電気生理学的手法を用い、ネコの腰部脊髄局所冷却による脊髄後角細胞活動への影響に、内因性オピオイドが関与しているかを検討した、下記の結果を得られている。

 1、15度の生理食塩水潅流群は潅流60分後脊髄後角細胞活動の自発發射数は33.1±7.7%に減少し、誘発發射数は31.4±5.5%に減少した。ナロキソンを静脈内に投与した後は自発發射数及び誘発發射数に有意な回復が見られた。

 2、35度の生理食塩水潅流群は潅流前,潅流中,ナロキソン投与後の脊髄後角細胞の自発発射数及び誘発発射数に有意な変化がなかった。

 3、15度の生理食塩水潅流群はナロキソン投与後の脊髄局所血流量の変化は冷却中との間に有意差がなかった。冷却中、ナロキソン投与後の脊髄局所血流量の変化は冷却前との間に有意差があった。

 4、35度の生理食塩水潅流群は潅流中、ナロキソン投与後の脊髄局所血流量の変化は潅流前との間に有意差はなかった。

 以上、本論文は15度の生理食塩水潅流群は脊髄後角細胞活動の発射数が有意に低下することを認め、ナロキソン投与によって、オピオイドの作用が拮抗されたことにより冷却中でも脊髄後角細胞活動の発射数が活発化した。この現象から、脊髄表面冷却により脊髄後角細胞活動が抑制されるが、その機構には内因性オピオイドが関与していると考察できた。本研究は脊髄レベルで脊髄の冷却における鎮痛機構に関することを研究し、冷却による神経細胞に対する影響を更に明らかにできた。今後、痛みの治療にとっても大く貢献をできる。学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク