学位論文要旨



No 112843
著者(漢字) 市岡,滋
著者(英字) Ichioka,Shigeru
著者(カナ) イチオカ,シゲル
標題(和) 皮膚微小血管新生に及ぼすshear stressの効果に関する生体顕微鏡的研究
標題(洋) The Effects of Shear Stress on the Skin Microvascular Angiogenesis : In vivo Microscopic Study
報告番号 112843
報告番号 甲12843
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1213号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井街,宏
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 助教授 中川,秀己
 東京大学 客員助教授 安藤,譲二
 東京大学 講師 菊池,かな子
内容要旨

 外科学一般の関心事である組織再生や創傷治癒過程において血管新生が重要な役割を持つことは疑いをはさむ余地はない。また成人病や放射線治療後の合併症において血行不全による組織の虚血が大きな問題となることも多く、その治療法の開発にも血管新生が鍵を握っていると考えられる。さらに固形悪性腫瘍、血管腫、増殖性網膜症などは血管新生病(angiogenic disease)と総称され血管新生がその基本病態と深い関係をもっている。このように血管新生という現象は医学の様々な分野において重要な意味をもつが、いまだそのメカニズムは不明な部分が多く、とくに血流に起因する流体力学的因子の役割の解明は不十分である。

 一方、最近の脈管学における研究により、血管の形態や機能が、血流量や血流に起因する壁ずり応力(wall shear stress)によって著しく影響される事実が明らかになりつつある。1980年、Kamiya and Togawaの大血管における内径適応反応の検証に始まり、Languilleら(1986)による反応の内皮依存性(endothelium dependency)の証明がきっかけとなって、培養内皮細胞を用いたin vitro実験により、培養液の流れ負荷に対する内皮細胞機能の反応を検索する研究が、広範に行われるようになった。その結果、shear stress負荷が内皮細胞の遊走・増殖を促進し、NOや各種サイトカインなどの生理活性物質の発現や細胞内情報伝達系の、Ca2+濃度反応影響を及ぼすことが明かとなった。さらに、shear stress負荷が内皮細胞の接着分子の遺伝子発現を修飾して、白血球との相互作用にも影響を及ぼすことが報告されている。こうした研究成果から、血管内皮細胞の機能がホルモンやサイトカインなど化学的刺激だけでなく、流れずり応力といった機械的刺激によっても調節を受けることが明らかになった。

 血管新生を制御する因子としてもshear stressが重要であると推定されている。実際に骨格筋における毛細血管新生は、血管拡張剤の長期投与による末梢血流量の増大によって刺激され、その組織内構築密度を適応性に増加させることが認められている。しかし、いまだshear stressが微小血管新生を制御している実験的証拠は示されていない。

 本研究では生体顕微鏡観察システムを用いin vivoでの血管構築の定量と血行動態の解析を行い、血管新生のメカニズムに関わるShear stressの役割を検討した。

(方法)

 日本白色家兎に微小循環観察用耳介透明窓(rabbit ear chamber:REC)を装着後、血管拡張薬である塩酸プラゾシン(1-blocker)水溶液(50mg/l)を経口投与し、血流負荷実験群とした。対照群は同期間精製水を投与した。各群についてREC装着術後7から23日目(postoperative day:POD)まで経時的に窓内に新生される微小循環を生体顕微鏡TVシステム下にビデオ録画した。観察窓には500m四方の格子を10x10個印刷してあり、画像のビデオ記録は弱拡大で観察窓の全体像および強拡大で格子の1個づつについて行った。全体像をコンピューターに取込み、画像処理計測ソフトウェアーを用いて2値化処理をして再生組織が創腔に占める面積(covered area:CA%)を計測し、CA曲線の勾配から1日あたりの再生血管組織の発育速度を求めた。また格子毎の画像についても血管を白、backgroundを黒とする2値化画像を作成し、ピクセルのグレー値平均を測定した。その値から再生組織内における平均血管密度(mean vascular density:MD)を算出し、CAとMDの積から窓内に占める微小血管の相対面積(relative vascular area:RA%)を求めた。

 9、13、21PODにshear stress()を計測するため20-40mの細静脈を対象としてdual window法を使って流速(v mm/sec)を測定した。画像解析ソフトで血管半径(r mm)を求め、=4f/r3=4v/rに従ってshear stress()を計算した。血液の粘性()は文献値=3×10-2dyne・sec/cm2を用いた。

 内皮細胞の増殖能に対する塩酸プラゾシンの直接作用を検討するため、プラゾシン存在下でのヒト臍帯静脈由来の培養内皮細胞(HUVEC)の増殖を調べた。培養液(M199)にプラゾシンを0、15、150ng/mlの濃度で溶解し、1、3、5、7日目にCoulter counterにより細胞密度(cells/well)を計測した。

(結果)

 観察窓内に最初に新生血管が出現した時期はプラゾシン投与群で6.5±0.61POD、コントロール群で8.6±0.51PODであった(P<0.05)。また窓が完全に血管組織で埋まるまでの期間はコントロール群21.3±0.59日に対し、投与群で17.3±0.33日であった(P<0.001)。CAは7-17POD、MDは11-23POD、RAは9-23PODにおいて投与群が有意に高い値を示した。投与群における最終的RA値はコントロール群に比べ21%の増加であった。1日あたりの再生血管組織の発育速度は7から11PODで投与群において有意に増加した。

 Shear stressの経時変化について、9PODで投与群(2.48±0.27dyne/cm2)においてコントロール群(1.55±0.26dyne/cm2)に比し約1.6倍の有意な上昇が見られた(P<0.05).その後投与群のshear stressは9から13PODにかけて減少しコントロール群の値に近づき、13及び21PODでは両者に有意差はなくなった。

 プラゾシン濃度0、15、150ng/mlにおいてHUVECsの増殖曲線には有意差がみられなかった。

(考察)

 本実験結果から末梢血流を増加させる意図で投与した1-blockerである塩酸プラゾシンにより微小血管新生が刺激促進されることが明かとなった。RAの増加は総血管床面積の増大を意味し、その時間経過をみるとプラゾシン投与群では、より太い血管による密な血管網が、より速く構築されることが判る。

 最近の研究で血管新生を含めた血管系のリモデリングには血行力学的因子の中でもshear stressが特に重要な役割を演ずることが証明されつつある。本研究で血流負荷群の再生血管組織の発育速度は11PODまでの創傷治癒初期の段階で有意に亢進しており、その時期は上昇したshear stressがコントロールレベルにdown regulationされるまでの期間(9PODから13POD)とよく相関する。これらのtime courseと血管構築の変化から考えると血管新生メカニズムに対するshear stressの効果は次のように推定することができる。すなわち1)プラゾシン投与は初期の段階で新生微小血管におけるshear stessを増加させる。2)増加したshear stressは微小血管の増殖能を刺激する。3)その結果血管床が増大することによりshear stressは減少して、コントロールのレベルに近づき、リモデリングのprocessが完了する。このようなstress-response relationshipに基づく制御メカニズムは、すでに大血管のshear stressに対する内径の変化などで確かめられている血管系の適応反応の一つであると考えられる。同様に負荷されたstressに対応してその形態を適応変化させるというリモデリングの機構は骨や軟部組織など生体の他の組織においても知られているものである。

(結語)

 微小循環観察用ウサギ耳介透明窓において慢性的な塩酸プラゾシン(1-blocker)の投与は組織再生過程における初期のshear stressを上昇させ、血管新生を促進した。それに伴い初期に増大したshear stressは経時的にコントロール値に制御された。本研究結果より創傷治癒における血管新生のメカニズムはshear stressに対する血管系の内皮依存性適応制御反応により調節されていることが示唆された。

審査要旨

 近年の研究で血流に起因する機械的応力であるshear stressが血管系のリモデリングに重要な役割を演じていることが解明されつつあるが、その血管新生における効果はいまだ十分に解明されていない。本研究では生体顕微鏡観察システムを用いin vivoでの血管構築の定量と血行動態の解析を行い、血管新生のメカニズムに関わるshear stressの役割を検討し、以下の結果を得ている。

 1.生体の微小循環を観察するために生体顕微鏡TVシステムを用いて新生された血管を経時的、定量的に把握するためのmethodologyを確立した。具体的にはウサギ耳介透明窓(rabbit ear chamber)の窓面に500m四方の格子模様を10×10個印刷し、そのそれぞれ格子内に新生した血管を約500倍の倍率でビデオ録画し、その画像をコンピュータに取り込み画像処理ソフトにより2値化画像とした。2値化画像に対し画像計測用ソフトを用いて平均濃度を測定することにより平均血管密度、総血管床面積といった血管新生を定量的に表わすパラメーターを算出した。

 2.血流増加の血管新生への影響を調べるため細胞増殖などの作用がなく末梢の血流を増加させることが文献上確認されている-blockerであるプラゾシンを用いた。同薬を長期投与したウサギの透明窓内血管新生を定量し、対象群と比較した。

 3.微小血管における血流速度を計測することによりshear stressの算出を行った。20-40mの細静脈を対象としてdual window法を使って流速(v mm/sec)を測定した。画像解析ソフトで血管半径(r mm)を求め、=4f/r3=4v/rに従ってshear stress()を計算した。血液の粘性()は文献値=3×10-2dyne・sec/cm2を用いた。

 4.上記方法により得られるデータから、血流負荷により増加したshear stressに対し血管新生が亢進し、そのためshear stressが一定に保たれるという結果が示唆された。血管新生は内皮細胞が血流を検知し、生体にもっとも有利な血管系を構築しうようとする適応制御反応の一環であることの実験的傍証が得られた。

 本研究結果より創傷治癒における血管新生はshear stressに対する血管系の内皮依存性適応制御反応により調節されていることが示唆された。血管構築のリモデリングや血管新生のメカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54591