学位論文要旨



No 112845
著者(漢字) 善本,三和子
著者(英字)
著者(カナ) ヨシモト,ミワコ
標題(和) ウシ網膜色素上皮細胞に発現する免疫グロブリン様糖蛋白RPE7の同定と機能解析
標題(洋) Identification and Characterization of RPE7,A Novel Member of Ig Superfamily Expressed in the Bovine Retinal Pigment Epithelial Cell
報告番号 112845
報告番号 甲12845
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1215号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 廣澤,一成
 東京大学 教授 脊山,洋右
 東京大学 教授 伊藤,幸治
 東京大学 助教授 中川,秀己
 東京大学 助教授 新家,眞
内容要旨 緒言

 網膜色素上皮細胞(RPE)は、神経網膜と脈絡膜の間に位置する単層立方状の上皮細胞で、神経網膜-脈絡膜間の代謝産物の輸送、視細胞外節の貪食、Vitamin Aの貯蔵・代謝、血液網膜関門など、網膜機能のうちでも特に光受容機能の維持を果たす支持細胞と位置づけられている。本研究ではRPEの機能を更に深く明らかにするために、RPE特有の形態に局在する蛋白質分子をモノクローナル抗体を用いて選別し、その蛋白質の形態学的局在、cDNAクローニングおよび機能解析の結果よりその抗原分子の網膜における役割について考察した。

材料と方法1.モノクローナル抗体の作製

 (1)動物の免疫:ウシ眼球より網膜色素上皮細胞(RPE)を採取し、PBSに浮遊させた細胞浮遊液(1x107 cells)を生後8週齢のBALB/cマウスに腹腔内投与した。

 (2)細胞融合:尾静脈血清で抗体価の上昇を確認したマウスの脾細胞と、ミエローマ細胞(Ag8.653)をポリエチレングリコールを用いて細胞融合させハイブリドーマを作成した。スクリーニングには、ハイブリドーマの培養上清を用い、ウシ網膜凍結切片の免疫組織化学的染色を行い、RPEおよび神経網膜の染色パターンにより本研究の目的にかなう抗体を選択し、限界希釈法にてクローニングをおこなった。

 (3)腹水の調製:クローニングしたハイブリドーマを、成熟BALB/cマウスに腹腔内投与し、腹部の顕著な肥大が認められたのち、腹水を採取した。

 (4)抗体の精製:得られた腹水から、Protein Gアフィニティーカラムを用いてモノクローナル抗体を精製し以後の実験に使用した。

2.蛍光抗体法(間接法)

 組織を4%Formaldehydeを含むリン酸緩衝液で固定後、凍結切片を作製し、1次抗体(Hybridoma培養上清、および精製モノクローナル抗体)及びFITC標識2次抗体で染色し、蛍光顕微鏡で観察した。

3.免疫電顕

 ウシ網膜をアルデヒド固定液(0.1%Glutaraldehydeおよび4%Formaldehydeを含むリン酸緩衝液)で固定後、ビブラトームで40m厚切片を作製し、0.05%サポニン処理後、精製モノクローナル抗体及びHRP標識2次抗体と反応させた。さらに1%Glutaraldehydeを含むリン酸緩衝液で再固定し、ジアミノベンチジン(DAB)反応を行い、オスミウム固定後、アルコール系列で脱水し、エポン樹脂に包埋、超薄切片を作製し、透過型電顕(JEOL1200EX)で観察した。

4.ウエスタンブロット解析

 ウシ眼球より採取した神経網膜およびRPEを、0.32M Sucrose、3mM MgCl2、3mM EGTAおよびProtease Inhibitorを含むTris緩衝液中でホモジナイズした後、10%SDSポリアクリルアミドゲルで電気泳動しメンブレンに転写した。メンブレンはモノクローナル抗体、アルカリフォスファターゼ標識2次抗体と反応させ、BCIP/NBTを基質に用い発色させた。

5.cDNAクローニング

 (1)cDNAライブラリーの作製とImmunological Screening:ウシ網膜および脈絡膜よりAGPC法(acid guanidium thiocyanate-phenol-chloroform method)によりTotal RNAを、Oligo(dT)Sepharoseを用いてPoly(A)+RNA、更にcDNAを調製し、発現ベクターgt11に組み込みcDNAライブラリーを作製した。Immunoscreeningは精製モノクローナル抗体を用い常法に従って行い、陽性クローンをpBleuscriptベクターにサブクローニングしA.L.F.DNA Sequencer II(Pharmacia)を用いてジデオキシ法により塩基配列を決定した。

 (2)ノーザンブロット解析:組織から得られたTotal RNA10gを1%アガロースゲルに電気泳動した後メンブレンに転写し、32PラベルしたRPE7cDNAフラグメント(BamHI-BamHI fragment)をプローブに用いHybridyzeさせた。

6.発現ベクターの作製とトランスフェクション

 RPE7 cDNAのOpen Reading FrameをPCRで増幅し、発現ベクターpcDNINeoに組み込み、エレクトロポレーション法を用いてCOS-7細胞に発現させた。3日間培養後、ホルムアルデヒド溶液で固定し、抗RPE7 モノクローナル抗体、FITC標識2次抗体を用いた蛍光抗体法で蛋白発現を確認した。

7.ウシ網膜色素上皮細胞の培養およびザイモグラフィー

 ウシ眼球よりトリプシン処理によりRPEを採取し、10%FCSを含むダルベッコ改変培地(DMEM)で培養し、蛍光抗体法にて抗原の発現を確認した。ゼラチンザイモグラフィーは、その培養上清をゼラチンを基質に含むSDSポリアクリルアミドゲルで電気泳動し、Ca2+、Zn2+存在下で反応させメタロプロテアーゼの活性を調べた。

結果1.モノクローナル抗体の作製

 得られた数種類のモノクローナル抗体は、ウシ網膜凍結切片の蛍光抗体法(間接法)では様々な染色パターンを呈した。RPEでは、細胞膜を認識するもの、細胞質を認識するもの、さらには神経網膜も染色するような数種類のモノクローナル抗体が得られた。そのうち、RPE細胞表面と、神経網膜のなかでも特に支持細胞であるミュラー細胞と思われる部位を強く染色するような抗体、抗RPE7抗体を選択し、その抗原蛋白RPE7について解析を行った。

2.ウエスタンブロット解析

 抗RPE7抗体は、RPEおよび神経網膜において分子量40-50キロダルトンの幅広いバンドを認識した。このような幅広いバンドの出現は糖鎖の結合によるものと考えられる。

3.免疫電顕

 ウシ網膜を用いた免疫電顕で、RPEおよびミュラー細胞膜表面にDAB反応産物がみられた。抗RPE7抗体を用いた蛍光抗体法でみられた神経網膜の染色は、ミュラー細胞表面に由来することが確認された。

4.特異性

 種特異性を網膜凍結切片で調べたところ、抗RPE7抗体は、ウシ以外にはブタで陽性、ニワトリ、マウス、カエルに陰性であった。また、臓器特異性をウシの他臓器で調べたところ、尿細管上皮細胞膜および大腸吸収上皮細胞膜を認識した。

5.cDNAクローニング

 Immunoscreeningにより得たRPE7cDNAは、ノーザンブロットで1.8kbのmRNAを認識した。予想されるアミノ酸配列より、ウシRPE7は271アミノ酸からなる免疫グロブリン様領域をもった膜貫通蛋白質で、ある種の蛋白質群のSpecies Homologueであることがわかった。この蛋白質群には、HT7(ニワトリ)、basigin(マウス)、OX-47(ラット)、M6(ヒト)、EMMPRIN(ヒト)などが含まれ、これらは血液脳関門を形成する血管内皮細胞や活性化リンパ球、癌細胞などの膜表面に存在する糖蛋白質であるが、それぞれの蛋白質の機能解析は充分に行われているとは言い難い。

6.ウシ網膜色素上皮細胞培養系を用いたザイモグラフィー

 上記蛋白質群のなかで、EMMPRINは、癌細胞の浸潤、転移に重要な細胞外マトリックスメタロプロテアーゼを誘導する蛋白質としてクローニングされた。そこでウシRPE培養上清中のメタロプロテアーゼ活性を調べたところ、抗RPE7抗体を添加することによりその活性が増強されることがわかった。

考察

 網膜における細胞外マトリックスには、Interphotorecepter Matrix(IPM)、ブルッフ膜、内境界膜などがあり、RPEは、基底部が基底膜を介してブルッフ膜と接し、また頂部はその微絨毛突起が視細胞外節およびIPMと絡みあう構造をしており、さらにブルッフ膜の再構築にも関与している。網膜の形態および機能の維持において、細胞外マトリックスが関与する可能性のある過程として、生理的状態では視細胞外節の貪食、病的状態では網膜剥離、増殖性硝子体網膜症などでみられるRPEのMigrationなどを挙げることができるが、その詳細な機序は充分に解明されているとはいえない。細胞外マトリックスを基質特異的に分解するメタロプロテアーゼ活性がIPM分画に存在すること、およびRPE培養上清中にその酵素活性が豊富に存在することは、前述の諸過程にRPEが、メタロプロテアーゼを介して深く関わっていることを示唆している。

 本研究において作製されたモノクローナル抗体、抗RPE7抗体は、ミュラー細胞およびRPE細胞膜表面に存在する膜蛋白質を認識し、この抗体をウシRPE培養系に加えると、その培養上清中のメタロプロテアーゼ活性を増加させることがわかった。現在のところ、そのリガンドは不明であるが、RPE7は網膜色素上皮細胞のメタロプロテアーゼ産生および分泌を調節するような膜蛋白質として機能していることが強く示唆された。

審査要旨

 本研究は網膜機能の維持のために重要な役割を演じている網膜色素上皮細胞(RPE)の機能を分子レベルでさらに深く追及するために、ウシRPEに対するモノクローナル抗体を作製し、RPE特有の形態に局在する抗原蛋白質を選別し、その蛋白質の形態学的、分子生物学的解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.ウシRPEをマウスに免疫し、8種類のモノクローナル抗体を作製した。それらの抗体はRPEの細胞膜を認識するもの、細胞質を認識するもの、さらにRPEだけでなく神経網膜も認識するものがあり、それぞれについて解析をおこなった。

 2.そのなかの抗RPE7抗体が認識するRPE7という蛋白質は、免疫電顕の結果、網膜における2種類の支持細胞である、RPEの細胞膜とミュラー細胞の細胞膜に存在していることが示された。Western blotでは、40-50kDaの幅広いバンドがみられ、これは糖鎖の結合によるものと考えられた。

 3.凍結切片を用いた蛍光抗体法で種特異性、臓器特異性を調べたところ、抗RPE7抗体は、ウシ以外にブタの網膜で陽性であったが、マウス、ニワトリ、カエルでは陰性であり、種特異性が高いことが示された。ウシの他臓器を調べたところ、大腸の吸収上皮細胞と、腎臓の尿細管上皮細胞のいずれも細胞膜が染色され、網膜以外に、ある特定の細胞に同様の抗原蛋白質が存在していることが示された。さらにウシRPE培養細胞も抗RPE7抗体で染色され、培養細胞でもRPE7が発現していることが示された。

 4.ウシ網膜から作製したcDNAライブラリーを、抗RPE7抗体を用いてスクリーニングすることによりcDNAクローン、RPE7を得た。RPE7 cDNAは、インサートの長さが約1.8 kbであり、RPE7をprobeにしたNorthern blotでは、mRNAの大きさは約1.8kbのであることが示された。DNA SequencingによりRPE7は271個のアミノ酸からなるopen reading frameを含み、糖鎖結合部位を3ヶ所持つ細胞膜貫通蛋白質をコードする、新しい遺伝子である事が示された。

 5.RPE7のopen reading frameをサイトメガロウイルスのプロモーターを持つ発現ベクターに組み込み、それをエレクトロポレイション法を用いてCOS-7細胞にtransfectすると、抗RPE7抗体で染色された。このことより、immunoscreeningで得られた、RPE7 cDNAは、抗RPE7抗体が認識する抗原蛋白質をコードするcDNAである事が示された。

 6.ホモロジー検索の結果、RPE7はImmunoglobulin Superfamilyに属する新しい蛋白質で、ある蛋白質群のSpecies Homologueであることが示された。その蛋白質とは、マウスBasigin、ラットOX-47、ヒトM6、ヒトEMMPRIN(Extracellular Matrix Metalloproteinase Inducer)、ニワトリHT7などであり、EMMPRIN以外は機能が未知で、それぞれ異なった目的で個々にとられてきたものであった。これらの蛋白質はImmunoglobulin-like Domainとその両端にある4つのシステイン残基、さらに細胞膜貫通部分がよく保存された蛋白質であり、とくに細胞膜貫通部分が100%保存されているされていることは、これらの蛋白質の機能を考える上でこの部分の重要性が示唆された。

 7.蛋白質群のなかで唯一機能からアプローチされたEMMPRINの名称にある、メタロプロテアーゼMetalloproteinaseは細胞外マトリックスを分解する酵素として、癌の転移や浸潤などのような病的状態だけでなく生理的状態のマトリックスリモデリングにも働いていることが注目されてきている。そこでウシRPE培養系を用いてその上清中のメタロプロテアーゼ活性を調べたところ、ウシRPE培養上清中にはGelatin ZymographyでGelatinase A(MMP-2)の活性がみられ、その上清中に抗RPE7抗体を添加すると、その活性が増強されることが示された。(negative control(isotype match mAb)では変化なし)このことより、RPE7はRPEの細胞膜上でRPEからのGelatinase A(MMP-2)の合成、分泌を調節するためのRecepterやModulaterとして働くことが示唆された。一方、網膜において細胞外マトリックスのリモデリングが関与していると考えられるDisc SheddingやRPEのMigration(網膜剥離などの病的状態における)には、分解酵素としてGelatinase A(MMP-2)が関与することがこれまでの報告により強く示唆されていた。したがって今回の結果とあわせて、RPE7はDisc SheddingやRPEのMigrationなどのような網膜におけるPhysiologicalにもPathologicalにも重要な局面に、RPEからのGelatinase A(MMP-2)の合成、分泌を調節することにより関わっていることが考えられた。

 以上、本論文はウシRPEを抗原として作製したモノクローナル抗体を用いた解析から、ウシRPEおよびミュラー細胞の細胞膜に存在するRPE7という、新しい膜貫通糖蛋白質をクローニングし、その蛋白質の網膜における役割を考察した。RPE7はM6、EMMPRINなどのSpecies Homologueであるが、網膜からクローニングされ、網膜におけるマトリックスリモデリングに関わる機能を考察した、初めての蛋白質であり、網膜におけるRPEの機能の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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