本研究は網膜機能の維持のために重要な役割を演じている網膜色素上皮細胞(RPE)の機能を分子レベルでさらに深く追及するために、ウシRPEに対するモノクローナル抗体を作製し、RPE特有の形態に局在する抗原蛋白質を選別し、その蛋白質の形態学的、分子生物学的解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.ウシRPEをマウスに免疫し、8種類のモノクローナル抗体を作製した。それらの抗体はRPEの細胞膜を認識するもの、細胞質を認識するもの、さらにRPEだけでなく神経網膜も認識するものがあり、それぞれについて解析をおこなった。 2.そのなかの抗RPE7抗体が認識するRPE7という蛋白質は、免疫電顕の結果、網膜における2種類の支持細胞である、RPEの細胞膜とミュラー細胞の細胞膜に存在していることが示された。Western blotでは、40-50kDaの幅広いバンドがみられ、これは糖鎖の結合によるものと考えられた。 3.凍結切片を用いた蛍光抗体法で種特異性、臓器特異性を調べたところ、抗RPE7抗体は、ウシ以外にブタの網膜で陽性であったが、マウス、ニワトリ、カエルでは陰性であり、種特異性が高いことが示された。ウシの他臓器を調べたところ、大腸の吸収上皮細胞と、腎臓の尿細管上皮細胞のいずれも細胞膜が染色され、網膜以外に、ある特定の細胞に同様の抗原蛋白質が存在していることが示された。さらにウシRPE培養細胞も抗RPE7抗体で染色され、培養細胞でもRPE7が発現していることが示された。 4.ウシ網膜から作製したcDNAライブラリーを、抗RPE7抗体を用いてスクリーニングすることによりcDNAクローン、RPE7を得た。RPE7 cDNAは、インサートの長さが約1.8 kbであり、RPE7をprobeにしたNorthern blotでは、mRNAの大きさは約1.8kbのであることが示された。DNA SequencingによりRPE7は271個のアミノ酸からなるopen reading frameを含み、糖鎖結合部位を3ヶ所持つ細胞膜貫通蛋白質をコードする、新しい遺伝子である事が示された。 5.RPE7のopen reading frameをサイトメガロウイルスのプロモーターを持つ発現ベクターに組み込み、それをエレクトロポレイション法を用いてCOS-7細胞にtransfectすると、抗RPE7抗体で染色された。このことより、immunoscreeningで得られた、RPE7 cDNAは、抗RPE7抗体が認識する抗原蛋白質をコードするcDNAである事が示された。 6.ホモロジー検索の結果、RPE7はImmunoglobulin Superfamilyに属する新しい蛋白質で、ある蛋白質群のSpecies Homologueであることが示された。その蛋白質とは、マウスBasigin、ラットOX-47、ヒトM6、ヒトEMMPRIN(Extracellular Matrix Metalloproteinase Inducer)、ニワトリHT7などであり、EMMPRIN以外は機能が未知で、それぞれ異なった目的で個々にとられてきたものであった。これらの蛋白質はImmunoglobulin-like Domainとその両端にある4つのシステイン残基、さらに細胞膜貫通部分がよく保存された蛋白質であり、とくに細胞膜貫通部分が100%保存されているされていることは、これらの蛋白質の機能を考える上でこの部分の重要性が示唆された。 7.蛋白質群のなかで唯一機能からアプローチされたEMMPRINの名称にある、メタロプロテアーゼMetalloproteinaseは細胞外マトリックスを分解する酵素として、癌の転移や浸潤などのような病的状態だけでなく生理的状態のマトリックスリモデリングにも働いていることが注目されてきている。そこでウシRPE培養系を用いてその上清中のメタロプロテアーゼ活性を調べたところ、ウシRPE培養上清中にはGelatin ZymographyでGelatinase A(MMP-2)の活性がみられ、その上清中に抗RPE7抗体を添加すると、その活性が増強されることが示された。(negative control(isotype match mAb)では変化なし)このことより、RPE7はRPEの細胞膜上でRPEからのGelatinase A(MMP-2)の合成、分泌を調節するためのRecepterやModulaterとして働くことが示唆された。一方、網膜において細胞外マトリックスのリモデリングが関与していると考えられるDisc SheddingやRPEのMigration(網膜剥離などの病的状態における)には、分解酵素としてGelatinase A(MMP-2)が関与することがこれまでの報告により強く示唆されていた。したがって今回の結果とあわせて、RPE7はDisc SheddingやRPEのMigrationなどのような網膜におけるPhysiologicalにもPathologicalにも重要な局面に、RPEからのGelatinase A(MMP-2)の合成、分泌を調節することにより関わっていることが考えられた。 以上、本論文はウシRPEを抗原として作製したモノクローナル抗体を用いた解析から、ウシRPEおよびミュラー細胞の細胞膜に存在するRPE7という、新しい膜貫通糖蛋白質をクローニングし、その蛋白質の網膜における役割を考察した。RPE7はM6、EMMPRINなどのSpecies Homologueであるが、網膜からクローニングされ、網膜におけるマトリックスリモデリングに関わる機能を考察した、初めての蛋白質であり、網膜におけるRPEの機能の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |