学位論文要旨



No 112847
著者(漢字) ギジェルモ,メリノ
著者(英字) Guillermo,Merino
著者(カナ) ギジェルモ,メリノ
標題(和) リポテイコ酸により惹起される新しい実験的ぶどう膜炎モデルの研究
標題(洋) STUDIES ON A NEW EXPERIMENTAL UVEITIS MODEL INDUCED BY LIPOTEICHOIC ACID
報告番号 112847
報告番号 甲12847
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1217号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊藤,幸治
 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 教授 藤原,道夫
 東京大学 助教授 斉藤,英昭
 東京大学 講師 大鹿,哲郎
内容要旨 研究目的

 グラム陽性菌の細胞膜に存在するリポテイコ酸(LTA)は、ダラム陰性菌の有するリポポリサッカライド(LPS)と同様に、抗体産生、補体活性化、マクロファージや単球からのサイトカインの産生、一酸化窒素や超酸化物の産生などの多様な生物活性を有している。これまで、ぶどう膜炎の動物モデルとして、グラム陰性菌の持つLPSを全身投与して惹起されるendotoxin-induced uveitis(EIU)が広く実験に用いられているが、グラム陽性菌の菌体成分により実験動物にぶどう膜炎が起こるとする報告は非常に少ない。しかしながら、難治性ぶどう膜炎のひとつであるベーチェット病ではStreptococcusがその病態に関与していること、細菌性眼内炎の原因菌はStaphylococcus aureusが最も多く、この病態にサイトカインが強く関与していることなどが報告されており、グラム陽性菌が眼の炎症性疾患に深く関わっていることが考えられる。

 今回、LTAと眼内炎症との関与を調べる目的で、LTAを用いたラットぶどう膜炎モデルを確立し、その眼内炎症について、time course study、用量試験、各種LTAでの違いを検討し、またラットのstrainによる違いを調べた。また、このぶどう膜炎モデルにおけるサイトカインの関与を調べるため、LTA注射後の眼内組織での代表的なサイトカインのRNA発現をRT-PCR法を用いて経時的に調べた。さらに、ヒトぶどう膜炎、特にベーチェット病との関連を調べるために、ベーチェット病患者から採取した末梢血単核球のLTA刺激による各種サイトカインの産生能を調べ、正常人のそれと比較した。

方法実験1.LTA全身投与よるぶどう膜炎モデルの確立

 動物は、7から9週齢の雌のLewis ratを用いた。ぶどう膜炎を惹起させる物質として、Staphylococcus aureusのLTAおよび3種のStreptococcusから得られたLTAを用いた。ratの足蹠に異なる量のStaphylococcus aureus LTAを注射し、眼内炎症の程度を、臨床所見、採取した前房水の蛋白濃度と炎症細胞数を測定することで評価した。また、Streptococcus LTAを注射した場合の炎症の程度も調べた。Lewis以外のstrainについても、LTAを注射し、炎症の程度を調べた。

実験2.LTA起因性ぶどう膜炎におけるサイトカインmRNAの発現

 ラットの足蹠にStaphylococcus aureus LTAを注射し、眼球を経時的に採取し、角膜、虹彩毛様体、網膜の3部分に分け、それぞれの組織から、mRNAを抽出し、各種サイトカインのmRNAの発現をRT-PCR法により調べた。

実験3.ベーチェット病におけるLTAの関与

 ベーチェット病と正常人から採取した末梢血単核球をLPSまたはLTAで培養刺激し、24時間後の培養上清に含まれるサイトカイン(IL-1、TNF-、IL-8)をELISA kitを用いて測定した。

結果

 1.Staphylococcus aureus LTA3.75mg/kgから30mg/kgの投与量で、前房蛋白濃度は用量依存性に増加したが、前房内細胞数は15mg/kgで最大の値を取り、30mg/kgでは減少していた。LTA投与後の時間経過をみると、30時間で、前後の6時間と有意差はなかったが、蛋白濃度および細胞数とも最大となり、以後減少した。臨床的には虹彩充血、フィブリン、縮瞳がみられ、また眼底では視神経乳頭の発赤、動静脈血管の拡張がみられた。StreptococcusのLTAではいずれを用いても、眼内炎症は弱く、細胞は出現せず、蛋白濃度もごくわずかの上昇をみたのみであった。Lewisを含む4種類のラットに対して、Staphylococcus aureus LTAを注射したところ、蛋白濃度はLewisが一番高かったが、細胞数はSprage DowleyがLewisの約5倍高かった。FisherはLewisと比べ、蛋白濃度は1/2、細胞数は同じであり、Brown Norwayの炎症は非常に弱かった。

 2.サイトカインのmRNAの発現は、角膜ではいずれも早期から発現がみられたが、IL-1、IL-6、CINC-1のピークは3から6時間、IL-1、TNFは24時間であった。虹彩毛様体ではIL-1は24時間でピークに達したが、それ以外は3から6時間がピークであった。網膜ではIL-6以外はLTA注射後早期では発現が弱く、24時間でピークがみられた。

 3.LPSまたはLTAで培養刺激した末梢血単核球からのサイトカイン産生量を測定したところ、IL-1およびTNF産生能はLPSのほうがLTAに比べ約2倍の値を示したが、正常人とベーチェット病患者間ではLPS、LTAとも差は見られなかった。IL-8産土能はLPS、LTAで産生能に差はなく、またLTA刺激ではベーチェット病患者の方が有意差はなかったものの、正常人と比べ高い傾向があった。

考按

 グラム陽性菌の有するLTAが、ぶどう膜炎を惹起しうることが明かとなった。眼内炎症はEIUで惹起される炎症と良く似ていたが、眼内炎症を惹起する用量はLPSに比べ数倍を必要とした。また、Staphylococcus aureus LTAの方がStreptococcus LTAより強い炎症を起こした。この原因は不明であるが、動物種の違いもあるので、この点については今後検討する予定である。ラットのstrainの違いにより、炎症の強さも異なっていたが、この原因については血清および前房中の各種サイトカイン量との相関を調べていく予定である。

 眼内組織のサイトカインのmRNA発現を調べると、網膜以外では早期から発現がみられた。網膜で24時間に発現のピークがみられたのは、眼内に浸潤した炎症細胞のサイトカインを測定している可能性が考えられたが、他の眼組織では、LTAの刺激によって眼内炎症の起こる前からサイトカインの発現が起きていることを示唆する。

 ベーチェット病患者と正常人の末梢血単核球とに、LPSとLTAによる培養刺激を行ったところ、IL-8がベーチェット病患者で高い傾向が得られた。ベーチェット病患者では血漿中のIL-8レベルが正常人に比べて高いこと、ベーチェット病患者の前房水から樹立したT細胞クローンがIL-8を産生することなどが報告されているが、今回の結果はLPSよりLTAのほうがよりIL-8産生を促す傾向があることが示され、ベーチェット病とLTAとの関与が推測された。以上のことから、グラム陽性菌の有するLTAが眼内炎症に深く関与していることが示され、今後の研究にひとつの方向性を与えるものと考えられた。

審査要旨

 グラム陽性菌の細胞膜に存在するリポテイコ酸(LTA)は、グラム陰性菌の有するリポポリサッカライド(LPS)と同様に、多様な生物活性を有している。これまで、グラム陽性菌により眼内炎が惹起されることはよく知られており、また、ベーチェット病ではグラム陽性菌の関係が推測されているが、グラム陽性菌の菌体成分により実験的にぶどう膜炎が起こるとする報告は非常に少なく、特にラット、マウスでは報告がない。

 本研究は、1.ラットでグラム陽性菌の菌体成分であるLTAを用いたぶどう膜炎モデルを確立すること、2.その発症機序としてのサイトカインの関与を調べること、3.ヒトぶどう膜炎、特にベーチェット病との関連を調べるために、ベーチェット病患者から採取した末梢血単核球のLTA刺激による各種サイトカインの産生能を調べること、を目的としたもので、以下の結果を得ている。

 1.Lewis ratの足蹠に、Staphylococcus aureusのLTAおよび3種のStreptococcusから得られたLTAを注射し、眼内炎症の程度を調べたところ、Staphylococcus aureus LTA3.75mg/kgから30mg/kgの投与量で、前房蛋白濃度は用量依存性に増加した。前房内細胞数は15mg/kgで最大の値を取り、30mg/kgでは減少していた。LTA投与後の時間経過をみると、30時間で、前後の6時間と有意差はなかったが、蛋白濃度および細胞数とも最大となり、以後減少した。臨床的には虹彩充血、フィブリン、縮瞳がみられ、また眼底では視神経乳頭の発赤、動静脈血管の拡張がみられた。StreptococcusのLTAではいずれを用いても、眼内炎症は弱く、細胞は出現せず、蛋白濃度もごくわずかの上昇をみたのみであった。Lewisを含む4種類のラットに対して、Staphylococcus aureus LTAを注射したところ、蛋白濃度はLewisが一番高かったが、細胞数はSprage DowleyがLewisの約5倍高かった。FisherはLewisと比べ、蛋白濃度は1/2、細胞数は同じであり、Brown Norwayの炎症は非常に弱かった。

 2.ラットの足蹠にStaphylococcus aureus LTAを注射し、眼球を経時的に採取し、角膜、虹彩毛様体、網膜の3部分に分け、それぞれの組織から、mRNAを抽出し、各種サイトカインのmRNAの発現をRT-PCR法により調べた。サイトカインのmRNAの発現は、角膜ではいずれも早期から発現がみられたが、IL-1、IL-6、CINC-1のピークは3から6時間、IL-1、TNFは24時間であった。虹彩毛様体ではIL-1は24時間でピークに達したが、それ以外は3から6時間がピークであった。網膜ではIL-6以外はLTA注射後早期では発現が弱く、24時間でピークがみられた。

 3.ベーチェット病と正常人から採取した末梢血単核球をLPSまたはLTAで培養刺激し、24時間後の培養上清に含まれるサイトカイン(IL-1、TNF-、IL-8)をELISA kitを用いて測定したところ、IL-1およびTNF産生能はLPSのほうがLTAに比べ約2倍の値を示したが、正常人とベーチェット病患者間ではLPS、LTAとも差は見られなかった。IL-8産生能はLPS、LTAで産生能に差はなく、またLTA刺激ではベーチェット病患者の方が、有意差はなかったものの、正常人と比べ高い傾向があった。

 以上、グラム陽性菌の有するLTAが、ぶどう膜炎を惹起しうることが明かとなった。グラム陽性菌の菌体成分であるLTAが眼内炎症に深く関わること、また、ヒトのぶどう膜炎、特にベーチェット病における関与が推測されたことから、本研究は、今後のぶどう膜炎研究に一つの方向づけを与えるものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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