グラム陽性菌の細胞膜に存在するリポテイコ酸(LTA)は、グラム陰性菌の有するリポポリサッカライド(LPS)と同様に、多様な生物活性を有している。これまで、グラム陽性菌により眼内炎が惹起されることはよく知られており、また、ベーチェット病ではグラム陽性菌の関係が推測されているが、グラム陽性菌の菌体成分により実験的にぶどう膜炎が起こるとする報告は非常に少なく、特にラット、マウスでは報告がない。 本研究は、1.ラットでグラム陽性菌の菌体成分であるLTAを用いたぶどう膜炎モデルを確立すること、2.その発症機序としてのサイトカインの関与を調べること、3.ヒトぶどう膜炎、特にベーチェット病との関連を調べるために、ベーチェット病患者から採取した末梢血単核球のLTA刺激による各種サイトカインの産生能を調べること、を目的としたもので、以下の結果を得ている。 1.Lewis ratの足蹠に、Staphylococcus aureusのLTAおよび3種のStreptococcusから得られたLTAを注射し、眼内炎症の程度を調べたところ、Staphylococcus aureus LTA3.75mg/kgから30mg/kgの投与量で、前房蛋白濃度は用量依存性に増加した。前房内細胞数は15mg/kgで最大の値を取り、30mg/kgでは減少していた。LTA投与後の時間経過をみると、30時間で、前後の6時間と有意差はなかったが、蛋白濃度および細胞数とも最大となり、以後減少した。臨床的には虹彩充血、フィブリン、縮瞳がみられ、また眼底では視神経乳頭の発赤、動静脈血管の拡張がみられた。StreptococcusのLTAではいずれを用いても、眼内炎症は弱く、細胞は出現せず、蛋白濃度もごくわずかの上昇をみたのみであった。Lewisを含む4種類のラットに対して、Staphylococcus aureus LTAを注射したところ、蛋白濃度はLewisが一番高かったが、細胞数はSprage DowleyがLewisの約5倍高かった。FisherはLewisと比べ、蛋白濃度は1/2、細胞数は同じであり、Brown Norwayの炎症は非常に弱かった。 2.ラットの足蹠にStaphylococcus aureus LTAを注射し、眼球を経時的に採取し、角膜、虹彩毛様体、網膜の3部分に分け、それぞれの組織から、mRNAを抽出し、各種サイトカインのmRNAの発現をRT-PCR法により調べた。サイトカインのmRNAの発現は、角膜ではいずれも早期から発現がみられたが、IL-1、IL-6、CINC-1のピークは3から6時間、IL-1、TNFは24時間であった。虹彩毛様体ではIL-1は24時間でピークに達したが、それ以外は3から6時間がピークであった。網膜ではIL-6以外はLTA注射後早期では発現が弱く、24時間でピークがみられた。 3.ベーチェット病と正常人から採取した末梢血単核球をLPSまたはLTAで培養刺激し、24時間後の培養上清に含まれるサイトカイン(IL-1、TNF-、IL-8)をELISA kitを用いて測定したところ、IL-1およびTNF産生能はLPSのほうがLTAに比べ約2倍の値を示したが、正常人とベーチェット病患者間ではLPS、LTAとも差は見られなかった。IL-8産生能はLPS、LTAで産生能に差はなく、またLTA刺激ではベーチェット病患者の方が、有意差はなかったものの、正常人と比べ高い傾向があった。 以上、グラム陽性菌の有するLTAが、ぶどう膜炎を惹起しうることが明かとなった。グラム陽性菌の菌体成分であるLTAが眼内炎症に深く関わること、また、ヒトのぶどう膜炎、特にベーチェット病における関与が推測されたことから、本研究は、今後のぶどう膜炎研究に一つの方向づけを与えるものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |