学位論文要旨



No 112848
著者(漢字) 中村,哲夫
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,テツオ
標題(和) 長管骨骨膜からの骨新生における骨形成マーカーの発現及びBMPの関与
標題(洋)
報告番号 112848
報告番号 甲12848
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1218号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 橋都,浩平
 東京大学 助教授 中村,耕三
 東京大学 助教授 長野,昭
 東京大学 助教授 中塚,貴志
内容要旨 【序論】

 骨膜には骨新生能があり、最初の研究は1739年のDuhamelによる報告にさかのぼる。19世紀に入り再び骨膜の骨新生能が注目され、1867年Ollierが家兎及びイヌにおいて遊離骨膜を皮下へ移植し、新生骨が生じたと報告している。1972年にはRitsilaが家兎において脛骨骨膜の遊離移植を行って全例に骨新生を認めたと報告し、さらにRitsilaとSkoogは臨床における顎裂の閉鎖にも応用し骨新生を得たと報告している。高戸らは家兎の脛骨及び腓骨を摘出した後、残存する骨膜から骨の再生が行われる過程を形態学的に研究し、この再生過程では主に軟骨性骨化により新生骨が再形成されると報告している。本研究ではラットを用い、この骨を除去した骨膜からの骨新生過程について形態学的に観察し、さらに生化学的、分子生物学的手法を用いて骨形成マーカーの発現を調べた。骨形成マーカーとしてオステオカルシン、オステオポンチン、アルカリホスファターゼ、カルシウムの発現を経時的に調べ、さらにin situ hybridization法を用いオステオポンチンmRNAの発現を観察した。また骨形成タンパク質(BMP:bone morphogenetic protein)の遺伝子発現に着目した。BMPはTGF-(transforming growth factor-)スーパーファミリーに属するタンパク質であり、正常な骨形成過程、骨折の修復過程等に重要な働きをしていることが報告されており、また局所に移植すると異所性骨形成を誘導するなど様々な骨形成過程に必ず関与しているタンパク質である。しかし骨膜からの骨新生過程でのBMP遺伝子の発現を調べた報告は未だない、そこで骨膜からの骨新生過程でのBMPの関与を調べる目的でBMP遺伝子の発現を調べた。

【材料と方法】

 Wistar系ラット260〜360g(9〜11週齢)の脛骨、腓骨を摘出後、骨膜残存群と、骨膜除去群の2群を作製した。骨摘出術後3,4,5日,1,2,3,4,6週目に検体を採取し、Soft-X線撮影、組織標本の作製を行った。オステオポンチン遺伝子のmRNAの組織内分布検索にはin situ hybridization法を用いた。骨摘出術後1週目のラットを潅流固定した後、脱灰、脱水、包埋、切片作成、切片の前処理を行いオステオポンチンプローブによりハイブリダイゼーションしプローブの洗浄後、標識の検出を行った。また摘出した組織を粉砕した後、タンパク量あたりのアルカリホスファターゼ比活性と、キレート発色法によりカルシウムの定量を行った。BMPはサブファミリーを形成しており、骨形成に関与するものとしてBMP-2,BMP-4,BMP-6,BMP-7が知られている。採取した組織よりtotal RNAを抽出しRT-PCR法でオステオカルシン,オステオポンチン,BMP-2,BMP-4,BMP-6,BMP-7に対するプライマーで遺伝子増幅を行った。コントロールとしてはGAPDH(Glyceraldehyde phosphate-dehydrogenase)を用いた。増幅したcDNAを確認するためオートシークエンサーで塩基配列を確認した。

【結果】

 Soft-X線撮影では骨摘出術後1週目で新生骨を示す不透過像を認め、以後経時的に不透過像は増加していた。組織学的には、骨摘出術後4日目に軟骨形成が始まり、骨摘出術後1週目には骨新生が始まっていた。In situ hybridizationにおいて骨形成のマーカーであるオステオポンチンのmRNAは幼若な骨組織に発現が認められた。RT-PCR法によるオステオポンチン遺伝子の発現は骨膜残存群3,5,7日目で経時的にわずかな増加がみられ、骨膜除去群では残存群に比較して発現量は少なかった。オステオカルシン遺伝子の発現は、骨膜を残した群では認められたが残さない群では認められなかった。アルカリホスファターゼ活性は骨摘出術後5日目、7日目に骨形成に先だって急激な上昇が認められ、カルシウムの測定値は7日目に骨形成に伴い急激に増加していた。BMPファミリーの遺伝子発現に関しては、RT-PCR法で骨摘出時の筋肉組織にはBMP-2,BMP-4,BMP-6の遺伝子発現がほとんど認められなかった。しかし骨摘出術後ではBMP遺伝子の発現が骨膜残存群、除去群ともに認められた。これらのRT-PCR法で増幅された遺伝子については、すべてベクターにサブクローニングし塩基配列を確認した。

【考察】

 骨膜から骨が新生される過程では、骨摘出術後4日目に間葉系細胞から軟骨組織に分化し1週後には軟骨組織と骨組織の混在した状態が認められた。しかし典型的な軟骨性骨化を示す骨端軟骨板様構造の軟骨の配列は認められず、不規則な軟骨の集積が生じたのち新生骨が形成されていた。In situ hybridization法においてオステオポンチンのmRNAは、幼若な骨組織に発現が認められ、過去の培養等による報告とほぼ一致していた。また骨膜からの骨新生を骨形成マーカーで調べると、骨膜残存群ではまず骨摘出術後3日目で骨新生に先立ちアルカリホスファターゼの活性が上昇し始め、ついで新生骨の形成が認められた7日目でカルシウムの値が急上昇していた。骨膜除去群ではアルカリホスファターゼ、カルシウム共に低値で骨新生の生じていないことを裏づけていた。またオステオカルシン遺伝子の発現が骨膜残存群で認められ骨新生が生じていることが確認され、骨膜除去群では全く認められず骨新生が生じていないことを示していた。本研究における骨形成マーカーの発現は、Chenらのラット脛骨の成長過程における報告とほぼ同じであった。骨形成マーカーの発現は骨膜残存群と骨膜除去群で顕著な差が認められ、骨膜からの骨新生においては、骨形成マーカー発現が正常骨の成長過程とほぼ同じであることがわかった。

 BMP-2,BMP-4,BMP-6の遺伝子発現は、骨膜残存群と骨膜除去群で同様に認められ、骨膜以外の周囲組織にもBMP遺伝子が検出された。骨膜にBMP遺伝子の発現があることは既に報告されているが、骨新生の生じない骨膜除去群の組織から、BMP遺伝子が発現していることが本研究で明らかになった。この結果から、手術の侵襲によりBMP遺伝子が発現し、骨膜細胞ではこの影響下に骨新生が促進される可能性もあると思われる。骨膜は他の組織に比較してBMPに対する反応性が高いとの多くの報告があり、またBMPのType-1レセプターであるBMPR-1A、BMPR-1Bは骨形成時に骨膜の骨形成層に発現するとの報告もある。BMPはこれらレセプターを介して骨膜細胞からの骨新生を促進している可能性が示唆された。

審査要旨

 本研究では、長管骨骨膜からの骨新生過程における骨形成マーカーの発現及びBMPの関与を、明らかにするために実験を行った。ラットの脛骨及び腓骨を摘出し、骨膜残存群及び骨膜除去群の2つのモデルを作製し、骨新生過程の形態学的観察、この過程における骨形成マーカーの発現及びBMP遺伝子の発現を調べ、下記の結果を得ている。

 1.下腿の骨を摘出した後、血行を温存した骨膜からの骨新生を調べる骨膜残存モデルと、そのコントロールである骨膜除去モデルを作製し、形態学的な観察を行った。骨摘出術後、4日,1,2,3,4,6週目で組織を摘出した。その結果、骨膜残存モデルでは、良好な骨新生を示した。Soft-X線像の観察では、骨摘出術後1週目で新生骨を示す不透過像を認め、以後経時的に不透過像は増加した。組織学的観察では、術後4日目で軟骨組織を認め、術後1週目で軟骨組織及び骨組織の混在した状態を認めた。骨膜除去モデルでは全く骨新生は認められなかった。今回の観察では、長管骨骨膜からの骨新生過程は、軟骨組織の出現の後、骨組織が形成される過程が観察された。

 2.骨膜からの骨新生過程における、骨形成マーカーの経時的発現を調べた。骨摘出術後0,3,5,7日目に新生された組織を採取し、アルカリホスファターゼ活性、Caの定量、オステオポンチン及びオステオカルシンのRT-PCR法による遺伝子発現を調べた。骨膜残存群では骨摘出術後3日目で骨形成に先立ちアルカリホスファターゼの活性が上昇し始め、新生骨の形成が認められた7日目でカルシウムの値が急上昇した。骨膜除去群ではアルカリホスファターゼ、カルシウム共に低く骨形成の生じていないことを裏づけていた。またオステオカルシン遺伝子の発現は骨膜残存群で認められ、骨新生が生じていることが確認され、骨膜除去群では全く認められず骨新生が生じていないことを示していた。オステオポンチンは、In situ hybridization法でそのmRNAの組織内分布検索を行い、幼若な骨組織に発現が認められた。本研究における骨形成マーカーの発現は、Chenらのラット脛骨の成長過程における報告とほぼ同じであった。

 3.BMP遺伝子の発現は、RT-PCR法により調べた。骨膜残存群と骨膜除去群ともにBMP-2,BMP-4,BMP-6の遺伝子発現を認めた。骨膜にBMP遺伝子の発現があることは既に報告されているが、骨新生の認めない骨膜除去群の組織からも、BMP遺伝子が発現していることが、今回明らかになった。この結果から手術の侵襲によりBMPが発現し、骨膜細胞の骨新生がこの影響下で促進される可能性もある。骨膜は他の組織に比較してBMPに対する反応性が高いとの多くの報告があり、またBMPのType-1レセプターであるBMPR-1A、BMPR-1Bは骨形成時に骨膜の骨形成層に発現すると報告されている。BMPはこれらレセプターを介して骨膜細胞からの骨新生を促進している可能性が示唆された。

 以上、本論文はラット長管骨骨膜からの骨新生過程において、形態学的変化を観察し、さらに同過程における骨形成マーカー及びBMPの発現について、検討を行ったものである。この結果、骨形成マーカーの発現は正常骨成長過程とほぼ同様であり、またBMP-2,BMP-4,BMP-6の遺伝子発現が認められた。BMP遺伝子の発現は、骨新生の生じない骨膜除去群の組織にも同様に発現することが明らかにされた。これらの結果は、骨膜からの骨新生過程におけるBMPの関与を解明することに多大な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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