学位論文要旨



No 112849
著者(漢字) 間野,和哉
著者(英字)
著者(カナ) マノ,カズヤ
標題(和) b-FGFによる膜性骨新生能に関する実験的研究
標題(洋)
報告番号 112849
報告番号 甲12849
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1219号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加倉井,周一
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 橋都,浩平
 東京大学 助教授 中村,耕三
 東京大学 助教授 中塚,貴志
内容要旨 〈はじめに〉

 骨欠損部の修復には、自家骨移植が最良の方法とされているが、供給量に限界があること採骨部へ二次的侵襲が加わること、その際に変形や疼痛が残存するなどの問題があり、古くから自家骨の代用材の研究が重ねられてきた。しかし、人工骨の骨形成は自家骨に比べ明らかに劣るものであり、未だに人工骨は自家骨に代わり得ないといわれている。近年、多くの増殖因子が生体内の各組織から分離されているが、骨およびその周辺組織に含まれているbone morphogenetic protein(以下BMPと略す)、transforming growth factor-(以下TGF-と略す)、fibroblast growth factor(以下FGFと略す)等が骨修復過程に関与していることが報告されている。特に塩基性のFGF(basic-FGF:以下b-FGFと略す)の骨新生における役割に関する報告は多くなされているが、いまだ不明な点も多い。たとえばin vitro においては、b-FGFは骨髄由来未分化細胞の増殖と分化を促す至適濃度が存在し石灰化過程を促進するという報告があるが、一方でb-FGFが骨吸収を促進するという報告もあり、骨新生においてb-FGFは相反する作用を示す可能性が指摘されている。しかし遺伝子工学的手法により多量のb-FGFを使用することが可能となって以来、従来の骨欠損部補填法に代わる方法を開発する目的でb-FGFを生体内に投与し、骨形成におけるその作用を検索する実験的研究が試みられている。過去のin vivo における報告は、b-FGFの長管骨に対する効果に関してであり、通常長管骨に認められる軟骨内骨化とは異なる発生様式をもつと言われている膜性骨の頭頂骨、下顎骨に対するb-FGFの効果に関する報告は少ない。またBMPやTGF-において行われている、頭頂骨欠損部に対する単回局所投与による骨形成効果に関するb-FGFでの報告は、過去においてなされていない。そこで今回、頭頂骨に対するb-FGF単回局所投与の効果を以下の点について検討した。(1)b-FGFによって成熟ラットの頭頂骨欠損部においてもその骨欠損修復過程を促進するか。(2)成熟ラットの頭頂骨欠損部においても骨形成量は、b-FGF用量依存的に増加傾向にあるか。(3)長管骨とは異なり、通常軟骨の出現を認めずに骨芽細胞が直接骨を形成する骨化過程をたどる頭頂骨にb-FGFを投与した場合、骨欠損修復過程において軟骨組織を認めるか。

〈材料と方法〉

 生後10週齢Wistar系ラット、雄、体重360〜450gの頭頂骨に正中縫合を中心に左右対称に直径4mmの円形全層骨欠損を作製し、同部に担体とともにb-FGFを投与した。担体としては生理的組織接着剤(ベリプラストP(R)、Behring社製、以下フィブリン糊と略す)を用いた。b-FGFの投与法は以下の通りである。5000g/ml、500g/ml、50g/ml、5g/mlのb-FGF溶液をフィブリノーゲン溶液にて5倍希釈し最終濃度1000g/ml、100g/ml、10g/ml、1g/mlとする。各々の10lをマイクロピペットにて骨欠損部に滴下し、その後直ちにトロンビン液2lにて凝固させた。よって、各々は順にb-FGF10g投与群、1g投与群、0.1g投与群、0.01g投与群とした。凝固が完了した後、骨膜および皮膚を縫合した。また、同一個体の左右の骨欠損部には同量のb-FGFを投与した。非投与群およびフィブリン糊単独投与群を対照群として比較検討した。観察期間は2、4、8、12週であり、各々5匹ずつ屠殺して検体を採取し、軟X線写真撮影した後、半数は固定後ポリエステル樹脂に包埋し、水平断にて薄切した。Contactmicroradiogram(以下CMRと略す)による新生骨梁の観察を行い、さらにCole式H.E.染色を施し光学顕微鏡にて骨の成熟度を観察した。残りの半数の検体は、固定、脱灰後頭頂骨の正中縫合に平行に切片を作製し、トルイジン青染色を施し、新生骨形成部位、修復過程における軟骨組織の出現の有無を観察した。なお、撮影した軟X線写真は画像解析装置によりX線不透過面積を測定した。

〈担体としてのフィブリン糊の骨形成への影響について〉1.軟X線写真撮影ならびにX線不透過面積の測定結果と考察

 非投与群の軟X線所見においては、術後2週目では骨形成によるX線不透過性を示す領域が骨欠損部辺縁の一部に認められていたが、術後4週目では骨欠損部辺縁の全周に認められるようになった。術後8週目および術後12週目ではX線不透過性を示す領域が著明に増加していた。フィブリン糊単独投与群は術後2週目、4週目、8週目において、非投与群に比べX線不透過面積の増加を認めなかった。以上のことからフィブリン糊単独では術後2週目、4週目、8週目において骨形成の増加を認めず、またフィブリン糊自体はX線透過性であることからも、今回の実験で目的としたb-FGFによる骨形成効果の観察には適した担体と考えられた。

〈b-FGFの骨形成効果について〉1.軟X線写真撮影およびCMRによる観察ならびにX線不透過面積の測定結果と考察

 軟X線所見およびX線不透過面積の測定結果から、フィブリン糊単独投与群において、術後2週目、術後4週目では一層のX線不透過性を示す領域が骨欠損部辺縁に認められるのみであったが、b-FGF0.01g以上の投与量でX線不透過性を示す領域がフィブリン糊単独投与群に比べて有意に増加していた(p<0.01)。術後8週目および術後12週目では、各群ともに骨欠損内のX線不透過性を示す領域はさらに増加していたが、フィブリン糊単独投与群に対してb-FGF投与群に有意な増加は認められなかった。CMR所見では軟X線所見で観察されたX線不透過像に一致した骨新生を認め、すべての群において術後2週目、術後4週目では、骨欠損部辺縁から新生した骨梁は、母骨に比べ低いX線吸収度を示した。術後8週目、術後12週目では、術後2週目、術後4週目のCMR所見に比べて、X線吸収度は高くなっていたが各群における差は認められなかった。

 以上のことからb-FGF局所単回投与ではフィブリン糊のような徐放性をもつ担体により骨欠損修復過程における比較的早期の段階(術後2、4週目)で骨形成を促すものと考えられた。また最小有効投与量は0.01gであり長管骨に関する研究と比較すると、膜性骨においては微量なb-FGF投与量で骨新生を促すことが明らかとなった。術後8週目、術後12週目においてはb-FGFの骨形成に働く効果は消失したものと考えられ、本来の骨修復機転が働いたものと推測された。

2.組織標本における観察結果ならびに考察

 非脱灰標本において、フィブリン糊単独投与群の術後2週目では、骨欠損部辺縁にヘマトキシリン好染で網状の幼若な線維性の新生骨を認めた。b-FGF投与群の術後2週目では同様に骨欠損部辺縁から網状の幼若な線維性の新生骨を認めたが、フィブリン糊単独投与群に比べて旺盛な骨形成として観察された。術後4週目では、フィブリン糊単独投与群もb-FGF投与群においても骨欠損内における網状の線維性の新生骨梁は肥厚した状態として観察された。術後8週目、術後12週目では、フィブリン糊単独投与群およびb-FGF投与群における新生骨は緻密になり、特に術後12週目では層板構造が明瞭に認められた。脱灰組織標本において、フィブリン糊単独投与群の術後2週目では骨欠損部断端から幼若な線維性の新生骨を形成している組織像が認められ、術後4週目では不規則な基質線維の走行を示していたが術後8週目、術後12週目になると基質線維の走行が規則的になり層板構造を認めるようになった。b-FGF投与群の術後2週目では、骨欠損部断端から著明に形成された線維性の新生骨を認め、術後4週目では骨欠損内に形成された新生骨の増加を認め術後8週目、術後12週目になると基質線維の走行が規則的になり層板構造を認めるようになった。

 いずれの群も骨欠損修復過程において豊富な血管の分布を認めたことから、好気的な条件下で骨形成が行われたものと推測された。またいずれの観察期間においても軟骨組織を経る骨化過程は認められなかったことから、b-FGFは異所性骨誘導を示さず本来の骨修復機転を変えることなく骨形成を促したものと考えられた。フィブリン糊単独投与群とb-FGF投与群に母骨の硬膜、骨膜側の新生骨の添加形成量に差は認められず、骨欠損内に島状の骨形成は認められなかったためb-FGFは骨欠損部断端に効果的に作用しているものと思われた。

審査要旨

 本研究は、骨修復過程において重要な役割を果たしていると考えられる細胞増殖因子のひとつであるbasic fibroblast growth factor(b-FGF)を用い、長管骨とは発生形態が異なる膜性骨である頭頂骨に対するb-FGFの効果を明らかにするために、ラット頭頂骨円形全層骨欠損モデルにフィブリン糊とともに手術時単回局所投与を試みたものであり、軟X線写真、contactmicroradiogram、組織学的所見から下記の結果を得ている。

 1.ラット頭頂骨欠損部に、b-FGFを手術時単回局所投与した結果、術後2週目、術後4週目に有意な骨新生量の増加を認めた。一方、術後8週目、術後12週目では、対照群であるフィブリン糊単独投与群とb-FGF投与群との間に骨新生量における差が認められなくなっていた。

 2.b-FGF手術時単回局所投与において骨新生量の増加が有意に認められた術後2週目、4週目における最小有効投与量はそれぞれ0.0lgであった。この結果を長管骨に関する研究と比較すると、膜性骨においてはより微量なb-FGF投与量で骨新生を促すことが明らかとなった。

 3.b-FGF投与による骨新生が認められた部位は骨欠損部断端であり、軟骨組織を認めない骨化過程を示し、本来の頭頂骨の骨化様式である膜内骨化の過程により、骨修復を促す事が示された。

 以上、本論文においては膜性骨である頭頂骨欠損部におけるb-FGFの骨新生効果を検討した結果、b-FGFは骨欠損修復過程の初期に作用し、頭頂骨では長管骨と比較すると微量で骨新生量を増加させる効果があり、本来の頭頂骨の骨化様式である膜内骨化の過程を変化させずに骨修復を促す事が示された。

 本研究より得られた結果は、膜性骨の骨修復に対するb-FGFの作用の特異性を理解する上で非常に有意義であり、従来より報告されてきたb-FGFの長管骨に対する骨新生能と比較検討を行う上で重要と思われる。また臨床で用いられているフィブリン糊を担体としたb-FGFの手術時のみの局所投与で骨修復を促したことから、臨床応用の可能性も高いと示唆されるものと思われ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク