学位論文要旨



No 112850
著者(漢字) 蒋,麗萍
著者(英字)
著者(カナ) ジィアン,リィビン
標題(和) 顎裂閉鎖における骨移植に関する実験的研究
標題(洋)
報告番号 112850
報告番号 甲12850
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1220号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 波利井,清紀
 東京大学 教授 新美,成二
 東京大学 助教授 中村,耕三
 東京大学 助教授 大友,邦
 東京大学 講師 松下,隆
内容要旨 I.はじめに

 上顎骨への侵襲を考慮した上で正常な歯列を獲得するため、顎裂を有する口唇口蓋裂患者に対する顎裂閉鎖術は数多くの施設で9〜12歳頃行われている。顎裂部への骨移植は、骨欠損部の骨形成を誘導または伝導することにより、口鼻通道を閉鎖し、歯槽堤を再建し、犬歯の正常な萌出率を増加させるという報告が多い。しかし、自家移植用の骨を得るために顎裂部以外の健常部にも侵襲を加えるので、手術が煩雑になるほか採骨部に多少の瘢痕の残ることから、患者の抵抗感も強い。近年、水酸アパタイト-リン酸三カルシウム複合体(以下HAP・TCPと略す)は、その骨親和性および骨伝導能が認められ、広い分野で骨欠損部のスペーサーとして臨床応用されている。

 顎骨欠損部に対して海綿骨、骨ブロックおよびHAP・TCPを同一条件下で移植を行い、顎骨成長を長期的に観察し、その修復過程を十分に比較検討した報告は少ない。本研究の目的は、自家骨および人工骨材料がそれぞれ骨欠損部の修復過程において上顎骨成長におよぼす影響に関して、実験的研究により検討を行うことである。この様に移植材料の影響を基礎的に解明することは、臨床上使用材料を決定するために重要である。

 本研究では、日本白色家兎を用いて顎裂モデルを作製し、骨欠損部において新鮮自家骨移植およびHAP・TCPの埋入を行い、1)骨移植材による骨修復過程は組織学的にどのように異なるか、2)骨欠損部の骨膜に骨形成能があるか、3)骨欠損部における新鮮自家骨移植あるいはHAP・TCPの埋入は上顎成長へ影響に差があるのかについて検討した。

II.実験材料および実験方法

 本研究では生後約6〜8週齢で成長発育中の日本白色家兎100羽を用い、耳介皮下静脈麻酔下に手術を行った。

1)上顎骨欠損モデルの作製方法

 左側上顎骨小臼歯部から切歯部にかけて骨膜を温存した顎裂モデルを作製した。

2)骨移植材料による実験群の分類

 非移植群……骨欠損を作製し、同部に骨移植術や人工骨補填材の埋入を行わないものを非移植群(Gr.I)とした。

 人工骨埋入群……骨欠損部分に人工骨補填材としてHAP・TCP顆粒状タイプの埋入を行い、人工骨埋入群(Gr.II)とした。

 自家骨髄液移植群……骨欠損部に同一家兎の脛骨から採取した骨髄液0.2mlを移植し、自家骨髄液移植群(Gr.III)とした。

 自家皮質骨細片移植群……骨欠損部に同一家兎の脛骨から採取した皮質骨を移植し、自家皮質骨移植群(Cr.IV)とした。

 自家骨ブロック移植群……骨欠損部に同一家兎の脛骨から採取した骨髄組織を含む皮質骨ブロックを移植し、自家骨ブロック移植群(Gr.V)とした。

 Gr.IからGr.Vの各群において、それぞれ20羽ずつ作成し、術後2、4、8、16週目まで経時的に各群につき5羽の家兎を屠殺し、頭蓋骨を採取した。

III.評価法

 1)非脱灰標本:骨の組織学的変化の観察のため、非脱灰研磨標本あるいはCMR標本を作成し光学顕微鏡的観察に供した。すなわち、採取した検体の固定、脱水、脱脂を行い、アセトン処理後ポリエステル樹脂包埋し、薄切した。さらに、Cole式H.E.染色あるいはToluidine blue染色を行ない観察した。

 2)軟X線撮影:頭蓋骨の冠状方向および上顎骨の左右矢状方向の軟X線写真を撮影した。頭蓋骨の冠状方向軟X線写真像は、上顎骨矢状中心線の偏位を観察するために用い、上顎骨矢状方向軟X線写真像は骨欠損部の修復過程および歯槽間縁部に骨架橋の形成状態を観察するために用いた。

 3)実体測定:

 (1)上顎骨の長さ、および顎骨の厚さを測定した。

 (2)軟X線写真像による上顎骨矢状中心線の偏位角を測定した。

 4)統計学的分析:データの統計処理は分散分析(ANOVA検定)を行い、その後Fisher’ PLSD検定で各々の群間比較を行った。また、p<0.05のとき、統計学的に有意差有りと判定した。

IV.結果

 骨欠損部の骨修復過程では、Gr.I〜Gr.Vのグループにおいて下記の共通点が観察された。すなわち、1)術後2〜4週目の間は骨欠損部の切歯側、臼歯側既存骨断端から骨芽細胞による新生骨の形成が行われ、既存骨と新生骨とは明確な境界を有していた。また、欠損部の鼻側粘骨膜、頬側骨膜においても、骨芽細胞による新生骨形成がみられた。2)CMRの観察において既存骨断端および周囲骨膜部では、組織像と同等の石灰化密度を持つ部分が見られた。3)軟X線写真の観察結果では、欠損中央部に種々移植材料による骨の新生状態が観察された。

 各実験群ごとに骨欠損部の修復過程を比較し、下記の結果を得た。

「組織標本および軟X線写真の観察」

 1)非移植群(Gr.I):骨欠損部の両端の母床骨、および骨欠損部周囲骨膜において新生骨の形成が認められた。軟X線写真では、骨欠損部の中央において術後16週目にも透過像が存在し、不透過像はその周りにわずかに見られた。骨歯槽間縁の骨架橋形成は術後8週目に3例認められた。

 2)人工骨埋入群(Gr.II):骨欠損部の中央においてHAP・TCP顆粒の周囲に新生骨が形成されているのが認められ、週数を経るとともに、新生骨が網目状の骨小梁になって顆粒と顆粒の間隙を埋め、HAP・TCP顆粒を包み込むように成長しているのが観察された。軟X線写真では、顆粒状HAP・TCPが顎骨欠損部を占め、骨架橋形成は、骨移植各群に比べ遅れたが、術後16週目では4例認められた。

 3)自家骨髄液移植群(Gr.III):骨欠損部の中央では盛んな骨形成がみられた。すなわち、円形骨芽細胞が多く見られ、術後2週目から骨石灰化が始まり、術後4週目には顎洞壁を形成し始めるのが認められた。上顎骨歯槽間縁の骨架橋形成は、術後8週目に4例認められた。

 4)自家皮質骨移植群(Gr.IV):術後皮質骨細片の周囲には吸収に伴った骨芽細胞による新生骨形成が見られ、骨ブロック移植群より早期に骨のリモデリングを終えていた。術後8週目には新生骨と移植骨とは判別し難くなり、不規則な層板状骨として観察された。上顎骨歯槽間縁の骨架橋形成は術後8週目に4例認められた。

 5)自家骨ブロック移植群(Gr.V):術後2週目には、ブロック骨の断端および内膜側に骨形成がみられた。週数を経るとともにブロック骨は周囲の新生骨形成によって厚くなり、欠損部の両端の母床骨に形成された新生骨との癒合が見られた。術後8週目の軟X線写真では、移植骨と母床骨とは新生骨形成により完全な骨性癒合がみられ、それぞれの骨を判別し難くなった。上顎骨歯槽間縁の骨架橋形成は、5例全例で認められた。

「実体測定結果」

 1)上顎骨の長さを左右で比較すると、欠損側の上顎骨の長さが健常側に比べ短かった。術後16週目の欠損側上顎骨の長さの成長率は、ブロック骨移植群がもっとも低く、非移植群に比べ有意差が認められた。

 2)術後16週目において欠損部歯槽間縁の厚さは、人工骨埋入群および骨移植各群欠損側歯槽間縁の厚さが非移植群に比較して有意に厚く、健常側と同等あるいはより厚かった。

 3)術後16週目において各実験群の上顎矢状中心線は骨欠損側への偏位が認められた。健常な(非実験)家免の上顎骨の平均偏位角は、0.021±0.072(Mean±S.D.)度であった。実験群の上顎矢状中心線は、骨欠損側へ偏位していた。すなわち、非移植群(Gr.I)は0.99±1.07度で最小であり、人工骨埋入群(Gr.II)は2.87±1.67度、骨髄移植群(Gr.III)は2.62±1.39度であった。皮質骨細片移植群(Gr.IV)は、3.73±2.78度偏位しており、Gr.I群に比べ有意に大きかった。骨ブロック群(Gr.V)は、5.75±2.33度で最大であり、ほかの各実験群(Gr.I〜Gr.IV)と比較して有意に大きかった。

VI.考察1)骨移植材による骨修復過程の違いについて

 1)皮質骨はリモデリングに時間がかかると考えられているが、本研究では、皮質骨細片移植は比較的早期(術後8週目)に新生骨に置換された。移植した皮質骨が細片状であったため、移植後の骨のcreeping時間も縮小することができたと考えられる。すなわち、皮質骨移植は細片化して行えばリモデリング時間が長いという欠点が補われると思われ、その有用性は十分あるといえる。2)骨ブロック移植は早期に移植骨と母床骨とが骨癒合するので、四肢長管骨のように力学的負荷のかかり欠損域も大きい部位ではより望ましいと考えられる。しかし、上顎骨成長を抑制するので、成長期顎裂閉鎖に用いる際は考慮する必要がある。3)それ自体はあまり形態維持機能のない骨髄液移植群では、他の骨移植群とほぼ同様に新生骨が早期から形成され、また上顎骨の成長抑制は他の骨移植群に比べ小さかった。このため、人工骨補填材のような附形材との混在応用は顎裂閉鎖に関して将来的有用な方法となる可能性が示された。4)HAP・TCP埋入群では、顆粒間空隙が骨で充填された修復像が認められた。これらの所見より、HAP・TCPを用いると骨新生が促進されるが、その様式は骨移植群とは異なるものであることがわかった。すなわち、リモデリングを受けることなく、人工骨間を新生骨が埋める形で修復が進むため、時間はかかるが、得られた修復形態は良好なもので、しかも成長抑制効果が最小であった。採骨部への侵襲がないことからも、人工骨補填材と骨誘導能のある海綿骨、骨髄液との混在応用は将来的に大きな役割を果たす可能性を示す。

2)欠損部骨膜の骨形成能について

 上顎骨欠損の修復過程において、血液供給の豊富な上顎部の骨欠損周囲に残された頬側骨膜、鼻側粘骨膜からの骨形成能が認められた。臨床または多くの実験研究で顎裂閉鎖においては骨形成能を有する骨膜で骨欠損腔面を覆うことが重要と指摘されたことを支持する。

3)膜性骨化による骨修復過程について

 各実験群の組織学的観察結果では、骨欠損部の修復過程において軟骨組織の出現が見られなかった。特に脛骨から採取された骨移植各群においても軟骨組織像が認められなかった。これは軟骨性骨化の長管骨の骨修復過程とは異なる骨形成様式と考えられる。すなわち、膜性骨化による骨修復過程が行われていたではないかと考えられる。

4)骨移植の上顎成長に及ぼす影響について

 従来、口唇口蓋裂手術は上顎骨の成長発育への抑制があると指摘されていた。本研究では、骨欠損側の上顎骨の劣成長が認められた。非移植群および人工骨埋入群では上顎骨の成長発育への抑制的な影響が少なかった。しかし、自家骨移植各群では新生骨の形成は良好であったが、特に骨ブロック移植群では上顎骨の偏位角が大きく、上顎骨の成長発育への抑制的な影響がより大きいことが認められた。すなわち、成長期顎裂閉鎖における骨移稙に関しては、骨誘導能のある海綿骨や骨髄液などと人工骨補填材のような骨附形材との混在応用が将来的に有望な方法と考えられる。一方、骨ブロックを含む自家骨移植術が上顎成長への抑制的影響を考えると、必ずしも第一選択ではない可能性が示された。

審査要旨

 本研究は成長期の顎裂閉鎖における骨移植が顎成長に及ぼす影響を明らかにするため、家兎顎裂モデルを用いて、骨欠損部の修復に用いた自家骨および人工骨補填材が上顎骨成長に及ぼす影響に関して、実験的研究により検討を行ったものであり、下記の結果を得ている。

 1.組織学的観察では、骨欠損部において、新鮮自家骨(骨髄液、皮質骨細片、骨ブロック)移植により早期に新生骨の形成または骨のcreeping組織像がみられ、既存骨との骨性癒合像がみられた。一方、HAP・TCP顆粒状タイプの埋入群では、顆粒周囲に新生骨がみられ、次第に顆粒間隙に新生骨梁が入り込み、骨修復が完成していた。骨形成過程において、軟骨組織像がみられず、膜性骨化による骨形成様式が見られた。

 2.骨欠損部周囲の骨膜から新生骨の形成が認められた。顎裂閉鎖においては骨形成能を有する骨膜で可能な限り顎骨欠損腔面を覆うことが重要であることを確認した。

 3.実体測定では各群(非移植群、人工骨補填材埋入群、骨髄液移植群、皮質骨細片移植群、骨ブロック移植群)において上顎骨の成長発育を認めたが、骨欠損部と健常側とは上顎骨の成長の差が認められた。骨欠損側においては、骨移植群(皮質骨細片移植群と骨ブロック移植群)において上顎骨成長抑制効果が大きく認められ、自家骨ブロック移植群における抑制作用が最大であった。軟X線写真による観察での上顎骨矢状中心線の偏位角は、骨ブロック移植群がもっとも大きく、非移植群との間に有意差が認められた。

 4.移植材料の種類および骨移植材の形態などにより骨欠損部における修復期間の相違が認められた。

 上記の結果に基づき、今後臨床での顎裂閉鎖における骨移植に関しては、患者の移植年齢などを総合的に検討した上で移植材料、骨移植材の形態を決めていくことが重要と考えられる。すなわち、成長期の患者で、犬歯萌出前に顎裂部への骨移植術が行われる場合では、顎骨成長への影響を考慮し骨ブロックの移植術を避けて、骨伝導能を持つ人工骨補填材のような附形材と骨誘導能のある骨髄液あるいは海綿骨との混在移植術が行われれば良好な治療結果が得られると考えられる。一方、成人の患者に対する顎裂閉鎖移植への骨移植術が行われる場合では、成長抑制を考慮する必要がない。このため、骨欠損部を早期に閉鎖し、歯槽堤の形態再建および口鼻通道の閉鎖を行うために、良好な骨誘導および骨伝導能を持つ骨ブロック移植術が第一選択ではないかと考えられる。

 以上、本論文は上顎骨の顎骨欠損部において、新鮮自家骨(骨髄液、皮質骨細片、骨ブロック)、人工骨補填材HAP・TCP顆粒を移植した後の組織学的変化、骨形成過程を観察し、それぞれ骨伝導能および骨誘導能による骨新生を促進する作用が異なり、上顎骨成長発育に及ぼす抑制的な影響にも差があることを家兎を用いた動物実験により明らかにした。

 本研究は臨床での顎裂閉鎖における骨移植に関しては、患者の移植年齢などを総合的に検討した上で移植材料、骨移植材の形態を決定する上で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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