学位論文要旨



No 112851
著者(漢字) 洪,士杰
著者(英字)
著者(カナ) フン,シィシェイ
標題(和) 免荷自動運動が関節軟骨におよぼす影響 : 成熟家兎による実験的研究
標題(洋) Effects of Unloading with Motion on Articular Cartilage : An experimental study in adult rabbits
報告番号 112851
報告番号 甲12851
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1221号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 波利井,清紀
 東京大学 教授 神谷,瞭
 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 助教授 長野,昭
 東京大学 助教授 坂本,穆彦
内容要旨

 関節軟骨を正常に維持するには一定の物理的環境が必要である。すなわち関節軟骨は関節不動化によっても、過大な荷重負荷によっても変性することが臨床的に知られており、実験的にも証明されている。関節不動化の実験から、運動が正常関節軟骨の維持に必要であることがわかっている。しかし、最近著者らは免荷された股関節では関節運動がよく保たれているにもかかわらず、関節裂隙が狭小化することを発見した(Hung et al.JBJS-B 1996)。この事実は、関節運動が正常に行われていてもそれだけでは関節軟骨を正常に維持できず、運動とともに荷重が必要であることを示すのではないかと考えられた。この考えは、荷重を消去した免荷運動は関節軟骨の再生を促進するというこれまでの定説(Salter 1980)とは違っている。いずれが正しいかを明らかにするには、関節に運動を許しつつ荷重を除去する実験が必要である。このような実験は、関節に運動をさせながら荷重を完全に除去するという実験條件が作りにくいために、過去に行われていない。

 本研究の目的は、関節を完全に免荷しながら自由に自動運動をさせ、関節軟骨の経時的な変化を実験的に観察することである。

 装置として、膝関節の自動運動を許容しながら大腿骨と下腿骨とを引き離す仕組みの創外固定器を作製した。関節を一挙に引き離すと、著明な運動制限をきたすので避けなくてはならなかった。この装置は、大腿骨と下腿骨の前額面にそれぞれ刺入したピン、ピンを引き離す牽引器1対、ピンの骨内移動を防ぐピン連結器2対および牽引器をピンに固定するクランプ4個から成り、関節面を徐々に引き離すことができるようにした。実験動物は月齢6ヶ月以上、体重3.5キロ以上の骨端線が閉じた成熟日本白色家兎を用いた。右膝に関節裂隙が1mm開くように牽引器を装着し、その後毎日1回0.35mmずつ、8日間関節裂隙を開大させ、最終的に大腿骨と下腿骨との間を3.8mm開いて、その後は放置した。左膝は対照側とした。その後、3、6、9週間飼育する群をそれぞれ6羽ずつとSham群5羽との計23羽を用いた。屠殺直後にX線撮影を行い、装置をつけた側の膝関節裂隙が対照側より広がっていることを確認するとともに、膝関節の可動域に左右差がないことを確認した。ピンが緩んだり、刺入部が感染した動物はなかった。両側大腿骨顆部を摘出し、脱灰組織標本を作成しHEおよびSafranin-O染色をした。組織標本は、内顆の荷重部関節軟骨を観察した。表層の繊維化または欠損およびtidemarkの不規則性の有無を顕微鏡で観察し、軟骨の厚さを画像処理装置で、基質のSafranin-O染色の濃度をmicro-spectrophotometerでそれぞれ計測した。軟骨細胞の形態は,軟骨組織体積に対する軟骨細胞体積の割合(細胞体積密度)、軟骨組織単位体積あたりの細胞数(細胞数密度)、平均細胞体積および細胞あたり基質平均体積を画像処理装置で計測した。

 対照側と比べると、3週群および6週群では関節軟骨の厚さおよびSafranin-O染色濃度に有意差がなかった。表層・中間層の軟骨細胞は、形が丸く、細胞体積密度と平均細胞体積が大きかった。細胞数密度および細胞あたり基質平均体積には有意な差がなかった。深層の細胞には有意な変化がなかった。9週群では、表層の繊維化と欠損およびtidemarkの不規則性が見られ、軟骨の厚さは対照側より平均34%減少し、Safranin-O染色濃度は表層から深層まで対照側より53〜72%減少していた。表層の軟骨細胞は、平均細胞体積が小さく、クローニングが見られ、表層・中間層の軟骨細胞は細胞数密度は大きくて、細胞あたり基質平均体積は小さかった。深層では有意な差がなかった。

 以上のように、関節面が接触しないまま関節が自動運動する状態では、3週の時期にまず細胞の形態変化がおこり、これより遅れて9週の時点で関節軟骨のプロテオグリカンの量と軟骨層の厚さが減少した。関節軟骨の厚さと組成の変化に先行してみられる軟骨細胞の形態変化は、軟骨基質の代謝および構造の変化と関連するものと考えられた。これらの所見から、関節軟骨が正常に維持されるためには、これまで説えられていた関節運動だけでなく、荷重も必要であることがわかった。

審査要旨

 本研究は正常荷重の関節軟骨の維持における役割を明らかにするため、関節に運動をさせながら荷重を完全に除去するという実験條件と装置を作成し、関節を完全に免荷しながら自由に自動運動をさせ、関節軟骨の経時的な変化を実験的に観察したものであり、下記の結果を得ている。

 3週群および6週群では対照側より、関節軟骨の厚さおよびSafranin-O染色濃度に有意差がなかった。表層・中間層の軟骨細胞は、形が丸く、細胞体積密度と平均細胞体積が大きかった。細胞数密度および細胞あたり基質平均体積には有意な差がなく、また、深層の細胞にも有意な変化はなかった。

 9週群では、表層の繊維化と欠損およびtidemarkの不規則性が見られ、軟骨の厚さは対照側より平均34%減少し、Safranin-O染色濃度では表層から深層まで対照側より53〜72%減少していた(p<0.05)。表層の軟骨細胞は、平均細胞体積が小さく、クローニングが見られ、表層・中間層の軟骨細胞は細胞数密度は大きく、細胞あたり基質平均体積は小さかった。深層では有意な差がなかった。

 関節面が接触しないまま関節が自動運動する状態では、3週の時期にまず細胞の形態変化がおこり、これより遅れて9週の時点で関節軟骨のプロテオグリカンの量と軟骨層の厚さが減少した。これらの所見から、関節軟骨が正常に維持されるためには、これまで説えられていた関節運動だけでなく、荷重も必要であることがわかった。

 以上、本論文は免荷自動運動が関節軟骨に及ぼす影響をを明らかにして、関節軟骨の維持における正常荷重の役割の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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