学位論文要旨



No 112856
著者(漢字) 黄,京性
著者(英字) Hwang,Kyung-Sung
著者(カナ) ファン,キョンソン
標題(和) 韓国高校運動部選手のQuality of Lifeに関する調査研究 : 一般生徒との比較を中心に
標題(洋)
報告番号 112856
報告番号 甲12856
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1226号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 助教授 甲斐,一郎
 東京大学 助教授 石垣,和子
 東京大学 助教授 中安,信夫
内容要旨 I.はじめに

 スポーツ・運動が健康の増進や維持に寄与し、さらに成人病の治療にも役立つものとして評価されつつある。即ち、人間の生活の質(以下QOL)に寄与するものとして捉えることが出来る。こういうスポーツ・運動は青少年期の体験が成人になってからの参加に深く影響するものである。種々の面で重要な意味を持つ学校スポーツ・運動であるが、韓国学校スポーツ、なかでも学校を代表する運動部(以下代表運動部)の場合は、過多な訓練及び学業の落ちこぼれ問題、又このような事から生じうる心身への影響を指摘する研究者や識者も多い。もしこのような指摘が事実であれば、この問題は所属の生徒たちの現在のみならず、将来のQOLにも大きく影響することが考えられる。そこで本研究では、代表運動部群と一般生徒2群(一般運動部群と一般文化部群)の各々のQOL、および部活動との関連をみたあと、代表運動部群と一般生徒群の間のQOLを比較する事を目的とした。

II.対象と方法1.対象

 ソウル市内に所在する代表運動部のある男子進学校の校名リストのうち、協力が得られた20校から運動部員全数439名と、この20校のうち任意の7校から1年生8クラス319名(この7校のうち1校が学校の事情により2年生の調査ができなく、1年生を2クラスとったため2年生より多くなった)、2年生6クラス211名の一般生徒を選び、無記名・自記式の質問紙を用い、調査を行った。

2.調査項目と分析方法

 1)QOLをみる項目としては、生きがい感、逸脱行動、健康感、授業の重視度、余暇生活、校友関係、先生との関係、学業、将来・進路問題をとりあげ、ほかに部活動の満足度、部活動の能力、属している部活動の社会での大衆性、部活動の動機、家庭環境、部活動の指導者、部活動形態、及び属性をとりあげた。

 2)分析方法はQOL関連項目の因子化に主成分分析とCronbachの係数を用いた。また部活動を分けることによる各々のQOL関連因子への影響を検討するため、6つの従属変数に対し重回帰分析を行い、最後に代表運動部、一般生徒3群間の比較のために一元配置分散分析を行った。

III.結果と考察1.部活動の現状

 部活動の状況を見ると、代表運動部群が他の2群に比べ、部活動の日数、時間及び部活動の指導者として「学外の専門指導員」が極端に多く、代表運動部群の活動がかなり専門性を帯びていることが分かり、所属の生徒の健康と高度の組織化による弊害が憂慮される。この事は、部活動の満足度についての結果からも裏付けられ、他の2群が部活動を辞めたいと思った理由として「部活動が形式的に行なわれるから」を第1に挙げているに対し、代表運動部群は「練習がきつすぎるから」を挙げている。一方、辞めたいのに辞められない理由として、他の2群は「辞められなくなっているから」が最も多かったのに対し、代表運動部群は「両親のために」が最も多く、3群ともに自分の意志ではなく一般運動部群と一般文化部群は学校の規則から、代表運動部群は両親の意思に従うためにやむをえず、やり続けている者が多くなった。この事については、彼らの望ましい社会化に影響しうる立場の人々の、より慎重な対応が望まれる。

2.部活動の生徒における生きがい感・逸脱行動・健康感について

 1)まず生きがい感についてみると、3群の間に有意差はなかった。しかし、否定的な生きがい感尺度、各々の項目に対し「時々ある」と「沢山ある」に回答した者だけに、部活動との関連性を尋ねたところ一般運動部群と一般文化部群の両群が10%から40%の者だけが、部活動と関連があると捉えていたのに対し、代表運動部群は70%から90%台の者が関連があると捉え、代表運動部が所属生徒の否定的な生きがい感に相当の影響を及ぼしていることが浮き彫りになった。この結果から代表運動部活動が、所属の生徒たちに重圧感を与えるものにならないように、より楽しく気楽に参加できるシステムの工夫や実践の必要性が示唆された。2)逸脱行動は最高値28点のうち、代表運動部群の平均値が11.4点、一般運動部群が13.9点、一般文化部群が11.8点で、一般運動部群と代表運動部群及び一般運動部群と一般文化部群の間に有意差がみられた。この結果から運動部活動と逸脱行動の関わりの評価は非常に難しく、このことは関連の先行研究で、青少年のスポーツ参加が非行・逸脱を予防し抑制するという研究結果と、逆に非行・逸脱を助長または促進するという対照的な研究結果に分かれていることからも裏付けられる。どちらにせよ、代表運動部活動と逸脱行動の関わりについて、今後一層の研究の必要性が求められる。3)健康感は代表運動部群が最も低く最高値24点のうち14.7点、一般運動部群が16.2点で最も高く、代表運動部群と一般運動部群、および一般文化部群の間に有意差がみられた。健康感尺度6項目各々について、部活動との関連性をみるために「時々ある」と「沢山ある」に回答した者だけに、部活動との関連を尋ねたところ、一般運動部群が「体の疲れを感じること」に57.1%が回答したことを除けば、一般運動部群と一般文化部群の場合は10%から40%台の者が、部活動と関連があると捉えているのに対し、代表運動部群はいずれも70%以上の者が、運動部活動と関連があると回答し、代表運動部群にとって肉体的な疲れとストレス問題が、部活動と深く関連があることが分かった。この事はまた健康感尺度以外に設けた健康関連3項目についての結果からも裏付けられた。

3.学校生活全般について

 1)授業の重視度については、最高値16点のうち、一般文化部群の平均値は10.8点で、一般運動部群10.4点、代表運動部群の9.9点となり、有意差がみられ、代表運動部群が他の2群に比べ授業についてあまり重視してないことが浮き彫りになった。このことは代表運動部所属の生徒たちの落ちこぼれの原因にも成り得る問題で、学業に支障のないような代表運動部の練習の必要性が望まれる。2)余暇生活については、代表運動部群が最も低く他の群との間に有意差がみられた。このような傾向は代表運動部活動による体の疲れや時間的な余裕のないこととの関連性が考えられる。この問題は生徒たちのストレッサーになりかねない事柄で、学校側が今後考慮しなければならない点であると思われる。

 3)他部生徒との同質感については最高値8点のうち、代表運動部群の平均値が最も低く5.0点、一般運動部群6.0点、一般文化部群6.4点で、代表運動部群と他の2群の間に有意差がみられ、また一般運動部群と一般文化部群の間にも有意差がみられ、一般文化部群に比べ、他の2群は他部生徒との同質感が薄くなっていた。4)先生との関係を見ると「部活動と関連した先生とトラブルや悩み事の経験の有無」については、最高値4点に対し代表運動部群が2.1点で、一般運動部群1.8点、一般文化部群1.6点の順となり、有意差がみられた。また学校先生と部活動の指導者のうちどちらをより気にするかを尋ねたところ、「部活動の指導者の方がもっと気になる」と「部活動の指導者の方がやや気になる」に回答した一般運動部群は24.6%そして一般文化部群の10.8%に対し、代表運動部群は87.2%で極端に部の指導者を気にしていることが明らかになり、本来、校内で深いつながりのあるとされる学校先生より、部活動の指導者が中心になっていることは、教育上重要な問題として再考する必要がある。また悩み事の主な相談相手として、「学校の先生」と回答した生徒はいずれの群も少なく、先生と生徒たちとのつながりの薄さが示唆された。5)校友との関係をみると、校内での主な友人として同じ部の生徒を挙げたのは一般運動部群と一般文化部群が14.9%と32.0%になっているのに対し、代表運動部群は69.3%でほぼ7割である。このことからも上述の他部生徒との同質感でもうかがえたごとく、代表運動部活動は他部生徒との距離感や同質感が薄い事が分かった。6)部活動と学業との関連をみると、「部活動が原因で授業に出られない」「部活動による成績の増減の経験」が、他の2群に比べ代表運動部群の方が極端に多く、また「部活動が学業にマイナスになるか」についても、他の2群は部活動が学業にあまりマイナスにならないと捉えているのに対し、代表運動部群はマイナスになると有意に捉らえている。特に代表運動部に所属している生徒ついては学業の落ちこぼれ児にならないように、学校側のより慎重な運営が強く望まれる。

4.将来・進路問題について

 1.「部活動が進路にどれほど影響すると思うか」について、最高値4点のところ代表運動部群が3.5点、一般運動部群2.0点、一般文化部群1.7点の順となり、一般文化部群に比べ他の2群は、今の部活動が自分の進路に強く影響すると捉え、特に代表運動部群の場合はその傾向がもっと強かった。また「今の部活動が社会に出てからも役に立つと思うか」について、代表運動部群が最も役に立つと捉え、社会に出てからもかなり影響することが推察される。最後に「現在行なっている部活動の将来への影響」についても同様に代表運動部群が、最も自分の将来に影響すると捉えた。上記の将来・進路問題についてのいずれの質問項目についても有意差がみられ、代表運動部活動が所属生徒たちの将来や進路にプラス面またはマイナス面で深く影響するものであることが示唆された。この問題は代表運動部の生徒たちにとって、現在のみならず将来のQOLに深く関連する事柄であることを、学校側が十分に認識し、この種の問題を十分に考慮した学校代表運動部の運営が必要とされる。

IV.結論

 部活動の現状は、代表運動部群が他の2群に比べ部活動の日数、時間がともに非常に多く、部活動の指導者も学外の専門の指導者が多かった。生きがい感については、3群の間に有意差はみられないが、部活動との関係を見ると、代表運動部群はより多く影響するものとして捉えていた。また、逸脱行動については代表運動部群が最も低く、ついで一般文化部群、一般運動部群の順で逸脱行動を経験していた。健康感は3群のうち代表運動部群が最も低く、部活動との関連性については他の2群に比べ、全般的に高く、特に「体の疲れを感じること」と「ストレスを感じること」の2項目については、9割以上の者が関連性があると捉え、代表運動部活動が所属生徒たちの心身の健康への影響が考えられる。この事は健康感尺度以外の健康関連の3項目の結果からも裏付けられた。また、学校生活の全般を見ると、代表運動部群が他の2群に比べて授業の重視度、他部生徒との同質感が最も低く、部活動による欠席授業および成績の増減の経験が最も多く、先生との関係及び校友との関係において部活動中心の傾向が強かった。最後に部活動と将来・進路問題との関連をみると、代表運動部群は他の2群に比べ、今の部活動が自分の将来や進路に大きく影響し、また社会にでてからも役立つものとして捉え、所属生徒たちの将来や進路問題に大いに関わっていることが示唆された。

審査要旨

 本研究は、韓国の多くの研究者及び経験者などから、その行き過ぎが指摘されつつある韓国高校の学校代表運動部活動を、Quality of Lifeの観点からアプローチし、その現状の解明および在り方を探るものであり、以下のような結論を得ている。

 1。部活動の現状は、代表運動部群が一般運動部群や一般文化部群の2群に比べ、部活動の日数、時間がともに非常に多く、部活動の指導者も学外の専門の指導者が多く、代表運動部群の運営がかなり専門性を帯びていることが示唆された。

 2。身体面・メンタル面の健康感をみると生きがい感については、3群間に有意差はみられないが、部活動との関連を見ると代表運動部群は、他の2群より関連があるものとして捉えていた。また、逸脱行動については、代表運動部群が最も低く、ついで一般文化部群、一般運動部群の順で逸脱行動を経験していた。また、健康感は3群のうち、代表運動部群が最も低く、部活動の関連性についても他の2群に比べ、全般的に高く捉え代表運動部活動が所属生徒たちの心身の健康に深く関わっていることが考えられた。

 3。学校生活全般を見ると、代表運動部群が一般運動部群や一般文化部群に比べて、授業の重視度、他部生徒との同質感が最も低く、部活動による欠損授業及び成績の増減の経験が最も多く、学校先生との関係および校友との関係において部活動中心の傾向が強かった。

 4。部活動と将来・進路問題との関連を見ると、代表運動部群は他の2群に比べ、今の部活動が自分の将来や進路に大きく影響し、また、社会に出てからも役立つものとして捉え、代表運動部活動が所属生徒たちの将来や進路問題に深く関わっていることが考えられる。

 以上、本研究は韓国高校において代表運動部活動の現状をQOLの観点から明らかにした。本研究は、こらまでに未知に等しかった韓国高校性の学校代表運動部活動によるQOLへの影響を解明するにおいて重要な貢献をなすと考えられ、学位授与に値するものと考えられる。

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