学位論文要旨



No 112857
著者(漢字) 呉,鶴
著者(英字)
著者(カナ) オウ,ハク
標題(和) 青少年における薬物使用の予測モデルの検証 : 韓国および日本の高校生を対象として
標題(洋)
報告番号 112857
報告番号 甲12857
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1227号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗田,廣
 東京大学 教授 大塚,柳太郎
 東京大学 助教授 橋本,修二
 東京大学 助教授 横山,和仁
 東京大学 講師 藤山,直樹
内容要旨 I.はじめに

 アメリカでは増加しつつある青少年の薬物使用を抑えるため、彼らがなぜ薬物使用に至るのかについて様々な理論的な検証が行われている。その中で、Strain Theory1)、Social Control Theory2)、Differential Association Theory3)の3つの理論に基づいた研究が多くみられる。

 注1)逸脱行為は内的圧力、または情緒的な葛藤の表出であり、環境の不適応、欲求不満の産物であるとされる。

 2)家族や学校などの伝統的な社会集団による紐帯(BOND)が断ち切られたり、緩められたりした時に、人間は逸脱行為の自由を得るとしている。

 3)犯罪行動が学習されるか否かの分化は、犯罪分化との接触の頻度・期間・時期・強度やそのグループとの親密度などによって決定される。

 これらの3つの理論は犯罪の原因論として用いられてきたが、最近は薬物使用の原因論としても有効とされている。

 一方、韓国や日本では青少年の薬物使用率の増加や低年齢化、使用薬物の多様化といった問題が指摘されているにもかかわらず、一般生徒に対する薬物使用の実態把握や理論的根拠に基づいた研究はほとんど行われていない。家族構造や規則・規範に対する価値基準などの、儒教文化がもたらす社会文化的な背景がアメリカと異なるアジアの韓国や日本においても、これらの理論が青少年の薬物使用を説明するのに有効であるかについては明確にされていない。

 そこで、本研究では、以下の3点を目的とした。1)韓国および日本の高校生における薬物使用の実態を把握する。2)薬物使用と飲酒・喫煙との関係を明らかにする。3)3つの理論の中心概念に対応した尺度を用意し、韓日における独自の薬物使用の予測モデルを作成する。3つの理論の中心概念をそれぞれ、以下「STRAIN」「SOCIAL CONTROL」「DA」と示す。

 2)と3)の目的に関しては、以下の4つの仮説を設定した。

 1)飲酒や喫煙は薬物使用のGateway Drugである。

 2)青少年の薬物使用を説明する最も強い影響要因は「DA」である。

 3)「STRAIN」や「SOCIAL CONTROL」は薬物使用に至る直接的な要因ではなく、青少年が「DA」に向かうこと(薬物使用に寛大な雰囲気や環境におかれること)の影響要因である。

 4)「DA」によって薬物使用に至るのは、「DA」に接することにより、薬物使用を容認するBeliefを身につけるからである。

II.対象と方法1.対象

 (1)韓国:ソウル市内の江東・江西・江南・江北の各地区別に協力が得られた12校において学年ごとに2クラスを選び、1996年3〜4月に無記名の自記式調査票による調査を行った(3月から新学期)。その結果、有効回答数は4,729名(99.47%)であった。

 (2)日本:1996年4〜5月までに、東京都内の公立高校14校を選び調査を行った。韓国と同様に生徒の自由意思により調査を行った結果、有効回答数は4,171名(99.45%)であった。

2.調査項目

 従属変数には、この一年間に薬物を使用した経験の有無、飲酒・喫煙頻度を用いた。独立変数には、1)「STRAIN」:ストレスフルなライフイベント、家族の葛藤性、2)「SOCIAL CONTROL」:学校との親和度、家族の精神的な支援度、家族・学校によるコントロール、3)「DA」:飲酒・喫煙・薬物を使用する仲間、それらの使用ついての仲間や親の寛容度、および親の飲酒・喫煙頻度、4)本人の価値基準(以下BELIEFと示す):薬物使用に対する自己寛容度、5)その他には、使用動機や時期、使用した薬物名、飲酒・喫煙・薬物使用の順序、および属性を用いた。

3.分析方法

 上述した従属変数を全て尺度化し、信頼性の検討を行った。次に、薬物使用に関わる要因を総合的に検討するため、飲酒・喫煙については重回帰分析を、薬物使用については、回答方式が2件法(はい、いいえ)であり、かつ薬物使用・非使用群の割合が非常に偏っていることを考慮し、多重ロジスティック回帰分析を行った。最後に、薬物使用の予測モデルを作成するために12個の観測変数と5個の構成概念を設定し、共分散構造分析を行った。

III.結果と考察1.韓日における高校生の薬物使用に関する実態1)使用率

 薬物使用者は、韓国では104名(2.2%)、日本では255名(6.1%)を占めた。韓日とも女子より男子のほうが、また学年が上がるにつれ薬物使用率の増加傾向が認められた。

 薬物経験者のうち、薬物使用がこの一年間、継続している者は韓日とも50%以上であることから、一たび薬物使用を始めるとやめるのは難しいことが示唆された。

2)誘われた経験の有無と使用動機、誘われたが使用しなかった理由

 「薬物を使用しないか」と誘われた経験がある者は、韓国では142名(3.0%)、日本では318名(7.7%)であった。そのうち、韓日とも誘われてすぐに使用した者は約70%であり、使用動機からみても、「誘われたから吸った」が85.0%以上を占めた。一方、誘われたが、断った理由として「薬物使用に関心がない」「健康や自分が大切である」などが挙げられた。したがって、薬物使用を予防するため、薬物についての知識の提供だけでなく、健康や自分の大切さを強調し、誘われても断れるスキルの提示、断る勇気や意志を強くする援助も必要であると考えられた。

3)薬物開始時期

 韓国では中3年の時に薬物を使用し始めた者が41名(38.3%)、中2年の時が22名(20.6%)であり、日本では中1年の時が70名(25.9%)、次いで小6年以前の時が56名(20.7%)であった。このことから、薬物使用の予防教育は中学校からでは遅いことが示唆された。

4)有機溶剤以外の使用薬物名

 韓国では薬物使用者104名中12名(11.5%)、日本では255名中50名(19.6%)が有機溶剤とともに大麻、麻薬、覚せい剤、LUSH、MDMAなどを用いた多剤使用者であった。

2.薬物使用と飲酒・喫煙との関係1)飲酒や喫煙と薬物使用との関係

 韓日とも薬物使用群は非使用群に比べ飲酒および喫煙頻度が有意に高く、また薬物使用者は家族と一緒より、仲間と飲む機会が多いことから、薬物使用群は仲間志向性を持っていると考えられる。

2)飲酒・喫煙・薬物使用の順序(仮説1)

 「喫煙→飲酒→薬物」は韓国:48名(50.0%)、日本:51名(21.6%)であり、「飲酒→喫煙→薬物」は韓国:33名(34.4%)、日本:144名(61.0%)であった。したがって、飲酒や喫煙が薬物使用のGateway Drugである可能性はアメリカのみではなく、韓日でも示唆された。

3.韓日における薬物使用に関する予測モデル1)薬物使用の影響要因別の説明力の比較(重回帰・ロジスティック回帰分析)

 薬物使用のみならず、飲酒・喫煙の全てについて3つの理論の中で相対的に強い説明力を持つのは「DA」であり(仮説2)、次いで「SOCIAL CONTROL」となった。以上の結果は、Differential Association Theoryを支持するものとなった。つまり、飲酒・喫煙・薬物使用を行う仲間やこれらを行うことを意に介さない仲間の多さは、薬物使用を予測できる強い要因であることが示唆された。

2)韓日における薬物使用の予測モデル(共分散構造分析)

 (a)予測モデルの適合度

 韓日とも、CNが200以上、GFIが0.95以上であり、GFIやAGFIの差はあまりなかったことから、このモデルの適合度は高いと考えられた。

 (b)薬物使用の予測モデルの検証:図1、2の通りである。「STRAIN、またはSOCIAL CONTROL→DRUG USE」の因果係数は非常に弱かった。薬物使用に至る経路は、第一に、最も強い因果関係が認められた「SOCIAL CONTROL→DA→DRUG USE」である(仮説3)。第二は、第一経路に比べやや弱い因果関係が認められた「SOCIAL CONTROL→DA→BELIEF→DRUG USE」である(仮設4)。つまり、家族・学校との絆や支え合い、コントロールの弱さ、およびストレインの強さが原因で薬物を使用するのではなく、むしろ社会的なコントロールの弱さが、「DA」への促進要因であることが明らかになった。しかし、この結果は、必ずしもアメリカの先行研究とは一致しない。薬物が蔓延しているアメリカのような社会環境では薬物が手に入りやすいために「SOCIAL CONTROL、またはSTRAIN」から「DA」を介さなくても、薬物使用に至ると考えられる。

 したがって、薬物使用を抑制する方法として、薬物使用の予防教育と同時に社会的コントロール、および「DA」改善への支援や、薬物流通経路を根絶する政策の必要性が示唆された。

VI.結論

 1.韓国では、この一年間の薬物使用者は104名(2.2%)、日本では255名(6.1%)であった。韓日とも薬物使用を誘われた経験がある者の約70.0%が誘われてすぐに使用していた。薬物の開始時期は韓国では中学校3年生、日本では中学校1年生の時が最も多かった。

 2.韓日とも薬物使用群のほうで飲酒・喫煙頻度が、ともに有意に高く、さらに、薬物より先に飲酒、または喫煙を経験したことが明らかになった。

 3.飲酒・喫煙・薬物使用を説明する強い影響要因は「DA」であることが明らかになった。

 4.韓日独自の薬物使用に関わる予測モデルの作成

 (a)GFI、AGFI、CNは妥当なモデルの条件を果たし、高い適合度が認められた。

 (b)韓日とも「SOCIAL CONTROL」や「STRAIN」から薬物使用への因果関係は認められず、薬物使用に至る主な経路としては、これらの要因が「DA」を介し影響していることが認められた。また、「DA」から薬物使用に至るのは、主には直接的な経路であるが、一部はさらに「BELIEF」を介して使用に至るという間接的な経路であった。しかし、韓日の相違点は、韓国でのみ「STRAIN」から「DA」を介し「DRUG USE」に至る因果関係が、認められた点である。

図1.韓国の薬物使用の予測モデル図2.日本の薬物使用の予測モデル
審査要旨

 本研究は深刻になりつつある青少年の薬物使用の予防に重要な役割を果たすためデータの信頼性を得るための工夫をし、韓国および日本の高校生における薬物使用の実態の把握と、薬物使用と飲酒・喫煙との関係を明らかにし、さらにアメリカで青少年の薬物使用の原因論として有効とされているSTRAIN THEORY、SOCIAL CONTROL THEORY、DLIFFERENTIAL ASSOCIATION THEORYの中心概念を用い韓日における独自の薬物使用の予測モデルを作成したものとして下記の結果を得ている。

1.韓国や日本における高校生の薬物使用に関する実態

 1)韓国では全生徒4,729名のうち、薬物使用者は104名(2.2%)、日本では全生徒4,171名のうち、薬物使用者は255名(6.1%)であった。薬物使用は男子が女子より多く、学年が上がるにつれ増加する傾向が認められた。また、薬物使用者の使用継続の傾向や多剤傾向が認められた。

 2)韓国では薬物使用を誘われた経験があった141名のうち、98名(69.0%)、日本では318名のうち、233名(73.3%)が誘われてすぐに薬物を使用していた。

 3)薬物の開始時期は、韓国では中学校3年生、日本では中学校1年生の時が最も多かった。

2.薬物使用と飲酒・喫煙との関係

 韓日とも薬物使用群のほうで飲酒や喫煙頻度がともに有意に高かった。また、薬物使用群では仲間との飲酒機会を持つ者が多かった。韓日とも95%以上の者が、薬物よりも先に飲酒、または喫煙を経験していることが明らかになった。

3.韓日独自の薬物使用に関わる予測モデルの作成

 1)「STRAIN」「SOCIAL CONTROL」「DA」「BELIEF」の中で薬物使用を予測するのに相対的に強いものは「DA」であった。

 2)共分散構造分析を行った結果、GFIは韓日とも0.95以上であり、GFIとAGFIの差はあまり見られず、CNの値も200を超えた点で、本研究の予測モデルがデータを説明する割合が高く、好ましいモデルであると判断した。

 3)韓日とも薬物使用に至る主な経路は二通り認められた。

 第一は、「STRAIN、またはSOCIAL CONTROL→DRUG USE」の因果関係は認められず、薬物使用に至るのは、最も強い因果関係が認められた「SOCIAL CONTROL→DA→DRUG USE」である。

 第二は、第一経路に比べやや弱い因果関係が認められた「SOCIAL CONTROL→DA→BELIEF→DRUG USE」である。

 韓日の相違点は、韓国でのみ「STRAIN」から「DA」を介し「DRUG USE」に至る因果関係が認められた点である。

 これらのことから、以下のことが考えられる。

 最も薬物使用開始のリスクが高い時期の前に、すなわち小学校高学年からの飲酒・喫煙の予防教育と併せて薬物使用の予防教育の必要性が示唆された。さらに、薬物使用予防のためには、その間接的背景的要因への取り組みとして、家族間の凝集性(Cohesion)、コミュニケーションを増加させることや、学校における生徒の目標へのコミットメントや結束力(Bonding)を強くすること、同時に、直接的要因への取り組みとして、健全な友人関係の持ち方や薬物を誘われても断れるスキルを育てることが重要であると示唆された。

 以上、本論文はこれまで未知に等しかった韓日における高校生の薬物使用の実態の把握や、関連要因間の構造を明らかにした点で独創性を持ち、両国の独自の青少年の薬物使用の予測モデルの作成によって、両国の薬物使用の予防教育プログラムの開発や施策にも大きな貢献をなし、博士の学位の授与に値するものと考えられる。

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