学位論文要旨



No 112858
著者(漢字) 劉,志瑾
著者(英字)
著者(カナ) リュウ,シキン
標題(和) 外来における重複処方薬剤の実態とオーダーエントリシステムによるその検出・警告に関する研究
標題(洋)
報告番号 112858
報告番号 甲12858
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1228号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 松下,正明
 東京大学 教授 伊賀,立二
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 助教授 五十嵐,徹也
内容要旨 I.緒言

 薬剤の過剰投与、相互作用による薬害の発生、医療費に占める高率な薬剤費など、最近医薬品の適正使用が重要な問題となっている。医師はその診断に基づき患者の状態に応じた最適な薬剤を選択し、用法、用量を指示することが求められる。しかし膨大な情報を扱う医療の現場において、医薬品の不適正な使用に対しては早期の予防的な対処が重要であり、一つの方法としてコンピュータを利用した医療情報システムによる適切な支援が期待される。

 患者が複数の診療科を受診する際、同一成分あるいは同一系統の薬剤が、診療科をまたがって重複処方された場合に、過量による作用増強、相互作用、副作用などの危険、医薬品費用の無駄など、多くの問題が生じると考えられる。そこで、この重複処方に視点を置き、医師の処方設計時にリアルタイムで警告するシステムを構築し、処方オーダーエントリシステムの支援機能に組み入れることが必要であると考えた。

 本研究の目的は、まず重複処方薬剤の実態を予備調査により把握し、その重複処方薬剤の危険性及び警告の必要性を判断すること。次に、重複処方薬剤を正確に検出するための成分コード及び系統コードを設定し、このコードを用いて再度調査すること。さらに、医薬品の適正使用を目指し、重複処方薬剤を予防するための警告システムを構築し、処方オーダーエントリシステムの支援機能に組み入れて、導入後の評価をすることとした。

II.方法2-1)重複処方薬剤についての予備調査

 調査対象と期間:東京大学病院における1995年11月〜1996年1月の3ヵ月間に発行された診療データベース上の外来処方せんのすべての診療科、処方薬剤について重複処方薬剤の分析を行った。

2-2)臨床医の判定

 対象と方法:重複処方薬剤の危険性と警告の必要性を判定するため、予備調査の結果で重複処方薬剤の発生した15診療科の臨床医に対し、実際の重複処方薬剤を例示し質問紙による調査を行った。一診療科5名の臨床医を無作為に抽出し、合計75名を対象とし調査票を郵送して、回答を集計、分析した。

2-3)重複処方薬剤についての本調査2-3-1)成分コード、系統コードの設定

 重複処方薬剤を正確に検出するため薬効分類コードを検討した。同一成分薬剤については、商品名、規格、剤形に相違があるとその薬品コードが異なっていたため、薬剤に含まれる成分によって独自の成分(一般名)コードを設定した。また同一系統薬剤については、同一効能・効果の薬剤を系統別に分類し、独自の系統コードを設定した。

2-3-2)調査対象と期間

 予備調査及び臨床医の判定結果より、重複処方薬剤発生頻度が高く、また危険性も高い中枢神経系用薬、循環器官系用薬二系統の薬剤を対象とした。調査期間は、1996年4月1月〜1996年6月30日までの3ヵ月間とした。新たに設定した成分コード、系統コードを用いて、調査期間における診療データベースの中から中枢神経系用薬と循環器官系用薬が重複して処方された事例を抽出し分析した。

2-4)重複処方薬剤に対する警告システム2-4-1)警告システムの構築

 処方医が医薬品名を入力した時に、同一患者の薬歴データベースから、他診療科で服用期間中の薬剤と今回処方した薬剤とを比較し、成分コード、系統コードの等しいものを検索する。成分、系統コードが一致した場合は警告のメッセージを画面に表示し、処方医の確認により先に進むようにした。

2-4-2)警告システムの有効性

 構築したシステム導入前後の比較では、外来処方せんを対象とし、システム「導入前」として1996年4月〜1996年6月の3ヵ月間における平均2週間の調査データを使用した。システム「導入後」は、1996年9月18日〜1996年10月1日までの2週間とした。

III.結果3-1)重複処方薬剤についての予備調査

 1995年11月〜1996年1月の3ヵ月間における外来処方せん総発行枚数は89,060枚、併科処方せん枚数は7,066枚、そのうち、他診療科との重複処方件数は237件(6.8%)であった。この予備調査の結果から、中枢神経系用薬、外用薬、循環器官用薬の処方において重複薬剤の発生頻度の高いことがわかった。

3-2)臨床医の判定

 臨床医の回答件数は75件中50件で回収率は66.7%であった。同一成分薬剤の重複について例示した10例のうち9例で、半数以上が重複を「危険」とし、重複に対する「警告システムの必要性」については、10例の全例で70%以上の医師が「必要」と回答した。同一系統薬剤については、例示した14例のうち4例で、半数以上が重複を「危険」としたにとどまったが、「警告システムの必要性」については、14例中13例で50%以上の医師が「警告が必要」と回答した。

3-3)重複処方薬剤についての本調査

 外来における1996年4月〜1996年6月の3ヵ月間の処方せん枚数は80,155枚、その内循環器官系用薬の処方は31,069枚、中枢神経系用薬は31,808枚であり、併科処方せん枚数は、循環器官系用薬1,761枚、中枢神経系用薬2,369枚であった。他診療科との重複処方件数は、循環器官系用薬198件(11.2%)、中枢神経系用薬203件(8.6%)であった。重複処方発生率は予備調査に比べて明らかに多く、循環器官系用薬では11.2%(予備調査35件2.2%)、中枢神経系用薬では8.6%(同34件1.4%)でともに統計的に有意差が見られた(2検定:p<0.001)。

 また、重複処方された患者の年齢と重複処方されていない患者の年齢については、重複処方された患者の平均年齢が、重複処方されていない患者より高く、統計的に有意差がみられた(t検定:二系統薬剤ともにp<0.001)。

3-4)重複処方薬剤に対する警告システム3-4-1)警告の発生状況

 1996年9月18日〜1996年10月1日までの2週間に発生した「重複警告」件数は120件であり、内訳は「OK(そのまま発行)」97件(内訳、発行後修正:処方を発行した時点ではOKであったが後で修正59件、未修正:そのままで発行38件)、「Cancel(即修正)」23件であった。

3-4-2)警告システムの有効性

 循環器官系用薬では、システム「導入前」併科処方せん1,761枚に対する重複処方198件の発生率(11.2%)に対し、システム「導入後」は13件(5.1%)であった(2検定:p=0.0068)。

 中枢神経系用薬では、システム「導入前」併科処方せん2,369枚に対する重複処方203件(8.6%)の発生率が、システム「導入後」は19件(4.6%)となった(2検定:p=0.0097)。

 今回の警告システム導入前後の重複処方発生比率については統計上で有意差がみられ、警告システムの導入により重複処方件数が減少した(図1)。

図1.警告システム導入前後の重複処方発生率の比較
IV.考察4-1)重複処方薬剤の検出

 予備調査では、外来における全般的な重複処方薬剤の傾向を把握するために、従来の薬品コードと薬効分類コードを使用し、重複処方薬剤の検出を行った。この予備調査では発生頻度が高い薬剤と発生頻度が高い診療科が明らかとなった。また、従来の薬品コードと薬効分類コードでは重複処方チェックに使えないことがわかったため、新たなコードの設定が必要となった。そこで、検出の感度と精度を高めるために、独自の成分コードと系統コードを設定した。さらに、本調査では、重複処方薬剤の発生頻度の高かった循環器官系用薬と中枢神経系用薬の二系統の薬剤に絞り、設定した成分コードと系統コードを使用し重複処方薬剤を検出した。重複処方件数は予備調査に比較して明らかに多く、統計上で有意差がみられた。これにより、今回設定した成分コードと系統コードが、重複処方薬剤の検出においてより効果的であることが明らかとなった。また、質問紙調査を依頼した臨床医の回答からも、現状の重複処方薬剤には「危険である」と判断されるものが存在した。さらに、医師の処方設計時における意思決定の情報源として「重複処方の警告」の支援システムを望む意見が多く得られ、医薬品の適正使用のためには、重複処方薬剤に対する警告支援システムが有効であると考えられた。

4-2)警告システムの有効性

 本警告システムの導入により、重複処方薬剤の発生率が導入前に比較して、明らかに減少した。これは本警告システムにより、医師が患者の併科受診時に他診療科において同一成分、同一系統薬剤情報を提供されたことにより、医師の処方設計が変わったことを示しており、リアルタイムで医師に医薬品の適正使用情報を提供することの有効性が明らかとなった。また、本警告システムは重複処方薬剤をすべてなくすことを目的とはせず、処方薬剤を判断する医師に対し意思決定のための支援情報を提供することにある。

4-3)本研究の展望

 他診療科処方を参照しうる同一病院においても重複が生じていることは、今後病院間あるいは調剤薬局での同様なチェックが重要であることが示唆された。またそのためには一般名コード、薬効分類コードの標準化も必要である。本研究でのリアルタイムの診療支援が有効であったことから、将来の医療情報システムでの機能拡大の方向が示されたと考える。

V.結論

 本研究では、処方オーダーエントリシステムにおける重複処方の実態を把握し、重複処方薬剤の検出方法の検討を行った。そして医師が重複処方を防ぐための警告システムを開発し、その導入後のシステムの効果を検討した。本研究により、以下の結論を得た。

 1.重複処方薬剤を検出するためには、従来の薬品コード及び薬効分類コードでは対応できない。そのため、新たに成分コード及び系統コードを設定する必要性が示唆された。

 2.重複処方薬剤の危険性が臨床医の判定で明確となり、重複処方薬剤を予防するための警告システムの必要性が明らかとなった。

 3.重複処方薬剤を予防するために警告システムを構築し、その導入により重複処方薬剤の減少に効果のあることが明らかとなった。

 4.医薬品適正使用のためには、診療における医師へ医薬品情報をリアルタイムで提供する有効性が示唆された。

審査要旨

 本研究は外来における処方オーダーエントリシステムにおいて、医薬品の適正使用を目指し重複処方薬剤の実態調査および重複処方を警告するシステムの導入と評価を目的として行われた。まず予備調査により重複処方薬剤の実態を把握し問題点を明確にした。次に調査結果から、重複された処方薬剤の危険性及び重複処方に対する警告必要の有無の判断を行った。そして、重複処方薬剤をより正確に検出するための手法を検討し警告システムを構築した。この警告システムは、重複された医薬品の薬理作用の警告ではなく、重複のあることを医師に示し、その処方薬剤についての判断は医師が行うものであり、不適正な処方を予防することである。構築したシステムを現在の処方オーダーエントリシステムに支援機能として追加し導入前後の評価を行い、下記の結果を得ている。

 1.重複処方薬剤の検出手法について、現在使用されている薬品コード及び薬効分類コードでは正確に対応できないことが明らかとなった。検出の感度と精度を高めるため、同一成分あるいは同一系統の薬剤であることをチェックする体系的な分類コードを設定する必要性のあることが示唆された。本研究では一般名別の成分コード及び系統別の系統コードを独自に設定し使用したことにより重複処方薬剤の検出に対し効果のあることが判明した。

 2.患者が複数診療科に受診している場合、同一成分、同一系統薬剤の重複は危険であることが臨床医の判定で明確となった。特に、ベンゾジアゼピン系薬剤の重複例を見ると、臨床医の判定により、80%以上の医師が危険とした重複例(トリアゾラム&ブロチゾラム)は2件あり、75%以上の医師が危険とした重複例(トリアゾラム、ブロチゾラム、ニトラゼパム)は17件検出された。このようなリスクの高い重複例は決して多くはなかったが、医師の処方設計時に不適正な処方を予防するためには、複数診療科で併用された重複処方薬剤に対する警告支援システムの必要性が示唆された。

 3.今回構築した警告システムは、予備調査で重複の発生頻度が高かった循環器官系用薬と中枢神経系用薬の二系統薬剤について行っている。患者の併科受診時においてすでに同一成分薬剤、同一系統薬剤が他診療科で処方されているという情報を提供することにより、医師の処方設計を支援する情報となり、リアルタイムで医師に医薬品の使用情報を提供することの有効性が明らかとなった。また、本警告システムの導入により重複処方薬剤が導入前と比べて明らかに減少し(循環器官系用薬11.2%対5.1%、中枢神経系用薬8.6%対4.6%)、この警告システムが重複処方薬剤の発生率の低下に効果のあることが明らかとなった。

 4.本研究での調査分析により、他診療科処方を参照できる同一病院においても無視し得ない重複が生じていたことが明らかとなった。このような重複処方薬剤は、一般に病院内さらには病院間で多く発生している現象と思われ、本研究により警告システムの有効性を明らかにしたことは、今後病院間あるいは調剤薬局間での同様なチェックの重要性が示唆された。さらに医薬品の適正使用のためには、医師の診療時にリアルタイムで支援する医療情報システムを構築し、医師の処方設計に際して医薬品情報を提供することの有用性が示された。

 以上、本論文は、医薬品の適正使用を合理的に形成し、処方オーダーエントリシステムにおいて、医師の診療時に重複処方薬剤の情報をリアルタイムで提供するシステムを確立したものであり、医療情報システムにおける医薬品情報の提供・支援として、臨床医療の場に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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