学位論文要旨



No 112859
著者(漢字) 中崎,有恒
著者(英字)
著者(カナ) ナカザキ,ユウコウ
標題(和) GM-CSFあるいはB7遺伝子を導入したマウス造血器腫瘍細胞による抗腫瘍免疫の誘導
標題(洋)
報告番号 112859
報告番号 甲12859
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1229号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 客員教授 伊庭,英夫
 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 助教授 平井,久丸
 東京大学 客員教授 横田,崇
 東京大学 助教授 斎藤,泉
内容要旨

 造血幹細胞移植療法の進歩により白血病・リンパ腫の治療成績は飛躍的に向上した。しかし再発の原因となっている微少残存白血病・リンパ腫細胞(MRL)の完全な駆逐法の開発、患者のQOL(quality of life)を著しく低下させる重症GVHD(graft versus host disease)などさらに改良されなければならない問題も多い。これらの問題解決へのアプローチの1つとして、宿主免疫系の制御が挙げられる。つまり、化学療法剤・放射線により治療できない悪性腫瘍細胞を、自己組織を傷害しない免疫担当細胞により駆逐することが可能になれば臨床的なメリットは大きい。これを実現するための具体的手段として、免疫遺伝子治療法が最近注目されてきている。すなわち免疫遺伝子治療法とは腫瘍細胞にサイトカインや接着分子などの遺伝子を導入し宿主に接種することで宿主の持つ抗腫瘍免疫能を賦活化するものであり、近年主にマウスの固形腫瘍モデルでその効力が実証され、前臨床試験も開始されている。

 顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)は樹状細胞をはじめとする専門的抗原提示細胞(APC)に作用し、その抗原取り込み、プロセシング、提示の各段階を強化する。そのためGM-CSF遺伝子を導入・発現した腫瘍細胞を体内に接種すると、野生型腫瘍細胞よりも強く抗腫瘍免疫を惹起するものと考えられる。またB7分子はT細胞上のCD28分子と結合することで、T細胞受容体(TCR)とMHC/抗原複合体の結合と共にT細胞に増殖刺激を与える。多くの腫瘍細胞はB7分子の発現を欠くため、腫瘍を直接認識しうる細胞障害性T細胞(CTL)は不応答状態にあり、その結果腫瘍は免疫系によっては排除されない。しかしB7遺伝子を導入・発現した腫瘍細胞を体内に接種すると腫瘍特異的CTLが効率的に増幅され、宿主の抗腫瘍免疫が誘導されるものと考えられている。

 このように、GM-CSF遺伝子あるいはB7遺伝子導入は腫瘍の免疫遺伝子治療法開発において有効性が期待されており、主にマウス固形腫瘍の実験系ではそれが報告されている。その一方で最近、造血器腫瘍は固形腫瘍とは異なる経路で免疫系から影響を受けていることが示唆されている。以上の背景のもとに本研究の第一の課題は、GM-CSFあるいはB7遺伝子導入腫瘍細胞による抗腫瘍効果が造血器腫瘍においても認められるかどうかを検討することである。また上述のようなGM-CSFとB7分子遺伝子導入による抗腫瘍免疫誘導機序の仮説が正しいものとすると、この両者の併用は相加的な効果をもたらすことが期待できる。本研究の第二の課題は、この併用によりどのような結果が生じるかを検討することである。

 これら2つの課題を検討する目的で、マウス骨髄単球性白血病(WEHI3B)細胞およびマウス胸腺リンパ腫(EL-4)細胞にレトロウイルスベクターを用いてGM-CSFあるいはB7遺伝子を導入し、これらを接種した同系マウスにおける抗腫瘍活性の発現を以下のように検討した。

1.野生型および遺伝子導入WEHI3B細胞の造腫瘍性

 WEHI3B細胞は同系マウス(BALB/c)の皮下に移植すると腫瘍を生じたが、GM-CSFあるいはB7遺伝子を導入したWEHI3B細胞(順にWEHI/GMCSF、WEHI/B7)は完全に拒絶された。これらを拒絶したマウスは、その後の野生型WEHI3B攻撃接種に対して抵抗性を獲得した。また同様の実験系で同系ヌードマウス(BALB/c nu/nu)を用いて各細胞の造腫瘍性を観察した結果、WEHI3BおよびWEHI/GMCSF細胞は腫瘍を生じたが、WEHI/B7細胞は腫瘍を作りにくくなっていた。しかし、抗アシアロGM1抗血清でNK細胞を除去したBALB/c nu/nuマウスでは、WEHI/B7細胞は完全な造腫瘍性を示した。これらの結果から、BALB/cマウスにおけるWEHI/GMCSFの拒絶には胸腺由来リンパ球の存在が必要であり、またWEHI/B7の拒絶には胸腺由来リンパ球の他にもNK細胞が関与する可能性のあることが示唆された。

2.野生型および遺伝子導入WEHI3B細胞におけるワクチン効果

 腫瘍ワクチンとしてガンマ線照射で複製を停止させたWEHI3B、WEHI/GMCSFそしてWEHI/B7細胞をBALB/c皮下に接種し、14日後に野生型WEHI3B細胞を皮下に攻撃接種した。その結果、WEHI/B7細胞はかなりのワクチン効果を有していたが、それは野生型によるワクチン効果とほぼ同程度であった。一方、WEHI/GMCSF細胞は著明なワクチン効果を有しており、本実験条件下ではほとんどのマウスが攻撃接種に対する抵抗性を獲得できた。

3.野生型および遺伝子導入EL-4細胞におけるワクチン効果

 これまでの報告では、B7遺伝子を導入したEL-4細胞は同系マウス(C57-BL/6)に拒絶され、拒絶を経たマウスは野生型EL-4細胞に対する免疫を獲得するが、ガンマ線を照射して複製不能にしたワクチンとして用いるとその免疫原性が消失していた。本研究ではガンマ線を照射したEL-4およびその遺伝子導入細胞(EL-4/GMCSFあるいはEL-4/B7)のワクチン効果を検討した。EL-4/B7細胞には野生型EL-4細胞と同様にワクチン効果は認められなかったが、EL-4/GMCSF細胞には野生型EL-4細胞の攻撃接種に対するワクチン効果が認められた。

4.GM-CSFおよびB7遺伝子導入EL-4細胞の併用によるワクチン効果

 上述の各実験結果から、EL-4腫瘍モデルのワクチン実験系で併用効果の検討が可能であった。ガンマ線を照射したEL-4/GMCSFとEL-4/B7細胞を等量混合して接種したマウス群では、EL-4/GMCSF細胞単独接種群と比較して有意に野生型EL-4細胞の攻撃接種に対するワクチン効果増強が認められた。

 GM-CSF遺伝子導入腫瘍細胞が誘導する免疫反応の特徴として典型的なものは、いくつかの過去の知見でも示唆されているように、ガンマ線照射後にも強力なワクチン効果が発揮するされることである。本研究で用いた造血器腫瘍のWEHI3BおよびEL-4細胞株においてもこの結果は支持され、GM-CSF遺伝子導入の有効性は固形腫瘍に限られないものと考えられた。

 B7遺伝子導入腫瘍細胞による抗腫瘍免疫誘導を検討した報告は、固形腫瘍だけでなく造血器腫瘍を対象としたものも含めて多数ある。これらで共通して観察される現象はB7遺伝子導入によってその腫瘍が本来持つ造腫瘍性が抑制されることであった。一方、ガンマ線照射で不活化したB7導入腫瘍細胞で誘導されるワクチン効果は、実験に用いた腫瘍株によって異なった結果が報告されている。本研究で示したように、WEHI3B細胞とEL-4細胞の両者の場合では、ガンマ線照射したB7遺伝子導入細胞はワクチン効果を示さなかった。その反面、B7遺伝子導入細胞がガンマ線照射後にも強力な抗腫瘍免疫誘導能を示す場合も知られており、このような結果の相違が何に起因するものかを解決することが、今後の課題であると考えられる。

 GM-CSF遺伝子導入腫瘍細胞とB7遺伝子導入腫瘍細胞が協調的に抗腫瘍免疫を誘導するという結果は、本研究で初めて明らかにされた知見である。上述のようにガンマ線照射したB7遺伝子導入細胞はそれ自体は抗腫瘍効果を示さないが、GM-CSF遺伝子導入細胞とともに体内に接種すると、GM-CSF導入細胞で誘導された抗腫瘍効果を増強した。この効果を説明するモデルとして、以下の2つが考えられる(下図参照)。第1は、GM-CSF遺伝子導入細胞で誘導されるAPCを介する経路とB7導入細胞によるCTLを直接的に活性化する経路が各々別個に進行し攻撃接種に対する抵抗性を獲得するモデルで、増強効果は相加的に観察される。第2はB7導入細胞が胸腺由来T細胞以外の免疫担当細胞(NK細胞、T細胞等)と直接相互作用を持つ結果、B7導入腫瘍細胞からの腫瘍抗原の放出促進されるか、あるいはGM-CSFと相乗効果を示すAPCへのシグナルが生じて、GM-CSF導入細胞によるAPC活性化がさらに促進されるというモデルであり、増強効果は相乗的に観察される。本研究の実験結果からはこれらのモデルの真偽を直接確定することはできず、さらなる検討が必要である。

 以上のように、本研究は血液腫瘍の免疫遺伝子治療法開発の目的のもとに、GM-CSFあるいはB7遺伝子がそれぞれ単独で、あるいは協調的にもたらす抗腫瘍効果について論じたものである。

図表図表
審査要旨

 本研究は血液腫瘍の免疫遺伝子治療法開発の目的のもとに、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)あるいはB7(CD80,B7-1)遺伝子を組み換えレトロウイルスベクターで導入・発現させた造血器腫瘍細胞がそれぞれ単独で、あるいは協調的にもたらすin vivo抗腫瘍効果について検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1.骨髄単球性白血病株WEHI3B細胞は同系マウス(BALB/c)の皮下に接種すると腫瘍を生じたが、GM-CSFあるいはB7遺伝子を導入したWEHI3B細胞(順にWEHI/GMCSF、WEHI/B7)は完全に拒絶された。これらを拒絶したマウスは、その後の野生型WEHI3B攻撃接種に対して抵抗性を獲得した。また同系ヌードマウス(BALB/c nu/nu)に対する接種実験で各細胞の造腫瘍性を観察した結果、WEHI3BおよびWEHI/GMCSF細胞は腫瘍を生じたが、WEHI/B7細胞は約半数のマウスで拒絶された。しかし、抗アシアロGM1抗血清でNK細胞を除去したBALB/c nu/nuマウスでは、WEHI/B7細胞は完全な造腫瘍性を示した。これらの結果から、BALB/cマウスにおけるWEHI/GM-CSFの拒絶には胸腺由来T細胞の存在が必要であり、またWEHI/B7の拒絶には胸腺由来T細胞の他にもNK細胞が関与する可能性のあることが示された。

 2.野生型および遺伝子導入WEHI3B細胞におけるワクチン効果を検討するために、腫瘍ワクチンとしてガンマ線照射で複製を停止させたWEHI3B、WEHI/GMCSFそしてWEHI/B7細胞をBALB/cマウスの皮下に接種し、その14日後に野生型WEHI3B細胞を皮下に攻撃接種した。その後の腫瘍形成を観察した結果、WEHI/B7細胞が誘導するワクチン効果は、野生型によるワクチン効果とほぼ同程度であった。一方、WEHI/GMCSF細胞ではワクチン効果の著明な増強が観察され、本実験条件下ではほとんどのマウスが攻撃接種に対する抵抗性を獲得した。

 3.本研究では上記のWEHI3B細胞以外に、胸腺リンパ腫EL-4細胞を用いて、GM-CSFあるいはB7遺伝子導入細胞によるワクチン効果の誘導を検討している。2.と同様の実験系でガンマ線を照射したEL-4およびその遺伝子導入細胞(EL-4/GMCSFあるいはEL-4/B7)のワクチン効果を検討した。EL-4/B7細胞には野生型EL-4細胞と同様にワクチン効果は認められなかったが、EL-4/GMCSF細胞には野生型EL-4細胞の攻撃接種に対するワクチン効果の誘導が認められた。

 4.ガンマ線を照射したEL-4/GMCSFとEL-4/B7細胞を等量混合して接種したマウス群では、EL-4/GMCSF細胞単独接種群と比較して有意に野生型EL-4細胞の攻撃接種に対するワクチン効果増強が認められた。3.で述べたように、ガンマ線を照射した腫瘍細胞のワクチン効果は、B7遺伝子導入では増強されなかったが、GM-CSF遺伝子導入細胞と共に投与することで、抗腫瘍効果の増強に何らかの役割を果たしていることが示された。

 以上、本論文はGM-CSFあるいはB7遺伝子を導入した造血器腫瘍細胞がマウスin vivoで誘導する抗腫瘍免疫を解析し、B7発現による腫瘍拒絶が従来考えられてきたようなT細胞介在性の経路のみならずNK細胞の介在によっても起こりうることを明らかにし、さらにGM-CSF導入細胞単独でもたらされる抗腫瘍免疫効果がB7導入細胞を併用することで増強されることも明らかにした。本研究は、これまで十分には検討されていなかった、白血病・リンパ腫に対する免疫遺伝子治療の分野に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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