学位論文要旨



No 112861
著者(漢字) 梅崎,昌裕
著者(英字)
著者(カナ) ウメザキ,マサヒロ
標題(和) 農村-都市人口移動が出生率に与える影響についての個体群生態学的分析
標題(洋) Impact of Rural-Urban Migration on Fertility : A Population Ecological Analysis in the Kombio Papua New Guinea.
報告番号 112861
報告番号 甲12861
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1231号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 教授 金川,克子
 東京大学 助教授 甲斐,一郎
 東京大学 助教授 西垣,克
 東京大学 助教授 橋本,修二
内容要旨 1.緒言

 発展途上国の集団(個体群)の出生率は、西洋社会と接触してから今日にいたるまで大きく変化してきた。多くの集団では、接触にともなって、栄養状態の改善、授乳期間の短縮、出産後の性交に関する社会的規制の消失などがみられ、婚姻割合、授乳にともなう不妊期間、出産間隔など出生率の近成要因が変化し、それが出生率の上昇に結びついたと考えられている。また、社会経済的な発展及び家族計画の普及と出生率の低下が同時に進行したことが知られているが、その具体的なメカニズムに関しては結論が出ていない。

 一方、途上国の都市人口が激増しその原因への関心が高まるにつれて、農村-都市人口移動と出生率の関係が注目されるようになってきた。多くの研究は、都市への移住者は農村部の非移住者に比べて出生率が低く、しかも移住にともなって夫婦が別居すると、移住者と非移住者の出生率の差が拡大することを示唆している。

 従来の人口研究では、農村と都市は独立の空間として捉えられることが一般的で、その結果、出生率の変化は、農村部と都市部のそれぞれにおいて検討されてきた。しかしながら、発展途上国には、都市への移住者と母村部にとどまる非移住者が密接な関係を保ちながら生存している集団も多い。そのような集団の出生率の変化を明らかにするためには、移住者と非移住者の両方を対象にした分析が不可欠である。

 本研究では、伝統的に1つの通婚圏を形成し、移住の歴史が短く、西洋社会との接触から現在まで集団全体(移住者と非移住者の両方)の人口学的情報(出生、死亡、結婚、移住)を把握することが可能なアンジャングムイと呼ばれる集団を対象とした。出生率を、移住者と非移住者、及び出生コホート間で比較し、その違いを出生率の近成要因の変化と関連づけることによって、近代化に伴う個体群の出生率変化のメカニズムを解明する。

2.対象

 本研究の対象は、パプアニューギニアのコンビオ語族に属するアンジャングムイ方言語族である。アンジャングムイの1992年の人口は、農村部居住者が527人、都市部居住者が135人であった。西洋社会との接触が始まったのは1930年代であるが、近代化の影響を本格的に受け始めたのは第二次世界大戦が終了してからである。1950年代に本格化した都市への人口移動は、最初はプランテーションでの契約労働者として村を離れた男性に限られていたが、1960年代以降、都市部に移住者集落が形成されるにつれて、家族単位での移住も増加した。しかしながら、ほとんどの移住者は都市を永住の場所として認識しておらず、1940-1979の40年間に移住した個人のうち80%以上が1992年の段階で村に戻っていた。アンジャングムイの男性(集団への帰属意識は父系的である)と結婚した女性の中で、1920年以降に生まれた女性全員(240人)の出生率を分析した。

3.方法

 まず、アンジャングムイの全成員を把握するために、現在再生産年齢にある成員から3世代前迄さかのぼって家系図を収集した。家系図に記録された成員は1724人であり、それぞれについて性別、親子兄弟関係(生物学的な)、出生地、死亡地(あるいは現住地)、婚姻関係に関する情報が得られた。家系図に基づいて、アンジャングムイの男性と結婚した女性のうち、データの信頼性の高い1920年以降に出生した全員(240人)について、出生、結婚、出産、離婚、移住の歴史を確認し、同時にそれぞれの配偶者の移住歴をあわせて記録した。

 女性の再生産期間(15-49歳)のうち婚姻状態にあった期間を対象に、(1)女性が農村部で配偶者と同居していた期間、(2)女性が農村部で配偶者と別居していた期間、(3)女性が都市部で配偶者と同居していた期間、(4)女性が都市部で配偶者と別居していた期間に区分し、期間ごとに年齢階級別婚姻出生率を計算した。さらに、農村部で配偶者と同居していた期間の年齢階級別婚姻出生率を、女性の出生コホート別(1920-39年出生、1940-59年出生、1960-79年出生)に計算した。

 それぞれの期間、あるいは各コホートの婚姻出生率パタンに対する避妊の影響を評価するために、コール=トラッセルの出生モデルへのあてはめを行った。得られる2つのパラメータのうち、mのレベルが0.2よりも大きい場合、その婚姻出生率のパタンは避妊の影響を受けていると判断される。

4.結果

 主たる結果は以下の通りであった。

 (1)対象とした女性は、婚姻期間のうち、85.2%を農村部で配偶者と同居し、11.4%を都市部で配偶者と生活し、3.4%を農村部で配偶者と別居してすごしていた。

 (2)女性が農村部で配偶者と同居した期間の婚姻出生率は、女性が都市部で配偶者と同居した期間の婚姻出生率に比べて、15-19、20-24歳階級で下回っており、25-29歳階級より高い年齢階級では上回っていた。

 (3)コール=トラッセルの指標mについては、女性が農村部で配偶者と生活する期間では0.070であり、女性が都市部で配偶者と同居した期間では1.005であった。

 (4)女性が全ての再生産期間を農村部で配偶者と同居した場合の出生数(合計特殊有配偶出生率)は6.62、都市部で同居した場合の出生数は4.78であった。

 (5)夫が妻を農村部に残して移住した期間の合計特殊有配偶出生率は、夫婦が農村部に同居している期間のおよそ半分であった。

 (6)女性が農村部で配偶者と同居した期間の婚姻出生率のパタンを、女性の出生コホート別に比較した結果、1920-39年出生コホートの女性は、婚姻出生率のピークが25-29歳階級にあったのにたいして、1940-59年出生コホートの女性ではそれが20-24歳階級へ移動し、さらに1960-79年出生コホートの女性では、15-19歳階級に移動していた。

 (7)女性が全ての再生産期間を農村部で配偶者と同居した場合の出生数(合計特殊有配偶出生率)は、1920-39年出生コホートの女性では4.70、1940-59年出生コホートでは6.16であった。

5.考察(1)出生コホート間に観察された出生率の違いについて

 結果の(6)と(7)に示されるように、アンジャングムイの農村部に居住する女性の婚姻出生率は、1920-39年出生コホートから1940-59年出生コホートにかけて増加した。西洋社会との接触から間もない時期に自然出生力レベルが上昇することは、他の集団を対象にした先行研究においてもしばしば報告されてきたことである。アンジャングムイの農村部では1992年の調査時点でも避妊の影響はわずかであり、不妊を引き起こすような性病が減少した証拠はなく、また授乳期間の短縮が起こった可能性も少ないことから、コホート間の出生率の違いは再生産期間と出産間隔が、以下に説明するような2つの社会経済的変動にともなって変化したためであると考えられる。

 パプアニューギニアの他の集団と同様に、1920-39年出生コホートの女性の婚姻出生率は、25-29歳階級よりも20-24歳階級において低く、これは初経年齢が非常に遅いパプアニューギニアの集団に特徴的な傾向である。それに対して、1940-59年出生コホートの女性の婚姻出生率は20-24歳階級が25-29歳階級を上回っていた。アンジャングムイの農村部では、1960年代後半の換金作物の導入とそれにともなう購入食品の利用によって栄養状態が改善したと考えられ、それが初経年齢を低下させ(栄養状態の悪い集団において初経年齢が高い傾向がしられている)、20-24歳階級の出生率を増加させた可能性が高い。言い換えれば、栄養状態の改善が、再生産期間の拡大と若い女性の妊よう力の上昇を通して、婚姻出生力の増加を引き起こしたと考えられる。

 また、アンジャングムイの伝統的な考え方では、夫婦は、出産後少なくとも2-3年間、それ以降でも畑仕事に出かける前の日などには性交渉を持つべきではないとされてきた。ところが、キリスト教が人々に広まるにつれて、特に若い夫婦の間ではこの考え方は重要視されなくなりつつある。これに伴って、出産間隔の短縮が起こった可能性が高く、前にふれた初経年齢の低下に加えてアンジャングムイの婚姻出生力が増加した要因の1つとして想定される。

(2)出生率に対する農村-都市人口移動の影響

 女性が配偶者と都市部に居住した期間の婚姻出生率は、農村部に居住した期間の婚姻出生率に比べて低かったが、これはこれまでの先行研究の結果と一致する。都市と農村の出生率の違いに寄与する要因としては、栄養状態、出産後の性交渉にかかわる社会的制限、授乳期間、性病への罹患率、そして避妊手段の利用程度などが考えられる。この中で、都市部と農村部で際立った違いが明らかなのは、コール=トラッセルの指標にもみられたように、避妊手段の利用程度である。パプアニューギニアにおける家族計画は1960-70年代になって本格的に始められたが、アンジャングムイのような遠隔地においては十分な効果をあげてこなかった。それに対して、都市部においては、家族計画を推進する施設が整っているうえに、育児コストが農村部よりも高いために、人々が積極的に近代的な避妊方法を利用したと考えられる。対象集団においては、都市部に居住する移住者の割合が、1950年代に移住が本格化して以来増加している。この増加が将来的に持続すれば、移住にともなって発生する都市移住者の低出生率が、集団全体の出生率の減少に大きな影響を持つ可能性が高い。

 夫が妻を農村部に残して町へと移住していた期間の女性の婚姻出生率は、夫婦が同居していた期間の婚姻出生率の約半分であった。この結果は、妻を農村部に残した形での男性の移住が比較的短い期間で終わることを反映している。ただし、このような移住のケースは、女性の再生産期間のわずかな部分を占めているにすぎず、対象集団の出生率を低下させる程度は小さかったと考えられる。

6.結論

 アンジャングムイが、西洋社会との接触にともなう近代化の過程で経験した出生力の変化を分析した本研究では、以下の点が明らかになった。

 (1)農村部において近代化にともなう出生率の増加がみられた。栄養状態の改善による初経年齢の低下と、伝統的社会規制の消失による出産間隔の短縮がその原因として考えられる。

 (2)農村部の非移住者に比べて、都市部の移住者は出生率が低かった。その背景には、近代的な避妊法の利用程度の違いがあるものと考えられる。

 アンジャングムイにおいて農村から都市部への人口移動が個体群全体の出生率を低下させていたように、人口移動は都市人口の増加を引き起こす反面、農村部の人口圧を緩和する可能性を持っていることは注目に値する。また、本研究で示されたように、個体群レベルの出生率変化のメカニズムは複雑であり、効果的な家族計画を可能にするためにも、生物学的、行動学的側面にも着目したより実証的な研究が必要とされている。

審査要旨

 本研究は、近代化の過程にあるパプアニューギニアのアンジャングムイと呼ばれる個体群を対象に、その出生率変化のメカニズムを解明したものであり、以下の結論を得ている。

 1.農村部において近代化にともなう出生率の増加がみられた。栄養状態の改善による初経年齢の低下と、伝統的社会規制の消失による出産間隔の短縮がその主な原因であると考えられる。

 2.農村部の非移住者に比べて都市部の移住者の出生率は、24歳より若い年齢階級で高く、25歳より高い年齢階級で低かった。合計特殊有配偶出生率は農村部の非移住者のほうが高かった。都市では、避妊法の利用が容易でその必要性が高いのに対して、農村部では避妊法がほとんど利用されていないことが、農村と都市の出生パタンの違いをうみだしていると考えられる。

 3.個体群全体としてみると農村-都市人口移動は出生率を抑制する効果を持っていた。

 本研究の独創性は、個体群全体を対象に近代化の全過程の人口学的な情報を収集し、農村-都市人口移動が出生率の変化に与えた影響と、近代化にともなう出生率変化のメカニズムを同時に明らかにした点にある。著者の民族誌的な観察結果が論文全体にふくらみをもたせており、研究成果は人口学それ自身の発展に寄与するだけではなく、効果的な家族計画を可能にするための基礎資料として国際保健学的にも重要な意味を持っている。したがって、学位の授与に値するものと認定する。

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