本研究は、メラトニンを産生する脳下垂体の機能が電磁場の暴露によって低下するという仮説を検討したものである。9人の健康な男性を対象とし、電気毛布を用いて夜間睡眠中50Hzの電磁場に連続11週間の曝露を行い、曝露前、曝露中、曝露後のそれぞれの実験期間ごとにメラトニンの産生とその概日リズムを分析したものである。採尿は暴露前と暴露後の期間中は毎週2日間、暴露期間中は隔週に2日間、1日に5回行っている。メラトニンはradioimmunoassayで分析し、尿中排泄量はクレアチン当たりの濃度として表している。データの解析では、24時間と12時間周期のcomplex cosine curveへのあてはめを行い、各実験期間別のメラトニン産生のリズムから、そのpeak heightとpeak timeを求めた。得された結果は下記の通りである。 1.9人の対象者中8人でメラトニンの概日リズムがみられたが、メラトニンの産生量とリズムには、大きな個人差がみられた。メラトニン代謝の個人差の主な因子としては、身体条件、食事習慣、昼間の電磁場暴露などが知られているが、本研究の対象者には、これらの因子に有意な個人差は見られなかった。したがって、メラトニン排泄パタンに大きな個人差が見られた原因は、電磁場暴露に対する感受性の個人差とメラトニン合成能力の違いであると考えられる。 2.対象集団1あるいは2の全員に対する分散分析の結果では、電気毛布による電磁場暴露のメラトニン排泄リズムに対する影響は認められなかった。このように、全対象者については、その影響が確認できなかったものの、7人の対象者でメラトニン排泄パタンに変化が見られた。この原因は、今回の電気毛布がWilsonらの市販電気毛布より電磁場暴露レベルが3〜15倍高かったことであると考えられた。 3.個人別に分析した結果では、リズム解析が出来た8人中7人に、暴露期間中における尿中メラトニンのピーク値が低下する傾向が見られた。同時にその内4人には、尿中メラトニンのピークタイムの遅れがみられた。すなわち、感受性が高い個人の場合、十分な暴露状況であれば、メラトニンの分泌リズムが変化する可能性を否定できないと考えられた。 4.メラトニン産生への日照時間の影響を把握するために、違う季節に採尿を行った結果、日照時間の影響は顕著でないと考えられた。同時に、対象集団1と2の間での季節によるphotoperiodへの影響はなかったことが示された。 5.加齢に伴うメラトニン産生量の低下傾向は見られなかった。 6.Wilson(1990)らの先行研究の結果と異なり、暴露後のメラトニン産生能力には有意な回復は見られなかったが、その原因は比較的長い暴露期間による個人の回復能力の差と心理的なストレスと考えられた。 本研究では夜間睡眠中電気毛布への繰返し50Hz電磁場暴露によるメラトニンの産生とその概日リズムへの影響に対し、全対象者についてはその影響が確認できなかった。しかしながら、7人の対象者でメラトニン排泄パタンに変化が見られたことから、感受性が高い個人の場合、メラトニンの分泌の変化がある可能性を否定することはできないということが示唆された。電磁場の健康影響に関する先行研究が実験室で行われたものに限られている現状において、日常生活を送るヒトを対象とする本研究はデザインそのものに重要な意味をもっており、しかも、50Hz電磁場曝露のメラトニン産生への影響の可能性について基礎的な知見を付与したものである。したがって、電磁場とメラトニンとの関係の解明に貴重な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと認定する。 |