学位論文要旨



No 112868
著者(漢字) 梅宮,広樹
著者(英字)
著者(カナ) ウメミヤ,ヒロキ
標題(和) レチノイド作用制御化合物
標題(洋)
報告番号 112868
報告番号 甲12868
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第779号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 首藤,紘一
 東京大学 教授 海老塚,豊
 東京大学 教授 武藤,誠
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 助教授 久保,健雄
内容要旨

 レチノイン酸(all-trans)およびレチノイン酸同効物質(レチノイド)は細胞の分化・増殖、脊椎動物の形態形成といった基本的生命現象を調節する。その作用は核内に存在するレチノイン酸レセプターRAR(,,)及び9-cis-レチノイン酸に親和性をもつレセプターRXR(,,)を通した応答遺伝子発現の制御に基づく。レチノイドはRARに結合することによりRAR/RXRヘテロダイマーを活性化させて主たる生理作用をもたらす。一方、RXRはビタミンDや甲状腺ホルモンのレセプターともヘテロダイマーを形成するのでこれらのホルモン作用における役割にも興味が持たれている。複数存在するレセプター由来の複雑な核内情報伝達の制御が詳細なレチノイド作用の解明とその医薬への応用には不可欠である。本研究では強力な合成レチノイドであるAm80の構造展開により、レチノイド作用を核内レセプターレベルで正もしくは負に制御する化合物を創製した。

 

レチノイドアンタゴニストLE135及びLE540

 Am80の活性発現にはアミド基の立体が重要な役割をもっていることがわかっている。Am80のアミド基を固定してかさ高い疎水性置換基を導入した化合物であるLE135はレチノイン酸やAm80等のレチノイドのヒト急性前骨髄球性白血病細胞HL-60に対する分化誘導作用を用量依存的に抑えた。このアンタゴニスト活性にはベンゼン環上のアルキル基とカルボキシル基が必要である。LE135の無置換のフェニル基をよりかさ高くすることでアンタゴニスト活性が上昇した(Fig.1)。ただし、その向きや大きさには制限があり、LE540が最も強力な活性を示した(Fig.2)。HeLa細胞に各RARのリガンド結合領域とGAL4のDNA結合領域との融合蛋白(GAL-RARs)を発現させた系においてLE540はLE135よりも強力に9-cis-レチノイン酸によるRARsの転写活性化を抑えた(Fig.3)。これらアンタゴニストの核内レセプターとの親和性を比較すると、大腸菌に発現させた蛋白を用いた結合試験においてLE135はRAR,にしか結合せず、RARにやや選択的である(Table1)。一方LE540はRAR及びRXRの全てのサブタイプに結合したがRAR,へのKi値はLE135とあまり差はなく、HL-60細胞でのアンタゴニスト活性の強さを反映していない。LE540がRXRにも同程度の親和性をもつことから、アンタゴニスト活性にはRXRとの結合を介する効果もあるとみられる。

Fig1Fig.2 Effect on Am80(3.3×10-9M)-Induced Differentiation of HL-60 cellsFig.3 Transactivation Assay of LE135 and LE540Influence of Dibenzodiazepine Derivatives on RAR-Transactivation Induced by 10-9M 9-cis-Retinoic AcidTable1
レチノイドシナジストHX600

 HX600はLE135のアンタゴニスト活性に重要なアルキル基の位置の異なる構造異性体であり、それ自身ではレチノイド作用を持たない。しかし、Am80と共存させるとそのHL-60細胞の分化誘導作用を著しく増強した(Fig4)。このシナジスト効果はレチノイン酸、Ch55といったレチノイドに対しても認められた。シナジスト活性にもやはり、かさ高いアルキル基とカルボキシル基が必要である。ジアゼピン環を形成するメチルアミノ基を硫黄原子(HX630)やメチレン(HX640)に換えることで更に活性が増強した。HX600類縁体の構造要求性からそのシナジスト作用が核内の特異的レセプターを介していると予想される。単純には、Am80がRARに特異的に結合することから、これらのシナジストがRAR/RXRヘテロダイマーのRXR側に結合することによって活性を増強するメカニズムが考えられる。HeLa細胞での転写活性化においてHX600がGAL-RARsを全く活性化せず、GAL-RXRsを活性化する(Fig5)ことからRXRのリガンドとして機能しうることが示唆された。また、代表的RXR選択的リガンドとして報告されたLGD1069もHL-60分化誘導においてHX630、HX640と同程度にAm80の作用を増強した。しかし、LGDl069がRXRsに対し5.9〜16nMのKi値で結合するのに対し、ジアゼピン類のKi値は400〜1900nMである(Table2)。これは細胞レベルでの作用発現濃度(10-9〜10-8M)に比べ予想外に低く、in vitroでのRXRsとの結合能のみからはジアゼピン類のシナジスト作用を説明できず、RAR/RXRヘテロダイマーに特異的に結合すると考えている。

Fig4 Effect on Am80(10-9.5or10-9M)-Induced Differentiation of HL-60 cellsFig.5 Transactivation Assay of Rctinoid Synergist HX600図表Table2
RXRアンタゴニストHX531及びHX711

 レチノイドシナジストであるHX600の無置換のベンゼン環上にニトロ基を導入したHX531はHL-60検定においてアンタゴニスト活性を示した(Fig.6)。またHX600のイミンを還元してN-メチル化したHX711も同様にアンタゴニスト活性を示した。HX531のRXRsへの結合能はHX600とほぼ同程度であるが、RARに対してはHX600よりも高い、またHX711はRXR,にのみ結合する。(Table3)。HX531,HX711は9-cis-レチノイン酸によるGAL-RXRsの転写活性化を抑制し、RXRアンタゴニストであることが解った。RXRアンタゴニストとしては一例報告があるが、その化合物はRXRホモダイマーに対してはアンタゴニストとなるもののRAR/RXRヘテロダイマーに対してはアゴニストとして作用する。本研究で見出したRXRアンタゴニストHX531,HX711は細胞レベルでの応答からRAR/RXRヘテロダイマーのアンタゴニストであると考えている。

Fig.6Table3図表
審査要旨

 レチノイドはall-trans-レチノイド酸と9-cis-レチノイン酸に代表され、各々レチノイン酸レセプター(RAR-,,)および9-cis-レチノイン酸レセプタ-(RXR-,,)を介して特異的な遺伝子の転写を制御する。サブタイプ選択性をもついろいろなRARに対する合成のアゴニストが合成されてきている。梅宮はRARの合成アゴニストAm80から発してRARのアンタゴニストを合成した。その中でもLE540は強いRAR-選択性をもつアンタゴニストである。

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 このアンタゴニスト合成の過程において、梅宮は前骨髄球性白血病細胞株HL60のレチノイドによる顆粒球系細胞への分化を強く増強する化合物HX600を見いだした。この化合物はRAR,,のタンパクには結合せず、RXR,,には弱いながら結合する。しかし、RXR,,の細胞内での転写活性化能は十分に強く、HX600はRXR-RARヘテロダイマーのRXRに対するリガンドであると考えられる。

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 梅宮はさらにHX600に関連するRXRアゴニストを多数合成し構造と活性とに関する知見をえた。その過程で、HX600関連誘導体HX531とHX711がRARを活性化しないにも拘ず、HL60の分化を抑制する。これらはリガンド不在下に活性であるRXRミュータントの活性を抑制するのでRXRのアンタゴニストである。

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 以上梅宮は、十分な強さをもつRARアンタゴニスト、RXR-アゴニストおよびRXR-アンタゴニストを発見した。これらは既にレチノイドの分子生物学研究に十分な寄与をしているが、さらに、RAR依存性疾患やRARやチロキシン、ビタミンDの作用の増強や調節に関与するとみられ、医薬への応用の期待の高いものである。よって、梅宮の研究に医薬化学研究として博士(薬学)の学位にふさわしいと判断する。

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