トリプトファン代謝の一経路であるキヌレニン経路はハンチントン病をはじめとする種々の疾患において活性化する事が知られており、本経路代謝物と疾患とが密接に関わっていると考えられている。しかし、実際の疾患との関連は明確にはなっていない。3-Hydroxykynurenine(以下3-HK)は本経路の中間代謝物であり、近年、ハンチントン病やHIV脳症などにおいて脳内含量が高値を示すこと、またニューロブラストーマ細胞に対して毒性を示すことが報告されてきた。本論文は、脳神経細胞に対する毒性機構及びその病態生理学的意義について検討を行ったものである。 3-HKは、ラット胎児由来培養線条体神経細胞に対して実際の神経変性疾患患者の剖検脳で認められる濃度(1M)から濃度依存的な毒性を引き起こした。すなわち、このレベルでの3-HKの存在が脳内において危険因子となりうる可能性が示唆された。他のキヌレニン経路代謝物の中では、3-HKと共通のortho-aminophenol構造を有する3-hydroxyanthranilic acidに弱い毒性が認められたのみであった。以上の結果より、3-HKがキヌレニン経路代謝物の中で最も強力な毒性を発現する物質であることが明らかとなった。また、3-HK毒性にはortho-aminophenol構造が関与していることが示唆された。 3-HK毒性は種々の抗酸化剤及び鉄キレータによって有意に抑制された。また、線条体神経細胞における過酸化水素の量的変動を検討したところ、3-HK10M処置により細胞内過酸化水素量が有意に増加し、その作用はカタラーゼで抑制された。これらの結果より、3-HK毒性には細胞内過酸化水素の産生及びそれに基づくヒドロキシルラジカルの誘導が関与していることが明らかとなった。さらに、内在性の活性酸素産生酵素阻害剤を用いた薬理学的検討により、キサンチンオキシダーゼ阻害剤であるアロプリノールが3-HK1-10Mによる毒性および3-HK10Mによる細胞内過酸化水素量の増加を有意に抑制することが明らかとなった。すなわち、3-HK毒性が内在性のキサンチンオキシダーゼ活性に依存していることが示唆された。次に、3-HK毒性における細胞内取込の関与を検討した。3-HKは、線条体神経細胞における[3H]-トリプトファン取り込みを濃度依存的に抑制した。また、3-HK10Mによる神経細胞毒性は過剰の中性アミノ酸によって有意に抑制された。一方、中性アミノ酸による抑制作用が3-HK100Mに対しては認められなかったことから、3-HK毒性には2種の異なる毒性発現機構が存在することが示唆された。すなわち、低濃度域(1-10M)では、3-HKは中性アミノ酸トランスポーターによって細胞内に取り込まれた後、キサンチンオキシダーゼによる酵素的酸化反応によって、一方、高濃度域では、細胞外での非酵素的自動酸化反応によって、酸化ストレスを誘導し細胞死を誘発するという可能性が示唆された。 3-HK毒性はタンパク及びRNA合成阻害薬によって有意に抑制された。また、3-HKで処置した細胞ではクロマチンの凝集やDNAの断片化が認められ、これらの作用はタンパク合成阻害剤で抑制された。また、NADPH-diaphorase含有神経細胞は3-HK1-10Mによって影響を受けなかった。しかし、3-HK100Mでは、この選択性はみられなかった。アポトーシス細胞の発現、NADPH-diaphorase含有神経細胞の抵抗性は、神経変性疾患において典型的に認められるものであり、これらの結果は3-HKが神経変性疾患にみられる病理像の少なくとも一部を模倣できることを示唆している。さらに、低濃度の3-HKは線条体や大脳皮質といったハンチントン病において顕著に変性萎縮を受ける部位の神経細胞に選択的に毒性を発現することが明らかになった。3-HK毒性を媒介すると考えられる過酸化水素、3-HK代謝物である3-hydroxyanthranilic acidではこの部位選択毒性は認められず、この選択性は3-HKトランスポータ活性の部位差によるものと考えられた。 以上、本研究により3-HKが病態脳で認められる濃度レベルにおいて線条体神経毒性を発現することのできる生体内物質であることが初めて明らかにされた。さらにその毒性機構に関する幾つかの新規の知見が得られた。また、3-HKは神経変性疾患にみられる病理像の幾つかを模倣することも明らかにされた。本研究の成果は、ハンチントン病をはじめとする神経変性疾患の発現機序の解明およびこれらの疾患の治療法の開発に寄与することが多大であると考えられ、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。 |