学位論文要旨



No 112870
著者(漢字) 奥田,尚紀
著者(英字)
著者(カナ) オクダ,ショウキ
標題(和) 中枢神経細胞に対する3-Hydroxykynurenineの毒性機構とその病態生理学的意義の解析
標題(洋)
報告番号 112870
報告番号 甲12870
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第781号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 齋藤,洋
 東京大学 教授 井上,圭三
 東京大学 助教授 岩坪,威
 東京大学 助教授 太田,茂
 東京大学 助教授 松木,則夫
内容要旨

 3-Hydroxykynurenine(3-HK)はtryptophanの主要代謝経路の一つであるキヌレニン経路の中間代謝物である。近年、ハンチントン病(HD)やHIV脳症、肝性脳症などの患者脳において、3-HK含量が高値を示すこと、またneuroblastoma細胞に対して毒性を示すことが報告されてきた。キヌレニン経路はHDをはじめとする種々の疾患において活性化する事が知られており、本経路代謝物と疾患とが密接に関わっていると考えられている。一方、代謝物の一種であり、神経毒性候補物質として最も研究されている物質であるquinolinic acidの含有量がHD患者脳において変化していないなど、疾患との関連には明確になっていないところも多い。また、現在のところ、HD誘発物質の候補としてはミトコンドリア毒素が報告されているが、内在性の物質についての知見は少ない。以上の点から、私は、3-HKが内因性の神経毒性物質としてこれらの疾患の病態形成に寄与しているのではないかと考えた。そこで、本研究ではラット胎児由来培養脳神経細胞を用いて3-HKの毒性およびそのメカニズムを検討した。

1.線条体神経細胞の生存に対する3-HKの作用

 HDでは、線条体の変性萎縮が他の部位よりも顕著に認められる。そこで、まず線条体神経細胞に対する3-HKの作用を検討した。神経細胞は胎生19日齢Wistar系ラットより酵素処理により単離した。10%牛胎児血清含有培地中で48時間培養した後、薬物を含む無血清培地に交換し、その48時間後に細胞を固定し、生存神経細胞数を計数した。3-HKは、1Mから濃度依存的な神経細胞毒性を引き起こした(Fig.1A)。0.1Mの濃度では生存細胞数に変化は認められなかった。細胞死は薬物添加約6時間後から観察され始め、48時間後では1、10Mの3-HK存在下では、それぞれ約50%、65%の細胞死が認められた(Fig.1B)。HDやHIV脳症、肝性脳症の患者脳における3-HKの濃度は約0.3-1.2Mと報告されており、このレベルでの3-HKの存在が脳内において十分危険因子となりうる可能性を示唆している。また、他のキヌレニン経路代謝物である、kynurenine、anthranilic acid、xanthurenic acid、3-hydroxyanthranilic acid(3-HA)、quinolinic acidとの毒性作用の比較を行ったところ、3-HAのみに毒性が認められたが、3-HKに比べて弱いものであった。3-HAは3-HKと共通のortho-aminophenol構造を有しており、この構造は自動酸化を引き起こすことが知られている。そこで、ortho-aminophenolとpara-aminophenolの毒性作用を比較検討してみた。その結果、ortho-aminophenolでは10Mから顕著な毒性がみられたのに対し、para-aminophenolは1mMの濃度においても作用は認められなかった。これらの結果より、3-HKはテストしたキヌレニン経路代謝物の中で最も強力な毒性を持つ物質であることが明らかとなった。また、高濃度の3-HKによる毒性にはortho-aminophenol構造による非酵素的自動酸化(後述)が関与していることが示唆された。

Fig.1.3-HK Toxicity on Cultured Striatal Neurons(A)Concentration-dependence.★★,P<0.01vs control(Cont)by Tukey’s test.(B)Time course.$$,★★,and ##,P<0.01vs control(12,24,and 48h,respectively).
2.3-HK毒性発現機構の解析(1)酸化ストレスの関与

 3-HKが活性酸素を産生する可能性が示唆されていた。そこで、1.で認められた3-HK毒性に酸化ストレスが関与しているかを各種抗酸化剤を用いて検討した。3-HK毒性は、-tocopherol、trolox、N-acetylcysteine、ascorbate、スピントラップ剤TMPO、catalaseによって有意に抑制されたが、superoxide dismutaseによっては阻害されなかった(Fig.2A,B)。また、鉄キレータであるdesferrioxamineは3-HK毒性を有意に阻害した。さらに、細胞内における過酸化水素の産生を証明するために、過酸化物の蛍光指示薬である2’,7’-dichloro-fluorescin diacetate(DCFH-DA)を負荷し、3-HK添加20時間後の線条体神経細胞における過酸化水素の量的変動を共焦点レーザー顕微鏡を用いて検討した。3-HK添加群では、対照群に比べ、細胞内の蛍光強度が約4倍の増加を示し、この増加は、catalaseの共添加により有意に抑制された(Fig.3A)。以上の結果より、3-HK毒性には細胞内における過酸化水素の産生及びそれに基づくhydroxylradicalの誘導が関与していることが明らかとなった。さらに、3-HKの過酸化水素産生機構を解明するために、無細胞系の条件で3-HKの自動酸化の動態をDCFを用いて検討した。3-HK100Mでは時間経過とともに蛍光強度の増加が認められたのに対し、3-HKl,10Mでは、その作用はほとんどみられなかった。すなわち、低濃度の3-HKが酸化ストレスを誘発するには別の因子が必要であると考えられた。そこで、どのような内在性の活性酸素産生機構が関与するかを、各種阻害剤を用いて検討した。その結果、monoamine oxidase A、B;NADPH oxidaseの各阻害剤は、いずれも3-HK毒性に影響を与ず、cyclooxygenase、lipoxygenaseの阻害剤はむしろ毒性を増強させた。一方、xanthine oxidase阻害剤であるallopurinolは3-HK(1-10M)による毒性を有意に抑制した。allopurinolは3-HKとの共添加よりも、24時間前処置を行った方がより強い抑制効果を示した。他のxanthine oxidase阻害薬であるoxypurinol、内在性xanthine dehydrogenaseからのxanthine oxidaseの生成を阻害するセリンブロテアーゼ阻害薬であるaprotininも3-HK毒性を有意に抑制した。また、allopurinolは3-HKによる細胞内過酸化水素量の増加も有意に抑制した(Fig.3B)。これらの結果より、3-HKによる神経細胞死が内在性のxanthine oxidase活性に依存していることが示唆された。

Fig.2.Catalase.But Not SOD Blocks 3-HK Toxicity.Fig.3.Intracellular Accumulation of Peroxides Induced by 3-HK (10M)and Its Blockade by Catalase (A)and Allopurinol(B).
(2)細胞内取り込み機構の関与

 3-HKは中性アミノ酸トランスポーターを介して細胞内に取り込まれることが報告されている。線条体神経細胞における[3H]-tryptophanの取り込みに対する3-HKの作用を検討した結果、3-HKはこれを濃度依存的に抑制した。また、3-HK10Mによる神経細胞毒性は過剰の中性アミノ酸によって有意に抑制された。しかし、この抑制作用は酸性及び塩基性アミノ酸では認められなかった。一方、中性アミノ酸による抑制作用が3-HK100Mに対しては認められなかったことから、3-HK毒性には2種の異なる毒性発現機構が存在することが示唆された。すなわち、(1)低濃度域(1-10M)では、3-HKは中性アミノ酸トランスポーターによって細胞内に取り込まれた後、xanthine oxidaseによる酵素的酸化反応によって、一方、(2)高濃度域では、細胞外での非酵素的自動酸化反応によって、酸化ストレスを誘導し細胞死を誘発するという仮説が考えられる。

3.臨床病理像との関連性(1)アポトーシスの関与

 近年、種々の神経変性疾患で認められる細胞死がアポトーシスの形態をとることが報告されてきている。そこで、3-HKがどのタイプの細胞死を誘発するか検討した。3-HK毒性はタンパク合成阻害剤(cycloheximide)、RNA合成阻害剤(actinomycin D)によって有意に抑制された。acridine orangeを用いた形態観察では、3-HKで処置した細胞では、クロマチンの凝集が認められ、また、TUNEL法を用いてDNAの断片化を検討したところ、3-HK処置細胞でTUNEL陽性細胞の増加がみられた(Fig.4)。これらの作用はcycloheximideの共添加により顕著に抑制された。これらの結果は、3-HKがアポトーシス性神経細胞死を誘導することを示している。

(2)NADPH diaphorase陽性神経細胞のsparing

 神経変性疾患の典型的な病理像の一つとして、somatostatin及びneuropeptideY含有神経細胞が変性を免れることが知られている。そこで、この細胞種に対する3-HKの作用を検討した。培養1週間後に3-HKを添加し、48時間後に固定、上記の神経細胞の指標としてNADPH diaphorase染色を施し、陽性神経細胞数を計数した。NADPH diaphorase陽性神経細胞数は3-HK1,10Mによって影響を受けなかった。しかし、3-HK 100Mでは、この選択性はみられなかった。

(3)3-HK毒性の脳部位選択性

 神経変性疾患では、特定の部位が選択的に障害を受ける。例えば、HDでは、線条体において、他の部位と比較して顕著な変性萎縮が認められる。そこで、大脳皮質、線条体、海馬、小脳神経細胞に対する3-HKの作用を検討した。3-HK1-10Mに対して大脳皮質および線条体由来の神経細胞では顕著な毒性が認められ、海馬神経細胞にも弱い毒性が観察された。一方、小脳神経細胞では、この細胞死は認められなかった。3-HK毒性を媒介すると考えられる過酸化水素、3-HK代謝物である3-HAではこの部位選択毒性はみられなかった(Fig.5)。3-HKトランスポータは、大脳皮質、線条体に多く、小脳では少ないことが報告されている。これらの結果は、3-HK毒性がアミノ酸トランスポータに依存していることを支持するとともに、3-HKが線条体、大脳皮質に選択的に強力に作用しうる神経毒性物質である可能性を示唆している。

Fig.4.In situ Labeling of 3-HK-induced DNA Strand Brakes And Its Blockade by Cycloheximide(CHX)by The TUNEL Technique in Striatal Cultures.Fig.5.3-HK(A),but Neither H2O2(B)Nor3-HA(C)Causes Region-selective Neurotoxicity.
まとめ

 3-HKは、実際に病態脳で認められる濃度レベルにおいて、培養線条体神経細胞に対し毒性を示すことが明らかとなった。この毒性発現機構として、3-HKは中性アミノ酸トランスポーターを介して細胞内に取り込まれ、さらにxanthine oxidaseによって自動酸化が促進されることにより、活性酸素を産生し、最終的には神経細胞死を引き起こすというメカニズムが示唆された。また、3-HKによって引き起こされる細胞死は、アポトーシスの形態をとること、NADPH diaphorase陽性神経細胞に対して無効であること、線条体及び大脳皮質神経細胞において特に顕著であることが認められた。すなわち、3-HKによる神経毒性の特徴はHDの病理像の少なくとも一部を説明できることが明らかとなった。今後、さらにこの毒性機構を解析することにより、HDをはじめとする神経変性疾患における3-HKの関与が明らかになっていくものと期待される。

審査要旨

 トリプトファン代謝の一経路であるキヌレニン経路はハンチントン病をはじめとする種々の疾患において活性化する事が知られており、本経路代謝物と疾患とが密接に関わっていると考えられている。しかし、実際の疾患との関連は明確にはなっていない。3-Hydroxykynurenine(以下3-HK)は本経路の中間代謝物であり、近年、ハンチントン病やHIV脳症などにおいて脳内含量が高値を示すこと、またニューロブラストーマ細胞に対して毒性を示すことが報告されてきた。本論文は、脳神経細胞に対する毒性機構及びその病態生理学的意義について検討を行ったものである。

 3-HKは、ラット胎児由来培養線条体神経細胞に対して実際の神経変性疾患患者の剖検脳で認められる濃度(1M)から濃度依存的な毒性を引き起こした。すなわち、このレベルでの3-HKの存在が脳内において危険因子となりうる可能性が示唆された。他のキヌレニン経路代謝物の中では、3-HKと共通のortho-aminophenol構造を有する3-hydroxyanthranilic acidに弱い毒性が認められたのみであった。以上の結果より、3-HKがキヌレニン経路代謝物の中で最も強力な毒性を発現する物質であることが明らかとなった。また、3-HK毒性にはortho-aminophenol構造が関与していることが示唆された。

 3-HK毒性は種々の抗酸化剤及び鉄キレータによって有意に抑制された。また、線条体神経細胞における過酸化水素の量的変動を検討したところ、3-HK10M処置により細胞内過酸化水素量が有意に増加し、その作用はカタラーゼで抑制された。これらの結果より、3-HK毒性には細胞内過酸化水素の産生及びそれに基づくヒドロキシルラジカルの誘導が関与していることが明らかとなった。さらに、内在性の活性酸素産生酵素阻害剤を用いた薬理学的検討により、キサンチンオキシダーゼ阻害剤であるアロプリノールが3-HK1-10Mによる毒性および3-HK10Mによる細胞内過酸化水素量の増加を有意に抑制することが明らかとなった。すなわち、3-HK毒性が内在性のキサンチンオキシダーゼ活性に依存していることが示唆された。次に、3-HK毒性における細胞内取込の関与を検討した。3-HKは、線条体神経細胞における[3H]-トリプトファン取り込みを濃度依存的に抑制した。また、3-HK10Mによる神経細胞毒性は過剰の中性アミノ酸によって有意に抑制された。一方、中性アミノ酸による抑制作用が3-HK100Mに対しては認められなかったことから、3-HK毒性には2種の異なる毒性発現機構が存在することが示唆された。すなわち、低濃度域(1-10M)では、3-HKは中性アミノ酸トランスポーターによって細胞内に取り込まれた後、キサンチンオキシダーゼによる酵素的酸化反応によって、一方、高濃度域では、細胞外での非酵素的自動酸化反応によって、酸化ストレスを誘導し細胞死を誘発するという可能性が示唆された。

 3-HK毒性はタンパク及びRNA合成阻害薬によって有意に抑制された。また、3-HKで処置した細胞ではクロマチンの凝集やDNAの断片化が認められ、これらの作用はタンパク合成阻害剤で抑制された。また、NADPH-diaphorase含有神経細胞は3-HK1-10Mによって影響を受けなかった。しかし、3-HK100Mでは、この選択性はみられなかった。アポトーシス細胞の発現、NADPH-diaphorase含有神経細胞の抵抗性は、神経変性疾患において典型的に認められるものであり、これらの結果は3-HKが神経変性疾患にみられる病理像の少なくとも一部を模倣できることを示唆している。さらに、低濃度の3-HKは線条体や大脳皮質といったハンチントン病において顕著に変性萎縮を受ける部位の神経細胞に選択的に毒性を発現することが明らかになった。3-HK毒性を媒介すると考えられる過酸化水素、3-HK代謝物である3-hydroxyanthranilic acidではこの部位選択毒性は認められず、この選択性は3-HKトランスポータ活性の部位差によるものと考えられた。

 以上、本研究により3-HKが病態脳で認められる濃度レベルにおいて線条体神経毒性を発現することのできる生体内物質であることが初めて明らかにされた。さらにその毒性機構に関する幾つかの新規の知見が得られた。また、3-HKは神経変性疾患にみられる病理像の幾つかを模倣することも明らかにされた。本研究の成果は、ハンチントン病をはじめとする神経変性疾患の発現機序の解明およびこれらの疾患の治療法の開発に寄与することが多大であると考えられ、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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