本論文は、ヒト白血病細胞株K562のポルフィリンによる赤芽球系分化について、これにかかわる細胞内諸相の各過程を解き明かすべく展開した研究をまとめたものである。 近年の分化誘導療法の進歩は細胞の化合物による分化誘導過程の分子機構的研究の成果によるところが大きい。一方で、細胞分化という現象自体は様々な現象が多次元同時的に進行した結果であり、従来の、各々の現象単独を独立に追求する研究では全体像を把握することができない。 そこで中島は、K562細胞のポルフィリンによる赤芽球系分化という、関連する事象としては最も古くから知られていたにもかかわらず今なおなおざりにされている現象を素材に、本事象を制御する細胞内諸相における各過程を現象論的な解析により整理しようとした。よって本研究は、一つの細胞内素反応を追跡したものではなく、当該細胞分化にかかわる同時進行的な複数の事象個々を分類分析した解析的なものである。 そのために本論文の記載内容は、(1)ポルフィリンの構造活性相関、(2)その標的分子の探索、(3)その分化の性状、(4)本系におけるレチノイドの関与と、(5)その機構、(6)チューブリン重合阻害剤の影響、(7)抹消型ベンゾジアゼピン受容体の関与、と広い範囲にわたっている。 第(1)項では、従来K562細胞に対して無効とされていたプロトポルフィリンが古典的分化誘導剤であるヘミンに優る活性を持つことの発見にはじまり、関連領域にインパクトある構造活性相関的解答を与えた。同時に、従来提唱されていた、本分化誘導系における鉄代謝の重要性を、少なくとも一部否定する結果を記述している。 第(2)項では前項を受けて、本分化誘導系における標的分子探索のためのアフィニティーゲルをデザイン・合成し、候補となるタンパクをいくつか単離・精製し、そのうちの一つがビリベルジンIXリダクターゼであることをアミノ酸配列の決定により確認した。 第(3)項では、ポルフィリンによるK562細胞の赤芽球系分化の可逆性・細胞増殖との関連を解析し、本分化誘導系の細胞生物学的研究の基礎となるべきデータを提供した。 第(4)項には、レチノイドがポルフィリンによるK562細胞の分化を大きく促進・維持するいう発見を受けて、さらに従来本分化系にはかかわりなしとされていたレチノイドが、実は本分化誘導系において必須な因子であるという重要な発見が記述されいる。その証明のために、レチノイドアンタゴニストが用いられ、細胞培養に用いる血清中のレノチノイド性因子の関与の解析もなされている。 第(5)項では、レチノイドの本系に及ぼす影響の分子機構として核内レチノイン酸受容体の関与を提唱している。加えて、myc、mybといったいくつかのガン遺伝子の発現に関する解析を行っている。 第(6)項では、近年ガンの化学療法剤としても注目されているチューブリン重合阻害剤が、本分化系を大幅に促進するという、分化誘導の多剤併用療法の論理的基盤になり得る結果を記述している。加えて、チューブリン重合阻害剤の、細胞の化学分化誘導促進作用の一般性についても言及している。 第(7)項では、本細胞分化誘導系における、ミトコンドリアに局在する抹消型ベンゾジアゼピン受容体の関与の可能性を、同受容体に選択的なアゴニスト/アンタゴニストの作用の解析を通じて提唱している。 これらの実験結果は、それぞれが個々に重要な知見であり、論文は博物学的なものとなっているが 中島はこれを統合的に解析し解釈しようとした。いまだその解釈は不完全ではあるものの、本研究は、細胞の分化という事象の研究に対して一つの特徴的な方向性をK562細胞を素材として示しており、その中で、必須因子としてのレチノイドの発見を初め幾多の重要な発見を提供している。 よって本研究は、細胞生物学、生物有機化学の発展に寄与するところ大きく、博士(薬学)の学位にふさわしいものと判断した。 |