芳香族求電子置換反応は強酸性条件下で進行することが多く、求電子試薬の活性構造のプロトン化状態は明確でないばかりでなく、芳香族基質のプロトン化状態も明らかでないことが多い。横山の研究は基本的芳香族求電子置換反応における基質および求電子体のプロトン化状態を知り、これらの反応をより正確に理解しようとしたものである。 横山が解決した第一の課題は、古くからの課題であったキノリン-N-オキシドのニトロ化の位置選択性である。キノリン-N-オキシドは弱い酸性条件下では4位がニトロ化され、強酸条件下では5-および8-位がニトロ化されることが知られていた。横山は酸度を規定した酸性溶媒中でこのニトロ化反応を行ない、酸度と反応位置選択性を明確に示した。O-プロトン化体と化学的に等価とみられる。1-メトキシキノリニウム塩でも4-ニトロ化が進行せず、求電子試薬としてニトロニウムイオンNO2+が用いられたときに、はじめて5-および8-ニトロ化が進むことを示した。この結果は非プロトン化キノリン-N-オキシドはニトロニウムイオンとは別のニトロ化求電子体によって4-位にニトロ化され、O-プロトン化キノリン-N-オキシドが、ニトロニウムイオンによって5-および8位においてニトロ化を受けると考えてよく説明できる。 横山のこの過程において5-と8-位のニトロ化の比率も酸度に依ることを見いだした。このより強酸中での反応では、プロトン化ニトロニウムイオンNO2H2+の関与も考えられるが、キノリンのニトロ化における酸度依存性を検討した結果、用いた強酸系では超求電子体NO2H2+の関与はないと結論し、8位のニトロ化の減少は、キノリン-N-オキシドのO,O-ジプロトン化による静電的斥力によるとした。 超求電子体の関与については、Pictet-Spengler反応が明らかにジカチカン性の求電子体が超求電子体としてかかわっていることを反応速度論的に証明した。すなわちフェネチルアミンのShiff塩基はモノプロトン化の状態では決して反応が進まず、より高い酸度において、速度がZucker-Hammet則に従う酸度との直線的比例関係をもって増加することを示し、ジプロトン化Schiff塩基が本反応の中間体であることを示した。また、この条件はPictet-Spengler反応を一般化するための条件となるものである。 以上の成果は、芳香族求電子置換反応において基本的知見として新規であり、意外であるが、かつ一般的規則となるもので、有機化学、とくに反応機構研究に確かな進歩をもたらすものであり、博士(薬学)にふさわしい業績といえる。 |