学位論文要旨



No 112879
著者(漢字) 横山,明弘
著者(英字)
著者(カナ) ヨコヤマ,アキヒロ
標題(和) 超強酸中における芳香族求電子置換反応
標題(洋)
報告番号 112879
報告番号 甲12879
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第790号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 首藤,紘一
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 岩崎,成夫
 東京大学 助教授 太田,茂
 東京大学 助教授 笹井,宏明
内容要旨

 芳香族求電子置換反応は、通常、硫酸などの酸触媒により試薬から生成するモノカチオン求電子体と芳香族化合物の反応と考えられている。しかし、超強酸を用いて酸触媒の酸度を高めることにより反応位置や速度が変化する場合には、超強酸中の反応種は通常の酸触媒中とは異なると考えられる。そこで私は、超強酸触媒として、熱的に安定で求核性が低く、広い酸度領域が得られるトリフルオロメタンスルホン酸(TFSA)とトリフルオロ酢酸(TFA)の混合系、および、TFSAと五フッ化アンチモン(SbF5)の混合系を用い、超強酸中の反応における反応活性種を明らかにすることを目的として、以下のような研究を行った。

1.超強酸中におけるニトロ化の位置選択性

 

Table1.Nitration of quinollne 1-oxide(1)with KNO3

 硫酸水溶液を用いたquinoline1-oxide(1)のニトロ化は、硫酸の濃度を変えるとニトロ基が異なる位置に導入されることが知られている。そこで、酸触媒として用いるTFAとTFSAの混合比を変えて1のニトロ化を行い、酸触媒の酸度とニトロ化位置の関係を調べた(Table1)。TFA(-H0=2.7)中では、4-ニトロ体(2)のみが得られた。TFAにTFSAを加えて酸度を高めると2の生成比は小さくなり、かわって、5-(3)および8-ニトロ体(4)の生成比が大きくなった。N-オキサイドのプロトン化とニトロ化位置の関係を調べるために、1の酸素原子がプロトン化されたもの(5)と等価な構造である1-methoxyquinolinium triflate(6)のニトロ化を調べたところ(Scheme1)、6はTFA中ではKNO3によりニトロ化されなかったが、TFSA中では5-(8)および8-ニトロ体(9)が得られた。さらに、1と6を中性溶媒であるスルホラン中でNO2BF4によりニトロ化したところ、1は2のみを与えたが、6からは4-ニトロ体(7)は得られず、8と9が得られた。以上の結果より、1のN-オキサイドがプロトン化されたものは5位と8位がニトロ化され、プロトン化されていないものは4位がニトロ化されることが明らかになった(Scheme2)。

Scheme1Scheme2

 Table1において、1をTFSA中でニトロ化すると、50%TFSA-TFA中でニトロ化した場合より5-ニトロ体の収率が高くなっている。そこで、ニトロ化試薬としてニトロニウム塩であるNO2BF4を用い、-H0>11.8の酸度領域における1のニトロ化位置の変化を調べた(Table2)。50%TFSA-TFA(-H0=11.8)中では3と4がほぼ等しい収率で得られたが、TFSAのみ(-H0=14.1)を用いて酸度を高めると3は4の約2倍得られ、TFSAにSbF5を加え(-H0>17)更に酸度を高めると3は4の約9倍得られた。-H0>11.8の高い酸度領域で、ニトロ化位置が酸触媒の酸度に依存して変化することより、プロトン化されたニトロニウムイオンあるいはN-オキサイドがジプロトン化された1(10)が反応に関与していると考えられる(Scheme3)。そこで、N-オキサイドのジプロトン化の影響を調べるために、1とは異なった位置に窒素原子を持つisoquinoline2-oxide(15)のニトロ化を調べた(Table3)。15を50%TFSA-TFA中でニトロ化すると5-ニトロ体(16)が70%、8-ニトロ体(17)が20%の収率で得られた。酸触媒としてTFSA、さらには1.6%SbF5-TFSAを用い酸度を高めていくと、16の収率はTFAを用いた場合とほぼ同じ71%であったが、17の収率はTFSA中では16%、1.6%SbF5-TFSA中では13%になり、酸触媒の酸度の上昇により収率がわずかに変化したのみである。

Table2.Nitration of quinoline 1-oxide(1)with NO2BF4Scheme3

 したがって、酸度が高い酸触媒中で見られる5位のニトロ化の優先性は、反応基質と求電子体の電子的な反発を考えることにより合理的に説明できる。すなわち、超強酸中における1のニトロ化では、ジプロトン化されたN-オキサイドの陽電荷と求電子体の陽電荷との電子的な反発により、求電子体が8位に近づきにくくなるために5位が選択的にニトロ化されるが、一方、15のN-オキサイド基は1よりも5位や8位から遠くにあるために、15はN-オキサイドがジプロトン化されてもニトロ化位置が変化しないと考えられる。

 

Table3.Nitration of isouinoline 2-oxide(15)
2.ニトロニウムイオンのプロトン化

 Olahらは、1,3,5-trifluoro-2-nitrobenzene(26)のニトロ化における求電子活性種は、ニトロニウムイオンがプロトン化により活性化されたジカチオンである可能性が高いと報告している。私はプロトン化したニトロニウムイオンが反応に関与しているならば、酸触媒の酸度を高めるとニトロ化の速度は速くなると考え、26のニトロ化の速さと酸触媒の酸度の関係を調べた(Table4)。TFA中ではニトロ化体(27)が8%の収率で得られ、未反応の26は52%だった。TFAにTFSAを加え酸度を高めると、未反応の26の回収率はTFA中の場合とほぼ同じだったが、27の収率は34%に高まった。TFSAのみを用いると反応はわずかに遅くなり、1.6%SbF5-TFSA中ではニトロ化はほとんど進行しなかった。TFA中でもニトロ化が進行することから、26は活性化されていないニトロニウムイオンによってもニトロ化されることがわかる。-H0>10において酸度を上げると反応が遅くなるのは、26のニトロ基がプロトン化されて26が不活性化されたためと考えらる。以上の結果からは、26のニトロ化にプロトン化したニトロニウムイオンが関与しているという結論は得られなかった。

 

Table4.Nitration of 1,3,5-trifluoro-2-nitrobenzene(26)
3.超強酸中におけるPictet-Spengler反応

 テトラヒドロイソキノリン骨格を構築する際に用いられるPictet-Spengler反応は、通常、求電子攻撃を受ける芳香環の反応点のパラ位に、ハイドロキシ基やアルコキシ基などの活性基を必要とする。私は、イミンを超強酸によりジプロトン化して活性化すれば、芳香環に活性基がなくても環化反応が進行すると考え、イミン(28a-e)のTFSA中における環化反応を調べた(Table5)。反応はRが無置換(28a)、アルキル(28b)、芳香族(28c-e)のいずれの場合も進行し、環化生成物(29a-e)が得られた。Rが芳香族の場合はアルキルの場合よりも容易に反応が進行した。この反応における反応活性種を明らかにするために、28c-eの反応速度と酸触媒の酸度の関係を調べた(Fig.1)。28cはTFA(-H0=2.7)中では完全にモノプロトン化されているが、TFA中で120℃に加熱しても反応は進行しない。それにもかかわらず、TFAよりもかなり高い酸度領域(-H0>11)において反応速度が-H0に比例して直線的に増加することより、モノプロトン化されたイミンが更にプロトン化されたアンモニウムカルベニウムジカチオン(33)が反応活性種であると結論できる(Scheme4)。ここで、28eの反応が28c,dより速いのは、28cは芳香環上のメチル基の電子供与により、28c,dよりも容易にジプロトン化されるためであると思われる。

 

Table5.Cyclization of imines(28a-e)Fig.1 The acidity-rate relationship in the cyclization of 15c-e at 120℃Scheme4
審査要旨

 芳香族求電子置換反応は強酸性条件下で進行することが多く、求電子試薬の活性構造のプロトン化状態は明確でないばかりでなく、芳香族基質のプロトン化状態も明らかでないことが多い。横山の研究は基本的芳香族求電子置換反応における基質および求電子体のプロトン化状態を知り、これらの反応をより正確に理解しようとしたものである。

 横山が解決した第一の課題は、古くからの課題であったキノリン-N-オキシドのニトロ化の位置選択性である。キノリン-N-オキシドは弱い酸性条件下では4位がニトロ化され、強酸条件下では5-および8-位がニトロ化されることが知られていた。横山は酸度を規定した酸性溶媒中でこのニトロ化反応を行ない、酸度と反応位置選択性を明確に示した。O-プロトン化体と化学的に等価とみられる。1-メトキシキノリニウム塩でも4-ニトロ化が進行せず、求電子試薬としてニトロニウムイオンNO2+が用いられたときに、はじめて5-および8-ニトロ化が進むことを示した。この結果は非プロトン化キノリン-N-オキシドはニトロニウムイオンとは別のニトロ化求電子体によって4-位にニトロ化され、O-プロトン化キノリン-N-オキシドが、ニトロニウムイオンによって5-および8位においてニトロ化を受けると考えてよく説明できる。

 横山のこの過程において5-と8-位のニトロ化の比率も酸度に依ることを見いだした。このより強酸中での反応では、プロトン化ニトロニウムイオンNO2H2+の関与も考えられるが、キノリンのニトロ化における酸度依存性を検討した結果、用いた強酸系では超求電子体NO2H2+の関与はないと結論し、8位のニトロ化の減少は、キノリン-N-オキシドのO,O-ジプロトン化による静電的斥力によるとした。

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 超求電子体の関与については、Pictet-Spengler反応が明らかにジカチカン性の求電子体が超求電子体としてかかわっていることを反応速度論的に証明した。すなわちフェネチルアミンのShiff塩基はモノプロトン化の状態では決して反応が進まず、より高い酸度において、速度がZucker-Hammet則に従う酸度との直線的比例関係をもって増加することを示し、ジプロトン化Schiff塩基が本反応の中間体であることを示した。また、この条件はPictet-Spengler反応を一般化するための条件となるものである。

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 以上の成果は、芳香族求電子置換反応において基本的知見として新規であり、意外であるが、かつ一般的規則となるもので、有機化学、とくに反応機構研究に確かな進歩をもたらすものであり、博士(薬学)にふさわしい業績といえる。

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