ホルボールミリステートアセテート(PMA)は、強力な発癌プロモーターとして知られている。また、1977年西塚らにより、このPMAが細胞内情報伝達に重要な役割を果たすプロテインキナーゼC(PKC)に直接結合し活性化することが報告され、発癌メカニズム解明へ向けて多くの研究が精力的に展開されている。PMAには、12,13位のアシルオキシ基、3位カルボニル基、4,9,20位の水酸基の計6つの酸素官能基があるが、これまでの構造活性相関で得られた知見によると3,4,9,20位の酸素官能基のうち3つが重要であると考えられてきた。そのような仮説に基づき、既に有機合成化学講座ではホルボールエステルと同程度の活性が予想される13位デアシルオキシPMA誘導体2を(+)-3-careneより光学活性体として合成し、PKCとの結合親和性を比較した。しかしながら予想に反してその親和性は1/10〜1/100程度であった。一方、有機合成化学講座では13位にジアゾアセトキシ基を導入したPMA誘導体を合成し、PKCとの光アフィニテイーラベリングに初めて成功し、13位アシルオキシ基がPKCの近傍に位置していることを示唆した。以上の背景を基に冨山 泰は13位アシルオキシ基の重要性を認識し、(+)-3-careneを出発原料とした場合導入不可能な13位の酸素官能基を有するホルボールCD環部の触媒的不斉合成研究に着手した。 冨山 泰はまず、同一分子内に、エノールシリルエーテルとジアゾケトンを合わせ持つ基質7を合成し、続いて光学活性配位子を有する触媒量の銅を作用させることによりホルボールCD環に相当する基本骨格を触媒的不斉合成により構築することを計画した。この種の基質の合成は、前例がなく、基質の合成そのものもチャレンジングであったが以下に記す二つのルートで目的を達した。 続いて冨山 泰は、基質7と銅を用いる分子内触媒的不斉シクロプロパン化反応の検討を行った。この種の反応は現在までに多数報告されているが、それらは比較的単純な系のみで検討されているだけであり、分子内にエノールシリルエーテルを有する基質の分子内不斉シクロプロパン化反応は前例が皆無である。まず、既知のキラルオキサゾリンリガンドを本反応系に適用した。その結果,R1は不斉収率にほとんど影響を与えないが、R2はより嵩高い置換基の場合良好な不斉収率を与えることを見い出した。そこで、R2が更に嵩高い置換基の改良キラルオキサゾリンリガンド18の合成を行い本反応を行なったところ収率70%、不斉収率92%で所望の閉環体を得ることに成功した。 図表 さらに得られた閉環体12に、Davis酸化により水酸基を導入し、アセトキシ基として保護、続くWittig反応、加水分解、生じた水酸基の酸化を行うことによりエノン20とした。さらに、ヒドロホウ素化一酸化反応、1級水酸基のピバロイル基による保護、酸化を経てC-13位に酸素官能基を有する鍵中間体21へと変換するルートを確立した。 鍵中間体21の合成効率が不十分なため冨山 泰は新たな合成ルートの検討も行った。すなわち、2,2-ジブロモプロパンより発生させたカルベン、もしくは、カルベノイドと、エノールシリルエーテルの新規分子間シクロプロパン化反応により、短工程かつ高収率なCD環部合成を検討した。1,4-ジケトンより得られたシリルジエノールエーテル22に2,2-ジブロモプロパン存在下、-90℃でn-BuLiを滴下すると、シクロプロパン体23が、43%で得られた。続いてヒドロキシメチル化、TiCl4による脱保護、官能基変換する事により、ラセミ体ではあるが所望の21を得る事に成功した。このルートは比較的効率がよいが3員環形成時に不斉を誘起させることを試みたが残念ながら不成功に終わった。 最後に、分子内シクロプロパン化反応を鍵工程とする7員環ラクトンを経るCD環部構築の検討をした。以下のルートに従って基質27を合成しRh2(MEPY)4を触媒量用い分子内シクロプロパン化反応を行うと目的とする7員環ラクトン28を42%化学収率で得ることに成功した。また、得られたラクトン28は、ニトリルオキシド環化反応を経て21に導くことが可能だと考えられる。現在、収率の向上、反応の不斉化、得られたラクトンの変換が検討されている。 以上、冨山 泰の研究は最強の発癌プロモーターであるホルボールエステルの医薬化学研究に多大な貢献をすることが期待され、博士(薬学)の価値があるとみとめた。 |