学位論文要旨



No 112884
著者(漢字) 平倉,穣
著者(英字)
著者(カナ) ヒラクラ,ユタカ
標題(和) 細胞毒性両親媒性ペプチドと脂質二重膜との相互作用に関する物理化学的研究
標題(洋)
報告番号 112884
報告番号 甲12884
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第795号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 桐野,豊
 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 井上,圭三
 東京大学 教授 佐藤,能雅
 東京大学 助教授 小田嶋,和徳
内容要旨

 これまでに、いくつかの低分子量両親媒性カチオン性のペプチドが、抗菌活性などの細胞毒性を示すことが知られている。これらのペプチドは、脂質二重膜にイオンチャネルを形成できることから、その細胞毒性の根拠は、細胞膜におけるイオンチャネル形成であると考えられている。しかしながら、これらのペプチドの構造は極めて雑多なものであり、そのイオンチャネル形成の様式や条件についての情報が極めて少ない。そこで、本研究では、ザペシンB由来の合成抗菌ペプチド及びアルツハイマー病脳に見られる細胞毒性を有するアミロイドペプチドを取り上げ、その作用の様式を詳しく解析した。

「ザペシンB由来合成ペプチドと脂質二重膜との相互作用に関する研究」

 ザペシンは、センチニクバエ体液より単離された抗菌ペプチドであり、ザペシンBはそのホモログの一つである。近年、ザペシンBの活性コアの誘導体が各種合成されたが、両端にリジンなどのカチオン性ペプチドを有し、中央部にはオリゴロイシンを含む両親媒性カチオン性の構造が抗菌活性に必要であった。また.これらのペプチドは、赤血球を溶血せず、バクテリアに選択毒性を示すことが明らかにされた。これらのペプチドは、その構造からみて、細胞膜に作用する可能性が考えられるが、11アミノ酸残基という低分子量とその単純な構造から、その細胞膜への作用の様式の解析が容易であるし、また、バクテリア選択毒性の根拠を明らかにすることが、臨床的価値があると思われた。

 まず、蛍光色素含有リポソームからの色素遊離によってペプチドの膜撹乱能を調べた(図1)。蛍光色素はペプチドが膜を撹乱すると外部に漏れだして蛍光を発するようになるので、蛍光の大きさがペプチドの膜撹乱能の指標となる。その結果、ペプチドは、その抗菌活性の強さに依存して、大腸菌細胞膜の脂質組成をモデル化したPE:PG:CL=7:2:1の組成を有する膜と相互作用した。また、ペプチドは、大腸菌細胞膜モデルのような酸性脂質を含む脂質二重膜と特異的に相互作用し、真核細胞膜を構成する中性脂質だけからなる膜とは相互作用しなかった。これらのことは、ペプチドの標的がバクテリア細胞膜であり、その選択毒性の根拠が細胞膜の組成の差異にある可能性を示唆している。さらに、中性脂質の中でも、大腸菌細胞膜の主成分であるPEを含有する膜に対しては、PCなどを含むそれより強く作用することから、このような中性脂質間の選択性も選択毒性に寄与していることが示唆された。

図1 Carboxfluorescein leakage from liposomes composed of various lipids induced by KLKL3KLK-NH2.図2 Dependence of membrane current on membrane potential (mV).

 次に、脂質平面膜法によってペプチドのイオンチャネル形成を調べた。脂質平面膜法は、非対称膜を含む任意の脂質組成の膜におけるペプチドのイオンチャネル活性を膜電位固定下に測定できる高感度の測定系である。その結果、ペプチドは、その抗菌活性の強さに依存して、PE:PG:CL=7:2:1の組成を有する膜に巨視的な透過電流を誘発した。膜透過電流の膜電位依存性は、バクテリア細胞膜を特徴づける負の深い電位において増大し、正の電位において減少するという傾向を示した(図2)。これらのことは、ペプチドの標的がバクテリア細胞膜であることを示唆している。ペプチドの誘発する巨視的透過電流をミリ秒単位の時間スケールで解析したが、矩形波状のイオンチャネルは観察されなかった。このことは、イオンチャネルの寿命が極めて短いことを示唆している。膜透過電流の逆転電位を測定することから、イオンチャネルのイオン選択性を調べたが、その結果、強いアニオン選択性であることが示され、取り分け無機リン酸をよく透過することがわかった。細胞からのリン酸の漏出は、細胞内ATP濃度の減少を引き起こし、細胞を死に至らしめると考えられる。ペプチドをバッファー中に添加し撹拌した後、perfusionしてバッファー中のペプチドを取り除いたが、しばらくしてから透過電流が観察されたことから、ペプチド分子は直ちに膜相に移行し、しばらくの潜時を経てから透過電流を誘発することが示唆された。膜電位固定下において、いろいろな脂質組成の膜へのペプチドの作用を調べたところ、ペプチドが作用できない条件は、真核細胞膜に特徴的に見られるように、膜電位が浅いことであり、膜のouter leaflet側にPCやSphのようなコリン性リン脂質とコレステロールが大量に存在することであった。このことは、ペプチドの選択毒性の根拠が、細胞膜の性質の差異にあることを強く示唆している。

 また、CDスペクトル測定を行い、ペプチドの二次構造を明らかにした。その結果、ペプチドは、バッファー中において、大半がシート構造にあり、それは中性脂質共存下でも変わらなかった。しかし、酸性脂質共存下ではランダムコイル構造が著しく増大した。このことは、酸性脂質に特異的に作用するという上記の結果と一致する。

 さて、以上のすべての実験により、酸性脂質に特異的に作用することが示された。また、脂質平面膜法によれば、ペプチドの膜への作用は、同一条件下においてし大きくばらついた。さらに、ペプチドは潜時を経てから膜に作用する。これらのことは、ペプチドが膜表面にまず吸着し、続いて、膜コアに確率的に(速度論的に)挿入されることを示唆している。そして、ペプチドの作用に深い負の膜電位が必要なことは、膜電位勾配による電場がペプチドを膜コアに電気泳動的に引き込むことを示唆している。こうして、ペプチドはバクテリア細胞膜表面の負の電荷に吸着し、確率的に膜コアに挿入されて、さらには、強い電場に引き込まれて、イオンチャネルを形成する。しかしながら、真核細胞膜表面には負の電荷が遥かに少なく吸着しにくいため、膜コアに入り込む機会が少ない。また、吸着されて膜コアに入り込む機会を得たとしても、電場が弱いためにペプチド分子をさらに引き込むことができず、イオンチャネルを安定化することができない。また、細胞膜にコレステロールが大量に存在するために膜の流動性が低いことは、膜コアへの挿入の機会を減少させるであろうし、イオンチャネルとして安定性を下げるであろう。

アミロイドと脂質二重膜との相互作用に関する研究」

 アミロイドは、アルツハイマー病脳に見られる両親媒性カチオン性と考えられるペプチドであり (図3)、その凝集体(intermolecular associates)においてのみ、細胞毒性を示すことが知られている。従来、アミロイドの細胞毒性機構に関する仮説がいくつか提出されているが、この凝集体に特異的な細胞毒性という現象を説明できる実験的示唆は全くない。

 いくつかの仮説の一つに、アミロイドそのものが細胞膜にカルシウムチャネルを形成するという、カルシウムチャネル形成説というものがある。しかしながら、通常、ペプチドによるイオンチャネルは、バッファー中において単量体にあるものが膜に作用して形成されることを考える時、凝集体に特異的な細胞毒性を説明できない。そこで、本研究では、アミロイドの分子状態を制御した条件下で脂質二重膜との相互作用や二次構造を解析し、カルシウムチャネル形成説の妥当性と有効性を検証した。

図3 -amyloid peptide (42 residues).Underline;25-35.Italie form;membrane-spanning domain.図4 Carboxfluorescein lcakage from liposomes composed of various lipids induced by 25-35.図5 Ion channels formed by 25-35.

 まず、蛍光色素含有リポソームを用いてペプチドの膜撹乱能を解析した(図4)。

 その結果、アミロイドの毒性コアと目されている25-35は、バッファー中において数分以内に凝集するが、この条件下(条件1)において、グリセロリン脂質(PE,PC,PS)からなる脂質二重膜と強力に相互作用した。しかしながら、Sphとはほとんど相互作用しなかった。一方、25-35は、バッファー中であっても、極微量のアセトニトリル(0.5%v/v以下)共存下では容易には凝集せず、この条件下(条件2)においては、如何なる脂質二重膜とも相互作用しなかった。しかしながら、アセトニトリル共存下であっても、数十時間後には凝集するようになり、この条件下(条件3)ではグリセロリン脂質と相互作用した。しかしながら、その相互作用の強さは条件1ほどではなかった。以上の結果は、25-35は、その凝集体に特異的に脂質二重膜と相互作用することを示唆している。一方、1-42や1-15は膜を撹乱せず、1-40は、凝集していない条件下で、グリセロリン脂質の膜と微弱に相互作用した。

 次に、アミロイドのイオンチャネル形成を脂質平面膜法で解析した。その結果、25-35は、条件1において、不安定ながら矩形波状のイオンチャネルを形成し(図5)、巨視的透過電流を誘発した。巨視的電流のイオン選択性は弱いアニオン選択性であり、実質的に如何なる生理的イオンをも透過し、カルシウムイオンも透過した。一方、条件2においては、巨視的透過電流は全く観察されず、矩形波状のイオンチャネルも極希に観察されるだけであった。以上の結果は、25-35が、その凝集体においてのみ、イオンチャネルを形成するということを示唆している。他方、1-40は、数百pSにも及ぶ巨大なコンダクタンスを有する矩形波状のイオンチャネルを形成した。1-42と1-15はイオンチャネルを形成しなかった。

 さらに、アミロイドの溶血活性を測定した。その結果、25-35は、条件1において、ラット及びヒツジ赤血球に対して、有意な溶血活性を示したが、条件2では全く溶血活性を示さなかった。このことは、25-35の凝集体が、細胞膜の非脂質二重膜構造に邪魔されることなく、脂質二重膜相に作用できることを示している。一方、1-40は、溶血活性を示さず、ラット赤血球に対して、膜保護作用を示した。

 最後に、25-35のCDスペクトルを測定した。その結果、25-35は、ddw中においては、ランダムコイルを主とするが、条件1において、シートが著しく増大する。このことは、25-35がddw中では凝集しないことから、凝集することとシートの形成が関係していることを示唆している。一方、条件2においては、主としてランダムコイルであり、このことも凝集とシートとの関係を支持している。リポソーム共存下では、条件1においては、ほとんど二次構造含量に変化がないが、条件2ではより多く変化した。このことは、25-35が凝集していない条件下でより強く脂質二重膜と相互作用することを示している。このことは、単量体が膜相に存在していながらも、イオンチャネルを形成できないことを示唆している。

 以上の結果は、25-35が、シート構造にある凝集状態においてのみ、脂質二重膜に作用してイオンチャネルを形成することを示唆している。このことは、凝集体に特異的な細胞毒性を説明するはじめて実験結果である。従来、シート形成、凝集、神経細胞毒性に相関が見られることが知られているが、これらを分子機構的に関連づけられる実験結果は他にない。また、ペプチド性のイオンチャネルがその凝集体に特異的に形成されることは極めて珍しいことと言うべきであり、25-35の細胞毒性に関して、カルシウムチャネル仮説の有効性が支持されたと言える。

 Abbreviations:PC,phosphatidylcholine;PE,phophatidylethanolamine;PS,phosphatidylserine;Sph,sphingomyelin;PG,phosphatidylglycerol;CL,cardiolipin

審査要旨

 従来、いくつかの低分子量両親媒性カチオン性ペプチドが、細胞膜を標的として、細胞毒性を示すことが示唆されている。これは、これらのペプチドが細胞毒性を示すと同時に、脂質二重膜にイオンチャネルを形成することを根拠としている。しかしながら、これらのペプチドのイオンチャネル形成を可能にする条件や、脂質二重膜との作用の様式、細胞毒性とイオンチャネル形成との構造活性相関などに関する情報は極めて限られており、ペプチドのイオンチャネル形成能と細胞毒性を短絡的に結びつける以上のことはほとんどの場合行われていないのが実状である。

 本論文は、ザペシンB由来合成抗菌ペプチド及びアミロイドペプチドという2種のカチオン性両親媒性ペプチドの細胞毒性と細胞膜におけるイオンチャネル形成の相関を詳細に検証したものである。

1.ザペシンB由来抗菌性ペプチドと脂質膜との相互作用

 ザペシンBのヘリックス領域由来の11アミノ酸残基からなる、7種類のカチオン性両親媒性ペプチド類が脂質二重膜と相互作用する様式を、これらのペプチドが示す選択毒性を手がかりとして、脂質平面膜法を中心とする手法で詳細に検討し次のような知見を得た。

 強い抗菌性を示すペプチドは、酸性脂質膜(中でもホスファチジルエタノールアミンを主成分とする組成の膜)と強く相互作用し、脂質平面膜に短寿命のイオンチャネルを形成して膜のイオン透過性を増大した。中性脂質膜(中でもコレステロールやコリン性リン脂質を多く含む膜)は、ペプチドに対し強い抵抗性を示した。また、細胞内側の電位が負である状態(過分極)に相当する条件下で、ペプチドと膜との相互作用は大きかった。この事実は、これらのペプチドが示すバクテリアに選択的な毒性をよく説明する。さらに、ペプチドが形成するイオンチャネルは陰イオン透過性であり、生理的条件下ではリン酸イオンに対し大きい透過性を有することを見出し、これが細胞毒性の直接の原因であることを明らかにした。

 これらの結果から、ペプチドが脂質膜に作用する様式として、ペプチドがバクテリア細胞膜の酸性脂質表面に静電的に吸着し、急峻な膜電位勾配に引かれて膜の疎水性コアに入り込むことによりイオンチャネルを形成すること、その律速段階は膜コアへの挿入過程であることを示した。そして、構造活性相関から、膜に作用するために、ペプチドがカチオン性両親媒性である必要性をはっきりと示したが、このことは、その膜への作用の様式から合理的に説明できる。すなわち、膜表面への吸着と膜コアへの静電気的吸引にはカチオン性が必須であり、膜コアでの安定性には疎水性が要求される。したがって、ペプチドにカチオン性両親媒性が必要であることの意味が、膜コアへの挿入過程という律速段階のエネルギーを低下させることであることを示した。

2.アミロイドペプチドと脂質膜との相互作用

 アミロイドペプチド(カチオン性両親媒性ペプチドである)の細胞毒性機構は、アルツハイマー病の神経病理との関係から多くの注目を集めており、そのイオンチャネル形成能が細胞毒性の起源であるとする報告がなされている。しかしながら、アミロイドペプチドは凝集状態においてのみ細胞毒性を示すことから、このようなイオンチャネル仮説は未だ受け入れられていない。

 本研究は、アミロイド(25-35)の凝集状態を制御しながらそのイオンチャネル形成能を人工膜及び細胞膜において調べたものであり、凝集状態のペプチドが実際にイオンチャネルを形成することを初めて実証した。従って、アミロイドの細胞毒性のイオンチャネル仮説は有用な仮説であり、今後さらに、イオンチャネル形成能を有する凝集体の物理化学的特徴付けを進めることが必須であることを示したものである。このように、本論文は、アミロイドの細胞毒性の分子機構に関して第一歩を踏み出したという点で意義深いと言える。

 このように本論文は、2種類のカチオン性両親媒性ペプチドの細胞毒性とそのイオンチャネル形成能の関係を注意深く検証したものであり、薬学の発展に寄与するところがあり、博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

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