No | 112886 | |
著者(漢字) | 有田,誠 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | アリタ,マコト | |
標題(和) | ビタミンE輸送蛋白質の生理機能の解明 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 112886 | |
報告番号 | 甲12886 | |
学位授与日 | 1997.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 博薬第797号 | |
研究科 | 薬学系研究科 | |
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | ビタミンE(-tocopherol,-toc)は脂溶性の抗酸化物質であり、いわゆる酸化的ストレスから生体成分を防御することから成人病の予防因子として最近注目されている。当研究室では、ビタミンEと特異的に結合し、その膜間輸送を促進する蛋白質をラット肝臓可溶性画分から精製し、さらにcDNAクローニングからその一次構造を明らかにしていた。このビタミンE輸送蛋白質(-tocopherol transfer protein,TTP)は生体内でビタミンEを特異的に認識する分子として現在知られる唯一のものであるが、その生理機能については全く分かっていなかった。そこで、私はこの蛋白質の機能解析を試みた。 私はラットのcDNAをプローブにしてヒトのTTPのcDNAクローニングを行ない、ヒトにもラットとほぼ同一の蛋白質(95%ホモロジー)が存在することを明らかにした。さらに得られたcDNA断片をプローブに蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)法により、TTP遺伝子が8番染色体長腕上(8q13.1-13.3)に存在することを明らかにした。 以前より先天的にビタミンE欠乏をきたす病気が知られていたが、その原因は全く不明であった。1993年にフランスのKoenigらのグループにより遺伝病家系からの連鎖解析が行なわれ、原因遺伝子は8番染色体長腕(8q)上にあることが報告された。TTPがこの疾患の原因遺伝子である可能性が考えられたので、フランスのグループとの共同研究で患者のTTP遺伝子を調べた。 まず私は、ゲノムDNAのクローニングを行った。その結果TTPは5つのエクソンから成ることを明らかにした。次に患者の白血球由来のゲノムDNAから各エクソンをPCRで増幅し、変異の検出を試みた。調べた17家系のうち14家系から変異が見出され、それらは3種類のグループに分類され、いずれもフレームシフト変異であった。一方日本にも遺伝病家系が報告されていたが、この患者についても解析を行ったところ、1アミノ酸置換のミスセンス変異(H101Q)であることを明らかにした(Table.1)。この変異蛋白質(H101Q)のリコンビナントにはほとんど-toc輸送活性がなく、His101がリガンドとの結合に重要な残基の一つであると考えられた。 小腸から吸収されたビタミンEは血液中でリポ蛋白質に結合し、体内を循環した後に一旦肝臓に取り込まれる。肝臓に取り込まれたビタミンEは肝臓から分泌されるリポ蛋白質(VLDL)に結合して再び体内を循環する(FIG.1)。一方先天性ビタミンE欠乏症の患者ではビタミンEの肝臓からの放出が起こらないために、ビタミンEを体内に取り込んでもこれを保持できない。本結果により、TTPが肝臓に取り込まれたビタミンEを再び体内循環させるために必要な因子であることが明らかになった。 では肝細胞内でTTPは-tocをどのように輸送し、結果的に-tocが細胞外へ放出されるのだろうか。その分子機構を明らかにする目的で、私は培養細胞レベルのアッセイ系の確立を試みた。しかしこれには大きな問題があった。すなわち培地中に加えた-tocと一旦細胞内にとりこまれてから細胞外へ放出された-tocをどう区別するのかという事だった。試行錯誤の末、(FIG.2)に示す様な-tocの細胞内輸送のアッセイ系を確立した。まず、加える基質として[14C]-tocopherol acetate(tocAc)を化学的に合成した。これをラット肝癌由来細胞株McARH7777の培地中に加えると、[14C]tocAcは経時的に加水分解されて[14C]-tocになった。この加水分解は、培地中には加水分解活性がない事から、細胞内で行われていると考えられた。さらに、細胞内で生じた[14C]-tocは細胞内に蓄積すると同時に一部が培地中に放出された。この実験系から一旦細胞内に取り込まれた-tocの培地中への放出を評価することが可能になった。 そこで、TTPを発現させた細胞とコントロール細胞で比較したところ、TTPを発現した細胞では有意に-tocの培地中への放出が増大していた(FIG.3)。すなわち、TTPが-tocの細胞外への放出を促進する機能をもつことが証明された。さらにこの系を用いてTTPによる-tocの放出機構の解析を行なった。 様々な薬物の効果を調べたところ、Brefel dinAは-tocの放出には全く影響を与えないことが分かった。BrefeldinAはゴルジ体を経由する分泌系の阻害剤であり、従ってリポ蛋白質(VLDL)の分泌も阻害する。本結果から-tocの放出系は従来考えられていたようなリポ蛋白質の分泌とカップルしたものではないことが明らかになった。 次に、25-OH cholesterolによって-tocの細胞外への分泌が有意に阻害されることを見出した。25-OH cholesterolは細胞内コレステロール代謝を調節する因子である。 一方TTP自身の輸送活性は25-OH cholesterolによって阻害されないことから、TTPを介する-tocの細胞外への放出系にはTTP以外にコレステロール代謝系に関わる別の因子が介在していることが示唆された。 TTPが-tocの細胞内輸送を行なう上で相互作用する蛋白質を同定する目的で、TTPと結合する蛋白質の検索を行なった。方法は、TTPのN末端にGST(グルタチオンSトランスフェラーゼ)をフュージョンした組み変え蛋白質を大腸菌で発現させ、これをリガンドにしたアフィニティーカラムを作成し、このカラムに結合するラット肝臓内蛋白質の検出を試みた。その結果、100,000xg沈殿からlM KClで可溶化される画分からTTPと特異的に結合する約50kDaの蛋白質(p50)を見いだした(FIG.4)。 さらに部分アミノ酸配列の決定を行なったところ、新規蛋白質であることが明らかになった。現在cDNAクローニングを進行中であるが、得られた範囲のアミノ酸配列からp50はシビレエイ(Torpedo)のVAT-1とホモロジーが高いことが分かった。VAT-1はTorpedoのシナプス小胞に表在的に結合する蛋白質であり、Ca2+依存的に形質膜へ移行する事、ATPase活性がある事などが報告されおり、シナプス小胞の輸送に関わっているのではないかと考えられているが、詳細は不明である。このような小胞に結合する蛋白質のホモログが肝細胞内でTTPと相互作用している可能性が示唆された。 以上私はヒトのTTPの遺伝子クローニングを行ない、長らく原因不明であった「先天性ビタミンE欠乏症」の原因がこの蛋白質の欠損であることを見出した。すなわち、肝臓内のTTPが体全体のビタミンE量を調節する重要な因子であることが明らかになり、その作用機構は一旦肝臓内に取り込まれたビタミンEを再び血液中へ放出することだと考えられた。次に私はin vivoのTTPの機能を培養細胞レベルで評価できる系を確立し、この実験系からaTTPが-tocの細胞外への放出を促進する事を証明し、さらにこの放出系は従来考えられていたようなリポ蛋白質の分泌とカップルしたものではなく、しかも酸化コレステロールによって一部阻害されることを見出した。以上の結果からTTPは-tocを細胞内の分泌系へ積極的に輸送(ソーティング)していると考えられ、さらにこの分泌系は未だ知られざる、恐らくは細胞内コレステロール代謝に関わるであろう輸送経路であることが示唆された(FIG.5)。新たにTTPと相互作用する蛋白質としてp50を同定したことで、今後この分子を手がかりにこの未知なる輸送経路の実体が明らかになることが期待される。 | |
審査要旨 | これまでに、ラット肝臓上清画分中に存在するビタミンE輸送タンパク質(TTP, Tocopherol transfer protein)について、そのアミノ酸配列,およびトコフェロールと特異的に結合し膜間輸送を促進する活性がある事実が当教室の研究で明らかになっていた。しかしながら、本タンパク質の生理機能については全く不明であった。本研究はこのタンパク質の細胞内機能、in vivoにおける役割の解明を目指したものである。 ラットcDNAをプローブにしてヒトのTTPのcDNAクローニングを行い、ヒト体内に95%ホモロジーを示すタンパク質が存在することを見出した。さらにFISH法によってその遺伝子が8番染色体長腕上に存在することも明らかにした。 まず、ゲノムDNAのクローニングを行い、この遺伝子が5つのエクソンから成ることを明らかとした。次に原因不明のビタミンE欠乏症患者の白血球由来のゲノムDNAについて変異の検出を試みた結果、フレームシフト変異が3種類見つかり、日本国内からも1アミノ酸置換のミスセンス変異が見つかった。この変異タンパク質のリコンビナトには殆ど、トコフェロール輸送活性が認められなかった。小腸から吸収されたビタミンEはいったん肝臓に取り込まれ、VLDLに結合した形で分泌、体内を循環する。ビタミンE欠乏症患者では本タンパク質が欠損しているために、肝臓からの分泌が起こらず、吸収されたビタミンEは体内循環しないと考えられた。 細胞内にはトコフェロールの酢酸エステルを加水分解する酵素が存在する。細胞にトコフェロール酢酸エステルを与えると、細胞内に取り込まれ分解されて、遊離トコフェロールになる。ラット肝臓癌由来細胞株McARH7777では遊離トコフェロールは主として細胞内に蓄積し、この細胞にTTPを強制発現させると、遊離トコフェロールの培地中への放出が著しく増加した。TTPが細胞内に取り込まれたトコフェロールの分泌過程で重要な役割を演じていることが判明した。この系を利用して種々検討した結果、この分泌がブレフェルジンによって阻害されず、従ってゴルジ体を介さないこと、分泌が部分的に25OH-コレステロールで阻害されることより、TTP以外にコレステロール代謝系の制御因子がトコフェロール分泌に関わっていることが示唆された。 ラット肝臓膜分画の1M KCl可溶性画分中からTTPと特異的に結合するタンパク質をアフィニティカラム法で検出した。このタンパク質の部分アミノ酸配列から、シビレエイのシナプス小胞表面に発見されているVAT-1と相同性が高いことが判明した。TTPは肝臓細胞内でVAT-1様タンパクと相互作用して機能している可能性がしめされた。 以上、本研究はヒト体内におけるトコフェロールの保持に肝TTPが極めて重要な役割を演じていることを証明し、さらに肝臓細胞中で本タンパク質が実際にいかに機能しているか解析する糸口を与えたもので、薬学、生化学の進歩に寄与する所があり、博士(薬学)の学位に値すると判定された。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/54596 |