学位論文要旨



No 112888
著者(漢字) 大江,知之
著者(英字)
著者(カナ) オオエ,トモユキ
標題(和) 新規薬物代謝様式の機構解析及び応用研究 : シトクロムP450による置換フェノールのipso位代謝反応
標題(洋)
報告番号 112888
報告番号 甲12888
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第799号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 首藤,紘一
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 嶋田,一夫
内容要旨

 医薬品など外来異物の代謝は、主に肝ミクロソーム画分に存在する一群のヘム酵素シトクロムP450(P450)によりなされている。医薬品の中には、代謝を受けそれ自身より強い薬効や毒性(代謝的活性化)を示すものもあるので、代謝研究は化合物の生体内での作用を判断する上で極めて重要である。修士論文では、フェノール性水酸基を有する芳香族エーテル類のアルコキシル基やフェノキシル基が、P450活性種の酸素原子により置換(ipso置換)され、hydroquinoneやbenzoquinoneが生成する従来知られていなかった代謝様式が存在することを見出した。上記の代謝物は活性酸素増産能や生体高分子との結合能を有することから毒性代謝物であり、本代謝様式は代謝的活性化をもたらすと考えられる。また、フェノール骨格は医薬品の他、天然由来のものも数多く知られており、さらに芳香環を有する化合物はP450により水酸化されフェノール骨格に変換されるので、フェノール骨格の代謝的活性化は重要な意味を持つ。

 本研究では、ipso置換され得る置換基を様々な置換基に展開させ、P450によるパラ置換フェノール類の置換基の根元(ipso位)における代謝反応についての検討、機構解析及びその応用研究を行った。置換フェノールにおいて唯一知られている代謝経路は芳香環水酸化であったが、今回従来知られていないipso位代謝反応、すなわちipso置換反応及びipso付加反応が存在することを明らかにした(Scheme1)。また、両反応ともbenzoquinone、hydroquinone、quinolといった毒性発現代謝物を生成する。

Scheme 11.ipso置換型代謝反応1)P450化学モデル系

 動物やヒトの生体試料中から未知微量代謝物を単離同定し、各々の薬効、毒性を評価することは困難である。当教室では、動物の代替機能を果たし得る人工代謝系の確立を目指し、種々のポルフィリンを用いた化学モデル系を構築してきた。人工代謝系では、代謝物候補が一段階で多量に得られ、未知微量代謝物や不安定代謝物の検索、反応機構の解析に有利である。そこで筆者はまずP450化学モデル系(Fe(III)T2.6DFPPCl-mCPBA系)を用い、様々なパラ置換フェノール類(X=F,Cl,Br,NO2,CN,CH3,CH2OH,COCH3,COPh,COOH)を基質とし反応を行った。反応終了後反応液をアスコルビン酸で還元しGC-MSにより検出を行った。その結果、X=CH3以外の全てのフェノールで置換基Xが脱離したhydroquinoneが得られた(Fig.1A)。次に、酸化剤として[18O]mCPBAを用い反応を行うと、生成するhydroquinoneにおける18O導入率は全ての基質において80%以上だった。これは、本置換反応がポルフィリン活性種の酸素原子によるipso置換反応により進行することを示すものである。

Fig.1
2)ラット肝ミクロソーム系

 以上の化学モデル系の結果をもとにラット肝ミクロソーム系での検討を行ったところ、同様にX=CH3以外のパラ置換フェノールでhydroquinoneが得られた(Fig.1B)。特にX=NO2,CN,CH2OH,COCH3,COPh,COOHについては、従来代謝的に安定と考えられていた結合がP450により開裂したことを示すもので興味深い。本反応はP450選択的阻害剤であるmetyraponeやCOにより阻害されP450関与であることが示唆された。また、18O2雰囲気下反応を行うと、hydroquinoneにおける18O導入率は全ての基質で80%以上であり、化学モデル系と同様にP450活性種の酸素原子によるipso置換反応であることが明らかになった。

3)機構解析

 本反応における基質の水酸基の必要性を検討するため、様々なパラ置換トルエンを基質としミクロソーム系で反応を行った結果、全くipso置換反応は進行しなかった。従って、本代謝様式にはフェノール性水酸基が必須であることが示され、フェノキシラジカルを経由する機構であることが示唆された。また、基質がp-cresolの場合はipso置換が進行しなかったがその代わりにp-toluquinolが得られた。本知見はメチル基は脱離しにくいことを示していると同時に、その他のパラ置換フェノールにおいても反応中間体としてキノール骨格が生成していることを示唆させるものである。以上より次のスキームを考えた(Scheme 2)。

Scheme 2

 キノール中間体から脱離する様式には2種類考えられる。1つは置換基がアニオンとして脱離しp-benzoquinoneが生成する様式(Type I)であり、もう一つは置換基がカチオンとして脱離しhydroquinoneが生成する様式である(Type II)。ミクロソーム系ではp-benzoquinoneはNADPH依存的に容易に還元されてhydroquinoneに変換されるので、これらの生成物の検出により脱離機構を分類することはできない。そこで、脱離基側の検出を行った。置換基がアルコキシルやフェノキシルの場合は、脱離基としてアルコールやフェノールが検出されるのでTypeI脱離により反応が進行することはすでに示している。X=CH2OHの場合Nash法によりHCHOが、X=COPhの場合GC-MSによりbenzoic acidが検出され、これらはType II脱離により反応が進行すると考えられる。

4)薬物等の骨格におけるipso置換型代謝反応

 ipso置換反応の応用として、従来代謝的には安定と考えられていた骨格が本反応により開裂するか検討した。強力な催奇形性や発癌性を有する環境汚染物質TCDD類の基本骨格であるジベンゾダイオキシン骨格やジベンゾフラン骨格、農薬や殺虫剤などに使用されているジフェニルエーテル骨格、抗生物質や制癌剤として用いられるアントラキノン骨格、以上4種の骨格を持つフェノールを基質として用いた。その結果、P450モデル系及びラット肝ミクロソーム系において、全ての基質はipso置換経由で開裂代謝されることが明らかになった(アントラキノン骨格:Scheme3)。

Scheme 3
2.ipso付加型代謝反応l)ラット肝ミクロソーム系

 前述したように、ラット肝ミクロソーム系においてp-cresolを基質としたときp-toluquinolが得られたが、本知見は置換基がアルキル基の場合は、新しい代謝様式ipso付加が進行することを示したものである。機構を調べる目的で18O2雰囲気下反応を行った結果、p-toluquinolにおける18O導入率は99%であり、本反応はP450活性種の酸素原子が完全に導入される反応であることが示された。

2)生体内物質等におけるipso付加型代謝反応

 次に、本新規代謝様式の応用として、生体内物質であるN-acetyltyramineを基質とした。ラット肝ミクロソーム系において反応を行ったところ、ipso付加した後、生じたキノール体が分子内Michael型反応により環化した代謝物が得られた。

 さらに、内在性のフェノールである女性ホルモンestradiol及びestroneを基質とし、ヒトP450のcDNAを安定して発現させたB-リンパ芽球様細胞ミクロソームを用い反応を行ったところ、それぞれ対応するキノール体が生成した(Scheme4)。両生成物ともに新規代謝物である。また、P450isozyme間での生成量の差を検討したところ、CYPlAlで顕著に活性が高かった。

Scheme 4

 以上、P450化学モデルを用い、フェノール類の新規代謝様式ipso置換反応及びipso付加反応を見出した。従来P450による芳香環の代謝反応は置換基のない位置での水酸化のみ知られていたが、本研究はipso位においても代謝反応が起き得ることを一般性を持って示したものである。また、ipso位代謝反応は様々な骨格で進行することも明らかにした。本代謝様式により生成するbenzoquinone、hydroquinone、quinolは活性代謝物あるいは毒性発現代謝物となり得るものであり、本知見は化合物の生体内での活性を評価する上で、また安全性の高い新規医薬品を開発する上で重要である。

審査要旨

 医薬品など外来異物の代謝は、主に肝ミクロソーム画分に存在するヘム酵素シトクロムP450(P450)によりなされている。医薬品の中には、代謝活性化を受けそれ自身より強い薬効や、逆に毒性を示す場合もあるため代謝研究は極めて重要である。本研究では置換フェノール類のipso位における新規代謝反応、すなわちipso置換及びipso付加反応を、P450モデルを活用して見いだし、その反応機構など詳細に検討している。フェノール骨格は医薬品の他、天然物も数多く知られており、さらに芳香環を有する化合物はP450により水酸化されフェノール骨格に変換されるため、フェノール骨格の代謝研究は重要である。本論文では実際に医薬品の骨格や生体内物質でこれら新規代謝反応が進行することも明らかにしている。

1.ipso置換型代謝反応1)P450化学モデル系

 P450化学モデル系を用いパラ置換フェノール類(置換基;F,Cl,Br,NO2,CN,CH3,CH2OH,COCH3,COPh,COOH)を基質とし反応を行いCH3基以外の全てのフェノールで置換基が脱離した生成物(hydroquinone)を得た。18Oラベル酸化剤を用い、本反応がポルフィリン活性種の酸素原子によるipso置換反応であることも示した。

2)ラット肝ミクロソームP450系

 化学モデル系の結果をもとにラット肝ミクロソーム系での検討を行い、同様にパラ置換フェノールでhydroquinoneを得た。置換基がNO2,CN,CH2OH,COCH3,COPh,COOHについては、従来代謝的に安定と考えられていた結合がP450により開裂したことを示しており興味深い。化学モデル系と同様にP450活性種の酸素原子によるipso置換反応であることも明らかにした。

3)機構解析

 反応機構に関しても詳細な検討を行い、基質の水酸基が必須であること、反応中間体としてキノールが生成していること、更にキノール体から置換基はアニオンあるいはカチオンとして脱離する二つのタイプに区別されることなどを明らかにした。

4)薬物等の骨格におけるipso置換型代謝反応

 本代謝反応の応用として、環境汚染物質TCDD類の基本骨格であるジベンゾダイオキシン骨格やジベンゾフラン骨格、農薬や殺虫剤などに使用されているジフェニルエーテル骨格、抗生物質や制癌剤として用いられるアントラキノン骨格を持つフェノールを基質として用いたところ、全ての基質はipso置換経由で開裂代謝されることを明らかにした。従来代謝的に安定と考えられていたこれらの骨格が開裂する事を示した点で重要である。

2.ipso付加型代謝反応1)ラット肝ミクロソーム系

 ラット肝ミクロソーム系においてp-cresolを基質として用いるとipso置換代謝は進行しないがp-toluquinolが得られた。本結果より、置換基がアルキル基の場合は新しい代謝様式ipso付加が進行することが示された。本反応においても18O導入率は99%であり、P450活性種の酸素原子が完全に導入された。

2)生体内物質等におけるipso付加型代謝反応

 生体内物質であるN-acetyltyramineを基質し、ラット肝ミクロソーム系において反応を行ったところ、ipso付加した後、生じたキノール体が分子内Michael型反応により環化した代謝物が得られた。さらに、内在性のフェノールである女性ホルモンestradiol及びestroneを基質とし、ヒトP450発現系ミクロソームを用い反応を行ったところ、それぞれ対応する新規代謝物キノール体が得られた。これら化合物の生理活性などに興味がもたれる。

 以上のように本研究ではフェノール類の新規代謝様式ipso置換及びipso付加反応を見出し、その詳細な機構解析を行っている。従来P450による芳香環の代謝反応は置換基のない位置での水酸化のみ知られていたが、本研究はipso位においても代謝反応が起き得ることを一般性をもって示したものである。また、ipso位代謝反応は薬物などにも含まれる様々な骨格で進行することも明らかにしている。本代謝様式により生成するbenzoquinone、hydroquinone、quinolは活性代謝物あるいは毒性発現代謝物となり得るものであり、本知見は化合物の生体内での活性を評価する上で、また安全性の高い新規医薬品を開発する上で極めて重要である。これらの研究は代謝化学、医薬品化学の分野に重要な知見をもたらし、広い領域に貢献するところ極めて大きく、博士(薬学)の学位を受けるに充分であると認定した。

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