レニン・アンジオテンシン系は血圧や体液調節の恒常性維持に関わる代表的な調節系である。アンジオテンシンIIは、時間的に早い作用として血管収縮作用、アルドステロン分泌、交感神経系の活動亢進などを持つ。近年、アンジオテンシンIIの時間的に遅い作用が注目され、種々のプロトオンコジーンや成長因子の発現を促進して蛋白合成を促進することが明らかとなった。アンジオテンシンIIの蛋白合成を介する長期作用としては、心筋細胞や血管平滑筋細胞の肥大による心肥大や血管肥厚が報告されているが、その他の作用については明らかにされていない。アンジオテンシンIIが構造蛋白以外に機能蛋白を発現させる可能性が十分に考えられるが、アンジオテンシンIIの血管機能に対する長期作用を受容体レベルで直接的に証明した研究はほとんどない。 本論文は、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬とアンジオテンシンII受容体(AT1受容体)拮抗薬を高血圧自然発症ラット(SHR)に長期処置し、血管平滑筋細胞及び血管内皮細胞の機能に対する効果を調べることによって、内因性のアンジオテンシンIIの血管機能に対する長期作用を研究したものである。ACE阻害薬とAT1受容体拮抗薬を4〜8週間の長期処置して初めて分かるアンジオテンシンIIの生理作用を調べたことが特徴である。ACE阻害薬とAT1受容体拮抗薬の長期処置はSHRの血圧を対照正常血圧ラット(WKY)のレベルまで下げるが、降圧による二次的な効果と区別するため対照として血管拡張性抗高血圧薬(hydralazine)の長期処置を行い検討した。 まず、内因性のアンジオテンシンIIの作用が抑制されたラットを作製するために、ACE阻害薬(imidapril)とAT1受容体拮抗薬(TCV-116の活性体であるCV-11974)をSHRに浸透圧ポンプにより4〜8週間皮下持続投与した。ACE阻害薬とAT1受容体拮抗薬の長期処置がSHRの血圧をWKYのレベルまで下降させ、心肥大を抑制したのに対し、同程度の降圧を起こす血管拡張薬の長期処置が心肥大に影響を与えなかったことから、ACE阻害薬とAT1受容体拮抗薬の長期処置したSHRでは内因性のアンジオテンシンIIの長期作用が抑制されたと考えられる。 次に、SHRの血管平滑筋のL型Ca2+channelとCa2+-activated K+channelの異常に対する内因性アンジオテンシンIIの長期作用を明らかにするために、ACE阻害薬、AT1受容体拮抗薬、血管拡張薬をSHRに長期処置し、大動脈のCa2+収縮とcharibdotoxin収縮に対する効果を比較した。その結果、無処置のSHRではCa2+とcharibdotoxinが収縮を起こすのに対して、ACE阻害薬やAT1受容体拮抗薬を長期処置したSHRでは、WKYと同様に、Ca2+とcharibdotoxinが収縮を起こさないことを見いだした。このことより、内因性のアンジオテンシンIIのAT1受容体を介する長期作用が、SHR血管平滑筋で見られる静止時のL型Ca2+channelを通るCa2+流入の増大とCa2+-activated K+channelの開口の増加に寄与していることを初めて明らかにした。 さらに、内皮依存性弛緩に対する内因性アンジオテンシンIIの長期作用を明らかにするために、ACE阻害薬、AT1受容体拮抗薬、血管拡張薬をSHRに長期処置し、大動脈のEDRF/NO依存性弛緩とEDCF/PGH2依存性収縮に対する効果を比較した。また、アンジオテンシンIIの長期作用が高血圧動物に特異的かどうかを明らかにするために、WKYにもACE阻害薬を長期処置した。その結果、ACE阻害薬やAT1受容体拮抗薬による長期的なアンジオテンシンIIの作用の抑制がSHRとWKY大動脈のEDCF/PGH2産生を抑制し、内皮依存性弛緩を増大させることを見いだした。このことは、内因性のアンジオテンシンIIがAT1受容体を介した長期作用によって大動脈内皮細胞のEDCF/PGH2産生系を活性化し、その結果内皮依存性弛緩を抑制していることを示す。 以上、本研究は内因性のアンジオテンシンIIがAT1受容体を介した長期作用により、(1)血管平滑筋細胞のCa2+流入を増大させること、(2)血管内皮細胞のEDCF/PGH2産生系を活性化することを示した。本研究で得られた知見は、内因性のアンジオテンシンIIが短期的な血管収縮作用に加えて長期作用により血管緊張度を機能的にも増大させていることを初めて示したものであり、アンジオテンシンIIの生理作用の研究に多大な貢献をすると考えられ、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。 |