ラット血小板を刺激すると分泌されるセリンリン脂質を選択的に分解するホスフォリパーゼAの構造を解明し、機能、役割の解明への道を開いた。 1.精製とcDNAクローニング のべ2000匹のラットの血小板刺激上精を出発材料に、セリンリン脂質特異的ホスホリパーゼA1活性を指標にして各種カラムを用いて酵素を精製した。分子量55kDaのタンパク質が活性を担うと考えられた。特異的阻害剤DFPでこのタンパク質が標識されたことよりこの考えは支持された。本精製標品をアミノ酸配列分析して得られる部分配列は既存のタンパク質の配列とは一致せず、本タンパク質が新規タンパク質であることが判明した。部分アミノ酸配列をもとにPCRプライマーを合成して、ラット巨核球cDNAライブラリーをテンプレートにPCRを行った。5’RACE反応も併用して、翻訳開始メチオニンを含むタンパク質全長をコードするcDNAを得た。予想されるアミノ酸配列は24残基のシグナル配列を含む456アミノ酸から成っていた。Sf-9細胞で作成したリコンビナントタンパク質はセリンリン脂質を加水分解する活性を有していた。さらに、ヒトにもラット酵素と82%の相同性を示す遺伝子の存在が明らかになり、本タンパク質が種を超えて普遍的に存在する可能性が示された。 本酵素の推定一次構造は既知のホスフォリパーゼとはまったくホモロジーがなく、むしろトリアシルグリセロール(TG)を分解するリパーゼ(リポプロテインリパーゼ、肝リパーゼ、膵臓リパーゼ)と約30%のホモロジーを示した。ホモロジーは活性部位があるNドメインに限局し、触媒部位を構成すると想定されるSer,Asp,Hisとその周辺は特によく保存されていた。これらの事実より、本酵素は構造上リパーゼに属することが明らかになった。しかし、基質認識に関わると予想される"ふた"領域はリパーゼとは異なっており、またC領域には当教室で従来より提唱しているセリンリン脂質結合モチーフが存在していた。これらのことより本酵素は構造的にはリパーゼに属しながらユニークな基質認識領域を有する、特異的ホスホリパーゼであることが解った。 2.性状解析 リコンビナントタンパク質について基質特異性を検討したところ、1,2ジアシルグリセロホスフォセリンに特異的に作用して、1位の脂肪酸鎖を切断した。また2アシルグリセロホスフォセリン(リゾホスファチジルセリン)にも作用して2位脂肪酸を切断した。TGに対する作用は全く示さず、グリセロホスフォセリン構造を認識してグリセロール2位に結合した脂肪酸をきる特異な酵素であることが判明した。 3.分布 ラット各種臓器のノーザンブロット分析によって本酵素をコードするmRNAは血小板できわめて高く発現しており、その他肺、心臓、精巣でも有意に発現していた。抗体を用いたウェスターンブロット分析では巨核球細胞、血小板にタンパク質が検出され赤血球、白血球、マクロファージには検出されなかった。腹膜炎モデルの腹腔滲出液にも本酵素タンパク質が検出され炎症の展開への関わりが想定された。 以上、本研究は血小板などの分泌する新規ホスフォリパーゼA1について構造を決定し、構造的、機能的特性解明への糸口を与えたもので薬学の進歩に寄与する所があり博士(薬学)に値すると判断された。 |