審査要旨 | | スーパーオキシドを不均化し,消去する酵素であるスーパーオキシドディスムターゼ(SOD)の発見以来,スーパーオキシドをはじめとする活性酸素種に関する研究が活発に行われ,活性酸素種が炎症・老化・虚血再灌流障害・発がんなど様々な疾病と関連していることが明らかにされてきている.SODはその機能から医薬品への応用が期待される酵素であるが,血中半減期が短い,抗体産生能を有するなどいくつかの欠点を有しており,これらの欠点のない低分子のSOD機能化合物の創製が求められていた.しかしながら現在までにSODと同様の不均化機構を示す化合物は当教室のFe-TPEN錯体以外は報告されていない. 田村はこのFe-TPEN錯体の類縁体を種々合成し,活性と構造の相関を検討するとともにSOD活性発現の要因を精査することにより,Fe-TPEN錯体を上回る高活性化合物の開発に成功した.以下に項目別にその内容を紹介する. 1.置換活性とSOD活性との相関 Fe-TPENはキレーターであるTPENの窒素原子がすべて配位した6配位構造であるが,カウンターアニオンが配位能を有する時,TPENの中の一つのピリジン環がカウンターアニオンと置換した構造に変化する置換活性錯体である.この置換活性とSOD活性発現との関連を明らかにすることを目的に種々の錯体を合成し,これらの置換活性とSOD活性の相関を検討した結果,SOD活性を有するためには錯体が置換活性であることが必要である事を明らかにした.さらに,この知見に基づき置換不活性錯体を化学修飾することにより,置換活性錯体に変換し,それらのSOD活性の有無を検討した結果,SOD不活性錯体をSOD活性錯体に変換することに成功した.また反応速度の検討から配位子の置換過程がSOD反応の律速段階ではないことも示した. 2.SOD活性化合物の安定性に関する検討 医薬品として用いる場合,酸素などに対する安定性が重要な問題となる.一般にFe(II)イオンは容易にFe(III)イオンに酸化されるが,中性のピリジンなどの芳香環が配位することによりFe(II)イオンから配位子へ電子の逆供与によりFe(II)錯体は安定化する.しかしながら安定すぎると逆にスーパーオキサイドなどのアニオンとの反応も起こらず置換不活性錯体となり,SOD活性はなくなる.すなわち酸素とは反応せず,スーパーオキシドと反応することが重要である.この点について詳細な検討を行い,立体的効果を考慮した酸素に安定でかつ置換活性を持つ錯体の必要十分な条件を明らかにし,SOD活性を持ち,かつ酸素酸化を受けない錯体の設計を可能にした. 3.酸化還元電位と活性との相関 SOD機能はスーパーオキシドと錯体の酸化と還元を含む反応であり,その活性の強弱は錯体の酸化還元電位に依存することが考えられる.構造の大きく異なる錯体も含めて20数種の化合物を新規に合成し検討した結果,酸化還元電位とSOD活性との間には相関があり,電位が低下するとSOD活性が上昇することが明らかになった.そして最も高活性なSOD活性錯体の開発に成功した. 錯体化合物の立体構造と薬理活性の相関を検討した例としては制がん剤として知られるシスプラチンなどの白金錯体で知られるだけであり,上記の知見は生物無機化学における注目すべき研究と位置づけられる.本研究は医薬品化学,無機錯体化学の分野に新領域を拓いたものと評価でき,博士(薬学)の学位に値するものと認定した. |