学位論文要旨



No 112891
著者(漢字) 田村,正和
著者(英字)
著者(カナ) タムラ,マサカズ
標題(和) SOD活性を有する新規鉄錯体の合成・評価・解析
標題(洋)
報告番号 112891
報告番号 甲12891
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第802号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 佐藤,能雅
 東京大学 教授 古賀,憲司
 東京大学 助教授 小田嶋,和徳
内容要旨

 スーパーオキシドディスムターゼ(SOD)の発見以来、スーパーオキシド()をはじめとする活性酸素種に関する研究が活発に行われ、活性酸素種が、炎症、老化、虚血再潅流障害、発癌など様々な疾病と関連していることが明らかにされてきている。SODは、その機能より医薬への応用が期待される酵素であるが、SODは蛋白質であるため細胞膜を通過できない、血中半減期が短い、抗体産生能を有するなどの欠点を有している。そこで、これらの欠点を克服できる低分子でSODと類似の機能(SOD活性)を有する金属錯体(SOD mimics)が注目され、多くの研究者によりSOD mimicsの開発が行われている。しかし、一部のCu錯体を除き、これらのSOD mimicsに関して構造活性相関に関する検討は行われていない。そこで筆者は、高活性発現の要因に関して知見を得ることを目的に、当教室で開発されたSOD mimicであるFeII・TPENの類縁体をはじめとする図1に示す様々な配位子を合成し、以下の検討を行った。

図1 配位子の構造1.置換活性と活性発現との関連に関する検討

 FeII・TPENは、TPENの窒素原子が全て配位した6配位構造であるが、カウンターアニオンが配位能を有するとき、1つのピリジン環とアニオンが置換した6配位構造に変化する置換活性錯体である。そこで、FeII・TPENの置換活性とSOD活性発現との関連を明らかにすることを目的に、FeII・(6MeTPEN)、FeII・PeTPEN、FeII・BPEN、FeII・TPTN、FeII・TPTCNを合成した。これらの錯体に関して置換活性を検討したところ、FeII・(6MeTPEN)、FeII・PeTPEN、FeII・BPENはFeII・TPENと同様置換活性であったのに対し、FeII・TPTN、FeII・TPTCNは置換不活性であった。次にSOD活性を、簡便で最も汎用されているシトクロームc法(cyt.c法)を用いて検討した(表1)。その結果、置換活性であったFeII・(6MeTPEN)、FeII・PeTPEN、FeII・BPENは、SOD活性の指標であるIC50値はFeII・TPENと同程度であり、活性を有していたが、一方置換不活性であったFeII・TPTN、FeII・TPTCNはIC50値が100M以上と、SOD活性を持たないことがわかった。このことより、活性発現には置換活性であることが重要であることが示唆された。この知見をより確かなものとすべく、FeII・TPTN、FeII・TPTCNを化学修飾し置換活性錯体、SOD活性を有する錯体に変換することを目的に、立体障害により錯体構造が歪むと考えられるピリジン環の6位にメチル基を導入したFeII・(6MeTPTN)、FeII・(6MeTPTCN)を合成した。これらの錯体の置換活性、SOD活性を検討した結果、FeII・(6MeTPTN)は置換活性であり、SOD活性はIC50値が2.0Mと活性を有していた。一方、FeII・(6MeTPTCN)に関しては、FeII・TPTCNと比較して配位子の置換は起こりやすくなったものの、高濃度のアニオンが必要であり、またSOD活性は非常に低いものであった。以上、FeII・TPTNを化学修飾することにより、置換活性錯体、SOD活性を有する錯体への変換に成功したことより、上記の知見が確認された。また、置換される配位子が異なると考えられるFeII・TPEN、FeII・(6MeTPEN)、FeII・PeTPEN、FeII・BPENの間には活性に差がなかったことより、配位子の置換過程は、FeII・TPENに関しては律速段階ではないと考えられる。

表1 FeII錯体のSOD活性
2.活性及び酸素に対する安定性に及ぼすメチル基の効果に関する検討

 FeII・(6MeTPEN)、FeII・(6MeTPTN)に関しては、置換される配位子としてピリジン環と6-メチルピリジン環が考えられる。そこで、いずれの配位子が置換されるかを検討するため、FeII・(N’6MeBPEN)、FeII・(NMeTPTN)を合成した。これらのSOD活性を検討した結果、Feに6-メチルピリジン環が配位しているFeII・(N’6MeBPEN)は、FeII・BPENと比較して活性が一桁低下し、メチル基が存在しないFeII・(NMeTPTN)は、FeII・(6MeTPTN)と同程度の活性であった(表2)。このことから、FeII・(6MeTPEN)、FeII・(6MeTPTN)の置換される配位子は6-メチルピリジン環であると考えられる。

 FeII・(N’6MeBPEN)の活性の低下の要因に関しては、配位している6-メチルピリジン環のメチル基の立体障害によるとも考えられるが、メチル基の立体的な影響がないFeII・(NMeTPTN)も、FeII・BPENと比較して活性は低下した。6-メチルピリジン環がFeに配位すると酸化還元電位が+側にシフトすることが知られており、またFeII・TPTNの酸化還元電位は、FeII・TPENと比較して高いという結果が得られている。

 を消去する反応は酸化還元を伴う反応であることより、活性に酸化還元電位が影響を及ぼすと考えられる。そこで、FeII・(N’6MeBPEN)、FeII・(NMeTPTN)の活性の低下が、FeII・BPENと比較して酸化還元電位が高いことによる可能性を検討するため、これらの酸化還元電位を測定した(表2)。その結果、SOD活性の低かったFeII・(N’6MeBPEN)、FeII・(NMeTPTN)は、FeII・BPENと比較して高い値を示した。この結果は、SOD活性と酸化還元電位との間に関連があることを示唆していると考えられる。また、FeII・(N’6MeBPEN)は、酸化還元電位が同程度であるFeII・(NMeTPTN)と比較しても活性が低いことより、活性にメチル基も少なからず影響を及ぼしていると考えられる。

表2 FeII錯体のSOD活性と酸化還元電位

 次に錯体の物性に及ぼすメチル基の効果を検討することを目的に、6-メチルピリジン環を有するFeII・(N’6MeBPEN)と6-メチルピリジン環のないFeII・(NMeTPTN)、FeII・BPENの酸素に対する安定性を検討した。その結果FeII・(NMeTPTN)、FeII・BPENは酸素に対して不安定で自動酸化されたのに対し、FeII・(N’6MeBPEN)は安定に存在した。このことより、Feに配位している6-メチルピリジン環のメチル基は、酸素による自動酸化を抑制する効果があることがわかった。メチル基の効果が錯体の酸素に対する安定性と比較して、SOD活性には大きな影響を与えなかったが、これははアニオン種であるためFeとの静電気相互作用によりFeに引きつけれるためであると考えられる。

3.酸化還元電位と活性との関連に関する検討

 SOD活性と酸化還元電位との相関について更なる知見を得ることを目的に、立体障害による影響はなく、電子的な効果が反映されやすいと考えられるFeII・TPENのピリジン環の位に置換基を導入したFeII・(4置換TPEN)を合成し、これらの錯体に関して検討を行った。錯体の酸化還元電位には、各置換基の電子的な効果が反映されており、電子供与性の強いメトキシ基を有するFeII・((4MeO)4TPEN)が最も低く、FeII・((4Me)4TPEN)、FeII・TPENの順であった(表3)。一方SOD活性に関しては、酸化還元電位の最も低いFeII・((4MeO)4TPEN)が最も高く、FeII・((4Me)4TPEN)、FeII・TPENの順であった(表3)。以上のことより、酸化還元電位とSOD活性との間に相関があり、酸化還元電位が低下するとSOD活性は上昇することがわかった。

表3 FeII・(4置換TPEN)の酸化還元電位とSOD活性
4.まとめ

 FeII・TPENの類縁体をはじめとする様々なFeII錯体を用い、in vitro(cyt.c法)でのSOD活性に及ぼす配位子の立体的及び電子的な効果について検討を行った。その結果、(1)SOD活性発現には置換活性錯体であることが重要である、(2)酸化還元電位とSOD活性との間に強い相関がある、即ち酸化還元電位が低くなると活性が上昇し、酸化還元電位が高くなると活性が低下する(図2)、(3)Feに配位している6-メチルピリジン環のメチル基は、立体的な影響よりは電子的な影響によりSOD活性を低下させるが、酸素に対しては立体的な影響により錯体を安定化させる、ことが明らかとなった。

図2 SOD活性と酸化還元電位との相関
審査要旨

 スーパーオキシドを不均化し,消去する酵素であるスーパーオキシドディスムターゼ(SOD)の発見以来,スーパーオキシドをはじめとする活性酸素種に関する研究が活発に行われ,活性酸素種が炎症・老化・虚血再灌流障害・発がんなど様々な疾病と関連していることが明らかにされてきている.SODはその機能から医薬品への応用が期待される酵素であるが,血中半減期が短い,抗体産生能を有するなどいくつかの欠点を有しており,これらの欠点のない低分子のSOD機能化合物の創製が求められていた.しかしながら現在までにSODと同様の不均化機構を示す化合物は当教室のFe-TPEN錯体以外は報告されていない.

 田村はこのFe-TPEN錯体の類縁体を種々合成し,活性と構造の相関を検討するとともにSOD活性発現の要因を精査することにより,Fe-TPEN錯体を上回る高活性化合物の開発に成功した.以下に項目別にその内容を紹介する.

1.置換活性とSOD活性との相関

 Fe-TPENはキレーターであるTPENの窒素原子がすべて配位した6配位構造であるが,カウンターアニオンが配位能を有する時,TPENの中の一つのピリジン環がカウンターアニオンと置換した構造に変化する置換活性錯体である.この置換活性とSOD活性発現との関連を明らかにすることを目的に種々の錯体を合成し,これらの置換活性とSOD活性の相関を検討した結果,SOD活性を有するためには錯体が置換活性であることが必要である事を明らかにした.さらに,この知見に基づき置換不活性錯体を化学修飾することにより,置換活性錯体に変換し,それらのSOD活性の有無を検討した結果,SOD不活性錯体をSOD活性錯体に変換することに成功した.また反応速度の検討から配位子の置換過程がSOD反応の律速段階ではないことも示した.

2.SOD活性化合物の安定性に関する検討

 医薬品として用いる場合,酸素などに対する安定性が重要な問題となる.一般にFe(II)イオンは容易にFe(III)イオンに酸化されるが,中性のピリジンなどの芳香環が配位することによりFe(II)イオンから配位子へ電子の逆供与によりFe(II)錯体は安定化する.しかしながら安定すぎると逆にスーパーオキサイドなどのアニオンとの反応も起こらず置換不活性錯体となり,SOD活性はなくなる.すなわち酸素とは反応せず,スーパーオキシドと反応することが重要である.この点について詳細な検討を行い,立体的効果を考慮した酸素に安定でかつ置換活性を持つ錯体の必要十分な条件を明らかにし,SOD活性を持ち,かつ酸素酸化を受けない錯体の設計を可能にした.

3.酸化還元電位と活性との相関

 SOD機能はスーパーオキシドと錯体の酸化と還元を含む反応であり,その活性の強弱は錯体の酸化還元電位に依存することが考えられる.構造の大きく異なる錯体も含めて20数種の化合物を新規に合成し検討した結果,酸化還元電位とSOD活性との間には相関があり,電位が低下するとSOD活性が上昇することが明らかになった.そして最も高活性なSOD活性錯体の開発に成功した.

 錯体化合物の立体構造と薬理活性の相関を検討した例としては制がん剤として知られるシスプラチンなどの白金錯体で知られるだけであり,上記の知見は生物無機化学における注目すべき研究と位置づけられる.本研究は医薬品化学,無機錯体化学の分野に新領域を拓いたものと評価でき,博士(薬学)の学位に値するものと認定した.

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