非相同的組換えは、相同性のないDNA間の組換えであり、欠失や転座などの染色体異常の原因となることが知られている。一方、この組換えは、DNAに二本鎖切断が生じた際、DNA末端同士をつなぐことによって修復するEnd-joiningの機構としても知られ、DNAの修復にも寄与している。本研究では出芽酵母をモデル生物として用い、非相同的組換えの際のEnd-joiningの機構について遺伝学的に解析し、End-joiningに関与する因子をいくつか同定し、End-joiningの機構について新しいモデルを提唱したものである。 End-joiningの機構を調べる第一歩として、まず、非相同的組換えに関与する因子を調べるアッセイ系を構築した。このアッセイ系によって、出芽酵母のプラスミド上で起こる非相同的組換えをネガティブ選択が可能なマーカー遺伝子を用いて定量的に検出できるようになった。検出された組換え体の解析から、非相同的組換えは1-5塩基対の短い相同配列間で起こることを確認した。 次に、非相同的組換えに関与する因子を明らかにするため、種々の変異株における非相同的組換え頻度を調べ、rad52,rad50,mre11,xrs2変異株では頻度が野生株に比べ1/10-1/30に低下していることを明らかにした。Rad52,Rad50,Mre11,Xrs2は相同的組換えに必須な働きをしている因子であるが、非相同的組換えにも関与していることが分かった。また哺乳動物でDNA二本鎖切断修復や免疫抗体産生の際のV(D)J組換えに働いているKu抗原のホモログであるHdf1が非相同的組換えに働いていることを明らかにした。 第二に、非相同的組換えの際に、これらの遺伝子産物が、DNA二本鎖切断を導入する過程に働くのか、あるいは切断後に働くのかという点を明らかにするために、DNA二本鎖切断が高頻度で生じると考えられる動原体を二つ持つプラスミドを作製した。このアッセイ系によって、Rad50,Mre11,Xrs2,Hdf1はDNA二本鎖切断が起きた後のEnd-joiningの過程に関与していることを示唆した。また、制限酵素で切断したプラスミドDNAを細胞に導入し、End-joiningによる再環状化の効率を調べた実験によりこれらの因子がEnd-joiningに関与することを確かめた。 第三に、End-joiningにおけるHdf1の役割について調べるために、Hdr1と相互作用する因子をTwo-hybrid法によって探索し、Sir4がHdf1と相互作用をすることを見いだした。また、この蛋白質がEnd-joiningに働くことを示した。Sir4はテロメア周辺の遺伝子発現のSilencingの制御に関与しており、細胞の老化やテロメアの維持にも関与することが知られている因子である。同じくSilencingの制御に関与している因子についてEnd joiningへの関与を調べ、Sir2、Sir3がSir4と同様にEnd-joiningに関与していることを示した。さらに、Sir4は線照射によって生じたDNA二本鎖切断の修復にも関与していることが分かった。 本研究によって、出芽酵母のEnd-joiningに関与する遺伝子が多数同定された。その中には、相同的組換えに関与することが知られていたRad50,Mre11,Xrs2、Ku抗原ホモログであるHdf1,サイレンシング遺伝子Sir2、Sir3、Sir4が含まれる。これらの蛋白質がDNA末端に結合してEnd-joining反応に働くという全く新しいモデルが提唱された。この研究の成果は、高等生物におけるDNA二本鎖切断修復や染色体異常の機構の解析の際にも重要な情報となるに違いない。 本研究は、DNAの修復や染色体異常の機構などの分子生物学の領域に大きな貢献をしたものであり、従って、博士(薬学)の学位に値することを認める。 |