学位論文要旨



No 112892
著者(漢字) 塚本,恭正
著者(英字)
著者(カナ) ツカモト,ヤスマサ
標題(和) 出芽酵母におけるEnd-jojningによる非相同的組換えの機構の解析
標題(洋)
報告番号 112892
報告番号 甲12892
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第803号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 池田,日出男
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 助教授 井上,純一郎
 東京大学 助教授 久保,健雄
内容要旨

 染色体DNAが受ける様々な損傷を修復するDNA修復機構は生命にとって遺伝情報を安定に維持するための重要な機構であり、DNA二本鎖切断のような大きな損傷に対しても生物は修復機構を備えている事が知られている。DNA二本鎖切断は通常相同的組換えによって忠実に修復されるが、相同的組換えが機能しない場合には非相同的組換えによる修復が酵母を用いた解析から分かっている。動物細胞にDNAを導入した場合、非相同的組換えによって染色体に組み込まれる頻度が高いことや、構造の異なるDNA末端を結合させる強い活性(DNA End-joining活性)を持っていることが知られており、一般に非相同的組換え頻度が高いと考えられている。非相同的組換えは染色体の欠失や転座などの染色体異常を引き起こす場合があり、遺伝子疾患や癌化の原因になっていると考えられているが、また一方では非相同的組換えの際のEnd-joining反応は二本鎖切断の修復において、特に高等動物では重要な役割を果たしていると考えられるようになってきた。本研究では真核生物における非相同的組換え機構を明らかにするために、遺伝学的解析が容易な出芽酵母における非相同的組換えやEnd-joiningによる修復機構について解析を行った。

1.非相同的組換えによる欠失変異の解析1)実験系

 非相同的組換えによる欠失変異を特異的に検出する実験系を出芽酵母を用いて作製した。この系では二つのネガティブ選択が可能な遺伝子、CAN1,CYH2を用いてYCpプラスミド(YCpL2)上のCAN1-CYH2領域で起こる欠失変異を定量的に検出することができる(Fig.1)。この実験系では欠失変異が8.5×10-8/cell/division cycleの割合で検出され、またその欠失変異はCAN1-CYH2領域の様々な部位で起きており、組換え部位の塩基配列の解析から1-5塩基対の短い相同性しか認められない非相同的組換えによって起こっていることを確認した。

Fig.1非相同的組換えによる欠失変異を検出する実験系
2)RAD遺伝子群の非相同的組換えへの関与

 欠失変異を引き起こす非相同的組換えに関与する因子を明らかにするため、DNA二本鎖切断修復や相同的組換えに必須なRAD52遺伝子群における非相同的組換え頻度を調べた。その結果rad52,rad50,mre11,xrs2変異株では頻度が野生株に比べ1/10-1/30に低下していることが明らかになった(Fig.2)。この結果はこの系で検出される非相同的組換えの大部分がRad52,Rad50,Mre11,Xrs2の機能に依存していることを示しており、相同的組換えに働く因子の中に非相同的組換えにも働く因子が存在することが分かった。

3)HDF1遺伝子の非相同的組換えへの関与

 この実験系を用いてさらにrad変異株以外の種々の変異株を用いて調べた。その結果出芽酵母のKu抗原ホモログをコードするHDF1遺伝子の変異株で欠失変異の形成頻度が下がることが分かった(Fig.2)。哺乳動物ではDNA二本鎖切断修復や免疫抗体産生の際のV(D)J組換えにXRCC6遺伝子産物であるKu抗原が関与することが知られているが、そのKu抗原のホモログであるHdf1が出芽酵母では非相同的組換えに働いていることが明らかになった。

Fig.2rad,hdf1変異の非相同的組換えによる欠失変異への影響
2.End-joiningによるDNA二本鎖切断修復の解析1)実験系

 Rad52,Rad50,Mre11,Xrs2,Hdf1が非相同的組換えへに関与することが明らかになったが、これらの因子が働く過程、つまりこれらの因子が欠失変異形成の際DNA二本鎖切断を導入する過程に働くのか、あるいは切断後に働くのかという点を明らかにするため、この実験系ではYdCp2プラスミド、DNA二本鎖切断が高頻度で生じると考えられている動原体を二つ持つプラスミドを用いる(Fig.3)。動原体を二つ持つプラスミドを細胞内に導入すると細胞分裂期に二つの動原体が娘、母細胞に互いに引っ張られるため、高頻度でDNA二本鎖切断が二つの動原体の間に引き起こされると考えられている。YCpL2プラスミドに動原体をもう一コピー挿入し、動原体を二つ持つプラスミド(YdCp2)を作製し、高頻度で二本鎖切断が起こる条件で非相同的組換えを調べられるように工夫した。

Fig.3動原体を二つ持つプラスミドを用いたEnd-joiningによるDNA二本鎖切断修復を検出する実験系
2)Rad52,Rad50,Mre11,Xrs2,Hdf1のEnd-joiningへの関与

 動原体を二つ持つYdCp2プラスミドを用いて調べたところ、野生株においては動原体を一つしか持たないプラスミドYCpL2を導入したときと比べ非相同的組換えが約16倍高い頻度で検出されることが分かった。またrad52,rad50,mre11,xrs2,hdf1変異の影響について調べたところrad50,mre11,xrs2,hdf1変異株ではこの組換え頻度が野生株の約1/50に低下したが、YCpL2プラスミドを用いた系での結果とは異なり、rad52変異株では野生株と組換え頻度について有意な違いは認められなかった(Table1)。これらの結果からRad52についてはDNAに二本鎖切断を導入する過程に働いている可能性と、YCpL2プラスミドの二量体形成の際の相同的組換えの過程に働いている可能性が考えられるが、今のところどちらかは分からない。またRad50,Mre11,Xrs2,Hdf1はDNA二本鎖切断が起きた後の修復過程つまりEnd-joiningの過程に関与していることを示唆している。Rad50,Mre11,Xrs2は複合体を形成し、また大腸菌のDNA exonucleaseと部分的な相同性を有するので、DNA末端をプロセスして再結合を促進している可能性が考えられる。またHdf1はDNA末端に結合する活性があることが知られているので、DNA末端に結合することでDNAの消化を防ぎ再結合を促進している可能性が考えられる。

Table1動原体を二つ持つYdCp2プラスミドにおける欠失変異の頻度
3.Hdf1と相互作用する因子の探索とEnd-joiningへの関与1)Two-hybrid systemを用いたHdf1と相互作用する因子の探索

 End-joiningにおけるHdf1の役割についてさらに解析を進めるため、Hdf1と相互作用する因子をTwo-hybrid systemを用いて探索した。スクリーニングの結果、Hdf1と相互作用することが予想される四種類の因子が単離され、これら四つの遺伝子について遺伝子破壊を行ない、上記の二つの実験系を用いてEnd-joiningへの関与について調べた。この四つの因子の中で、Sir4ついてEnd-joiningに関与することを示唆する結果が得られた。

2)SIR4遺伝子とその関連遺伝子のEnd-joiningへの関与

 Sir4はテロメア周辺や接合型変換の際のHM遺伝子座での遺伝子発現のsilencingの制御に関与しており、細胞の老化やテロメア形成にも関与することが知られている因子である。同じくsilencingの制御に関与している因子の中からSir1、Sir2、Sir3についてEnd-joiningへの関与を調べた。遺伝子破壊株を作製し、上記の二つの実験系を用いて解析したところ、Sir2、Sir3がSir4と同様にEnd-joiningに関与していることが示唆された。別の実験系を用いて、SIR遺伝子産物のEnd-joiningへの関与について調べた。この実験系は、制限酵素を用いて二本鎖切断したプラスミドDNA断片を細胞に導入して、DNA末端のEnd-joiningによる再環状化を検出する系である。sir変異株での、導入した線状DNAのEnd-joiningによる再環状化の効率は、プラスミドYCpL2やYdCp2を用いて得られた結果と同様に、sir2、sir3、sir4変異株では野生株の1/10以下にが下がったが、sir1変異によっては影響を受けなかった(Figure4)。またsir4 hdf1二重変異株でのEnd-joiningの効率が、sir4変異株とhdf1変異株と同程度しか下がらなかったことから、Sir4はHdf1と同じ経路で働いていると考えられた。

Efficiency of End-joining
まとめ1.出芽酵母における非相同的組換えを定量的に調べる実験系をYCpプラスミドを用いて作製した。2.相同的組換えに関与することが知られていたRad50,Mre11,Xrs2とKu抗原ホモログであるHdf1がプラスミド上に生じる非相同的組換えによる欠失変異の形成に関与することを示した。3.Rad50,Mre11,Xrs2,Hdf1はDNA二本鎖切断が起きた後の修復過程つまりEnd-joiningの過程に機能することが示唆された。4.Hdf1と相互作用する因子としてSir4を単離し、Sir4とその関連因子のSir2、Sir3がEnd-joiningに関与することを明らかにした。またSir4はHdf1と同じ経路で働くことが示唆された。ReferencesY.Tsukamoto,J.Kato,H.Ikeda(1996)Genetics142:383-391Y.Tsukamoto,J.Kato,H.Ikeda(1996)Nucleic Acids Res.24:2067-2072
審査要旨

 非相同的組換えは、相同性のないDNA間の組換えであり、欠失や転座などの染色体異常の原因となることが知られている。一方、この組換えは、DNAに二本鎖切断が生じた際、DNA末端同士をつなぐことによって修復するEnd-joiningの機構としても知られ、DNAの修復にも寄与している。本研究では出芽酵母をモデル生物として用い、非相同的組換えの際のEnd-joiningの機構について遺伝学的に解析し、End-joiningに関与する因子をいくつか同定し、End-joiningの機構について新しいモデルを提唱したものである。

 End-joiningの機構を調べる第一歩として、まず、非相同的組換えに関与する因子を調べるアッセイ系を構築した。このアッセイ系によって、出芽酵母のプラスミド上で起こる非相同的組換えをネガティブ選択が可能なマーカー遺伝子を用いて定量的に検出できるようになった。検出された組換え体の解析から、非相同的組換えは1-5塩基対の短い相同配列間で起こることを確認した。

 次に、非相同的組換えに関与する因子を明らかにするため、種々の変異株における非相同的組換え頻度を調べ、rad52,rad50,mre11,xrs2変異株では頻度が野生株に比べ1/10-1/30に低下していることを明らかにした。Rad52,Rad50,Mre11,Xrs2は相同的組換えに必須な働きをしている因子であるが、非相同的組換えにも関与していることが分かった。また哺乳動物でDNA二本鎖切断修復や免疫抗体産生の際のV(D)J組換えに働いているKu抗原のホモログであるHdf1が非相同的組換えに働いていることを明らかにした。

 第二に、非相同的組換えの際に、これらの遺伝子産物が、DNA二本鎖切断を導入する過程に働くのか、あるいは切断後に働くのかという点を明らかにするために、DNA二本鎖切断が高頻度で生じると考えられる動原体を二つ持つプラスミドを作製した。このアッセイ系によって、Rad50,Mre11,Xrs2,Hdf1はDNA二本鎖切断が起きた後のEnd-joiningの過程に関与していることを示唆した。また、制限酵素で切断したプラスミドDNAを細胞に導入し、End-joiningによる再環状化の効率を調べた実験によりこれらの因子がEnd-joiningに関与することを確かめた。

 第三に、End-joiningにおけるHdf1の役割について調べるために、Hdr1と相互作用する因子をTwo-hybrid法によって探索し、Sir4がHdf1と相互作用をすることを見いだした。また、この蛋白質がEnd-joiningに働くことを示した。Sir4はテロメア周辺の遺伝子発現のSilencingの制御に関与しており、細胞の老化やテロメアの維持にも関与することが知られている因子である。同じくSilencingの制御に関与している因子についてEnd joiningへの関与を調べ、Sir2、Sir3がSir4と同様にEnd-joiningに関与していることを示した。さらに、Sir4は線照射によって生じたDNA二本鎖切断の修復にも関与していることが分かった。

 本研究によって、出芽酵母のEnd-joiningに関与する遺伝子が多数同定された。その中には、相同的組換えに関与することが知られていたRad50,Mre11,Xrs2、Ku抗原ホモログであるHdf1,サイレンシング遺伝子Sir2、Sir3、Sir4が含まれる。これらの蛋白質がDNA末端に結合してEnd-joining反応に働くという全く新しいモデルが提唱された。この研究の成果は、高等生物におけるDNA二本鎖切断修復や染色体異常の機構の解析の際にも重要な情報となるに違いない。

 本研究は、DNAの修復や染色体異常の機構などの分子生物学の領域に大きな貢献をしたものであり、従って、博士(薬学)の学位に値することを認める。

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