コハク酸-ユビキノン酸化還元酵素(複合体II)はTCA回路を構成する中で唯一の膜結合性酵素であり、好気性生物のエネルギー代謝に重要な役割を果たしている。複合体IIはコハク酸から膜中のキノンヘ電子伝達を触媒し、生物種を問わず親水性のフラボプロテインサブユニット(Fp)、鉄イオウプロテインサブユニット(Ip)、疎水性の大、小サブユニットから構成されている。学位申請者はこれまでに大腸菌複合体IIについて、Fp、Ipからコハク酸脱水素酵素(SDH)の触媒部位が形成され、シトクロムb556成分が触媒部位の膜への結合とキノンへの電子伝達に必要であることを明らかにし、大腸菌複合体IIのシトクロムb556には疎水性大、小サブユニットに1分子のヘムbが含まれていることを示してきた。しかし、ヘムbの結合様式や機能的な複合体IIの膜へのアセンブリーにおける疎水性大、小サブユニットの役割は、真核生物のミトコンドリアの複合体IIも含め明確になっていなかった。本研究はこれらの問題に焦点を絞り大腸菌複合体IIのシトクロムb556を構成する疎水性大、小サブユニットについて解析を行ったものである。 第一に、疎水性大、小サブユニットとヘムbとの結合様式を明らかにするために各サブユニットの発現とシトクロムb含量の測定を行った結果、疎水性小サブユニットにヘムbが結合することが明らかになった。しかし、疎水性小サブユニットの発現によって得られたシトクロムbの性質は本来のシロクロムb556とは異なっていたことから、疎水性大サブユニットもヘムbに相互作用していることが明確になった。さらに、ヘムbの配位子と考えられるヒスチジン残基に変異を導入して膜のシトクロムb556の解析を行った結果、疎水性大サブユニットの84番目と小サブユニットの71番目のヒスチジン残基がヘムbとの配位に必要であることが示された。 第二に、複合体IIに含まれるヘムbの役割を明らかにするために、ヘム合成能欠損株(H500株 hemA-)で複合体IIの過剰発現を行った。ヘムを合成できない条件では触媒部位の指標となるSDH活性が細胞質に局在していたが、ヘム合成が可能な条件で培養を行うと野性株同様、膜画分にSDH活性と共にキノンへの電子伝達活性が観察された。この結果から、ヘムbは複合体IIが膜ヘアセンブリーする為に必要であることが明らかになった。 この疎水性大、小サブユニットはそのハイドロパシープロファイルから各々3つの膜貫通領域を持つことが予想できるが、膜内配向性についての情報は皆無であった。そこで第三に、膜内配向性を決定するために疎水性大、小サブユニットの親水性領域であることが予想される部位についてアルカリフォスファターゼと-ガラクトシダーゼの融合と酵素活性の解析を行った結果、疎水性大、小サブユニットはそれぞれがN末が細胞質に局在する3つの膜貫通領域を持つ膜タンパク質であることが明らかになった。 第四に触媒部位との結合やキノンへの電子伝達に必要な領域を明らかにするため、疎水性大、小サブユニットの膜貫通領域単位での欠失による複合体IIの電子伝達活性及び膜へのアセンブリーへの影響を観察した。疎水性大、小サブユニットの一方が存在していない場合、SDH活性は膜に結合しなかった。疎水性大サブユニットのN末から58アミノ酸残基(第一膜貫通領域を含む)までと疎水性小サブユニット、または疎水性大サブユニットと疎水性小サブユニットのN末から45アミノ酸残基(第一膜貫通領域を含む)が共存する時にSDH活性が膜に局在し、キノンへの電子伝達活性が見られた。さらに膜に得られた酵素複合体のキノンとの親和性が複合体IIと同じであったことから、疎水性大、小サブユニットの第一膜貫通領域が触媒部位との結合及びキノンヘの電子伝達を触媒するために必要であることが明らかになった。また、疎水性大サブユニットの第一、第二膜貫通領域と疎水性小サブユニットによって野性株と同等のSDH活性が膜画分に得られ、この領域が複合体IIが効率良く膜にアセンブリーするために必要であることが明らかになった。 以上、本研究では複合体IIの疎水性大、小サブユニットとヘムbとの結合様式とこれに関与するアミノ酸残基を同定し、さらにアセンブリーにおけるヘムbの機能を明らかにした。また、大、小サブユニットの膜内配向性を決定し、複合体IIの機能的な膜へのアセンブリーに必要な領域の特定を行い、これまでにない知見を得ている。これらの研究結果は膜タンパク質のアセンブリー機構や呼吸鎖電子伝達酵素における電子伝達機構を明らかにする上で極めて有益な成果であり、タンパク質の構造と機能相関の解明に大きく貢献するものと評価される。よって、博士(薬学)の学位に値すると判定した。 |