学位論文要旨



No 112894
著者(漢字) 中村,花野子
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,カヤコ
標題(和) 大腸菌複合体IIのアセンブリーと機能発現におけるシトクロムb556の役割
標題(洋)
報告番号 112894
報告番号 甲12894
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第805号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 北,潔
 東京大学 教授 名取,俊二
 東京大学 教授 桐野,豊
 東京大学 教授 安楽,泰宏
 東京大学 教授 野本,明男
内容要旨

 コハク酸-ユビキノン酸化還元酵素(複合体II)はTCA回路を構成する酵素群の中で唯一の膜結合性酵素である。生物種を問わず4つのサブユニットから構成され、5種類の補欠分子族が含まれている。比較的親水性が高くFADを共有結合しているフラボプロテインサブユニット(Fp)、3種の鉄イオウクラスターを含む鉄イオウプロテインサブユニット(Ip)により、コハク酸から親水性の人工的電子受容体への電子伝達を触媒するコハク酸脱水素酵素(SDH)の触媒部位が形成され、2つの疎水性サブユニットにはヘムbが存在して触媒部位の膜への結合と膜中の生理的電子受容体であるユビキノンへの電子伝達に必要であることが示唆されている。しかし、複合体IIのアセンブリーやキノンへの電子伝達における疎水性大小サブユニットそれぞれの役割、触媒部位の膜への結合やキノンへの電子伝達に寄与する機能領域は特定されていない。また、ヘムbと疎水性大小サブユニットとの結合様式やヘムbの機能も不明であった。

 大腸菌複合体IIの遺伝子はsdhオペロン(sdhCDAB)を形成し、sdhAにFp、sdhBにIpが、sdhC、Dにそれぞれ疎水性大小サブユニットがコードされている。大腸菌複合体IIはシトクロムb556を含むことが明らかになっているが、疎水性大小サブユニットとヘムbとの結合様式は明らかではない。修士課程においては複合体IIのアセンブリーや電子伝達における大小サブユニットの機能について解析を行う第一段階として、各サブユニットの遺伝子をコハク酸脱水素酵素欠損株であるMK3株に導入し、複合体IIのin vivo再構成実験系を確立した。その結果、疎水性サブユニットの内、一方のサブユニットのみでは触媒部位は膜に結合できず、両方の疎水性サブユニットが触媒部位との結合及びキノンへの電子伝達に必要であることが明らかになった。そこで、博士課程においては大腸菌複合体IIに存在するヘムbの役割や疎水性大小サブユニットとの結合様式、複合体IIの膜へのアセンブリーや機能発現におけるシトクロムb556の役割を明らかにすることを目的として解析を行った。

1)疎水性大小サブユニットとヘムbとの結合様式の解析

 sdhC(疎水性大サブユニット)及びsdhD(疎水性小サブユニット)をコードするプラスミドをMK3株に導入し、膜画分のシトクロムb含量、一酸化炭素結合能、77Kにおける酸化還元差スペクトルの測定を行った。その結果、sdhCの導入では膜画分にシトクロムb含量が上昇しなかったのに対し、sdhDの導入により膜にシトクロムbの含量の上昇が見られ、疎水性小サブユニットにヘムbが結合することが明らかになった。しかし、このシトクロムbは一酸化炭素が結合し、77Kでのピークの吸収が557.5nmに変化している点でシトクロムb556とは性質が異なっていた。この結果、疎水性大サブユニットもヘムbと相互作用していることが明確になった。また、HPLCによるシトクロムb分離とピーク画分の電気泳動解析により、sdhC、Dを導入した大腸菌で各サブユニットが確かに発現していることが示された。つまり、それぞれsdhC、Dがシトクロムb556大、小サブユニット(以下cybL、cybSと記述する)をコードし、ヘムbは両サブユニットに架橋した形で配位していることが明らかになった。さらに、イリノイ大学のGennis博士との共同研究でヒスチジンの部位特異的変異の導入と生化学的解析を行った結果、cybLの84番目とcybSの71番目のヒスチジンがヘムbの配位子であることが明らかになった。

2)複合体IIに含まれるヘムbの役割

 次にこのヘムbの機能を明らかにする目的で、ヘム合成能欠損株であるH500株(hemA-)にsdhCDABをコードするプラスミドを導入し、細胞質画分と膜画分について解析を行った。この株ではアミノレブリン酸(ALA)を添加しないとヘムbは合成されない。ALAを添加せずに培養した形質転換株では、SDH活性は膜には存在せず細胞質に局在し、キノンへの電子伝達活性(SQR活性)は検出されなかった。ALAを添加して培養をした場合にはSDH、SQR活性が膜に観察され、ヘムbは少なくとも複合体IIの膜へのアセンブリーの過程において重要な役割を果たしていることが明らかになった。

3)cybL、Sサブユニットの膜内配向性の決定

 cybL、Sサブユニットはそのハイドロパシープロファイルから、それぞれ3つの膜貫通領域を持つことが予測されているが、その膜内での配向性は実験的に証明されていない。このため、触媒部位と相互作用するために必要と考えられる領域の特定ができない。そこで、両サブユニットの膜内配向性を決定するために、アルカリフォスファターゼ(APase)及び-ガラクトシダーゼ(-Gal)融合法による解析を行った。本法は、APase融合時では融合部位がペリプラズム側に存在する時のみに高い酵素活性を示し、逆に-Gal融合時では融合部位が細胞質側に存在する時のみ高い酵素活性を示すことを利用して膜タンパク質の膜内配向性を決定する方法である。親水性領域であることが予想されるcybLのN末から15、58、99番目及びC末、cybSのN末から15、45、88番目及びC末部分とAPase及び-Galとの融合タンパク質をコードしたプラスミドを作成し、両酵素の欠損株であるCC118株に形質転換し、各々の酵素活性を測定した。APase融合では、cybLのN末から58番目、C末、cybSのN末から45番目、C末部位との融合時に高い酵素活性を示し、これらの部位がペリプラズム側に存在することが示された。また、-Gal融合ではcybLのN末から15、99番目、cybSのN末から15、88番目との融合時に高い酵素活性を示し、細胞質側にこれらの部位が存在していることが示され、cybL、Sの両サブユニットが共にN末が細胞質に局在する3つの膜貫通領域を持つことが明らかになった。

4)cybL、Sの膜貫通領域単位の欠失による複合体IIのアセンブリーと機能への影響

 次にアセンブリーやキノンへの電子伝達におけるcybL、Sの膜貫通領域の役割について明確にすることを目的とし、cybL、Sの膜貫通領域単位での欠失を行った。cybL、Sの部分欠失体をコードする遺伝子断片(sdhCnまたはsdhCDn)は、目的とする部位にstopコドンを導入したプライマーとsdh遺伝子のプロモーターの上流に対するプライマーを用いたPCR法により得、増幅された遺伝子断片をpACYC184に挿入してプラスミドを作成した。これらのプラスミドをsdh-、frd-のMK3株へ形質転換し、sdhCn+sdhDAB及びsdhCDn+sdhABの組み合わせによるin vivo再構成を行った。各々の膜画分と細胞質画分について触媒部位の指標となるコハク酸脱水素酵素活性(SDH活性)及び生理的電子受容体であるキノンへの電子伝達であるコハク酸ユビキノン還元酵素活性(SQR活性)の測定を行なうことで酵素のアセンブリーと局在を観察した。

cybLサブユニットの欠失

 複合体IIのcybLサブユニットが存在しない時、cybSが合成されていてもSDH活性は細胞質に局在するが、SQR活性は観察されない(sdhDAB)。cybLの第一膜貫通領域までがcybSと共存するとSDH活性が膜画分に観察され、キノンへの電子伝達も触媒されるようになり(sdhC58+sdhDAB)、第二膜貫通領域まで存在すると膜画分のSDH活性が顕著に増加した(sdhC99+sdhDAB)。また、膜に得られた酵素複合体について、キノンアナログであるDB(2,3-dimethoxy-5-methyl-6-decyl-1,4-benzoqu in one)に対するKm値を測定したところ、複合体IIと欠失変異複合体との間に顕著な差は観察されなかった。この結果から、cybLについては第一膜貫通領域が触媒部位の膜への結合とキノンへの電子伝達に必要であるが、効率の良い酵素複合体の膜への構築にはcybLの第二貫通領域までが必須であることが示された。

cybSサブユニットの欠失

 cybSサブユニットの欠失時もcybLの時と同様に、触媒部位は膜に結合せずに細胞質に局在している(sdhC+sdhAB)が、第一膜貫通領域が共存すると膜に野性株の約1/10のSDH、SQR活性が観察される(sdhCD45+sdhAB)。cybLの場合と異なり第二膜貫通領域まで延長しても膜画分のSDH活性の顕著な変化が見られず(sdhCD88+sdhAB)、cybS全部が存在して初めて高いSDH、SQR活性が膜画分に観察されるようになった(sdhCD+sdhAB)。また、DBに対するKmは複合体IIとほぼ同じであり、SDH活性を一定としたWestern blottingですべてFpの量が複合体IIと同じであったことから、cybSの第一膜貫通領域が触媒部位の膜への結合とキノンへの電子伝達に必要で、第二、第三膜貫通領域が複合体IIの効率的な膜へのアセンブリーに必要であることが示された。

 これまでの結果から、大腸菌複合体IIにおいて、ヘムbが膜へのアセンブリーに必要であること、ヘムbが2つの疎水性サブユニットのヒスチジンに架橋していることが、明らかになった。また、cybL、SはそれぞれN末が細胞質に存在する3つの膜貫通領域を持つ膜タンパク質であること、cybL、Sのそれぞれ第一膜貫通領域が触媒部位の結合とキノンへの電子伝達に必要であり、cybLの第二膜貫通領域まで及びcybSが複合体IIの効率良い膜へのアセンブリーに必要であることが明確になった。

審査要旨

 コハク酸-ユビキノン酸化還元酵素(複合体II)はTCA回路を構成する中で唯一の膜結合性酵素であり、好気性生物のエネルギー代謝に重要な役割を果たしている。複合体IIはコハク酸から膜中のキノンヘ電子伝達を触媒し、生物種を問わず親水性のフラボプロテインサブユニット(Fp)、鉄イオウプロテインサブユニット(Ip)、疎水性の大、小サブユニットから構成されている。学位申請者はこれまでに大腸菌複合体IIについて、Fp、Ipからコハク酸脱水素酵素(SDH)の触媒部位が形成され、シトクロムb556成分が触媒部位の膜への結合とキノンへの電子伝達に必要であることを明らかにし、大腸菌複合体IIのシトクロムb556には疎水性大、小サブユニットに1分子のヘムbが含まれていることを示してきた。しかし、ヘムbの結合様式や機能的な複合体IIの膜へのアセンブリーにおける疎水性大、小サブユニットの役割は、真核生物のミトコンドリアの複合体IIも含め明確になっていなかった。本研究はこれらの問題に焦点を絞り大腸菌複合体IIのシトクロムb556を構成する疎水性大、小サブユニットについて解析を行ったものである。

 第一に、疎水性大、小サブユニットとヘムbとの結合様式を明らかにするために各サブユニットの発現とシトクロムb含量の測定を行った結果、疎水性小サブユニットにヘムbが結合することが明らかになった。しかし、疎水性小サブユニットの発現によって得られたシトクロムbの性質は本来のシロクロムb556とは異なっていたことから、疎水性大サブユニットもヘムbに相互作用していることが明確になった。さらに、ヘムbの配位子と考えられるヒスチジン残基に変異を導入して膜のシトクロムb556の解析を行った結果、疎水性大サブユニットの84番目と小サブユニットの71番目のヒスチジン残基がヘムbとの配位に必要であることが示された。

 第二に、複合体IIに含まれるヘムbの役割を明らかにするために、ヘム合成能欠損株(H500株 hemA-)で複合体IIの過剰発現を行った。ヘムを合成できない条件では触媒部位の指標となるSDH活性が細胞質に局在していたが、ヘム合成が可能な条件で培養を行うと野性株同様、膜画分にSDH活性と共にキノンへの電子伝達活性が観察された。この結果から、ヘムbは複合体IIが膜ヘアセンブリーする為に必要であることが明らかになった。

 この疎水性大、小サブユニットはそのハイドロパシープロファイルから各々3つの膜貫通領域を持つことが予想できるが、膜内配向性についての情報は皆無であった。そこで第三に、膜内配向性を決定するために疎水性大、小サブユニットの親水性領域であることが予想される部位についてアルカリフォスファターゼと-ガラクトシダーゼの融合と酵素活性の解析を行った結果、疎水性大、小サブユニットはそれぞれがN末が細胞質に局在する3つの膜貫通領域を持つ膜タンパク質であることが明らかになった。

 第四に触媒部位との結合やキノンへの電子伝達に必要な領域を明らかにするため、疎水性大、小サブユニットの膜貫通領域単位での欠失による複合体IIの電子伝達活性及び膜へのアセンブリーへの影響を観察した。疎水性大、小サブユニットの一方が存在していない場合、SDH活性は膜に結合しなかった。疎水性大サブユニットのN末から58アミノ酸残基(第一膜貫通領域を含む)までと疎水性小サブユニット、または疎水性大サブユニットと疎水性小サブユニットのN末から45アミノ酸残基(第一膜貫通領域を含む)が共存する時にSDH活性が膜に局在し、キノンへの電子伝達活性が見られた。さらに膜に得られた酵素複合体のキノンとの親和性が複合体IIと同じであったことから、疎水性大、小サブユニットの第一膜貫通領域が触媒部位との結合及びキノンヘの電子伝達を触媒するために必要であることが明らかになった。また、疎水性大サブユニットの第一、第二膜貫通領域と疎水性小サブユニットによって野性株と同等のSDH活性が膜画分に得られ、この領域が複合体IIが効率良く膜にアセンブリーするために必要であることが明らかになった。

 以上、本研究では複合体IIの疎水性大、小サブユニットとヘムbとの結合様式とこれに関与するアミノ酸残基を同定し、さらにアセンブリーにおけるヘムbの機能を明らかにした。また、大、小サブユニットの膜内配向性を決定し、複合体IIの機能的な膜へのアセンブリーに必要な領域の特定を行い、これまでにない知見を得ている。これらの研究結果は膜タンパク質のアセンブリー機構や呼吸鎖電子伝達酵素における電子伝達機構を明らかにする上で極めて有益な成果であり、タンパク質の構造と機能相関の解明に大きく貢献するものと評価される。よって、博士(薬学)の学位に値すると判定した。

UTokyo Repositoryリンク