抗癌剤は標的癌細胞を死滅させる際、ただ受動的な死を誘導するのではなく、アポトーシスを引き起こすことがわかってきた。抗癌剤によるアポトーシスの分子機構解明は癌の有効な化学療法を確立する上で重要であるが、そのメカニズムはこれまでほとんど明らかでなかった。本研究は、抗癌剤によるアポトーシスにおいてICEファミリープロテアーゼがシグナル分子として働くことをはじめて明らかにし、さらにICEファミリープロテアーゼの新規な基質蛋白としてアクチンを同定したものである。 1 抗癌剤によるアポトーシスにおけるICE様プロテアーゼの関与 ヒト白血病U937細胞は、種々の抗癌剤によりアポトーシスが誘導される。まず著者は、U937細胞のアポトーシスにおけるICEの役割を調べるため、ICEに選択的な阻害剤Z-Asp-CH2-DCB(以下Z-Asp)を合成し、抗癌剤によるアポトーシス誘導に対するその作用を検討した。その結果Z-Aspは、抗癌剤VP-16処理後の細胞膜のくびれ、DNAの断片化、それに伴う細胞生存率の低下といったアポトーシスの諸過程を完全に抑制することが明らかになった。他のICE阻害剤Z-VADでも同様な効果が得られた。またZ-AspはVP-16以外にもCamptothecin、Ara-C、Adriamycinなどの抗癌剤や、TNF、Fasによるアポトーシスも全て阻害した。これらより、Z-Aspに阻害されるICE様のプロテアーゼは、アポトーシス誘導刺激の種類によらずアポトーシスの実行に関与することが示唆された。 さらに著者は、抗癌剤処理した癌細胞内でのICE活性の変化を検討し、VP-16処理したU937細胞質画分中において、ICEの特異的基質IL-1 precursor切断活性が顕著に活性化していることを見いだした。またU937細胞をVP-16で処理した後、アポトーシスの誘導に伴ってICEファミリープロテアーゼの蛍光基質DEVD-MCAの切断活性が顕著に上昇することを明らかにした。以上より、抗癌剤刺激によりICE様のプロテアーゼが癌細胞内で実際に活性化し、これがアポトーシス誘導に重要であることが示された。 2 ICE様プロテアーゼの基質としてのアクチンの同定 ICE様プロテアーゼが抗癌剤によるアポトーシスに関与することから、プロテアーゼによる基質蛋白の選択的分解が細胞死誘導に重要と考えられた。ICEファミリープロテアーゼの基質としてはDNA repairなどに関与するPARPが既に報告されていたが、PARP欠損マウスでは発生過程におけるアポトーシスが正常に起きていると考えられることから、アポトーシス誘導において他に重要な基質が存在することが示唆されていた。そこで著者はICE様プロテアーゼの新たな基質蛋白質の同定を試み、アクチンがin vitroにおいてICE様プロデアーゼによって切断されることを明らかにした。さらにアクチンの15kDa切断フラグメントに対するポリクローナル抗体を作製し、アポトーシス誘導時に細胞内で実際にアクチンが分解されていることを示した。以上の結果から、アクチンは、アポトーシス誘導時において活性化したICE様プロテアーゼの基質となることが示された。 3 アクチン分解プロテアーゼの同定 Ich-1、CPP32、Mch2などICE/ced-3とホモロジーをもつ複数のプロテアーゼが同定されているが、これらはそれぞれに異なった基質選択性を持つと考えられる。VP-16処理したU937細胞で活性化したアクチン分解プロテアーゼはICEに選択的なZ-VADよりもCPP32に選択的なZ-EVDによって強く阻害された。さらに特異的抗体を用いた免疫吸収実験の結果、アクチン分解活性の大部分は抗CPP32抗体で吸収された。また実際、in vitroにおいてリコンビナントCPP32は濃度依存的にアクチンを分解した。以上から、アポトーシス誘導時におけるアクチンの切断は主にCPP32によることが明らかになった。 本研究において著者は、種々の抗癌剤およびTNF・Fasによるアポトーシスの実行過程にICEファミリープロテアーゼが重要な機能を担っていることをはじめて明らかにした。また、ICEファミリープロテアーゼの新たな基質として細胞骨格蛋白アクチンを同定した。さらには、アポトーシスの過程でアクチンを分解するプロテアーゼは主にCPP32であることを示した。本研究の成果は抗癌剤の作用機序およびアポトーシス誘導におけるプロテアーゼの働きを解明する上で重要な知見を与えるものと考えられ、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと判断した。 |