学位論文要旨



No 112895
著者(漢字) 馬島,哲夫
著者(英字)
著者(カナ) マシマ,テツオ
標題(和) 抗癌剤によるアポトーシスにおけるICEファミリープロテアーゼの関与
標題(洋)
報告番号 112895
報告番号 甲12895
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第806号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鶴尾,隆
 東京大学 教授 井上,圭三
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 桐野,豊
 東京大学 助教授 内藤,幹彦
内容要旨

 抗癌剤刺激により癌細胞はただ受動的に死滅するのではなく、自発的な細胞死(アポトーシス)を起こして死ぬことがわかってきた。しかしその誘導機序は明らかではなかった。一方、近年線虫におけるアポトーシス誘導因子としてced-3遺伝子が同定され、CED-3は動物細胞のIL-1 Converting Enzyme(ICE)と構造的に類似性をもつことが明らかにされた。しかし動物細胞の細胞死、特に抗癌剤・TNF・Fasなどによる癌細胞のアポトーシスにおいてICEが関与するかについては全く未知であった。私は本研究において、抗癌剤による癌細胞のアポトーシスにおいてICEが関与するかを検討した。

 ヒト白血病U937細胞は、種々の抗癌剤によりアポトーシスが誘導される。まずU937細胞のアポトーシスにおけるICEの役割を調べるため、ICEに選択的な阻害剤であるZ-Asp-CH2-DCBを合成した。蛍光基質ペプチドを用いて測定したところ、Z-Asp-CH2-DCBは、U937細胞内に存在するICE基質YVAD-MCA切断活性を非常に強く阻害したが、U937細胞内の他のプロテアーゼ活性を阻害しなかった。このことからU937細胞内にはICE様のプロテアーゼが存在し、このプロテアーゼに対してZ-Asp-CH2-DCBは選択的阻害作用をもつことが明らかになった。そこで次に、抗癌剤によるアポトーシス誘導に対するZ-Asp-CH2-DCBの作用を検討した。U937細胞を抗癌剤VP-16で処理すると、3時間後から細胞膜のくびれ、DNAのヌクレオソーム単位での断片化が生じ、アポトーシスが誘導される。Z-Asp-CH2-DCB共存下においてはVP-16処理後のこれらの変化が完全に抑制された(図1)。他のICE阻害剤であるZ-VAD-CH2-DCBでも同様にアポトーシス誘導を阻害した。これらの結果からVP-16によるU937細胞のアポトーシスにはICEまたはICE様のプロテアーゼが関与することが示唆された。さらに、抗癌剤処理後のICE活性の変化を調べたところ、ICEの基質であるIL-1 precursorを28kDaの分解中間体に切断する活性がVP-16処理した細胞質画分中で顕著に活性化することがわかった(図2)。しかし、IL-1 precursorをmature IL-1に変換する活性は活性化しておらず、またICE蛍光基質YVAD-MCAの切断活性もほとんど変化しなかったことから、活性化したプロテアーゼはICE自体ではないと考えられた。一方、ポリ(ADP-リボース)ポリメラーゼ(PARP)を切断するICEファミリープロテアーゼの基質DEVD-MCAの切断活性を調べたところ、U937細胞をVP-16で処理した後、アポトーシスの誘導に伴ってDEVD-MCAの切断活性が顕著に上昇することが明らかになった。VP-16はDNAトポイソメラーゼII(トポII)の阻害剤であり、VP-16で処理すると、処理後1時間以内にDNA-トポIIのCleavable Complexが顕著に誘導される。これがDNAの二本鎖切断を引き起こし、細胞にダメージを与える。Z-Asp-CH2-DCBはこのDNA-トポIIのCleavable Complex形成を阻害しなかった。またDNA-トポIIのCleavable Complexが誘導された後であるVP-16処理後1時間または2時間後にZ-Asp-CH2-DCBを加えてもアポトーシス誘導は抑制された。これらのことからZ-Asp-CH2-DCBはDNAダメージが誘導された後の過程を阻害しているものと考えられた。さらに実際U937細胞は様々な刺激によりアポトーシスを起こすが、Z-Asp-CH2-DCBはVP-16以外にもCamptothecin、Ara-C、Adriamycin、Staurosporineなどの薬剤や、TNF、抗Fas抗体によるアポトーシスも強く阻害した。これらのことから、Z-Asp-CH2-DCBに阻害されるICE様のプロテアーゼは、抗癌剤によるDNAダメージやTNF/Fasによるリセプター刺激の下流に存在するアポートシスの共通過程に関与するものと考えられた。

図1 Z-Asp-CH2-DCBによるVP-16誘導アポトーシスの抑制図2 VP-16処理U937細胞におけるIL-1 precursor切断活性の活性化

 ICE様プロテアーゼが抗癌剤によるアポトーシスに重要であることから、プロテアーゼによる基質蛋白の選択的分解が細胞死の実行過程において重要な役割を果たしていると考えられる。ICEファミリープロテアーゼの基質としてはDNA repairなどに関与するPARPが報告されていたが、PARP欠損マウスにおいて発生過程におけるアポトーシスがほぼ正常に起きていると考えられることから、アポトーシス誘導において他に重要な基質が存在することが示唆された。そこで次に、ICE様プロテアーゼによって切断されうる蛋白質のスクリーニングを行なった。先に示したようにVP-16処理したU937細胞内において活性化したICE様プロテアーゼが存在する。そこでVP-16処理したU937細胞の細胞質画分蛋白をIn vitroにおいてICEアッセイ・バッファー中でインキュベートし、内在性の蛋白質の分解を調べた。その結果、インキュベーションによって45kDaのタンパクが選択的に分解され、15kDaのペプチド断片が生じることが明らかになった。このタンパク分解はICE阻害剤であるZ-Asp-CH2-DCBおよびYVAD-CHOによって阻害され、また、薬剤未処理のU937細胞質蛋白をインキュベートしても見られなかった。このことから、VP-16処理によってU937細胞中で活性化したICE様プロテアーゼがIn vitroで、45kDaの蛋白を15kDaのフラグメントに切断する活性を持つと考えられた。ペプチド・シークエンスの結果、15kDaフラグメントのN末アミノ酸配列は細胞骨格系蛋白アクチンのシークエンスに一致した(図3)。すなわちアクチンの244番目アスパラギン酸のC末端側がICE様プロテアーゼによって切断されていることがわかった。実際、精製アクチンはVP-16処理したU937細胞質画分中のプロテアーゼによって切断され、15kDaのペプチド断片が現われた。アクチン切断活性はVP-16以外にもCamptothecin、Ara-C、Adriamycin、Mitomycin Cなどの抗癌剤処理によっても同様に誘導された。さらにアポトーシス誘導時に細胞内で実際にアクチンが分解されているかどうかを調べるため、アクチンの15kDa切断フラグメントに対するポリクローナル抗体を作製し、イムノブロットを行なったところ、VP-16処理したU937細胞中にアクチンの15kDa分解断片が検出された。以上の結果から、アクチンは、アポトーシス誘導時において活性化したICE様プロテアーゼの基質となることが明らかになった。

 ICE/ced-3とホモロジーをもつプロテアーゼとしてはIch-1,CPP32/YAMA/apopain,Mch2をはじめとして複数同定され、それぞれに異なった基質選択性をもつと考えられている。そこで次にアクチンを切断するプロテアーゼの同定を試みた。まずVP-16処理したU937細胞で活性化したアクチン分解プロテアーゼをICEと比較したところ、U937細胞で活性化したプロテアーゼは、リコンビナントICEとは基質選択性が異なることから、ICE自体ではないことが明らかになった。一方、アクチン切断活性はICE(-like)プロテアーゼに選択的なZ-VAD-CH2-DCBよりもCPP32(-like)プロテアーゼに選択的なZ-EVD-CH2-DCBによって強く阻害された。さらに特異的抗体を用いた免疫吸収実験から、VP-16処理したU937細胞質画分中のアクチン分解活性の大部分は、抗CPP32抗体によって吸収されることが明らかになった。さらに実際、リコンビナントCPP32によるアクチンの切断を検討したところ、CPP32は濃度依存的にアクチンを分解することがわかった(図4)。以上から、アポトーシス誘導時におけるアクチンの切断は主にCPP32によることが明らかになった。

図3 15kDaペプチドのシークエンス図4 CPP-32によるアクチンの切断

 本研究において、抗癌剤によるアポトーシスの実行過程にICEファミリープロテアーゼが重要な機能を担っていることを明らかにした。また、ICEファミリープロテアーゼの新たな基質として細胞骨格蛋白アクチンを同定した。さらに、アポトーシスの過程でアクチンを分解するプロテアーゼは主にCPP32(caspase-3)であることを示した。アクチンのプロテアーゼによる分解がアポトーシス誘導における意義は今のところ不明だが、アクチンは細胞の形態を支持する蛋白であることから、アポトーシスにおける形態変化に関与する可能性がある。他方、ICEファミリープロテアーゼの基質蛋白としては、プロテアーゼのpseudoな基質として働くことによってアポトーシス誘導抑制に働くものも知られていることから、アクチンはその重合状態によっては細胞死抑制に働くことも考えられる。アポトーシス誘導および抑制におけるアクチンの役割については今後の課題である。

審査要旨

 抗癌剤は標的癌細胞を死滅させる際、ただ受動的な死を誘導するのではなく、アポトーシスを引き起こすことがわかってきた。抗癌剤によるアポトーシスの分子機構解明は癌の有効な化学療法を確立する上で重要であるが、そのメカニズムはこれまでほとんど明らかでなかった。本研究は、抗癌剤によるアポトーシスにおいてICEファミリープロテアーゼがシグナル分子として働くことをはじめて明らかにし、さらにICEファミリープロテアーゼの新規な基質蛋白としてアクチンを同定したものである。

 1 抗癌剤によるアポトーシスにおけるICE様プロテアーゼの関与

 ヒト白血病U937細胞は、種々の抗癌剤によりアポトーシスが誘導される。まず著者は、U937細胞のアポトーシスにおけるICEの役割を調べるため、ICEに選択的な阻害剤Z-Asp-CH2-DCB(以下Z-Asp)を合成し、抗癌剤によるアポトーシス誘導に対するその作用を検討した。その結果Z-Aspは、抗癌剤VP-16処理後の細胞膜のくびれ、DNAの断片化、それに伴う細胞生存率の低下といったアポトーシスの諸過程を完全に抑制することが明らかになった。他のICE阻害剤Z-VADでも同様な効果が得られた。またZ-AspはVP-16以外にもCamptothecin、Ara-C、Adriamycinなどの抗癌剤や、TNF、Fasによるアポトーシスも全て阻害した。これらより、Z-Aspに阻害されるICE様のプロテアーゼは、アポトーシス誘導刺激の種類によらずアポトーシスの実行に関与することが示唆された。

 さらに著者は、抗癌剤処理した癌細胞内でのICE活性の変化を検討し、VP-16処理したU937細胞質画分中において、ICEの特異的基質IL-1 precursor切断活性が顕著に活性化していることを見いだした。またU937細胞をVP-16で処理した後、アポトーシスの誘導に伴ってICEファミリープロテアーゼの蛍光基質DEVD-MCAの切断活性が顕著に上昇することを明らかにした。以上より、抗癌剤刺激によりICE様のプロテアーゼが癌細胞内で実際に活性化し、これがアポトーシス誘導に重要であることが示された。

 2 ICE様プロテアーゼの基質としてのアクチンの同定

 ICE様プロテアーゼが抗癌剤によるアポトーシスに関与することから、プロテアーゼによる基質蛋白の選択的分解が細胞死誘導に重要と考えられた。ICEファミリープロテアーゼの基質としてはDNA repairなどに関与するPARPが既に報告されていたが、PARP欠損マウスでは発生過程におけるアポトーシスが正常に起きていると考えられることから、アポトーシス誘導において他に重要な基質が存在することが示唆されていた。そこで著者はICE様プロテアーゼの新たな基質蛋白質の同定を試み、アクチンがin vitroにおいてICE様プロデアーゼによって切断されることを明らかにした。さらにアクチンの15kDa切断フラグメントに対するポリクローナル抗体を作製し、アポトーシス誘導時に細胞内で実際にアクチンが分解されていることを示した。以上の結果から、アクチンは、アポトーシス誘導時において活性化したICE様プロテアーゼの基質となることが示された。

 3 アクチン分解プロテアーゼの同定

 Ich-1、CPP32、Mch2などICE/ced-3とホモロジーをもつ複数のプロテアーゼが同定されているが、これらはそれぞれに異なった基質選択性を持つと考えられる。VP-16処理したU937細胞で活性化したアクチン分解プロテアーゼはICEに選択的なZ-VADよりもCPP32に選択的なZ-EVDによって強く阻害された。さらに特異的抗体を用いた免疫吸収実験の結果、アクチン分解活性の大部分は抗CPP32抗体で吸収された。また実際、in vitroにおいてリコンビナントCPP32は濃度依存的にアクチンを分解した。以上から、アポトーシス誘導時におけるアクチンの切断は主にCPP32によることが明らかになった。

 本研究において著者は、種々の抗癌剤およびTNF・Fasによるアポトーシスの実行過程にICEファミリープロテアーゼが重要な機能を担っていることをはじめて明らかにした。また、ICEファミリープロテアーゼの新たな基質として細胞骨格蛋白アクチンを同定した。さらには、アポトーシスの過程でアクチンを分解するプロテアーゼは主にCPP32であることを示した。本研究の成果は抗癌剤の作用機序およびアポトーシス誘導におけるプロテアーゼの働きを解明する上で重要な知見を与えるものと考えられ、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと判断した。

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