学位論文要旨



No 112898
著者(漢字) 山田,治美
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,ハルミ
標題(和) 炎症性腸疾患治療薬E3040の尿酸排泄促進機構および動態学的解析
標題(洋)
報告番号 112898
報告番号 甲12898
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第809号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊賀,立二
 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 助教授 久保,健雄
 東京大学 助教授 漆谷,徹郎
 東京大学 助教授 小瀧,一
内容要旨 [序論]

 臨床治験薬である炎症性腸疾患治療薬E3040は、炎症部位で直接その効果を示す。一方、経口投与されたE3040は、その約30-50%が小腸上部から吸収されて肝臓において抱合代謝を受け、一部は胆汁排泄され、他は腎臓から尿中に排泄されることが実験動物において分かっている。臨床第I相試験において、E3040は健常人の血漿中尿酸値をプラセボ群において低下させ、投与を中止すると低下した血漿尿酸値は速やかにもとの値まで回復した。また、尿中への尿酸排泄量はE3040投与群でプラセボ群に較べて高かった。さらに、E3040は、in vitro実験において尿酸生成酵素であるキサンチンオキシダーゼの抑制作用を有しないことが分っている。従って、ヒトにおける血漿中尿酸値の低下はE3040による尿酸排泄促進作用によるものと考えられた。

 そこで、本研究では、E3040の尿酸排泄促進作用機構を解析すること、および予想されるE3040と他薬物との相互作用に関する基礎的知見を得る事を目的として研究を行った。

[結果および考察]1.ラットおよびマウスにおけるE3040の尿酸排泄促進作用の動態学的解析(1)高尿酸モデルラットにおける尿酸排泄促進作用

 ウリカーゼ抑制剤であるoxonate投与により血漿中尿酸レベルを高めた高尿酸モデルラットを用いて、定型クリアランス法によりE3040および抱合体の尿酸排泄促進作用を検討した。Fig.1にE3040および各抱合体投与後の、腎尿細管における尿酸排泄能を表す尿酸クリアランスをイヌリンクリアランスで除した値のfractional excretion of urate(FEurate)を示す。E3040 50mg/kg静注後15〜90分の間で、controlに較べて有意に高い値を示した。一方、E3040sulfate(E3040-Sul)と、E3040glucuronide(E3040-Glu)は100mg/kgの投与量において、いずれも一過性のFEurate上昇が見られたものの有意差は見られなかった。このことより、E3040が腎尿細管において尿酸排泄促進作用を有することがラットで示された。次に、E3040、E3040-Sulの静中時の血漿中動態を検討した結果、E3040 50mg/kg投与時のE3040-Sulの最高血漿中濃度は、E3040-Sul 20mg/kg投与後の血漿中濃度よりも低い値を示し、E3040静注後の腎臓中に、代謝物のE3040-SulがE3040よりも高濃度に見いだされた。しかし、E3040-Sul静注により、一過性のFEurateの増大傾向が見られたが、この投与量での腎臓中のE3040-Sul濃度はE3040投与後に見いだされるよりも約4倍の高い濃度を示した。これらの結果より、E3040投与後に観察された尿酸排泄促進作用は主にE3040の作用であると考えられた。

Fig.1 Time course of fractional excretion of urate (CLurate/CLinulin).Each point represents means±S.E.(n=4-6);**,p<0.01vs.control*,p<0.05vs.control
(2)DBA/2Nマウスを用いたE3040の尿酸排泄促進作用機構の解析

 本研究では、DBA/2Nマウスを用いてE3040の尿酸排泄促進の機構を解析した。解析は、DBA/2NマウスにE3040、各抱合体、尿酸排泄薬投与後6時間にわたる尿中への尿酸排泄量を調べることにより検討した。Probenecidは尿細管において尿酸の再吸収と分泌の両方を抑制することにより逆説反応を示し、一方、再吸収のみを抑制するbenzbromaroneでは逆説反応を示さなかった。E3040投与後の、尿酸排泄速度は投与量依存的に上昇し、逆説反応は観察されなかった。このことから、E3040は尿細管での尿酸の再吸収を抑制するが、分泌抑制作用は有しないことが示された。また、各抱合体は、200mg/kgの投与量においても有意な尿酸排泄の上昇は観察されなかった。この結果は上記のFEurateの結果と一致した。次に、E3040が分泌前、分泌後のいずれの再吸収を抑制するのかを検討するために、pyrazinoic acid抑制試験を行った。pyrazinoic acidを前投与し、E3040投与による尿酸排泄量の回復を検討した結果、E3040は約30%程度にまで尿酸排泄を回復させた。これらの結果より、E3040は、分泌前の再吸収を抑制することにより尿酸排泄促進作用を示すことが明らかになった。

2.in vitro、ラット腎刷子縁膜を用いた腎尿酸輪送に対するE3040の作用

 尿酸は、腎刷子縁膜側に存在する有機アニオン輸送系により輸送されることが知られている。本研究では腎刷子縁膜小胞への〔14C〕尿酸取込みに対するE3040および各抱合体の阻害作用を検討した。腎刷子縁膜小胞は、Ca2+沈澱法により調製し、迅速濾過法で取込み速度を測定した。Fig.2に、E3040および各抱合体の〔14C〕尿酸取込みに対する阻害曲線を示し、Tableに、尿酸排泄薬とE3040、各抱合体の〔14C〕尿酸取込みに対するIC50を示す。各薬物ともに濃度依存性を示し、その阻害効果の強さはAA193>benzbromarone>E3040>probenecid>E3040-Sul>E3040-Gluの順であり、これは、ラットおよびDBA/2Nマウスで得られたin vivoの結果を支持するものであった。

Fig.2 Concentration dependence of the inhibltion of uric acid uptake by E3040 and Its conjugates in brush border membrane vesicies(with OH- gradient).Each point represents means±S.E.(n=3-4)Table IC50 of E3040,Its conjugates,and uricosuric agents on uric acid uptake in brush border membrane vesicles(with OH- gradient).
3.他薬物に対するE3040の相互作用(1)in vivo他薬物のラット体内動態に対するE3040の作用

 抗ウイルス薬であるacyclovir(ACV)および葉酸代謝拮抗剤のmethotrexate(MTX)は、アニオン輸送系で輸送されることが示唆されており、また、腎排泄も分泌の寄与が大きいことが知られている。そこで、E3040とACVおよびMTXの相互作用をin vivo実験により検討した。E3040 50mg/kgi.v.投与後1分にACV(25mg/kg)、MTX(10mg/kg)静脈内投与した後の血漿中ACV、MTX濃度は、E3040非投与群に較べて高い値を示し、AUCはそれぞれ約2.3倍と1.6倍に増大した。また、腎クリアランスは両薬物共に、E3040非併用群に較べて有意に低下した(Fig.3,4)。このことから、E3040は、腎排泄の寄与が高いアニオン系薬物に対して動態学的相互作用を示す可能性が示唆された。

Fig.3 Plasma concentration-time profiles of acyciovir(ACV)with(●)or without(○)50mg/kg l.v.administration of E3040 after l.v.administration of ACV (25mg/kg)**,p<0.01;*,p<0.05(mean±S.D.;n=3)Fig.4 Renal clearance(0-120min)of acyclovir(ACV)after l.v.administration of ACV(25mg/kg)with E3040(50mg/kg).**,p<0.01(mean±S.D.;n=3)
(2)invitroラット刷子縁膜、側底膜小胞を用いた他薬物へのE3040の作用

 in vivoにおいて、アニオン系薬物とE3040との腎排泄における相互作用が示されたことから、本項では、E3040の尿細管におけるアニオン輸送系に対する作用を検討した。有機アニオン系薬物として、[3H]p-aminohippuric acid(PAH)を用い、腎刷子縁膜小胞取込みに対するE3040の作用を検討した。他の取込み阻害剤としてprobenecidとDIDSを用いた。[3H]PAHの腎刷子縁膜小胞への取込みに対し、E3040は、DIDSとほぼ同程度の阻害作用を有することが示された。次にカチオン輸送系に対するE3040の作用を検討した。カチオン系薬物として、〔14C〕tetraethylammonium(TEA)を用い、腎刷子縁膜小胞への取込み阻害作用を測定した。対照薬物として、HgCl2、カチオン系薬物のcimetidineを用いた。cimetidineおよびHgCl2は、腎刷子縁膜小胞へのTEA取込みの阻害作用を示したが、E3040では、100Mの濃度でもTEAの腎刷子縁膜小胞への取込み阻害作用を示さなかった。このことから、E3040は、カチオン系薬物の腎刷子縁膜小胞への取込み阻害作用を有しないことが示唆された。次に、刷子縁膜と同様に側底膜側にも発現しているアニオン、カチオン輸送系に対するE3040の効果を検討した。側底膜は、percoll密度勾配法により調整した。側底膜小胞への〔3H〕PAH取込みは、E3040により阻害されず、E3040-Sulは、DIDSに較べて弱い阻害作用を示した。一方、カチオン系薬物の〔14C〕TEAの取り込みに対して、E3040とE3040-Sulのいずれも阻害作用を示さなかった。

 以上のことから、E3040は、腎刷子縁膜側でのアニオン系薬物輸送阻害効果を有するが、側底膜側でのアニオン系薬物輸送阻害は、E3040-Sulのみが弱い阻害効果を示すことが示唆された。反対に、E3040およびE3040-Sulは、カチオン系薬物の輸送には、刷子縁膜側、側底膜側共に阻害効果を持たないことが考えられた。これらのことから、E3040は腎尿細管での排泄機構がアニオン系薬物輸送系が関与する薬物と、腎排泄機構において相互作用を示す可能性が考えられた。

[結論]

 本研究において、E3040が尿酸排泄促進作用を有すること、その作用が主としてE3040による事をラットを用いて証明することができた。また、E3040の尿酸排泄促進作用は、腎尿細管での糸球体濾過後の再吸収を抑制することによるという機構を解明し、腎刷子縁膜における尿酸輸送系を抑制することを明らかにした。さらに、尿酸と同じくアニオン輸送系を介して輸送される、ACVおよびMTXの腎排泄をE3040が低下させ、さらにPAHの腎刷子縁膜小胞への取込みをE3040が抑制したことから、腎アニオン輪送系により輸送されるアニオン系薬物の腎排泄動態にE3040が影響を及ぼす可能性が示唆された。

 本研究において、臨床治験中の薬物の薬物間相互作用に関して動物を用いて基礎的知見が得られ、今後、医薬品開発において本研究のような基礎的な知見が重要な情報となると考えられる。

審査要旨

 臨床治験薬である炎症性腸疾患治療薬E3040は、臨床第I相試験において、健常人の血漿中尿酸値を有意に低下させ、投与を中止すると速やかにもとの値まで回復した。また、尿中への尿酸排泄量はE3040投与群でコントロール群に較べて高かったことが報告されている。従って、ヒトにおける血漿中尿酸値の低下はE3040による尿酸排泄促進作用によるものと考えられた。本研究では、E3040の尿酸排泄促進作用をラットにおいて証明し、その作用機構をマウスを用いて解析し、さらにin vitro実験により腎尿細管における尿酸輸送機構へのE3040の作用を評価した。また、予想されるE3040と他薬物との腎排泄における相互作用に関する基礎的検討を行なった。

1.ラットおよびマウスにおけるE3040の尿酸排泄促進作用の動態学的解析(1)高尿酸モデルラットにおける尿酸排泄促進作用

 ウリカーゼ抑制剤であるoxonate投与により血漿中尿酸レベルを高めた高尿酸モデルラットを用いて、定型クリアランス法によりE3040および抱合体の尿酸排泄促進作用を検討したところ、E3040投与によりFEurate(尿酸クリアランス/イヌリンクリアランス)が有意に上昇し、E3040が腎尿細管において尿酸排泄促進作用を有することがラットで示された。次に、E3040、E3040の硫酸抱合体(E3040-Sul)の静注時の血漿中動態を検討した結果、E3040投与後に観察された尿酸排泄促進作用は主にE3040の作用であることを示した。

(2)DBN/2Nマウスを用いたE3040の尿酸排泄促進作用機構の解析

 本研究では、DBA/2Nマウスを用いてE3040の尿酸排泄促進の機構を解析した結果、E3040投与では逆説反応は観察されないこと、さらにpyrazinoic acid抑制試験の結果より、E3040は、分泌前の再吸収を抑制することにより尿酸排泄促進作用を示すという作用機構を明らかにした。

2.ラット腎刷子縁膜を用いた腎尿酸輸送に対するE3040の作用

 尿酸は、腎刷子縁膜側に存在する有機アニオン輸送系により輸送されることが知られている。本研究では腎刷子縁膜小胞への尿酸取込みに対するE3040および各抱合体の阻害作用を検討した。各薬物ともに尿酸取込みに対する阻害は濃度依存性を示し、その阻害効果の強さはAA193>benzbromarone>E3040>probenecid>E3040-Sul>E3040-Gluの順であった。これは、ラットおよびDBA/2Nマウスで得られたin vivoの結果を支持するものであり、E3040が尿酸の刷子縁膜における輸送を阻害することにより尿酸排泄促進作用を示すことを明らかにした。

3.他薬物に対するE3040の相互作用(1)他薬物のラット体内動態に対するE3040の作用

 アニオン輸送系で輸送されることが示唆されている抗ウイルス薬acyclovir(ACV)および葉酸代謝拮抗剤methotrexate(MTX)とE3040の相互作用をin vivo実験により検討した。E3040併用時の血漿中ACV、MTX濃度は、E3040非併用群に比べて有意に高い値を示し、AUCは増大し、腎クリアランスは両薬物共に、E3040非併用群に較べて有意に低下したことから、E3040は、腎排泄の寄与が高いアニオン系薬物に対して動態学的相互作用を示す可能性が示唆された。

(2)ラット刷子縁膜、側底膜小胞を用いた他薬物へのE3040の作用

 E3040の尿細管の刷子縁膜、側底膜のアニオン輸送系およびカチオン輸送系に対する作用をin vitroにおいて検討した結果、刷子縁膜、側底膜のアニオン輸送系に対し、E3040、E3040-Sulは阻害作用を有することが示されたが、カチオン輸送系に対しては、刷子縁膜側、側底膜側共に阻害効果を持たないことが明らかになった。これらのことから、E3040は腎尿細管での排泄機構がアニオン系薬物輸送系が関与する薬物と、腎排泄機溝において相互作用を示す可能性が考えられた。

3.まとめ

 本研究において、E3040が尿酸排泄促進作用を有すること、その作用が主としてE3040によること、E3040の尿酸排泄促進作用は、腎尿細管での糸球体濾過後の再吸収を抑制することによるという機構を解明し、腎刷子縁膜における尿酸輸送系を抑制することを明らかにした。さらに、尿酸と同じくアニオン輸送系を介して輸送される、ACVおよびMTXの腎排泄をE3040が低下させ、さらにPAHの腎刷子縁膜小胞への取込みをE3040が抑制したことから、腎アニオン輸送系により輸送されるアニオン系薬物の腎排泄動態にE3040が影響を及ぼす可能性が示唆された。

 本研究において、臨床治験中の薬物の副作用の機構解析ならびに薬物間相互作用に関して、動物を用いて基礎的知見が得られ、今後、医薬品開発において本研究のような基礎的な知見が重要な情報となると考えられる。

 以上、本研究の内容は臨床治験中の薬物の腎排泄における相互作用に関して、事前にin vitro、in vivoの手法により、動物を用いて基礎的知見を得る方法論の構築に寄与するところが大であり、よって博士(薬学)の学位に値するものである。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54597