学位論文要旨



No 112899
著者(漢字) 東川,雅志
著者(英字)
著者(カナ) ヒガシカワ,マサシ
標題(和) 位相群の有限像、指標および不連結性
標題(洋) Finite Images,Characters and Disconnectedness of Topological Groups
報告番号 112899
報告番号 甲12899
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第70号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 難波,完爾
 東京大学 教授 谷島,賢二
 東京大学 助教授 小林,俊行
 東京大学 助教授 河東,泰之
 東京大学 助教授 長谷川,立
内容要旨

 一般に、位相-代数構造において、代数構造は位相構造に様々な制約を及ぼしている。特に、ある種の位相群については、大きな部分群が自動的に開になるという現象がある。そのような性質をもつことが知られている位相群の種類は多岐に渡っており、それぞれ個別の手法によって研究されている。ここで問題とするのは、それよりさらに弱く、「有限群への連続とは限らない任意の準同型に対して、それと同じ像をもつ連続準同型が存在する」という性質(以下では、Finite Quotient Property、あるいはFQPとよぶ)である。特に断らない限り、ハウスドルフ位相のみを考える。

 第2節では、第3節への準備として、離散アーベル群の準同型像と部分群について調べる。「A,Bがともに有限巡回群の直和であるとき、AがBの部分群と同型であることとAがBの商と同型であることは同値である」(定理2.3)がその結果である。証明の方法は、部分群であることと商であることをそれぞれ基数不変量を用いて特徴づけるものである。このために、集合の可算列の間に添数と両立する単射が存在するための必要十分条件を濃度の関係式で表す(補題2.1)。

 第3節では、FQPの十分条件をいくつか与える。いずれも、指標を用いた条件である。まず、指標群の有限部分群が元の位相群の有限像となっていることを示す(補題3.3)。これと第2節の結果を合わせて、「Aが冪指数有限の位相アーベル群のとき、Aの任意の有限部分群がAに埋め込めるならば、AはFQPをもつ」(定理3.4)が得られる。その特別な場合として、冪指数有限かつ十分多くの指標をもつ位相アーベル群はFQPをもつ(系3.5)。これから、適当な商が十分多くの指標をもつ位相群について、そのアーベル有限像が商の代数構造によって特徴づけられ(定理3.6)、任意のコンパクトアーベル群がFQPをもつことが解る(系3.7)。

 以上の結果がある意味で最良であることを、一連の例によって示す。まず、有限巡回群の無限直積が示すように、冪指数有限のコンパクトアーベル群であっても「任意の指数有限部分群が開であること」(Finite Index Property)はいえない(例3.8)。また、torsionではあるが冪指数が非有界な局所コンパクトアーベル群(例3.9)、冪指数有限のポーランドアーベル群(例3.10)、非可換コンパクト群(例3.12)のそれぞれについて、FQPの反例を挙げる。最後の例は、有限完全群について、その各元を生成するのに要する元の数を評価し、それに伴う有限群の無限列を構成(補題3.11)することで得られる。

 第4節では、位相群の連結性・不連結性に関連した概念をいくつか導入し(定義4.1)、それらの関係について調べる。位相的に非アルキメデス的であるとは、開部分群全体が単位元の基本近傍系をなすこと、十分多くの開部分群をもつとは、開部分群の全体の交わりが単位元のみからなることとする。非アルキメデス的ならば0次元かつ十分多くの開部分群をもち、十分多くの開部分群があれば完全不連結である。また、真の開部分群をもたないことを、位相的にアルキメデス的とよぶ。連結群はアルキメデス的である(注意4.2)。

 定理4.4は、非アルキメデス性を、普遍群への埋め込みによって特徴づけるものである。一般に、非アルキメデス性は対称群に埋め込めることと同値であり、可換の場合には、離散群の直積に埋め込めることと同値である。この定性的な結果のみならず、位相群の基数不変量weight、cellularity、characterを用いて、その位相群を埋め込む普遍群の定量的な評価も得られている。また、不変な非アルキメデス距離をもつ位相群は位相的に非アルキメデスであるが、位相と両立する距離が不変にとれるとは限らない。これに関連してRanganの誤りを指摘した(注意4.6)。

 非アルキメデス、開部分群が十分多い、0次元、完全不連結の四つの性質は、一般には全て異なるが、局所コンパクト群に対しては全て一致することが知られていた。一方、例4.7では、数列空間の部分群およびその商として四つのポーランドアーベル群を与える。それらは、十分多くの開部分群をもちかつ0次元であるが非アルキメデス的でない例、0次元であるが十分多くの開部分群をもたない例、十分多くの開部分群をもつが0次元でない例、完全不連結であるが0次元でなく十分多くの開部分群ももたない例である。これによって、ポーランドアーベル群に限ったとしても、上の四つの性質の間には、自明な演繹関係以外の関係がないことが解る。可分でない場合に同様の構成が可能か、また、連結性とアルキメデス性を分離する同様の例があるかどうかは未解決である。

 第5節では、第3節で扱った性質に関連して、「任意の閉部分群が双対閉である」という性質を中心に考察を進める。特にこの性質が積で保たれるかどうかが大きな問題である。Nobleはこれが保たれると主張しているのであるが、その根拠は明らかではない。ここではハウスドルフ性そのものが問われるため、分離公理は仮定しない。問題は有限積の場合の対角集合に帰着され、さらに、二つの位相の下限をとる操作や弱位相を通して、二つの位相の両立性にまで帰着される(定理5.7)。その先は、なお未解決である。

 また、上述した定理3.6の特徴づけが自然に適用できるクラスとして、Varopoulosによって導入されたLアーベル群にとどまらず、その生成するvarietyが挙げられる。このvarietyは、上記の性質をもつことが知られている位相アーベル群を全て含むのみならず、「任意の部分群が双対的に埋め込まれている」という性質をももつことが解る(命題5.8)。さらに、第4節で導入した不連結性と指標との関係をまとめ、それらの性質をもつ位相群に対して第3節の結果が適用できることを述べる(命題5.9)。一方、第4節で挙げた反例について、これが本節で考察する性質の反例でもあることを示す(注意5.10)。

 第6節では、例3.12で構成したコンパクト群をモデル理論に応用する。可算構造は、自己同型を通して、可算集合上の対称群の閉部分群に自然に対応していることが知られている。可算範疇的な構造で、自己同型群がFinite Index Propertyをもたない例は、Hrushovskiによって得られていたが、その証明は部分群の個数を比較するというものだった。ここでは、Evans-Hewittの構成を精密に検討して上記のコンパクト群に適用することで、直接的にさらに強くFinite Quotient Propertyをもたない例を与える(系6.4)。

 Finite Quotient Propertyあるいはさらに強くFinite Index Propertyをもつ位相群の例は、それぞれ表現論・有限群論・モデル理論等の個別の手法によって、その性質をもつことが知られている。この論文で得られた結果もその一つである。これらを統一的に扱うことが今後の課題であろう。

審査要旨

 この論文の研究対象は、位相群とそれらの間の代数的射が位相的な性質とどのように関係しているかを、二つの異なった複雑性をもった位相群に対して組織的に調べようとするものである。

 この種の研究の対象の背景には、「数学」という体系を、数学の諸概念や定理の全体を、AならばBという関係での順序関係による部分順序体系とみて、その構造を研究しようという視点がある。

 このような視点から、数学における定理や、証明の過程で本質的な役割を演ずる諸概念の論理的な役割や構造を、具体的な数学の分野に焦点を当てて研究しようという意味もある。この研究では群構造の純代数的側面と位相的側面の関係を対象としている。

 論文の表題はFinite Images,Characters and Disconnectedness of Topological Groups(位相群の有限像、指標および不連結性)である。

 二つの複雑性の異なる位相群の間の代数構造を保つ写像が、いかなる位相的構造を保つか、代数的射はどのようなものに限るかなどを中心に研究している。

 異なる複雑性の代表的例は、有限と無限、可算と連続体の無限、離散と連結性等である。その中でも特に像が有限になる群とその射の構造もここでの大切な研究対象である。

 終対象である像が小さいほどその核は大きくなる。ある種の位相群では大きな部分群は自動的に開部分群になるということが知られている。つまり、連続とは限らない準同型が連続準同型になる条件や、連続とは限らない準同型の有限像は連続準同型の像になっているという性質(Finite Quotient Property;FQP)などである。

 最初の章では、当該研究に関連した群および群の間の写像に関連するこれまでの研究の背景と、以下の章での展開のための諸概念の導入の後、A,Bがともに有限巡回群の直和であるとき、

 「AがBの部分群であることと、AがBの商と同型であることは同値である」という性質を証明している。

 この証明には、基数不変量と集合の可算列の間の添え字と両立する単射の存在に関する必要十分条件が用いられ、この条件を濃度の関係式として得ている。

 次の、章ではFQPの成立するための十分条件を指標という観点から与え、その応用として

 「べき指数有限かつ十分多くの指標をもつ位相アーベル群はFQPをもつ」という性質を証明している。これから任意のコンパクトアーベル群はFQPをもつことが解る。

 また、これらの諸結果はある意味で最良の結果であることを、具体的に群を構成して示している。べき指数有限の群に対しても「任意の指数有限の部分群が開であること」(Finite Index Property;FIP)、同ポーランドアーベル群、非可換コンパクト群のそれぞれについて反例を構成している。

 次に、位相群の連結性と不連結性に関する諸概念、つまり位相群のweight,cellularity,characterなどの奇数不変量との関連から、例えば、不変な非アルキメデス距離を保つ位相群は非アルキメデス的であるが、位相と両立する距離を不変に保つとは限らないことを示し、Ranganの誤りを指摘している。

 また、非アルキメデス的、開部分群が十分多い、0次元、完全不連続、などは一般にすべて異なる概念であるが、局所コンパクト群に関してはすべて一致することが知られている。

 これらの概念に関して、十分多くの開部分群をもち0次元であるが非アルキメデス的でない例、0次元であるが十分多い開部分群を持たない例、十分多い開部分群をもつが0次元でない例、完全不連結であるが0次元でなく十分多くの開部分群をもたない例をポーランドアーベル群の中で構成している。

 次章では、「任意の閉部分群が双対閉である」という性質に関連して、この性質が積で保たれるかという問題を考察している。Nobleは肯定的であろうと主張しているが具体的な証明をあげておらず、肯定的かどうかも問題であるという。

 モデルの理論の応用として、Hurshovski,Evans-Hewittなどの結果の拡張として、可算範疇的な構造で、自己同型群がFinite Quotient Propertyを持たないものを与えているが、Finite Index Propertyなどに対してもこれらの手法が有効であることを示したというのもが本論文の内容である。

 当論文提出者は修士の段階から、無限の対象の間にある関係や関数について、例えば選択公理を用いた存在証明にも、可能な限り具体的構成方法を求め、構成手続きの複雑性を問題にしてきた。

 この対象は今後の数学の中心問題の一つである。上記の群構造と位相の関係もこういった問題意識からきたものであり、それに対して深い具体的な結果を与えている。よって、論文提出者東川雅志は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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