学位論文要旨



No 112903
著者(漢字) 落合(山本),敦子
著者(英字)
著者(カナ) オチアイ(ヤマモト),アツコ
標題(和) 旗多様体上の軌道とモーメント写像 : U(p,q),Sp(n,R),Sp(p,q)の場合
標題(洋) ORBITS IN THE FLAG VARIETY AND IMAGES OF THE MOMENT MAP FOR U(p,q),Sp(n,R),AND Sp(p,q)
報告番号 112903
報告番号 甲12903
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第74号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大島,利雄
 東京大学 教授 織田,孝幸
 東京大学 教授 岡本,和夫
 東京大学 助教授 小林,俊行
 東京大学 助教授 松本,久義
 東京大学 助教授 寺田,至
内容要旨

 この論文の主目的は,いくつかの実半単純Lie群に対応した旗多様体上の各軌道に対し,その余法束のモーメント写像による像を,具体的に決定することである.本論文では不定値ユニタリ群U(p,q),実斜交群Sp(n,R),不定値斜交群Sp(p,q)に対応する場合を扱っている.

 この問題を考える動機を実半単純Lie群の表現論から説明しよう.実半単純Lie群の表現に対し,その随伴多様体は重要な表現の不変量である.一方,実半単純Lie群GRの自明な無限小指標をもつ既約Harish-Chandra加群はBeilinson-Bernstein対応によってホロノミックD-加群と対応している[1].更に,表現に対応するこのD-加群はRiemann-Hilbert対応によって既約なperverse sheafと対応し,これはGR 複素化の旗多様体上のGRの極大コンパクト部分群の複素化によるある軌道の上のlocally constant sheafに関するintersection complexであるという意味で,旗多様体上の軌道と対応することが知られている.このD-加群と随伴多様体との対応はBorho-Brylinski[2]によってなされており,表現(Harish-Chandra加群)の随伴多様体はBeilinson-Bernstein対応によって対応するD-加群の特性多様体のモーメント写像による像と一致する.特に,離散系列表現の場合は,D-加群の特性多様体は旗多様体の対応する閉軌道の余法束に一致するので,随伴多様体は,この余法束のモーメント写像による像に他ならない.このモーメント写像による像を,旗多様体上の全ての軌道に対し具体的に決定する.

 ここで少し記号を用意する.GRを実古典群とし,GRの極大コンパクト部分群の複素化をKとする.KのLie環をとし,のGのLie環g内の直交補空間をpとしよう.旗多様体上のK-軌道の余法束のモーメント写像による像は,pの巾零元からなるK-不変な部分集合であり,しかも,この像の中で稠密なK-軌道が唯一つ存在する[2],[3].従って,この稠密な巾零K-軌道を決定すれば余法束のモーメント写像による像がわかったことになる.このようにして旗多様体上の各K-軌道から巾零K-軌道が一つ決まる.我々が書き下したいのはこの対応である.p上の巾零K-軌道は「符号付Young図形」(箱の中に一定のルールで+や-の記号を入れたYoung図形)でパラメトライズされ,このYoung図形の形と符号から軌道の閉包間の包含関係も読み取ることができる[3].一方,旗多様体上のK-軌道については,松木,Rossmannが分類し[5],[7],[8],更に古典群に対しては,松木-大島が旗多様体上K-軌道をパラメトライズするものとしてclanと呼ばれる記号を導入した[6].

 本論文ではこの松木-大島の記号に基づいた旗多様体上のK-軌道の媒介記号を新しく導入し,代表元,軌道の次元,等を与えるとともに,媒介記号からモーメント写像による像を与えるアルゴリズムを与える.加えてこの結果を利用し,稠密に入っている巾零K-軌道に対応する符号付Young図形を決定する.

 本論文では第1章でGRが不定値ユニタリ群U(p,q)の場合に対して上記のことを行ない,第2章,第3章ではそれぞれ群のU(n,n),U(2p’,2q’)の場合への「良い埋め込み」を実現し,実斜交群Sp(n,R),不定値斜交群Sp(p’,q’)の場合の結果を与える.

 U(p,q)の場合 まずGR=U(p,q)の場合,つまりG=GL(p+q,C),K=GL(p,C)×GL(q,C)の場合を扱う.GのBorel部分群をBとする.

 GL(p+q,C)の旗多様体X=G/Bは次のようなp+q個のベクトル空間の列からなる.

 

 旗多様体上には自然に群Gが作用している.Cp+q=V+(+)V-をK-不変部分空間への直和分解(dimV+=p,dimV-=q)とすると,旗V=(V0,Vl,V2,…,Vp+q)に対する次の値はK-不変である.

 

 本論文で与えた媒介記号はこれらの値により定まるp+q個の記号の列=(C1,…Cp+q)であり,標記方法はMatsuki-Oshimaの与えた媒介記号に基づいている.

 Definition1.次の4つの条件を満たすp+q個の記号の列=(C1…Cp+q)をU(p,q)のindicationと呼ぶ.

 1.記号ciは+,-,または自然数N={1,2,…}の要素の1つである.

 2.ci∈Nであったとき,Cj=Ciであるようなj≠iが一意に存在する

 3.(c1…cn)内の+の個数と-の個数の差はGRを定義するHermitian形式の符号p-qに一致する.

 4.ci∈N,a∈Nかつa<ciならばCjであるようなjが存在する.

 つぎの同値関係により定まるindicationの同値類をclanと呼ぶ

 2つのindication(C1…Cn)と(C’1…C’n)が同値であるとは,すべてのに対し,

 

 を満たすある置換m(ただし,m:=max{c’i∈N})が存在すること.

 U(p,q)に対するclanはU(p,q)に対する旗多様体上のK-軌道の媒介記号となる.

 旗多様体X上のK-軌道Qに対し,その余法束のモーメント写像による像はK-軌道Qの余法束の1点x∈Qでのファイバーの像のK-saturationである.clanの記号から,このを与えるのが次の主定理である.

 Theorem2(Theorem1.47).与えられたK-軌道Qに対応するclan=(c1…cp+q)に対し,signed clan=(d1…dp+q),置換p+q,代表元x=g()B∈XをDefinition1.17,Theorem1.22で定めると,signed clanに対しDefinition1.46で定まるgの部分空間Dri()をで置換したものはK-軌道Qの余法束のxでのファイバーのモーメント写像による像である.

 

 つまりDri()の(i,j)-成分はの((i),(j))-成分を表し,Dri()の(i,j)-成分はsigned clanのi-成分とj-成分(とci=cs∈N,または,ci=ct∈Nだった時にはs-成分またはt-成分)とi,j(,s,t)の大小関係で決まる.さらに,この定理に基づいてsigned clanからDri()を与えるアルゴリズムをDefinition1.50で与える.

 特に,旗多様体上の閉軌道に対しては(つまり離散系列表現に対応する軌道に対しては)主定理は次のように簡潔になる.

 Corollary3.=(c1…cp+q)が閉軌道のclanであるとき,つまりci=+または-であるとき,に対応するK-軌道の余法束のある1点でのモーメント写像による像は次で与えられる.

 

 ただしp+qに対し定まる置換(Theorem 1.22).

 clanを使うと軌道の次元も次のように簡単な表示をもつ.

 Proposition1.32.clan=(c1…cn)の長さl()を定義しよう

 

 U(p,q)のclan=(c1…cn)とそれに対応する旗多様体上のK-軌道Qに対し,次元と余次元は次で与えられる.

 

 Sp(n,R)とSp(p’,q’)の場合 実斜交群Sp(n,R)と不定値斜交群Sp(p’,q’)は,それぞれ次のような関係が成り立つようにU(n,n)とU(2p’,2q’)に埋め込むことができる.(これが「良い埋め込み」である.)

 

 ただし,ここでは斜交群に対するそれぞれの群はG’等のようにプライムをつけて表している.この実現を与え,U(p,q)の場合に埋め込んで扱うことで,それぞれの群の結果を具体的に与える.たとえば,G’R=Sp(n,R)に対す媒介記号generalized clanはGR=U(n,n)に対するclanの部分集合であり,G’R=Sp(p’,q’)に対するgeneralized clanはGR=U(2p’,2q’)に対するclanの部分集合である(Definition2.10,Definition3.7).ここではK’の作用によるC2nの不変直和分解C2n=V++V-がG’R=Sp(n,R)のとき=V+,=V-を満たし,G’R=Sp(p’,q’)のとき=V-を満たすことがポイントとなる.ここで与えられたgeneralized clanに対応するK-軌道の余法束のある1点でのモーメント写像による像はU(p,q)の場合に与えられたもののg’への制限に他ならないことを利用して像である空間を与え(Proposition2.33,Proposition3.27),generalized clanを使っての旗多様体上のK-軌道の次元公式も与えている(Proposition2.32,Proposition3.26).

REFERENCES[1] A.Beilinson and J.Bernstein,Localisation de g-modules,C.R.Acad.Sci,Paris292(1981),Serie I,15-18.[2] W.Borho and J.Brylinski,Differential operators on homogeneous spaces.III,Invent.Math.,80(1985),1-68.[3] D.Collingwood and W.McGovern,Nilpotent orbits in semisimple Lie algebras,Van Nostrand Reinhold,New York,1993.[4]B.Kostant and S.Rallis,Orbits and representations associated with symmetric spaces,Amer.J.Math.,93(1971),753-809.[5]T.Matsuki,The orbits of affine symmetric spaces under the action of minimal parabolic subgroups,J.Math.Soc.Japan,31(1979),331-357.[6]T.Matsuki and T.Oshima,Embeddings of discrete series into principal series,The orbit Method in Representation theory,Progress in Math.,82(1988),Birkhauser,147-175.[7]W.Rossmann,The structure of semisimple symmetric spaces,Queen’s paper Pure Appl.Math.,48(1978),513-520.[8]D.Vogan,Irreducible characters of semisimple Lie groups III,Invent.Math.,71(1983),381-417.
審査要旨

 半単純Lie群の既約認容表現は、既約Harish-Chandra加群と一対一に対応している。この表現の分類については、Langlandsによるものと、Beilinson-Bernstein対応によるものが知られており、特に後者は、分類問題を旗多様体上の幾何学的問題に帰着させていて、応用上からも大変重要な結果である。

 すなわち、の複素化Gの旗多様体をX、の極大コンパクト群の複素化をKとおくとき、Harish-Chandra加群は、X上のK-作用を持つD-加群の大域切片の空間として実現される。これによって、自明な無限小指標を持つ既約Harich-Chandra加群は、対応するD-加群の台を考察することにより、X上のK-軌道とそれの持つ単純な幾何学的データによって分類されることになる。

 一般の実半単純Lie群とその対称部分群Hに対し、旗多様体のH-軌道分解は松木により研究され、軌道の有限性、パラメトリゼーション、閉包に対する包含関係が得られており、特に、GとKの組みの場合は、松木-大島により、軌道の簡単な組み合わせ論的な記述が示されている。

 一方、Harish-Chandra加群Mに対し、その随伴多様体Ass(M)は、GのLie環gの双対空間g*のある閉部分集合として与えられるが、それは表現の重要な不変量である。KのLie環をとおき、Killing formによってgとg*を同一視すると、Ass(M)は、gにおけるの直交補空間pの巾零元のK-軌道の合併として表される。

 一般に、既約Harich-Chandra加群Mに対して、Ass(M)を計算することは困難であるが、対応するX上のD-加群の特性多様体のモーメント写像による像がAss(M)に一致することが、Borho-Brylinskiによって知られており、特に離散系列表現の場合は、X上の閉K-軌道Qの余法束のモーメント写像による像がAss(M)になる。

 pの巾零元の集合は、有限個のK-軌道に分解され、Gが古典群の場合は、それの組み合わせ論的記述が知られているので、X上のK-軌道Qの余法束に対し、そのモーメント写像による像を具体的に記述することが要望される。

 論文提出者山本敦子は、提出論文において、がU(p,q),Sp(n,),Sp(p,q)の場合に、X上のK-軌道とそれのモーメント写像による像を、行列の形で具体的に調べ、それを具体的に計算した。

 U(p,q)の場合は、G=GL(p+q,),K=GL(p,C)×GL(q,)となって、最も基本的で重要である。たとえばこのとき、Xにおける閉K-軌道Qは、p個の+とq個の-とを順序をつけて任意に並べたもの=(C1,…,Cp+q)で表せるが、「Qの余法束のある一点でのモーメント写像による像は

 112903f10.gif

 で与えられる」というような明快な結果を得ている。ここで、によって定まるp+qの元である。

 がSp(n)またはSp(p,q)の場合は、GをU(n,n),U(2p,2q)に埋め込んで、K一軌道の対応を与え、モーメント写像の像も、U(p,q)で求めたものを埋め込まれた部分Lie環に制限したものに過ぎないことを示した。

 この原理を利用することにより、3種類の場合に、旗多様体上のK-軌道のモーメント写像による像を具体的に求める組み合わせ論的アルゴリズムを与え、pの巾零K-軌道のパラメトリゼーションである符号付きYoung図形による記述を行った。

 上記の結果はそれ自体が興味あるのみならず、表現の具体的研究に今後役立つと期待される。また、3つの系列の場合の例について、具体的な計算結果の表が与えられており、応用上の利用価値も高い。

 よって、論文提出者山本敦子は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

UTokyo Repositoryリンク