学位論文要旨



No 112907
著者(漢字) 合田,徳夫
著者(英字)
著者(カナ) ゴウダ,ノリオ
標題(和) リーマン多様体上のマグネティックフロー
標題(洋) Magnetic flows on Riemannian manifolds
報告番号 112907
報告番号 甲12907
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第78号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坪井,俊
 東京大学 教授 落合,卓四郎
 東京大学 教授 矢野,公一
 東京大学 教授 河野,俊丈
 東京大学 助教授 中島,啓
 東北大学 教授 砂田,利一
内容要旨 1Introduction

 (M,g)を、リーマン多様体とする。(M,g)上の閉2次形式Bを磁場とみなすと、M上の荷電粒子の運動方程式が次の様に定義される。

 

 ここで、:TM→TMは

 

 によって定まる交代作用素である。この運動方程式から、M上の力学系magnetic flowt:TM→TMが次の様に定義される。

 :

 ここで、は初期条件(0)=∈TMを満たす方程式(1)の解曲線である。B≡0、つまり≡0の時はgeodesic flowになることに注意すると、magnetic flowはgeodesic flowの摂動であるといえる。この事実から、magnetic flowを幾何に応用する際に、geodesic flowによる幾何学の研究([3]等)が参考になると考えられる。実際、magnetic flowを使うと測地線の幾何の結果が一般化され、その過程で測地線の幾何では隠れていた概念が現れる。例えば、測地線上ではJacobi場の零点としての共役点とexponential mapの特異値としての共役点は同値なものであるが、磁場が存在するとこの同値関係は成立しない.そこで、これらを別々に扱うためにJacobi field conjugationとexponential map conjugationという概念を導入し、それぞれの概念に対応するを道具を作り出す必要が生じる。この様に、磁場が存在すると測地線の幾何では見えなかった構造が明らかになる。また、磁場Bが閉である必要性も見えてくる。magnetic flowはBが閉でなくても定義できるが、応用の際にはこの条件が重要な役割を果たす。では、以下で主な結果を述べる。

2Magnetic flows of Anosov type

 コンパクト負曲率多様体上の接球面束UMに制限されたgeodesic flowはAnosov flowの例として知られている([2])。一般に、Anosov flowは構造安定性という性質を持つ。そこで、磁場が十分弱ければコンパクト負曲率多様体上のmagnetic flowもAnosov flowであると予想される。この予想に関しては、[1],[6]の結果が知られているが、これらを含む磁場Bに対する十分条件を最も理想的な形で求めることができた。定性的には次の様に書ける。

 定義1:TM→Mは標準射影であるとし、▽は(M,g)のLevi-Civita接続を表すとする。また、+によっての転置作用素を表す。各々の∈TMに対して、の自己準同型を次の様に定義する。

 

 ここで、Rは曲率テンソルであり、(▽)(;)は()()を表す。

 補題2全ての∈TMに対してが対称作用素になるのは、Bが閉の時に限る。

 定理3(M,g)は磁場Bを持つコンパクトリーマン多様体とする。におけるの直交補空間への射影を表すとする。全ての∈UMに対してが負定値ならば、Bによって定まるmagnetic flow t:UM→UMはAnosov flowである。

 この結果を定量的に書くと次の様になる。

 定理4(M,g)は磁場Bを持つコンパクトリーマン多様体とする。max(M)は(M,g)の断面曲率の最大値を表すとする。Bが次の条件を満たせば、Bによって定まるmagnetic flow t:UM→UMはAnosov flowである。

 

 補題2から条件dB=0が本質的であることがわかる。

3The theorem of E.Hopf under magnetic fields

 E.Hopfはgeodesic flowを使って、共役点を持たないコンパクト曲面の全曲率は0以下で、等号が成り立つのは曲面が平坦のときに限ることを証明した([5])。更に、L.W.Greenはこの結果を一般次元の場合に拡張した([4])。magnetic flowを使うと、これらの結果を、磁場を持つコンパクトリーマン多様体の場合に一般化できる。ただし、この場合には、introductionで述べたようにJacobi field non-conjugationとexponential map non-conjugationの2つの概念が存在するので、それぞれに対してE.Hopfの定理が拡張される。特に興味深いのは、exponential map non-conjugationに対するものである.

 定義5磁場Bの下でのexponential maps :TM→Mはそれぞれ次の様に定義される。

 

 ここで、()≡/g(,)1/2∈UMである。

 定義6dはそれぞれの微分を表すとする。あるいはが退化する様な∈TMが存在するならば、p=()とに沿ってBの下でexponential map conjugateであると呼ばれる。

 定理7(M,g)は磁場Bを持つコンパクトリーマン多様体とする。dVgはgによって定まるM上のリーマン測度を表すとする。方程式(1)の速度1の任意の解曲線上にBの下でのexponential map conjugate pointsが存在しなければ、次の幾何学的不等式が成り立つ。

 

 ここで、S(p)はp∈Mにおけるスカラー曲率である。等号が成り立つのは、Bが一様で、(M,g)の普遍被覆多様体がユークリッド空間と正則断面曲率一定のケーラー計量を持つ開単位円達の直積である時に限る。正則断面曲率の値は2の固有値に等しい。

[1]T.Adachi,Kahler magnetic flows for a manifold of constant holomorphic sectional curvature,Tokyo J.Math.18(1995)473-483.[2]D.Anosov,Geodesic flows on compact Riemannian manifolds of negative curvature,Proc.Steklov Math.Inst.90(1967).[3]M.Berger,Lectures on geodesics in Riemannian geometry,Tata Inst. of Fund.Research,Bombay(1965).[4]L.W.Green,A theorem of E.Hopf,Michigan Math.J.5(1958)31-34.[5]E.Hopf,Closed surfaces without conjugate points,Pros.Nat.Acad.Sci.U.S.A.34(1948)47-51.[6]T.Sunada,Magnetic flows of a Riemannian surface,Proc.of KAIST Math.Workshop8,Analysis and Geometry,Korea(1993)93-108.
審査要旨

 リーマン多様体上の測地線あるいはそれから定まる測地流は、元来はユークリッド空間の中におかれた曲面に制限された質点の、外力が無いときに起こる自由運動(慣性運動)を記述する力学系である。古典力学では、この曲面に磁場をかけたとき、荷電粒子の運動がどのように変化するかを見いだすことに興味がある。多様体の言葉でいえば、閉じた2次微分形式を与えたときの多様体上のニュートンの運動方程式の解の様子と2次微分形式との関係を求めることである。

 論文提出者は本論文において、一般のコンパクトリーマン多様体上で、磁場のもとで定まる力学系(磁場流)が、不安定力学系(アノソフ力学系)になるための定量的な十分条件を発見した。定性的には、磁場のない場合にあたる測地流がアノソフ的であれば、弱い磁場の下でもアノソフ的であるという、アノソフ力学系の構造安定性が知られているが、論文提出者は、(強い)磁場の大きさについてアノソフ力学系になるためのシャープな定量的条件を与えたものである。

 さらに論文提出者はE.Hopfの定理の磁場付きの場合への自然な拡張を得ている。古典的なE.Hopfの定理は、共役点の非存在と全曲率の関係を記述する不等式である。本論文では、磁場がある場合の共役点の概念は2つあることに注意し、それぞれの場合に応じて、E.Hopfの定理の拡張を与えた。特に、興味深いのはE.Hopfの定理の拡張として得られた不等式において等号の成り立つための必要十分条件に、正則断面曲率が-1のKahler多様体である複素球体が現れることである。

 本論文の定理の内容の美しさもさることながら、それに至る証明の道筋も整理されていて自然である。この論文は磁場の幾何学に重要な貢献をなすものである。

 よって本論文提出者合田徳夫は博士(数理科学)の学位を授与されるに十分な資格があるものと認める。

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