学位論文要旨



No 112909
著者(漢字) 谷口,健二
著者(英字)
著者(カナ) タニグチ,ケンジ
標題(和) ワイル群不変な微分作用素の可換環の一意性について
標題(洋) On Uniqueness of Commutative Rings of Weyl Group Invariant Differential Operators
報告番号 112909
報告番号 甲12909
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第80号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大島,利雄
 東京大学 教授 織田,孝幸
 東京大学 教授 岡本,和夫
 東京大学 助教授 小林,俊行
 東京大学 助教授 松本,久義
 東京大学 助教授 寺田,至
内容要旨

 2階の微分作用素

 

 を含む可換な微分作用素環の構成および分類は、数理物理学や表現論の立場から多くの研究がなされている。Calogero-Moser-Sutherland模型や戸田格子などは、このような環の例を与えている([OP1],[OP2])。また他の例として、リーマン対称空間上の不変微分作用素の動径成分のなす環があるが、これを一般化するために、大島利雄、関口英子両氏はワイル群Wで不変な微分作用素の可換族を次の公理系を満たすものとして定義した。

 Wをワイル群とすると、Wは自然にとその複素化に作用する。Cを以下の条件を満たす微分作用素のなす環とする:

 (C1)Cの元は0∈を満たすのW-不変な連結開部分集合上の正則微分作用素である。

 (C2)Cの元は互いに可換である。

 (C3)Cの元はW-不変で、その主シンボルは座標{xi}について定数である。

 (C4)Cには2階の微分作用素が含まれる。

 (C5)Cの元の主シンボル達はを生成する。

 彼らと落合啓之氏は、Wが古典型ワイル群の場合に、ポテンシャル函数R(x)を分類し、またこの族の高階の生成元を具体的に構成した([OS],[OOS]参照)。をWに対応するreducedルート系とし、+のある正系とする。彼らによれば、R(x)は、任意のとw∈Wに対してを満たす函数を用いて

 

 と表される。さらに(t)は楕円函数、三角函数、または有理函数で表され、その分類がなされている。例えばWがAn-1-型、つまりn次対称群のときにはC1,C2を任意の複素定数として(t)=C1(t)+C2とWeierstrassの楕円函数を用いて表される。ここで楕円函数の2つの周期の無限大への極限をとれば、三角函数の場合と有理函数の場合が得られる。

 このようにして得られたと可換な微分作用素として既に知られているものは多くはなく、またそれらは可換族Cに含まれている。では逆にこのHから出発して、ワイル群不変性や主シンボルの定数係数性などの条件を課さずに可換な微分作用素の環を構成したとき、落合-大島-関口の構成したものと異なる環が存在するであろうか。そこで本論文では、ポテンシャル函数R(x)として落合-大島-関口の分類に現れるものをもつ2階の微分作用素Hを考え、いかなる微分作用素PがHと可換であるかを論じる。ここで上述したようにPとしてはW-不変性などの強い条件は課さず、可微分性など最低限の条件のみを課す。

 議論の展開はポテンシャル函数が周期函数、つまり三角函数や楕円函数、の場合と有理函数の場合とで大きく異なる。本論文第四節では周期函数ポテンシャルの場合が論じられ、第五節では有理函数ポテンシャルの場合が論じられる。

 周期函数ポテンシャルの場合の主定理は以下の通りである(Theorem4.4)。

主定理1

 (W,)を古典型ワイル群と対応するreducedルート系の組とする。を落合-大島-関口の分類に現れるもので、全てのに対してが非自明な周期函数であるものとし、と定める。

 Hの定義域内の連結開部分集合上定義された正則微分作用素PがHと可換であるとする。このときWがAn-1またはDn-型でPがn階以下、またはWがBn-型でPが2n階以下ならPはHの定義域全体に解析接続され、落合-大島-関口の構成した環に含まれる。

 この定理の系として、主定理1の条件を満たす微分作用素P1とP2が共にHと可換なら、P1とP2も可換であることがわかる。

 主定理1の階数に関する条件は本質的ではないと思われるが、一般階数の場合については未解決である。

 次に有理函数ポテンシャルの場合であるが、このときには周期函数ポテンシャルの場合とは状況がかなり異なる。Hと可換ではあるが、落合-大島-関口の環には含まれない微分作用素が多数存在するからである。

 その例を与えるため、本論文第五節ではAn-1-型の場合に話しを限定し、まずと可換な微分作用素を系統的に構成する。Hと可換な微分作用素はこれらで尽くされるか否かはまだ未解決であるが、2階以下の場合にはそれらで尽くされていることを次に示す。最後に、この2階以下の作用素を用いて、大島-関口の公理系(C1)-(C5)を満たすが、彼らの構成したものとは異なる可換環が存在するか否かについて論じる。結論を言えば、n=3のときには肯定的であり、n>3のときには否定的である。

 An-1-型有理函数ポテンシャルの場合についての結果は以下のようになる。(Corollary 5.3,Proposition 5.5 and Theorem 5.7)。

主定理2

 WをAn-1-型ワイル群とし、

 

 とする。但しC1は零ではない任意の複素定数、C2は任意の複素定数とする。このとき以下のことが成り立つ。

 (1)k次対称多項式q0(x)に対して

 

 として、微分作用素qj(∂x,x)を定める。するとqk+1(∂x,x)=0であり、よって

 

 はHと可換である。

 (2)あるに対して、上の2階以下の正則微分作用素PがHと可換であるとする。このときPは-不変で、に解析接続され、定数函数1とHと以下で定義する3つの微分作用素P1,P2,P3の線形結合である。ここで

 

 

 

 とした

 (3)n>3なら、大島-関口の公理系(C1)-(C5)を満たす環は彼らが構成したもの以外には存在しない。

 (4)n=3の時、とHは可換環を生成する。これは[OS]で示されている。ここで

 

 とすると、任意のに対して、1とHと3+Pもまた(C1)-(C5)を満たす可換環を生成する。

REFERENCES[OO] Ochiai,H.and T.Oshima,Commuting differential operators of type B2,preprint,1994,UTMS 94-65,Dept.of Mathematical science,Univer sity of Tokyo.[OOS]Ochiai,H.,T.Oshima and H.Sekiguchi,Commuting families of symmetric differential operators,Proc.Japan Acad.70 A(1994),62-66.[OP1]Olshanetsky,M.A.and A.M.Perelomov,Quantum system connected with root systems and the radial parts of Laplace operators,Funct.Anal.Appl.12(1978),60-68.[OP2]Olshanetsky,M.A.and A.M.Perelomov,Quantum integrable systems related to Lie algebras,Phys.Rep.94(1983),313-404.[OS] Oshima,T.and H.Sekiguchi,Commuting families of differential operators invariant under the action of a Weyl group,J.Math.Sci.Univ.Tokyo 2(1995),1-75.[WW] Whittaker.E.T.and G.N.Watson,A Course of Modern Analysis,Fourth Edition,Cambridge University Press,1927.
審査要旨

 実rankが1より大きいRiemann対称空間の帯球関数が満たす不変微分方程式系の動径成分は、多変数の超幾何微分方程式の代表例と考えられる。それに含まれるパラメータは、ルートの重複度などのため、特殊値しか取らないが、A型の場合は関口(次郎)により、一般の場合はHeckman-Opdamにより、パラメータの連続化がなされて、Heckman-Opdamの超幾何微分方程式と呼ばれ、解に関する研究など現在研究が盛んである。

 このうちでLaplace-Beltrami作用素に対応するものは

 112909f22.gif

 の形をしており、Heckman-Opdamの微分作用素は、互いに可換であるので、Shorodinger作用素Hが完全積分可能であることを言っている。

 一方、Calogero-Moser-Sutherland系に始まって、数理物理の立場から完全積分可能な量子系の研究が行われてきたが、完全積分可能なShoodinger作用素Hは、ルート系に付随して構成がなされてきた、という歴史がある。また、一般にV(x)は、楕円関数、あるいはそれが退化した三角関数や有理関数で表すことができると考えられてきた。

 落合-大島-関口(英子)は、古典型Weyl群Wで不変な一般の完全積分可能量子系を研究し、以下の(C1)-(C2)を満たすShorodinger作用素Hをすべて分類して、V(x)をWeierstarssの楕円関数で具体的に表した。

 Wはに自然に作用するAn-1,BnまたはDn型Weyl群とする。

 (C1)互いに可換なn個の上のW-不変微分作用素P1,…,Pnが存在し、Hはそれらが生成する環に含まれる。

 (C2)Pjの最高階の部分は定数係数で、それらは定数係数のW-不変微分作用素全体のなす環を生成する。Pjの係数は、原点を含むある連結複素開近傍のZariski開部分集合上に正則に拡張される。

 さらに、各Pjが形式的自己共役という条件のもとで、HからP1,…,Pnの生成する環が本質的に一意に定まることを示し、各Pjの具体型を与えた。

 これに対し、谷口健二は提出論文において、上で分類されたShorodinger作用素Hと可換な微分作用素の研究を行い、2つの重要な結果を得た。

 定理1.Hのポテンシャル関数が、有理関数に退化していない、すなわち、非自明な周期関数で表されているとする。Hの定義域の連結開集合で定義されたHと可換な微分作用素Pは、An-1またはDn型のときn階以下、Bn型のとき2n階以下ならば、P1,…,Pnで生成する環に含まれる。

 この定理の証明は、Pの最高階から2階下の項までを、具体的な積分を行って決定し、ポテンシャル関数の極における留数を調べることによって、最高階の部分がW-不変になることを示す、という方法でなされた。

 「Hの積分は、P1,…,Pnで生成されるか」という問題に対し、階数については技術的な理由からの制限付きではあるが、肯定的な結論を得た。

 一方、有理的なV(x)については事情が異なり、次が示されている。

 定理2.WがAn-1型で、V(x)が有理関数、すなわち、

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 とする。k次対称式q0(x)に対しQj=(adH)jq0(x)(j=1,2,…)によって定まる微分作用素112909f24.gifは、Hと可換になる。特にHと可換な2階以下の微分作用素は、このQの形で具体的に表せる。

 この定理2によって、An-1型で自己共役性の仮定を落とした場合にも、(C1)-(C2)を満たすPjを決定することができ、n=3では新しいものが現れるが、n>3では分類されたものに限ることが示される。

 Hの積分を、上記のQのような形で具体的に与えたことは、今までにない注目すべき結果であり、「積分が全てこのような形で書けるか?」ということや、「この結果のA型以外への拡張は正しいのかどうか?」など、今後の研究の発展の指針も与えている点でも高く評価できる。

 よって、本論文提出者谷口健二は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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