学位論文要旨



No 112910
著者(漢字) 葉広,和夫
著者(英字)
著者(カナ) ハビロ,カズオ
標題(和) クラスパーとヴァシリエフスケイン加群
標題(洋) Claspers and the Vassiliev skein modules
報告番号 112910
報告番号 甲12910
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第81号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,幸夫
 東京大学 教授 落合,卓四郎
 東京大学 教授 坪井,俊
 東京大学 教授 河野,俊丈
 東京大学 教授 森田,茂之
 大阪市立大学 教授 河内,明夫
内容要旨

 コンパクト連結有向3次元多様体MのなかのクラスパーC=A1∪A2∪BとはMのなかの2個のアニュラスA1,A2をMのなかのバンドBでつないで得られるものである。クラスパーCに2成分のフレームドリンクLC=L1∪L2をあるやりかたで対応させる。クラスパーCの手術とは対応するフレームドリンクLC=L1∪L2の手術のことである。このような物をクラスパーと呼ぶ理由はクラスパーの手術により、Mのなかの2個の「1次元的対象」をクラスプさせることができるからである。

 Mのなかのタングルに対するデイスクツリークラスパーとは、と1度だけ横断的に交わる円盤

 

 とと交わらない円盤

 

 (D1,…,Dk+1,V1,…,Vk-1は交わらない)をバンドB1,…,B2k-1でつないだものである。ただし、Diをつなぐバンドはちょうど1個、Vjをつなぐバンドはちょうど3個で、和は連結でなければならない。

 DiとVjをあるやりかたでおきかえることにより、デイスクツリークラスパーTにはクラスパーの和CTが対応する。Tの手術とはCTの手術のことである。デイスクツリークラスパーTの手術によってできる多様体MTはMと同相である。MTをMと同一視することにより、Tの手術はタングルからMのなかの新しいタングルTを得る操作と思うことができる。この操作はTの正則近傍Nのなかで行なわれるが、Tが円盤D2と同相であることから、Nは3次元球体B3と同相である。よって、この操作は「局所的である」といっても良い。重さがkのデイスクツリークラスパーで手術することにより、Mのなかのタングルから、Mのなかの別のタングルを得る局所的操作をCk操作とよぶ。

 Ck操作と、境界を動かさないアンビエントアイソトピーで生成されるMのなかのタングルの同値関係をCk同値とよぶ。

 SLink(m)(m1)をm-ストリングリンクの同値類のなすモノイドとする。SLink(m)をCk同値で割って得られる集合Sk(m)はモノイドの構造を持つが、実際には次もいえる。

 定理 モノイドSk(m)は群である。

 MのなかのフォレストF=(;T1,…,Tl)とは、次のようなデータのことである。

 1.はMのなかのタングルである。

 2.T1,…,TlはMに対するデイスクツリークラスパーで、TiとTjは交わらない(i≠j)。

 Fのタイプとは整数列((T1),…,(Tl))((Ti)はTiの重さ)のことである。Fの重さとは(F)=(T1)+…+(Tl)のことである。フォレストF=(;T1,…,Tl)に対してZTang(M)(Tang(M)はMのなかのタングルの同値類の集合)の元e(F)を

 

 と定義する。ただし、Sは{T1,…,Tl}の部分集合全体を走り、#SはSの元の個数を表し、[∪S]はを∪Sで手術して得られるタングルの同値類を表す。

 ZTang(M)の部分加群J(k1,…,kl)(M)はタイプ(k1,…,kl)のフォレストに対するe(F)の全体で生成されるものとする。

 

 (1はk個)とおく。このJk(M)は通常のシンギュラータングルによるヴァシリエフスケイン加群の定義において、k個の二重点を持つもので生成されるZTang(M)の部分加群と一致する。我々の定義するJ(k1,…,kl)(M)はJk(M)の一般化とみなすことができる。

 この論文の目的は次の定理を証明することである。

 主定理 k1とする。,’を2個の1-ストリングリンクとするとき、次の2つの条件は同値である。

 1.’はCk同値である。

 2.[]-[’]∈Jk([0,1]3)。

 上の2.は、任意のアーベル群に値を持つ任意のヴァシリエフ不変量で次数がk-1以下であるようなものに対して、’が同じ値を持つということと同値である。また、1-ストリングリンクの同値類とS3のなかの結び目のアンビエントアイソトピー類との間には標準的な1対1対応があることに注意する。上の定理は、ヴァシリエフ不変量がもつ情報の1つの幾何的な特徴付けを与えているとみなすことができる。

審査要旨

 結び目にはさまざまな不変量が知られているが,近年,S1からS3への滑らかな写像全体の空間の研究に由来するVassiliev不変量の族が,いわゆる結び目の量子型不変量のすべてを含むものとして登場した.それらが結び目型の完全不変量になるかという問題が,現在,基本的に重要な問題として研究されている.

 論文提出者の葉広和夫氏は,この問題に対し,「クラスパーに関する手術」という結び目の局所変形理論を展開し,各自然数kについて「Ck-移動」という幾何学的な変形の新概念を導入して,次の解答を得た:

 定理.2つの結び目K1とK2について,位数kのすべてのVassiliev不変量の値が一致するための必要十分条件は,K1とK2がCk-移動で互いに移り合うことである.

 この結果はVassiliev不変量の幾何学的意味を明らかにした優れた業績である.

 証明は結び目の代わりにストリング結び目を考え,Ck-移動を法としたストリング結び目の集合が群になるという結果を示し,それを利用してなされた.種々の局所変形の型を公式にまとめた補題を30以上も用意し,最後にそれらを組み合わせて目的の定理を証明するという,大変に職人的な仕事である.

 多くの議論は一般のストリング絡み目に対してもなされており,上記と同様の結果がそれらについても成立するであろうと予想している.また,より一般に,3次元多様体内のタングルについてもいくつかの結果を得ている.

 この論文は結び目理論の基本的な問題に重要な貢献をしたものと考えられる.

 以上の理由により,論文提出者葉広和夫氏は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認められる.

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