学位論文要旨



No 112911
著者(漢字) 平野,克博
著者(英字)
著者(カナ) ヒラノ,カツヒロ
標題(和) 正のドリフトをもつランダムウォークの指数的汎関数の漸近性について
標題(洋) On the asymptotic behavior of the exponential functionals of random walks with positive drift
報告番号 112911
報告番号 甲12911
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第82号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 楠岡,成雄
 東京大学 教授 舟木,直久
 東京大学 教授 長田,博文
 東京大学 教授 三村,昌泰
 大阪大学 教授 小谷,眞一
内容要旨

 {Xk;k1}を独立同分布な確率変数列としてランダムウォーク{Sn;n0}を次のように構成する。S0=0,Sn=X1+…+Xn,n1.このランダムウォークに対して,n1の形の確率変数を考える。この確率変数は一見特殊な形に見えるが実は確率過程の研究においてさまざまな場所で現れる。例えば、ランダムな差分方程式において、マルコフ過程のある状態への到達確率、分枝過程および出生死滅過程の生存確率やある世代の期待される生存者の総数などが挙げられる。

 Afanase’vはランダム媒質中を動くtransientなランダムウォークの最大値の末尾部分の確率の漸近挙動を調べる為にの形の確率変数のある汎関数の期待値を解析した。この問題を一般化しさらに彼の証明を明快なものにする為私は前の論文で彼の結果を含む形でランダムウォークの指数型汎関数の期待値の漸近挙動と共にある条件下での極限の正値性を調べた。そして、この結果をもともとの問題に適用する事によりAfanae’vの結果を若干ながら拡張することに成功した。しかし、私の論文では問題となったいる漸近極限の確率論的な表現は与えられなっかた。この様な漸近性を調べる問題では通常極限が正であることを言えば十分でありしかもランダムウォークの平均が0でない場合その極限を表現することは不可能なことが多いからである。

 一方Afanase’vの問題の連続版である問題即ちドリフトをもつブラウン環境の中を移動する拡散過程の最大値の末尾部分の確率の漸近挙動が河津-田中両氏によって考えられた。一番困難な箇所の結果を得るにあたって彼らはYorによって得られたexp(Bt)との同時分布に関する公式を使っている。そのYorの公式により彼らは次のことを示した。(彼らの証明を見ると彼らはこの様な一般的なかたちにはきずいていなかったようである。この形で示したのは筆者の修士論文であった。)>>0,としてf(x)=O()とすると

 

 ここで

 

 Afanase’vの問題の連続版であったにも関わらずその極限がcの様に明示される訳である。しかし、この極限cの確率論的ないみあいがどのようなものであるか知る為には非常にこみいったYorの公式の証明に立ち戻らなければならない。しかし、そうしたところでその確率論的な意味が得られるかどうかは難しいとおもわれる。最近上の漸近性に対して小谷氏は以下のの漸近性をYorの公式によらない方法で示した。

 

 ここで、gやV0はかなり広いクラスの関数でfは(0,∞)上の非負有界な測度のラプラス変換とする。すなわち

 

 ここで特にV(x)=ex,g(x)=とすることが可能でありCameron-Martin transfromとを併せて考えればfが上の形のときcは以下のように表される。

 

 ここでg(x,y)は全直線上ののグリーン関数である。いいかればg(x,y)はを生成作用素にもつ拡散過程の(2exdxに関する)推移確率密度の時間パラメーターにかんするラプラス変換である。これでかなりはっきりした確率論的な表現がえられた訳である。この論文ではやはりfが上のような形を持つときの河津-田中両氏の結果のランダムウォーク版を考え、さらにcに相当する値を確率論的に表現する。これは筆者の前の論文ではえられなかった部分である。すこし詳しくいえばEX1>0でX1のmoment generating functionがある負の開区間で存在してfが(0,∞)上の非負有界な測度のラプラス変換とすると

 

 ここでの形となる。a(x)は{Sn;n0}のexcurtionが起こる時間とその高さから成るprocess(ascending ladder processと呼ばれる)とSnを平均0に変換したランダムウォーク(これはCameron-Martin formulaを使ってブラウン運動のドリフトを0にすることに相当する)のharmonic transformとで構成される。

 この結果を得るにあたってランダムウォークに対する様々な条件付き極限定理を必要とした。特にSnが常に負の半区間にとどまるしたときの極限的な法則を調べた。このことはharmonic transformがそのように解釈されることを考えると自然な帰結とも言える。主要な補題のひとつとして次の結果を得た。ki1としてはしめのk次元分布(S1,…,Sk)末尾部のk次元分布(Sn,Sn-1,…,Sn-k-1)の同時分布を∧n=(S10,…,Sn0)で条件付けてn→∞とするとこの分布は二つのk次元分布の積に弱収束する。すなわち漸近的に独立であり極限分布のひとつは先に述べたa(x)を構成するharmonic transform processの分布でありもうひとつは初期分布付きのharmonic transform processの分布である。この初期分布はSnの条件付き収束にともない現れるものである。ここで重要なことは末尾部k次元をSn,Sn-1,…,Sn-k-1と時間を逆にとることである。このように考えないと上の弱収束は得られないであろう。

 このような条件付き極限定理は古くはIglehart(1974)による(Sn|∧n)の収束がある。最近の結果としてはKeener(1992)による(S1,…,Sk|∧n)の収束が整数値のみを動くランダムウォークに対して、より一般の場合にはBertoin and Doney(1994)によって示された。我々の補題はその全ての結果を含みさらに拡張している。しかもその補題こそ定理の証明に必要なのである。

 このほかに簡単だが重要な補題として本文中のLemma1とLemma9が挙げられる。Lemma1ではrenewal functionが最初のexcurtionがおこる位置の分布を決定するということをのべている。(x<0での結果)Lemma9はFubiniの定理の応用であるが初期分布をもつランダムウォークをtime reversalして考えるとき有効である。実際先に述べた主要な補題の証明に使われる。またside resultsとしてSection5の5)と7)がある。5)はよく知られているWiener-Hopf factorization identityの実軸上の類似でありある条件下ではWiener-Hopf factorization identityの形を保ったまま解析接続されることを示している。これは解析接続の理論では明かというわけでわない。ここでもLemma1と9が使われる。7)は先に述べた主要な補題の一次元ドリフト付きブラウン運動の類似であり三次元ベッセル過程が密接な関係にあることがわかる一つの例となっている。

審査要旨

 論文提出者はランダムな環境下における1次元ランダムウォークの挙動に関する研究を行ってきた。本論文では、その研究から発生する、独立確率変数の和のある汎関数の期待値の漸近展開式に現れる定数に対する明示的な公式を与えた。

 まず、主要結果について述べる。{;1}を独立同分布な確率変数列としてランダムウォーク{Sn;n0}を

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 によって定義する。ここで、確率変数X1は可積分で

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 である事を仮定する。この時、

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 とおくと、’()=0となる>0がただ一つ存在する。

 論文の主たる定理は以下の通り。

 定理1gはR上の有界連続関数、fは[0,∞)上の関数、VはR上の連続関数で以下の条件を満たすものとする。

 (1)ある(0,∞)上の有限な測度が存在して

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 となる。

 (2)>を満たす正数,,が存在して

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 この時、

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 実は、本論文の最も重要な点は、上記の定理に現れる定数cを、最初のランダムウォーク{Sn;n0}をドリフトの変換をしさらに調和変換したマルコフ過程と、ランダムウォーク{Sn;n0}のexcurtionが起こる時間とその高さから成るprocess(ascending ladder process)とを用いて表現した点にあるが、きわめて複雑なのでその式はここでは書かない。

 この定理は一見何のためにあるかわからないが、元々の動機は

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 (ただし、Yはある非負値確率変数)に適用することにあった。これは、以下のようなランダムな環境下のランダムウォークの研究に現れる。

 いま、{Zi;i∈Z}は区間(0,1)に値をとる独立同分布な確率変数列で、さらに{Xn;n0}は

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 n0,k∈Zで与えられる確率過程とする。E[log((1-Z0)/Z0)]>0であるならばXn→-∞a.s.が知られている。この時、pm=P(max{Xn;n0}m)とおくと上記の定理より次の定理が導かれる。

 定理2112911f19.gifと仮定する。この時、’()=0となる>0がただ一つ存在する。もし、<lであれば、

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 この結果は1990年にAfanase’vに出した結果の拡張となっている。さらに定数c0も明示的に与える事ができる。

 主定理の証明にあたり、論文提出者はランダムウォークの種々の条件付き確率に対する極限定理を示しているが、これらも既知の結果の大幅な一般化となっている。主定理の類似の結果はランダムウォークをブラウン運動に置き換えた場合は、Yorや小谷らによる結果があるが、ランダムウォークはブラウン運動よりより自由度の高いものであり、はるかに精密な評価が要求される。

 以上のように本論文は独創性のあるきわめて質の高いもので、論文提出者平野克博は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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