学位論文要旨



No 112917
著者(漢字) 佐藤,信哉
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ノブヤ
標題(和) パラループ理論におけるフラットネスのいくつかの応用について
標題(洋) SOME APPLICATIONS OF FLATNESS IN PARAGROUP THEORY
報告番号 112917
報告番号 甲12917
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第88号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 河東,泰之
 東京大学 教授 河野,俊丈
 東京大学 助教授 泉,正己
 東京大学 助教授 加藤,晃史
 大阪教育大学 教授 長田,まりゑ
内容要旨

 1983年にV.F.R.Jonesによって系統的な研究が始められたsubfactor理論は,その作用素環的な重要性にとどまらず,彼の結び目の不変量をきっかけとして,急速に他のさまざまな数学,数理物理の分野へ影響を及ぼした.一方,A.Ocneanuは,Jonesによって得られた不変量の組み合わせ論的構造を見抜き,paragroupとして世に出した.Paragroupはいくつかの公理によって定義される代数的かつ組み合わせ論的対象であるが,その構成の特徴から,可解格子模型,rational conformal field theory(RCFT),量子群の1のべき根における表現論,3次元topological quantum field theory(TQFT)といった分野と類似の構造をもっている.実際,V.PasquierとA.Ocneanuは,それぞれ独立に,ある種のIRF modelのデータから,paragroupを構成できることを示した.(一方で,ある種のparagroupからIRF modelを構成できるが,この場合にはspectral parameterがない.)また,J.de BoerとJ.GoereeはRCFTのデータから,paragroupを構成できることを示した.逆に,対称性の高いparagroupから,RCFTを構成できることも知られている.このような相互の関係を成立させているのは,各々の理論におけるtensor categoryが類似の構造を持っているためである.そして,paragroup理論とは,subfactor理論のtensor categoryとしての構造を記述するものといえる.この論文では,paragroupの公理の一つであるflatnessのカテゴリ論的側面に注目し,いくつかの応用について述べる.

 第1章において,この論文についての概略を述べる.

 第2章においては,この論文で頻繁に使われる記号,重要な定理について述べる.特に,A.Ocneanuによって提出されたparagroup理論について,簡単な紹介をし,本論文において重要な役割を果たす,paragroupの公理の一つであるflatnessについて述べる.

 第3章においては,flatness条件そのものについての考察を行う.Flatness条件はparagroupが実際に群であるときには,群の結合法則に相当するものである.Paragroupは,(有限)群とそのunitary表現の一般化と思える.そこで,有限群の場合のアナロジーとして,第2章で導入したparagrupに対して,Fourier transformを導入する(定義III.1.1).Fourier transform自身は,bimoduleによるアプローチの場合には,Ocneanuによって,すでに導入されていたが,今回は,biunitary connectionにおいて導入した.これにより,string algebraA0,2,A1,1のそれぞれにconvolution productを入れることができ,したがって,これらのstring algebraには2種類のC*-algebraの構造が入ることになる.そこで,以下,グラフのdepthが2のときを考える.この場合に,convolution algebraからHopf C*-algebraの構造が導かれることと,元のbiunitary connectionが*-flatであることは同値であることが示される(定理III.2.8).より具体的には,Baaj-Skandalisの意味でのmultiplicative unitary(すなわち,pentagonal relationを満たすunitary)が存在することとbiunitary connectionが*-flatであることが同値であることを示す.これにより,depth2のparagroupには,Hopf C*-algebraの構造が入ることがわかる.次に,depth2のparagroupのcombinatorialなデータから出発して,上のように構成した2つのHopfC*-algebraは互いにdualであることを示す(命題III.3.3).この章の最後に,depth 2 paragroupのcombinatorialなデータから出発して,AFD II1 subfactorを実際に構成する.

 第4章においては,有限次元non-degenerate commuting squareから得られる2つのAFD II1 subfactorについての考察をする.これはV.F.R.Jonesが1995年にAarhusでの研究集会において提出した問題に対する解答を与えるものである.Jonesの問題とは,有限次元non-degenerate commuting squareに対して,縦方向,横方向についてbasic constructionを繰り返し施すことにより得られる2つのAFD II1 subfactorについて,どんな関係があるか,特に,一方がfinite depthであるならば,他方もそうであるか,という問題である.この場合,もはやJones indexについての関係は期待できないことは容易に分かる.そこで,Jones indexに代わるものとして,これらの2つのsubfactorの間において,global indexが等しいことを証明した(系IV.2.5).ここで,global indexとは,Ocneanuにより導入された概念であり,asymptotic inclusion subfactor MV(M’∩M)⊂Mに対するJones indexである(定義IV.2.3).そして,概念的には,量子群における量子次元の2乗和に相当する.Jonesの問題に対する解答を証明するために,flatnessについての新たな定理を証明する(定理IV.2.1).この定理とD.Bischの定理を組み合わせることにより,系として,一方がfinite depthであれば,他方もそうであることがわかる(系IV.2.2).そして,この結果を使ってglobal indexの一致が示される.この章の最後に,定理の適用できる例として,biunitary connectionにおけるグラフの全てがDynkin diagram E7の場合を調べ,その結果新たなprincipal graphの例を得る.

 第5章において,第4章で述べたJonesの問題をさらに発展させ,有限次元non-degenerate commuting squareから得られる2つのsubfactorとそれらから得られる3次元topological quantum field theory(TQFT)との関係について述べる.

 一般に,Jones index有限でfinite depthであるAFD II1 subfactorから出発して,bimoduleの理論を経由することにより,(graded)fusion rule algebraとquantum 6j-symbolを得る.これらのデータを用いて,3次元多様体に対する3角形分割を用いたTuraev-Viro型の3次元TQFTを構成できることがOcneanuによって示されている.例えば,3次元球面に対して,subfactorから得られる3次元TQFTを適用した場合に得られる位相不変量は,元のsubfactorのglobal indexの逆数であることが知られている.

 3次元球面の例にヒントを得て,上で得た2つのsubfactorの3次元TQFTを調べてみると,これらの間には,TQFTとして,複素共役の関係にあることがわかった(定理V.2.1).この定理は,元のbiunitary connectionが*-flatな場合を調べることによって,証明される.*-flatの場合には,2つのsubfactorの間には,より深い関係がある事が分かる.すなわち,2つのsubfactorをそれぞれN⊂M,P⊂Qとすれば,これらから得られるN-N bimoduleのなす6j-symbolをもつtensor categoryとP-P bimnoduleのなすそれとは,互いに複素共役の関係にある事が分かるのである(定理V.1.3).この時,3次元TQFTが互いに複素共役であることは容易に分かる.この定理の証明には,open string bimoduleを用いる(定義V.1.1).これは,string algebraの変形であり,bimoduleの構造としては,*-flat biunitary connectionによるparallel transportを用いる.Open string bimoduleはOcneanuが彼のRange Theoremを証明するためにsubfactorから得られるparagroupのデータに対して導入していたものである.

 Asymptotic inclusion M∨(M’∩M)⊂Mにおけるbimoduleの構造は3次元TQFTと密接な関係があることが知られている.これと上の結果を用いれば,それぞれのfusion graphが連結であるときには,M-M bimoduleのなすquantum 6j-symbolを持つtensor categoryとQ-Q bimoduleのなすそれとは同型であることが分かる(系V.2.2).概念的には,asymptotic inclusionから得られるM-M bimoduleは,量子群におけるquantum double構成法の類似である.そして,先ほどが複素共役であったのに対して,今回が同型であるのは,"quantum double"に移ったために,複素共役が打ち消されたものと考えられる.

 この章の最後に,2つの例を挙げる.一つは,前の章でも考察したE7 biuni-tary connectionであり,もう一つは,Dynkin diagramのA11から得られるstring algebraをE6のそれに埋め込むGoodman-de la Harpe-Jones subfactorである.いずれの例においても,N⊂M,P⊂Qそれぞれの3次元TQFTは同型になり,結果として得られる位相不変量は実数値を取ることが分かる.これは,Dynkin diagramの特殊性による.

審査要旨

 論文提出者,佐藤信哉は,V.F.R.Jonesによって創始された,作用素環論におけるsubfactor理論の,代数的,組合せ論的側面を主に研究している.その中心テーマは,subfactorに対して現れる,量子化されたGalois群ともいうべき,paragroupでありflat connectionと呼ばれるものがその核心部分をなしている.このflatnessに関する新たな応用を発見したことが学位論文の主要な成果である.

 Jonesの理論を作用素環論内部の立場から見た場合,commuting squareと呼ばれる有限次元環の組から,subfactor(無限次元の作用素環とその部分環の組)を作る方法がもっとも基本的であり,最近10年間に多くの論文がこの構成について書かれて来た.1995年6月,Jonesはデンマークの学会でこの構成法について,「こんな基本的なこともまだわかっていない」と言って次の問題を提出した.すなわち,この構成法では自然に2つのsubfactorが生じるが,この2つの関係は何か,また特に片方がfinite depthと呼ばれる有限性条件を満たすときに,もう片方もこの条件を満たすか,と言うものである.この問題について鮮やかな解答をあたえたのが,この学位論文である.その作り方から,この2つのsubfactorを「縦」と「横」のsubfactorと呼ぶことにする.

 まず論文の前半部では,global indexという不変量をうまく使うことにより,この「特に」の部分を肯定的に解決した.佐藤はさらに強く,「縦」と「横」のsubfactorが同じglobal indexを持つことまでこの論文で示している.(もとのsubfactorがfinite depthを持つときに限って,global indexが有限となることは既に知られている.)Global indexは量子化された代数系であるparagroupのサイズを測る不変量であり,かなり前からあるものだが,その重要性はあまりよく認識されていなかったものである.この部分では佐藤は実際には,Ocneanuのcompactness argumentの構造をを詳しく調べて,flat fieldを使うことによって,flatnessに対する新しい定理を証明している.

 さらに論文の後半部で,佐藤はこの手法を深め,Jonesの問題の前半の「関係は何か」という部分についてもほぼ最終的と思われる答に到達した.それは,「縦」と「横」のsubfactorから,triangulationを用いたTuraev-Viro-Ocneanu型の仕組みを経由して,3次元topological quantum field theoryを作ると,それらが互いに複素共役である,というものである.この結果はさらに,この種の理論的枠組みの元祖であるOcneanuが1990年に提出した類似の問題の解答にもなっている.実際にはもっと強く,佐藤は「縦」のsubfactor N⊂Mと「横」のsubtactor P⊂Qに対し,N-N bimoduleのなすシステムとP-P bimoduleのなすシステムを比べており,片方のquantum 6j-symbolに複素共役をつけておけば,これら2つがOcneanuの意味での同値なシステムを与えていることを証明している.Bimoduleの「同値なシステム」というのはOcneanuが最近強調している概念であるが佐藤の結果は,この概念の応用に関する最初の実質的な結果である.さらに佐藤は,この結果を使って,asymptotic inclusionに関する興味深い結果も次のように証明している.

 Paragroupを代数系と思った場合,与えられたparagroupを,より高い対称性(たとえばbraiding)を持つparagroupに作りかえる方法をOcneanuが導入した.それは,量子群の理論におけるDrinfel’dのquantum double構成に類似した構成法である.(実際有限群に対して適用した場合,2つの構成法は同じ物を与える.)この構成は,subfactorのレベルでは,N⊂Mから出発し,M∨(M’∩M)⊂Mを作ることに当たり,このsubfactorの作り方が,Ocneanuのasymptotic inclusionと呼ばれているものである.より正確に言えば,asymptotic inclusionから生じる,M-M bimoduleのなすシステムがもとのN-NあるいはM-M bimoduleのなすシステムの"quantum double"と思えるのである.さて佐藤は,一つのcommuting squareから生じる「縦」のsubfactor N⊂Mと「横」のsubfactorP⊂Qに対し,おのおのから生じるasymptotic inclusionのM-M bjmoduleとP-P bimoduleのなすシステムについて,fusion graphに関する連結性の仮定のもとで,これら2つの同型を証明した.この仮定は,マイナーなもので興味深い例ではいつも成り立っていると思って差し支えないものである.

 よって論文提出者佐藤信哉は,博士(数理科学)の学位を受けるに充分な資格があると認める.

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