近年、アミノ酸数個ないし十数個からなるいわゆる低分子ペプチドが、エンドセリン拮抗薬やレニン阻害薬などの医薬品として開発されつつある。それらはバイオアベイラビリティが低く、多くが未変化体のまま胆汁中に排泄されるという欠点を有する。その原因として肝臓での能動輸送による取り込みや排泄が言われているが、未だ解析例は断片的である。本研究はエンドセリン拮抗薬BQ-123のいくつかの誘導体について、ラットin vivo系、遊離肝細胞系、胆管側膜ベシクル系を用いて体内動態を解析することにより、肝への取り込みならびに胆汁排泄で、どのような輸送機構がどの程度の効率で働いているかを明らかにすることを目的としている。 1.In vivo体内動態 SD系雄性ラットに、BQ-123(アニオン電荷を有し5つのアミノ酸からなる環状ペプチド)、BQ-485(アニオン電荷を有し3つのアミノ酸からなる直鎖ペプチド)、BQ-518(アニオン電荷を有し5つのアミノ酸からなる環状ペプチド)、もしくは化合物(a)(アニオン電荷とカチオン電荷を有し5つのアミノ酸からなる環状ペプチド)を定速静注し、定常状態血漿中濃度、肝臓中濃度、胆汁排泄速度を測定した。このデータをもとに、全身クリアランス(CLtotal)、血漿中濃度基準の胆汁排泄クリアランス(CLbile,p)ならびに肝臓中濃度基準の胆汁排泄クリアランス(CLbile,h)を算出したところ、BQ-123ならびにBQ-485はともに肝血漿流速に近いCLtotalを示すのに対し、カチオン残基を修飾した化合物(a)ではBQ-485のわずか1/4であった。(a)を除く3つの拮抗薬はいずれも投与された薬物のほとんどが未変化体のまま胆汁排泄される一方、(a)の胆汁排泄は投与速度の半分弱にとどまった。(a)のCLbile,pならびにCLbile,hは4つの中で最も低く、何らかの原因でこの化合物の肝胆系移行は比較的小さいことが示された。以上よりこれら拮抗薬はそれぞれ異なる肝胆系移行性を示し、それに応じて全身からの消失の効率も異なることが明らかとなった。従来より低分子ペプチドの多くは循環血中からの消失が速いものと考えられてきたが、血中で比較的安定な低分子ペプチドもデザイン可能であることが実証された。 2.肝への取り込み過程:In vivo系ならびに遊離肝細胞系を用いた解析 肝への取り込み効率を明らかにするため積分プロット解析を行い、肝取り込みクリアランス(CLuptake)を求めたところ、化合物(a)を除く3つの化合物のCLuptakeはCLbile,pとcomparableであったことから、これらでは取り込み過程が胆汁排泄速度を決めていることが明らかとなった。また、他に比べて低いCLbile,pを示す(a)のCLuptakeはBQ-485の半分程度観察された。すなわち化合物(a)の肝取り込みは低いものの、それだけではCLbile,pの低さを説明できないことがわかった。さらに取り込み機構を明らかにする目的で、ラット遊離肝細胞への取り込みを測定した。各化合物は時間依存的に取り込まれ、取り込みにNa依存性があった。ATP depletorであるrotenoneもしくはFCCPで細胞を前処理することによりこれらいずれの取り込みも有意に減少した。さらに4つの化合物それぞれのNa依存性、非依存性取り込みについて飽和性が観察された。BQ-485のNa依存性、非依存性の取り込みともに、胆汁酸であるタウロコール酸、有機アニオンであるDBSP、それにBQ-123によってほぼ完全に低下した。また、[3H]BQ-123の取り込みに対する阻害効果を調べ阻害定数(Ki)を求めたところ、いずれの化合物も濃度依存的に[3H]BQ-123の取り込みを阻害した。得られたKi値と、阻害した化合物自身の取り込みに関するミカエリス定数(Km値)とはほぼcomparableであったことから、これら4つの化合物は同一の輸送機構で能動的に肝細胞内に取り込まれることが示唆された。胆汁酸や有機アニオンによる阻害はBQ-123の取り込みについてはすでに報告されていることから、これら4つの化合物が胆汁酸ないし有機アニオンを認識する輸送担体による取り込みを受けることが示唆される。さらに、遊離肝細胞における取り込みクリアランスからwell-stirred modelに基づいてin vivoのCLuptakeを予測したところ、先の実測値とよくあっていた。以上より肝取り込み過程には少なくとも2種類の能動輸送機構が関与することが示された。 3.胆汁排泄過程:胆管側単離膜小胞(CMV)を用いた解析 BQ-123の胆汁排泄機構は主にcanalicular multispecific organic anion transporter(cMOAT)であることが報告されている。そこで、ラットCMVへの各化合物の取り込みをATP存在下ないし非存在下で測定したところ、ATP存在下において高い取り込みとovershootが観察された。この時のATP依存性取り込みの初速度はin vivoでのCLbile,hの大小関係とほぼ対応しており、CLbile,hの最も低かった化合物(a)では取り込みも低かった。さらにATP依存的な取り込みには飽和が観察された。これらのことから、4つの化合物がいずれも一次性能動輸送で胆汁排泄されることが示唆された。またCMVへの[3H]BQ-123の取り込みに対していずれも濃度依存的にほぼ完全に阻害をかけ、得られたKi値はKm値とほぼ近い値であった。この時のKi値は(a)が最も低く、従ってBQ-123輪送担体に対する親和性は(a)が最も高いことがわかった。さらに、cMOATを遺伝的に欠損したラット(EHBR)CMVでは、(a)を除く3つの化合物でATP依存的な取り込みは大きく低下したものの、(a)ではほとんど変化なかった。これらのことから、化合物(a)はBQ-123の輸送担体(cMOAT)に対して高い親和性を有するものの、(a)自身の輸送は極めてされにくい性質をもつことが明らかとなった。 以上より、エンドセリン拮抗薬BQ-123誘導体はいずれも未変化体のまま胆汁排泄を受けるものの、その肝胆系移行性は化合物によって大きく異なること、肝への取り込みならびに胆汁排泄過程にはいずれも化合物間で共通の能動輸送機構が働くこと、取り込み側はNa依存性および非依存性の少なくとも2種類の輸送機構からなり、ともに胆汁酸や他の有機アニオンに親和性を有すること、化合物(a)はcMOATへの親和性は今回検討した化合物の中で最も高いものの、輸送そのものは別の輸送担体でなされること、が明らかとなった。本研究は、現在医薬品としての開発が困難となっている低分子ペプチドの体内動態機構を考える上で重要な知見を与えるものであり、博士(薬学)の学位を授与するのに値するものと認めた。 |