学位論文要旨



No 112924
著者(漢字) 荒牧,浩二
著者(英字)
著者(カナ) アラマキ,コウジ
標題(和) 自律移動ロボットによる海中探索活動に関する研究
標題(洋)
報告番号 112924
報告番号 甲12924
学位授与日 1997.04.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3945号
研究科 工学系研究科
専攻 船舶海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浦,環
 東京大学 教授 小山,健夫
 東京大学 教授 前田,久明
 東京大学 助教授 大和,裕幸
 東京大学 助教授 鈴木,英之
内容要旨

 自律移動ロボットは,人間が搭乗することの危険性や経済性の問題から,水中・災害現場・原子炉施設など過酷な環境での活動や惑星探査などの多くの分野でその必要性が指摘され,各国で盛んに研究開発が行われている.特に電磁波の減衰が著しい水中環境や通信に長時間を要する地球外環境では,遠隔操作は不向きであり,理学的調査や産業用途に,いわゆるロボットアームのような単調作業の自動化をめざしたロボットとは異なる知的自律型ロボットの利用が世界的に注目されているが,実用的と呼べるものは完成していない.

 自動ロボットアームの多くは,障害物がロボットに明示されており,不慮の事態に対しても人間が解決するまで待機するというスタイルであるが,いかなる分野の自律移動ロボットにも共通する最も一般的な課題として,ロボットが効率よく安全に活動するためには,障害物形状などのロボット周囲環境の状態を認識し,臨機応変な行動計画を行うことが不可欠と考え,環境認識,特に障害物形状認識とそれに基づく行動計画を研究上の重要なポイントと位置付ける.

 自律移動ロボットの周囲環境情報を集めるセンサは,陸上では光学的手段を多用するが,水中環境では超音波距離センサが主流である.しかし超音波センサは,指向性が低く,マルチパスに起因する大幅なエラーがしばしば観測されるため,これに対応したマッピングアルゴリズムが必要である.

Figure 1 Actions in the mission

 本研究ではElfesの提案する占有格子点による地形図作成手法を拡張し,水中ロボットが目標水域を動き回る過程で様々な位置から観測されたセンサデータを基に,確率論的情報処理によりエレベーションマップを作成するモデルを提案した.これは,各センサデータを用いて障害物の「存在性」と「不存在性」に関して独立に蓄積された情報に適宜解釈を加えることにより,障害物形状を表わす推測深度Zc(x,y)の他にも,それより浅い場所に障害物がないことを保証する安全限界深度Zs(x,y)と,Zcの信頼性の指標となる情報充足度W(x,y)という付加的な情報が得られる.Wがあるしきい値W0に満たないZcは「不明」と結論づけることにより,不正確な推測を避け,それによる地図上の空白地帯はZsが埋めるので,ロボットは衝突の恐れのない経路を計画できる.

 一方,Fig.1に示す様に,マップの空白地帯を積極的に探索するアルゴリズムをロボットに組み込むことも必要とされる.従来の測量活動のように一定深度を単調にロボットが動いても,その後のロボットの自律的行動の計画に役立つ情報が収集されないからである.すなわち,上で導入したWにより「不明」とされたZcが広く分布する部分水域を選びだし,その中心地をサブゴールとした経路追従行動を繰り返し,その過程で得られたセンサデータを基にマップ情報を更新することが重要である.本研究では,このように未知の場所への能動的探索という目的意識に基づく行動を計画し,エレベーションマップや立体格子点による3次元地図という様式で障害物形状を認識するというシナリオのミッションを想定し,環境のモデル化と行動計画が相互作用関係にあるという観点から,そのミッションを達成するためのロボット行動制御アーキテクチャを提案した(Fig.2).

Figure 2 Framework of the active use of map system

 また,水中ロボットの研究開発には様々な要因から高性能のシミュレーションシステムが必要とされている.特に実際の環境での実験に手間がかかるため,ロボット本体の機能や挙動のみならず環境全体の物理現象をモデルとして扱い,また実ロボットが仮想的な世界にアクセスすることでロボットの思考システムにさまざまな仮想的センサ計測値を供給するなど,幅広い多種類の実験スタイルを可能にする強力な研究ツールが必要である.本研究出はこれらを踏まえ,計算機ネットワークを利用した汎用的な仮想環境シミュレータを構築し,ネットワーク上に恒常的な仮想的な海を作り出すことに成功した.

 このMVSを用いて障害物形状の認識ミッションを行い,立体格子点による3次元地図の様式で得られたマップがFig.3である.障害物の有無の認識のほかに,「山頂」,「トンネル」といったsymbolicな情報も提供することに成功した.水中自律移動ロボットが周囲障害物を認識し,それにもとづく行動計画を行うためのシステムアーキテクチャが構築され,その有効性が確認された.これにより人類の水中での活動の自由度が向上するであろう.

Figure 3 3D map of the target area
審査要旨

 自律移動ロボットは、人間が搭乗することの危険性や経済性の問題から、水中・災害現場・原子炉施設など過酷な環境での活躍や惑星探査などの分野でその必要性が指摘されているが、実用的と呼べるものはない。本論は、どの自律移動ロボットにも共通する課題として、障害物形状などの周囲環境の認識と、臨機応変に行動を計画するための、行動制御システムについての研究をおこなっている。具体例として海中ロボットを取り上げ、比較的狭い領域で行動するためのワールドモデルと行動制御システムを構築し、その過程における問題点を明らかにし、その解決法を提示している。そして完成したシステムの有効性について、シミュレーションと実際のロボットによる実験において、検証を行っている。

 第1章は序論であり、研究の背景および目的を示すとともに、世界の自律移動ロボットの研究動向について概観している。

 第2章では、行動制御システムを構築する際の、設計の自由度を絞り込む方法について考察を加え、ワールドモデルの情報を管理する主体として環境マップシステムを提案している。また、ワールドモデルの構成要素として任意の物理量の空間的広がりを表現する環境マップを提案し、その使用スタイル、情報の獲得方法、規模、抽象度の違いに着目した分類を行い、それを行動制御システムの設計に役立てるよう提言している。

 第3章では、障害物形状情報を扱うためのワールドモデルの要素としてのマップシステムを構築している。水中ロボットなどで一般に利用されている超音波距離センサは、指向性が弱いため一回の計測では超音波反射点を特定することが困難である点を考慮し、確率論的手法で複数の計測データを合成し、障害物形状の全体像を浮き上がらせる手法を用いている。これにより、等間隔の地点における深さの集合であるエレベーションマップの様式で障害物形状を表現するとともに、その認識結果の信頼性を表わす指数や、ロボットの安全性を保証する深度情報も、附加的な情報として提供している。また、これとは別に立体格子点による3次元地図という様式で、エレベーションマップでは表現しきれないような複雑な形状の表現にも対応している。さらに、このマップ情報を解析し、山頂やトンネルといった地形上の特徴を抽出している。

 第4章では、範囲が指定された未知の海域の地形をマッピングするという具体的なミッションを想定した上で、第3章で構築したマップシステムと情報をやりとりしてロボットの運動を管理するナビゲーションシステムを構築した。すなわち、「ロボットの障害物との衝突を回避する」「マップの空白域に積極的に探索に向かう」という目的意識に基づき、ロボットの経路を計画するものである。これにより、ロボットの行動制御システム全体のアーキテクチャの提案を行っている。

 第5章では、第4章までに提案したシステムの検証を行うためのシミュレーションシステムMVS(Multi-Vehicle Simulator)の開発を行っている。これは、インターネット上に半永久的に展開された仮想的な海に、利用者が自由にアクセスし、適切なモデルを接続することでシミュレーションを行うための道具と位置付けられる。特に、シミュレーション結果を現実に近づけるための問題点を考慮し、実際のロボットを計算機ネットワークに接続し、陸上のみならず実際の水中環境下でシミュレーションを行うことでその解決を図っている。

 第6章では、水中ロボットTwin-Burger1の機能強化を行っている。すなわち、主にセンサなどのハードウエアに改良を加えた上、高位および低位推進器コントローラのソフトウエアを整備し、MVSと組み合わせることにより強力な検証ツールとしている。

 第7章では、MVSおよびTwin-Burger1を用いたシミュレーションと実験により、第4章までに提案したシステムの検証を行っている。その結果、提案した障害物形状認識のアルゴリズムは、センサ計測値の低信頼性を克服し、良好な形状認識結果を示すことができた。また、先の目的意識に基づく経路計画手法が、与えられた単調な経路による探索活動に対して優位性があることを示した。

 第8章では、研究全体に関して得られた知見を一望し、障害物の幾何学的な情報以外の物理量による環境マップを導入する観点から、今後の自律移動ロボット研究に期待される成果について考察を行っている。それと同時に、MVSによる半自律的な遠隔操縦システムについての今後の展望も述べている。

 最後に第9章として、本論文に述べた研究成果をまとめている。

 以上のように、本論文は、水中を活躍の舞台とする自律移動ロボットの具体的な行動制御システムを構築し、その過程で、範囲を指定された未知の目標海域を探索するための問題点と解決法を明らかにしたものである。したがって船舶海洋工学、ロボット工学、および情報工学の進歩に資する所が大きい。よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク