学位論文要旨



No 112925
著者(漢字) 佐藤,巨光
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ナオヒロ
標題(和) 超音速乱流混合層の不安定性励起による混合促進に関する研究
標題(洋)
報告番号 112925
報告番号 甲12925
学位授与日 1997.04.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3946号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 長島,利夫
 東京大学 教授 平野,敏右
 東京大学 助教授 津江,光洋
内容要旨

 次期宇宙往還機であるスペースプレーンでは,複合サイクルエンジンを用いることが予定されており,飛行マッハ数4〜25の範囲ではスクラムジェットエンジンを用いることが検討されている.その開発においては,多くの研究課題が挙げられているが,その一つとして研究されているのが超音速の空気流と燃料流の混合に関するものである.超音速乱流混合層は圧縮性の影響により,その成長率が亜音速の場合に比べて非常に小さいことが知られている.そのため,いかにして超音速乱流混合を促進するかについて,これまで多くの研究がされてきた.

 本研究の目的は,キャビティより放出される音波擾乱を超音速乱流混合層に入射し,超音速乱流混合層の持つ不安定性を励起し,混合の促進を図ろうというものである.実験は,まず2次元混合層について擾乱の影響が調べられ,続いて,より実際のエンジンの流れ場に近い3次元混合層について調べた.

 図1に2次元超音速ノズル出口の模式図を座標系と共に示す.座標系の原点は噴射管出口中心にとった.ノズルの設計作動条件はマッハ数M1=1.78,全温288Kであり,出口は大気開放である.ノズルは高さ4mmの仕切り板を兼ねた噴射管で上下に分けられており,出口形状はそれぞれ高さ23mm,幅46mmとなる.噴射気体は主流に対し平行噴射される.キャビティは噴射管出口で音波が入射されるように上流に設置され,長さL,深さDを変えて実験を行う.図2にキャビティ出口のシュリーレン像を示す.キャビティ出口から音波が放射されるのが確認できる.

 図3に2次元混合層に音波擾乱を入射したときのシュリーレン像を示す.2次元噴射管の出口幅はノズルのものと等しい.噴射管からは空気が亜音速噴射されている.擾乱が入射されることにより不安定性が励起され,混合層が上下に激しく振動しているのが分かる.これにより混合領域はY方向に大きく拡大した.この振動周波数は入射した音波のものと一致している.しかし,噴射管から,空気の代わりにヘリウムをやはり亜音速噴射すると図3に見られるような擾乱入射による混合領域の拡大は見られなくなる.これは,密度比の低下に伴い混合層が安定化し,更に外部から音波を入射していることから,音響インピーダンスの相違の影響で入射された音波が反射しているためであると考えられる.

 続いて,3次元混合層に音波擾乱を入射することにより影響がどのように現れるかを調べた.図4に用いた2種類の噴射管形状を示す.噴射管は2次元噴射管の場合同様,図1に示されている位置に取り付けられる.噴射管の出口幅はノズルのものよりも狭く6mmである.2次元噴射管との比較や,流れ場の解析を容易にするために出口形状は矩形となっている.噴射管2には,噴射孔以外の部分にテーパが設けられており,噴射管1とは異なり噴射孔以外の領域で上下の主流が滑らかに合流するようになっている.空気を2次元噴射管の場合同様に亜音速噴射すると,噴射管1,2共に混合層の振動が生じ混合領域は拡大する.しかし,空気の噴射量を増やすと混合層の中心付近では振動による混合領域の拡大が見られなくなる.これは,噴射量の増加に伴い噴射気体の持つ慣性が増加し,外部からの擾乱の影響を受けにくくなるためであると考えられる.しかし,3次元混合層では,混合層のエッジ付近で音波擾乱の入射による3次元的な影響を見ることができた.図5に噴射管1,2で空気を音速噴射したときの下流40mmでのピトー圧の等高線を示す.図中の数字は主流の値で無次元化したピトー圧である.噴射管1ではシュリーレン像で,空気を音速噴射した場合でも擾乱入射により図3のような振動が見られた.これに対し,図5では擾乱の入射によっても混合層の中心付近で,Y方向への混合層の拡大を見ることはできない.しかし,特にL=10 D=5で,低いピトー圧の領域が減少しているのが分かる.シュリーレン像で見られた振動は噴射孔から離れた領域に形成される後流によるものであり.振動しない混合層と振動している後流の3次元的な干渉により,混合が進んだものと考えられる.2次元噴射管では影響の見られなかったヘリウムの噴射でも同様の結果を得た.噴射管2では,テーパの効果で噴射管1のような擾乱入射による後流の振動は見られなかった.図5では擾乱の入射により混合層がZ方向に引き延ばされているのが分かる.ミー散乱法で噴流断面の可視化を行ったところ,擾乱を入射した時バロクリニックトルクの作用による混合層の変形が見られた.

 音波擾乱の入射により,混合層の不安定性が励起され,混合領域が拡大されるのが本研究で明らかにできた.しかし,2次元的な場で音波擾乱が効果的な条件はあまり広くはないようである.3次元噴射管により形成される混合層では,2次元的な場では音波擾乱の影響が見られない条件でも,3次元的な効果によりその影響の見られることが示された.

Fig.1 Schematic of the flow at the nozzle exitFig.2 Schlieren image of cavity exit for L=10 D=14Fig.3 Schlieren images for subsonic air injectionFig.4 3D injector shapesInjector 1 Injector 2Fig.5 Pitot pressure contours at X=40mm for sonic air injection(a)Injector 1 (b)Injector 2
審査要旨

 修士(工学)佐藤巨光提出の論文は,「超音速乱流混合層の不安定性励起による混合促進に関する研究」と題し,6章から成っている.

 超音速乱流混合の促進は,スクラムジェットエンジンの軽量化や性能向上の目的から重要な研究課題の一つである.超音速流中では圧縮性の影響により亜音速の場合に比べて混合層は安定であり,その成長が著しく遅れることが知られている.そのため積極的な混合促進が必要となる.これまでいくつかの混合促進法が提案されているが,未だ決定的なものはない.本論文では,音波擾乱を用いて超音速乱流混合層の不安定性を励起することにより,混合促進を図ることを目的に実験を行い,その効果を調べている.これは,混合層の不安定性励起を行うことにより低損失での混合促進が期待できるためである.音波の影響については,噴流やせん断層の研究においてその影響が明らかにされているが,これを超音速流中での混合に適用した例はなく,独創的な研究であるといえる.

 安定な超音速乱流混合層を不安定化するためには,強い擾乱波が必要となる.そこで,本論文では音波擾乱の発生法としてキャビティを用いている.音波擾乱を混合層に入射したとき,混合層に果たして影響を与えることができるのか,また,影響が出たとして混合層はどのような挙動を示すのかを,まず2次元的な流れ場で調べている.しかしながら,実際のエンジンでは,主流は2次元的でも燃料は噴射孔から噴射されるため,形成される混合層は3次元的であると考えられる.そこで,引き続き3次元的な混合層に音波擾乱を入射したときに,混合層に及ぼす影響がどのように変わるかについて調べている.さらに本論文では流れ場のほか,噴射条件を変えることにより音波擾乱の影響がどのように変わるかについても調べている.

 第1章は序論であり,他の研究者等により行われている内容についても紹介しながら,本研究の意義と目的を述べている.

 第2章では,実験装置と測定法について述べている.まず,実験に用いた超音速ノズルおよび本研究の流れ場について説明している.音波擾乱の発生にはキャビティを用いているが,次にその形成方法について説明している.さらに,シュリーレン法を用いた流れ場の可視化などの測定方法を列挙しながら,それぞれについて説明を加えている.

 第3章では,音波擾乱の発生に用いたキャビティの特性について調べている.キャビティ出口での流れ場の可視化より音波の放射を確認し,さらにキャビティ深さを連続的に変化させ,キャビティ形状と発振周波数の関係を実験的に得ている.

 第4章では,2次元的な混合層に音波擾乱を入射し,擾乱が混合層に及ぼす影響について調べている.空気を亜音速噴射した場合は,擾乱入射により混合層の上下に瞬間的な圧力差が生じ,混合層が大きく振動することにより混合領域が増加することを明らかにしている.これに対し,密度の小さいヘリウムを亜音速噴射した場合は,音波擾乱の影響が見られず,その理由について理論や実験結果などから考察を加えている.

 第5章では,より実際の燃焼器内の流れ場に近いと考えられる3次元的な混合層に音波擾乱を入射し,実験を行っている.混合層が音波擾乱の影響を直接は受けないような噴射条件においても,3次元的な効果により混合が促進され得ることを示している.

 第6章は結論であり,本研究において得られた結果を要約している.

 以上要するに,本論文では音波擾乱の超音速乱流混合層に及ぼす影響を実験的に調べ,音波擾乱の効果を明らかにし,その機構および効果のある適用範囲について考察を行っている.本研究により,音波擾乱入射による超音速乱流混合層の不安定性励起と混合促進が可能であることが示されており,今後の航空宇宙推進工学,特にスクラムジェットエンジンの研究に貢献するところは大きいといえる.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク