学位論文要旨



No 112928
著者(漢字) 松村,一成
著者(英字)
著者(カナ) マツムラ,カズナリ
標題(和) 希土類金属錯体を用いた人工リボヌクレアーゼの構築
標題(洋)
報告番号 112928
報告番号 甲12928
学位授与日 1997.04.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3949号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小宮山,真
 東京大学 教授 渡辺,公綱
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 助教授 荒木,孝二
 東京大学 助教授 八代,盛夫
内容要旨

 RNAは生体内で多種多様な機能および高次構造をもつ高分子であり、その構造や機能を調べる上でRNAを塩基配列特異的に切断する操作は重要である。しかしながら、DNAにおける制限酵素のようにRNAを数個以上の塩基配列を認識する酵素は、現状では天然から単離されていない。その様な酵素を人工的に構築することは、分子生物学や生物工学の立場から非常に期待されている。しかし、核酸のリン酸ジエステル結合は生理的条件下では異常に安定な結合であり、その加水分解反応の触媒系はほとんど報告されていなかった。

 本研究では、希土類金属イオン(Lu3+イオン:0.005M)存在下においてApA(Adenylyl3’-5’adenosine)の加水分解が迅速に進行することを見い出した。加水分解生成物以外の化学種の生成は認められず、RNAの切断はすべて加水分解によるものであることが示された。この反応系(pH7.2、30C)におけるApAの加水分解の反応速度定数は1.9x10-1min-1であり、無触媒下(半減期は約800年)に比べ109倍の加速効果を示している。この反応速度は、従来研究されてきたRNA二量体の加水分解系で最も高いものであり、生理条件下で初めてRNAの加水分解が可能となった。また、各種のRNA二量体、およびRNAオリゴマーを基質とした実験結果より、希土類金属イオンによるRNAの加水分解反応は核酸塩基に依存しないことが明らかとなった。この結果は、認識配列を自在に設定できる人工酵素を構築する点において重要である。

 ApAの加水分解反応における各希土類金属イオンの触媒活性を図1に示す。ランタニド系列において、原子番号の大きなイオンがより高い活性を有する。また、同様の条件ではZn2+、Ca2+、Mg2+イオンおよび希土類と同じ三価のAl3+、Fe3+イオンは殆ど活性を示さなかった。このことからRNAの加水分解に対する著しい触媒作用は希土類金属イオンに特異的なものである。

図1ランタニド金属イオンによるApA加水分解速度[ApA]0=10-4M,[Lu3+]=5x10-3M,pH7.2,30C図2 Nd(III)によるApA加水分解速度のpH依存性実線は平衡定数K1およびK22から算出した理論曲線

 NdイオンによるRNA加水分解活性のpH依存性を示す(図2)。pH8.5付近まで活性はpHの上昇に対してほぼ二次の依存性で増加しその後飽和している。ここで、水溶液におけるNdイオンの挙動は以下の式で記述される。

 

 この式より得られるNd2(OH)24+の濃度と活性のpH依存性はよく一致する。さらに、NdイオンのRNA加水分解活性の金属濃度依存性においても検討をおこなったところ、Nd2(OH)24+濃度と加水分解活性の金属濃度依存性はよく一致した。これらの事実より、NdイオンによるRNA加水分解の活性種はNd2(OH)24+であることが示された。他の希土類イオンによるRNA加水分解でも、水酸化希土類イオンが会合した化学種が活性種となっていると考えられる。

 水酸化希土類イオンの会合体はRNAのリン酸ジエステル結合部位と強く錯形成し、配位水酸基の塩基触媒作用で五配位中間体を生成する。また、RNAの加水分解反応の律速段階は、五配位中間体からの5’側ヌクレオチドの脱離であるが、この際に希土類金属イオンに配位した水分子が酸触媒として遷移状態を安定化していると考えられる(図3)。

 希土類金属イオンが他の金属に比して特異的に大きな活性を示すのは、大きな正電荷をもつ会合体がリン酸部位と高い錯形成能を持つこと、および金属イオン上の配位水のpKaが中性付近で酸塩基触媒として働きやすい値であるためと考えられる。

図3 Nd(III)によるApAの加水分解反応の推定機構

 以上の結果から希土類金属が人工リボヌクレアーゼの活性中心として有用であることが明らかとなった。そこで、DNAオリゴマーと希土類金属錯体を組み合わせた分子を構築し、その位置選択的なRNA加水分解能を検討した。まず、基質RNAの一部と相補鎖をなす配列で、かつ5’端にヘキサメチレンアミンリンカーをもつDNAとイミノ二酢酸を結合させたDNA-IDAを合成した。このDNA-IDAに、希土類金属イオンを加えることで、RNA加水分解活性を持つ切断分子、DNA-希土類金属錯体(Ln/DNA-IDA図4)が生成する。この分子の構造は、DNA部分がRNAと相補的に二重鎖を組む事で配列認識能を与え、さらに固定化した希土類金属が加水分解活性を示すことで、特異的な触媒能を持つものと考えて分子設計されたものである。

図4 Ln/DNA-IDAの構造

 RNAの39量体を用いた切断反応をポリアクリルアミドゲル電気泳動結果で解析した結果、基質RNAがLn/DNA-IDAによる触媒作用により効率的に目標の位置で選択的に加水分解されていることがわかった(図5)。すなわち、完全に人工的に分子設計された配列特異的なRNA加水分解物質が構築された。この人工リボヌクレアーゼは、分子生物学、生物工学、医療などに有用な手段となると考えられる。

図5 Ln/DNA-IDAによるRNA39merの選択的な加水分解矢印はその位置における切断強度を示す。

 以上のRNAに対する人工酵素の研究に加え、細胞内情報伝達分子である第二メッセンジャーの生成反応である、PIP2(Phosphatidylinositol diphosphate)の加水分解反応に対して、希土類金属イオンが触媒作用を持つことを明らかにした。反応はPIP2の類縁体であるPIを用い、vesicleを生成させて生体内と同様の超分子構造を持つ反応系を構築した。希土類金属イオンによる加水分解反応の結果を表1に示す。活性は希土類金属に特異的であり、また加水分解以外の副反応は見出されなかった。この触媒系は、細胞応答の制御への応用が可能であると考えられる。

表1 PIの加水分解における金属イオンの触媒活性
審査要旨

 核酸は生体機能を司る高分子であり、その化学的変化は重要な課題である。本研究では、核酸を望みの位置で切断する人工材料を開発した。

 ます、RNAを効率的に切断する触媒を開発した。RNAは生体内で多種多様な機能および高次構造をもつ高分子であり、その構造や機能を調べる上でRNAを塩基配列特異的に切断する操作は重要である。しかしながら、DNAにおける制限酵素のようにRNAを数個以上の塩基配列を認識する酵素は、現状では天然から単離されていない。その様な酵素を人工的に構築することは、分子生物学や生物工学の立場から非常に期待されている。しかし、核酸のリン酸ジエステル結合は生理的条件下では異常に安定な結合であり、その加水分解反応の触媒系はほとんど報告されていなかった。

 本研究では、希土類金属イオン(Lu3+イオン:0.005M)存在下においてApA(Adenylyl3’-5’adenosine)の加水分解が迅速に進行することを見い出した。加水分解生成物以外の化学種の生成は認められず、RNAの切断はすべて加水分解によるものであることが示された。この反応系(pH7.2、30C)におけるApAの加水分解の反応速度定数は1.9×10-1min-1であり、無触媒下(半減期は約800年)に比べ109倍の加速効果を示している。この反応速度は、従来研究されてきたRNA二量体の加水分解系で最も高いものであり、生理条件下で初めてRNAの加水分解が可能となった。また、各種のRNA二量体、およびRNAオリゴマーを基質とした実験結果より、希土類金属イオンによるRNAの加水分解反応は核酸塩基に依存しないことが明らかとなった。この結果は、認識配列を自在に設定できる人工酵素を構築する点において重要である。

 ApAの加水分解反応における各希土類金属イオンの触媒活性は、ランタニド系列において、原子番号の大きなイオンがより高い活性を有する。また、同様の条件ではZn2+、Ca2+、Mg2+イオンおよび希土類と同じ三価のAl3+、Fe3+イオンは殆ど活性を示さなかった。このことからRNAの加水分解に対する著しい触媒作用は希土類金属イオンに特異的なものである。

 また、Ndイオンについて、RNA加水分解活性のpH依存性及び、金属濃度依存性を検討した。そのpH依存性と金属濃度依存性は、配位水の酸解離定数と二量体生成平衡定数から算出されるNd2(OH)24+の濃度とよく一致する。この事実より、NdイオンによるRNA加水分解の活性種はNd2(OH)24+であることが示された。他の希土類イオンによるRNA加水分解でも、水酸化希土類イオンが会合した化学種が活性種となっていると考えられる。

 水酸化希土類イオンの会合体はRNAのリン酸ジエステル結合部位と強く錯形成し、配位水酸基の塩基触媒作用で五配位中間体を生成する。また、RNAの加水分解反応の律速段階は、五配位中間体からの5’側ヌクレオチドの脱離であるが、この際に希土類金属イオンに配位した水分子が酸触媒として遷移状態を安定化していると考えられる。

 希土類金属イオンが他の金属に比して特異的に大きな活性を示すのは、大きな正電荷をもつ会合体がリン酸部位と高い錯形成能を持つこと、および金属イオン上の配位水のpKaが中性付近で酸塩基触媒として働きやすい値であるためと考えられる。

 以上の結果から希土類金属が人工リボヌクレアーゼの活性中心として有用であることが明らかとなった。そこで、DNAオリゴマーと希土類金属錯体を組み合わせた分子を構築し、その位置選択的なRNA加水分解能を検討した。まず、基質RNAの一部と相補鎖をなす配列で、かつ5’端にヘキサメチレンアミンリンカーをもつDNAとイミノ二酢酸を結合させたDNA-IDAを合成した。このDNA-IDAに、希土類金属イオンを加えることで、RNA加水分解活性を持つ切断分子、DNA-希土類金属錯体(Ln/DNA-IDA)が生成する。

 RNAの39量体を用いた切断反応をポリアクリルアミドゲル電気泳動結果で解析した結果、基質RNAがLn/DNA-IDAによる触媒作用により効率的に目標の位置で選択的に加水分解されていることがわかった。すなわち、完全に人工的に分子設計された配列特異的なRNA加水分解物質が構築された。この人工リボヌクレアーゼは、分子生物学、生物工学、医療などに有用な手段となると考えられる。

 以上のRNAに対する人工酵素の研究に加え、細胞内情報伝達分子である第二メッセンジャーの生成反応である、PIP2(Phosphatidylinositol diphosphate)の加水分解反応に対して、希土類金属イオンが触媒作用を持つことを明らかにした。反応はPIP2の類縁体であるPIを用い、vesicleを生成させて生体内と同様の超分子構造を持つ反応系を構築した。その結果、希土類金属が各種金属イオンのなかで特異的なPI加水分解活性を有することが明らかとなった。また加水分解以外の副反応は見出されなかった。この触媒系は、細胞応答の制御への応用が可能であると考えられる。

 以上、本論文では、RNAの切断に対する触媒としてこれまで最大活性のものを発見し、その作用機構を明らかにするとともに、これを用いて塩基配列特異的な人工酵素を開発した。この成果は、将来の遺伝子工学や分子生物学の発展に寄与すること極めて大である。従って、本論文では、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク