学位論文要旨



No 112929
著者(漢字) 綿打,敏司
著者(英字)
著者(カナ) ワタウチ,サトシ
標題(和) 高温超伝導体Bi2212単結晶のキャリア制御と磁気相図
標題(洋)
報告番号 112929
報告番号 甲12929
学位授与日 1997.04.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3950号
研究科 工学系研究科
専攻 超伝導工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岸尾,光二
 東京大学 教授 内野倉,國光
 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 助教授 為ヶ井,強
 東京大学 助教授 前田,京剛
内容要旨 〈はじめに〉

 酸化物超伝導体は臨界温度が高いだけでなく、その構造がCuO2面を有した層状構造であることに起因して、CuO2面に平行な方向と垂直な方向で電気的磁気的異方性が大きい。コヒーレンス長が極端に短いことも相まって、非常に揺らぎが顕著であるという特徴を持っている。Bi2212は、良質な単結晶が得られる酸化物超伝導体のなかで、異方性が大きく、臨界温度も高いことから酸化物超伝導体の性質を調べる上で最も適した系の一つである。揺らぎが顕著であることを反映して、酸化物超伝導体の混合状態は従来の第二種超伝導体の混合状態と比べ大きく様相が異なり、複雑であることから、その詳細の解明に向けての研究が活発に行われている。混合状態の相転移として磁束格子融解転移、ボルテックスグラス転移などが提唱され、実験と理論の両面で研究が進められており、徐々に混合状態の性質が明らかにされつつある。本研究はそのような状況をふまえて、混合状態の相図において問題になっている点を実験的に明らかにすることを目的としたものである。Bi2212単結晶において磁束格子融解転移がなぜ抵抗率測定で観測されていないかに端を発し、融解転移の観測、並びにボルテックスグラス転移を示唆する結果の観測、両者の関わりなどについて得られた結果をここにまとめる。

<抵抗率測定によるBi2212単結晶の磁束格子融解転移の観測>

 YBCO単結晶の場合には、以前から抵抗率の温度依存性に不連続な飛びが、ヒステリシスを持って存在することが知られており、一次の磁束格子融解転移が存在するといわれてきた1)。最近この抵抗率の跳びと一致したところに磁化の跳びが観測され2),3)、磁束の融解曲線の存在がはっきりといわれている。

 一方、Bi2212単結晶の場合、これまで不可逆磁場近傍に異常な挙動は観測されていなかった。最近、数百Oeの磁場下で局所磁束密度を測定すると熱力学量である磁化にシャープな変化が観測され4)、融解転移が不可逆曲線とは別に存在すると主張され始めた5)

 この様な状況から、抵抗は熱力学量ではないが、Bi2212単結晶においても融解転移という熱力学相転移が起こっているとするとYBCO単結晶の場合と同様に抵抗率において相転移に伴う現象が観測される可能性は十分にあると考えられるため、その検討を試みた。

 YBCO単結晶の場合、1〜10Tオーダーの磁場下で10-5cmのオーダーで不連続な跳びが観測されるのに対して、Bi2212の場合には、磁化の跳びが観測されるのは100〜1000Oe程度の磁場下にすぎない。フローモデルを適用すると融解転移が観測されると予想される抵抗率の値は10-7cmと非常に低いため、測定は精密に行った。さらに磁化の測定からオーバードープにした試料でより高磁場まで融解転移が観測されたことから6)、フローモデルに従うとするとオーバードープの試料の場合に融解転移が観測されると予想される抵抗率の値も高いため、抵抗率測定に用いる試料としては、先ずオーバードープの試料を用いた。FZ法により育成したBi2212単結晶を800℃で3日間アニールした後、金ペーストを塗布、焼き付けることで電極を形成した。その後、封管アニール法により2.1気圧の酸素圧下で400℃のアニールを3日間行い、クエンチすることでオーバードープ試料を調製した。封管時の酸素分圧を制御することでオプティマリードープ試料も調製した。調製した試料のM-H曲線を25〜30Kでc軸に平行に磁場を印加した条件で測定し、観測される2ndピーク磁場(Hpk)から試料のドープ状態を確認した。抵抗率測定は抵抗ブリッジを用いた交流4端子法で行った。これにより従来用いていたナノボルト計を用いた直流4端子法の場合よりも一桁以上検出限界が向上し、10-8V/cmのオーダーの電界まで測定可能となった。

 図1にオーバードープ状態の試料(OV1)の抵抗率の温度依存性を示した。図1のインセットには300 Oeでの磁場下での抵抗率の温度依存性の低抵抗部分を示した。フローモデルで予想した値に近い10-7〜10-9cmのオーダーで抵抗率の温度依存性に明確なステップ(抵抗の跳び,T1,T2)を観測した。印加磁場を増加させるにしたがって抵抗の跳びが観測される温度は低下し、試料のHpk(〜820 Oe)近傍以上の磁場では観測されなかった。この試料(OV1)の直流磁化の温度依存性を測定すると、磁化の跳びが観測された。抵抗の跳びと磁化の跳びが観測された点とを温度-磁場平面に示す(図2)と両者が実験的に非常によく一致した。この結果はBi2212について磁束格子融解転移に伴う変化を抵抗率測定で初めて観測したことを示している。図2には不可逆温度も記しておいた。融解転移温度での抵抗率,磁化の振る舞いに着目すると,抵抗率では有限の抵抗を示す領域で,磁化では可逆な領域で,融解転移が観測されたことがわかる。このような領域で抵抗や磁化に跳びが見られることは,デピニングで説明することは困難であり,むしろ磁束格子融解転移の存在を示すものである。

図1.オーバードープ状態の試料(OVl)の磁場中での抵抗率の温度依存性図2.(OV1)について抵抗率、磁化率の測定から磁束融解温度を記したH-T平面図

 オプティマリードープに近いドープ状態の試料(OP1,Tc〜84.5 K,Hpk〜490 Oe)の場合にもオーバードープの試料と同じく,抵抗率の温度依存性に磁束格子融解転移に伴う構造が観測され,この試料のHpk近傍以上の磁場では融解転移は観測されなかった(図3)。これまで抵抗率測定で融解転移が観測された試料についてまとめると図4のようになり、磁化で報告されている結果と同様にドーピングが進むにしたがって融解転移が観測される磁場は高磁場側にシフトした。

図3.オプティマリードープ状態の試料(OP1)の磁場中での抵抗率の温度依存性図4.抵抗率測定で得られた融解転移のキャリア量依存性
<磁束格子融解転移とボルテックスグラス転移>

 YBCO 単結晶の場合にはある程度高磁界においては融解転移が観測されず、ボルテックスグラス転移へとクロスオーバーすることが知られている8)。Bi2212においても高磁界下においては、ボルテックスグラス転移が生じることが報告されている9)がその報告例は少ない。また融解転移が観測されるような低磁界中でのボルテックスグラス転移の存在、融解転移とボルテックスグラス転移との関わりなど明らかになっていない点が多い。ボルテックスグラス転移の臨界状態においては抵抗率はp〜(T-Tg)sに従うことが知られている。したがって、(dlnp/dT)-1〜(T-Tg)/Sとなるため、このような解析を行って温度に対して線形な関係が見いだせるかでボルテックスグラス転移の存在の可能性を確かめることができる。融解転移が観測されている本研究の試料(OV2)について、この方法によりボルテックスグラス転移の存在の可能性を調べた(図5)。図5aには融解転移が観測されない高い磁場での結果を示した。温度に対して線形な領域が見い出された。同様の解析を融解転移が観測される磁場で行った結果が図5bである。図5aと同じ傾きで線形な領域が見いだされた。このようにして得られたTgを融解温度Tmとあわせて温度-磁場平面(図6)にプロットした。図中には他の試料の結果もあわせて記した。図6において特徴的なことは、ドープ状態がほぼ同じ試料についてTmには試料依存性がほとんどないのに対し、Tgには試料依存性が見られた点である。融解転移は磁束の熱振動が格子間隔程度になった時に生じる転移であるのに対し、ボルテックスグラス転移は磁束間相互作用とピン止め力との兼ね合いで決まるものである。したがって、ボルテックスグラス転移に試料依存性があることは十分に考えられる。このことから逆に試料依存性が見られたこの温度でのボルテックスグラス転移の可能性が高いことが考えられる。

図5.(OV2)について抵抗の対数の温度微分の逆数をプロットしたもの図6.各試料について抵抗率測定から得られた磁束融解温度とグラス転移温度
<総括>

 キャリア量を制御したBi2212単結晶の抵抗率を精密に測定した。抵抗率測定で初めて磁束格子融解転移を観測した。比較的低磁場においてボルテックスグラス転移を示唆する結果が得られた。複数の試料について調べることで融解転移には試料依存性が小さいのに対し、ボルテックスグラス転移には顕著に見られた。このことは逆にボルテックスグラス転移の存在を示唆するものと考えている。

references1.Safar et al. Phys. Rev. Lett. 69(1992)824.2.Welp et al. Phys. Rev. Lett. 76(1996)4809.3.Liang et al. Phys. Rev. Lett. 76(1996)835.4.Zeldov et al. Nature 375(1995)373.5.Majer et al. Phys. Rev. Lett. 75(1995)1166.6.Shimoyama et al. To be submitted.7.Kwok et al. Phys. Rev. Lett. 69(1992)3370.8.Safar et al. Phys. Rev. Lett. 70(1993)3800.9.Safar et al. Phys. Rev. Lett. 68(1992)2672.
審査要旨

 本論文は、「高温超伝導体Bi2212単結晶のキャリア制御と磁気相図」と題し,高温超伝導体Bi2Sr2CaCu2Oy(以下Bi2212と略す)の良質な単結晶を育成し,その酸素量を制御することでキャリア量を系統的に制御し,電磁特性を精密に測定することで高温超伝導体の磁束系に特徴的な相転移現象を実験的に探求した一連の研究結果をまとめたものである。

 本論文は第1章から第5章及び付録から構成されている。

 第1章では,銅酸化物高温超伝導体の概略的なレビューとして,論文の背景となる高温超伝導体の混合状態を中心に述べ,続いて本論文の目的と構成を述べている。高温超伝導体の混合状態の解明を最終目的として位置づけ,磁束系の相転移現象についての理論的背景を述べている。混合状態の解明に向けての手段として系統的なキャリア量制御をあげ,本論文の特徴としている。

 第2章では,FZ法により育成したBi2212単結晶試料について,組成分析を行い,さらに酸素量を制御することにより系統的にキャリア量をアンダードープからオーバードープまで広範に変化させることが可能であることを確認し,その磁気的測定から育成した試料が物性測定に耐えうる程度良質な試料であることを確認している。本章では,本研究で用いた単結晶試料について,本論文の特徴である系統的なキャリア量制御が可能でありかつ,良質な試料であることが結論されている。

 第3章の前半では,Bi2212単結晶試料の一次相転移としての磁束格子融解転移がYBa2Cu3Oy単結晶の場合と異なり,これまでの抵抗率測定の研究から報告されてこなかった原因について考察し,抵抗率測定によって磁束格子融解転移を観測するための条件の検討を行っている。その検討をもとにオーバードープ状態に調製した試料について,試料のc軸方向に数百Oeの磁場を印加したもとで精密に抵抗率測定を行った結果,10-7〜10-9cmの領域の抵抗転移に特徴的な構造を観測し,その構造が,これまで磁化測定によって観測されていた磁束格子融解転移と一致することから,磁束格子融解転移に伴う抵抗転移の構造を初めて観測したことを述べている。さらに磁束格子融解転移が観測される磁場範囲が,30K程度で磁化ヒステリシスを測定した場合に磁化異常が観測される磁場(Hpk)以下に限られることを指摘している。後半ではキャリア量を変化させた試料について行った抵抗率測定の結果を述べ,抵抗率測定から得られた磁束格子融解転移はキャリア量を増やすことで系統的に観測される磁場が高磁場側にシフトし,その変化はキャリア量変化に伴うHpkの変化とよく対応することを述べている。また,ほぼ同一のドーピング状態の試料について抵抗率測定を行った結果,抵抗率の温度依存性に関しては試料依存性が認められたのに対し,磁束格子融解転移に関しては試料依存性が認められなかったことを示している。本章では,Bi2212単結晶の磁束格子融解転移現象は抵抗率測定によって観測可能な現象であり,キャリア量に依存して系統的に変化するのに対し,試料に依存して変化する欠陥構造には大きく影響されないことが結論されている。

 第4章では磁気相図と題し,前半では抵抗率測定の結果得られた磁束格子融解転移の温度依存性から転移における磁束の構造の変化について言及し,低温低磁場での3次元の磁束固体から高温高磁場の2次元の磁束液体への相転移の可能性を指摘している。後半では,高温超伝導体の混合状態における磁気相図を鳥瞰し,抵抗率の温度依存性から磁束格子融解転移が観測されないHpk以上の磁場下におけるボルテックスグラス転移の可能性について言及し,現段階で描かれる混合状態の磁気相図について述べている。

 第5章では,研究成果を統括的に述べている。

 最後に付録として,本論文の題目とは直接関係がないが,123型構造銅酸化物の結晶サイト選択性と超伝導と題し,RESr2CU2.8Re0.2Oy及びRE(Ba1-xSrx)2Cu3Oyについて,合成条件の制御,元素置換,及びキャリア量制御を行った多結晶試料の抵抗率測定と磁化測定による超伝導特性の評価結果について考察を行っている。ほぼ同程度のキャリア量であればREサイトの元素のイオン半径が増加するに従って,REのSrサイトへの部分固溶が顕著となるためにTcが低下する結果を述べている。さらに,合成条件を制御することで,この部分固溶を制御することを試みた結果,Cu-Oチェーン面の酸素の占有率を低下させることが部分固溶の抑制に有効であることを見出したことを結論している。

 以上,本論文は,良質な高温超伝導体Bi2212単結晶を育成し,厳密な酸素量制御によりキャリア量を系統的に変化させた試料を用い,精密な抵抗率および磁化率の測定を行うことによって,Bi2212単結晶の磁束格子融解転移現象が抵抗率測定で観測可能な現象であることを実験的に示したものである。さらに,混合状態における磁気相図全体を鳥瞰し,磁束格子融解転移が観測されないような高磁場においてボルテックスグラス転移の可能性を指摘したものである。その成果は今後の高温超伝導の科学的な解明と工学的応用に寄与することが大いに期待されるものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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