審査要旨 | | 本論文は、「高温超伝導体Bi2212単結晶のキャリア制御と磁気相図」と題し,高温超伝導体Bi2Sr2CaCu2Oy(以下Bi2212と略す)の良質な単結晶を育成し,その酸素量を制御することでキャリア量を系統的に制御し,電磁特性を精密に測定することで高温超伝導体の磁束系に特徴的な相転移現象を実験的に探求した一連の研究結果をまとめたものである。 本論文は第1章から第5章及び付録から構成されている。 第1章では,銅酸化物高温超伝導体の概略的なレビューとして,論文の背景となる高温超伝導体の混合状態を中心に述べ,続いて本論文の目的と構成を述べている。高温超伝導体の混合状態の解明を最終目的として位置づけ,磁束系の相転移現象についての理論的背景を述べている。混合状態の解明に向けての手段として系統的なキャリア量制御をあげ,本論文の特徴としている。 第2章では,FZ法により育成したBi2212単結晶試料について,組成分析を行い,さらに酸素量を制御することにより系統的にキャリア量をアンダードープからオーバードープまで広範に変化させることが可能であることを確認し,その磁気的測定から育成した試料が物性測定に耐えうる程度良質な試料であることを確認している。本章では,本研究で用いた単結晶試料について,本論文の特徴である系統的なキャリア量制御が可能でありかつ,良質な試料であることが結論されている。 第3章の前半では,Bi2212単結晶試料の一次相転移としての磁束格子融解転移がYBa2Cu3Oy単結晶の場合と異なり,これまでの抵抗率測定の研究から報告されてこなかった原因について考察し,抵抗率測定によって磁束格子融解転移を観測するための条件の検討を行っている。その検討をもとにオーバードープ状態に調製した試料について,試料のc軸方向に数百Oeの磁場を印加したもとで精密に抵抗率測定を行った結果,10-7〜10-9cmの領域の抵抗転移に特徴的な構造を観測し,その構造が,これまで磁化測定によって観測されていた磁束格子融解転移と一致することから,磁束格子融解転移に伴う抵抗転移の構造を初めて観測したことを述べている。さらに磁束格子融解転移が観測される磁場範囲が,30K程度で磁化ヒステリシスを測定した場合に磁化異常が観測される磁場(Hpk)以下に限られることを指摘している。後半ではキャリア量を変化させた試料について行った抵抗率測定の結果を述べ,抵抗率測定から得られた磁束格子融解転移はキャリア量を増やすことで系統的に観測される磁場が高磁場側にシフトし,その変化はキャリア量変化に伴うHpkの変化とよく対応することを述べている。また,ほぼ同一のドーピング状態の試料について抵抗率測定を行った結果,抵抗率の温度依存性に関しては試料依存性が認められたのに対し,磁束格子融解転移に関しては試料依存性が認められなかったことを示している。本章では,Bi2212単結晶の磁束格子融解転移現象は抵抗率測定によって観測可能な現象であり,キャリア量に依存して系統的に変化するのに対し,試料に依存して変化する欠陥構造には大きく影響されないことが結論されている。 第4章では磁気相図と題し,前半では抵抗率測定の結果得られた磁束格子融解転移の温度依存性から転移における磁束の構造の変化について言及し,低温低磁場での3次元の磁束固体から高温高磁場の2次元の磁束液体への相転移の可能性を指摘している。後半では,高温超伝導体の混合状態における磁気相図を鳥瞰し,抵抗率の温度依存性から磁束格子融解転移が観測されないHpk以上の磁場下におけるボルテックスグラス転移の可能性について言及し,現段階で描かれる混合状態の磁気相図について述べている。 第5章では,研究成果を統括的に述べている。 最後に付録として,本論文の題目とは直接関係がないが,123型構造銅酸化物の結晶サイト選択性と超伝導と題し,RESr2CU2.8Re0.2Oy及びRE(Ba1-xSrx)2Cu3Oyについて,合成条件の制御,元素置換,及びキャリア量制御を行った多結晶試料の抵抗率測定と磁化測定による超伝導特性の評価結果について考察を行っている。ほぼ同程度のキャリア量であればREサイトの元素のイオン半径が増加するに従って,REのSrサイトへの部分固溶が顕著となるためにTcが低下する結果を述べている。さらに,合成条件を制御することで,この部分固溶を制御することを試みた結果,Cu-Oチェーン面の酸素の占有率を低下させることが部分固溶の抑制に有効であることを見出したことを結論している。 以上,本論文は,良質な高温超伝導体Bi2212単結晶を育成し,厳密な酸素量制御によりキャリア量を系統的に変化させた試料を用い,精密な抵抗率および磁化率の測定を行うことによって,Bi2212単結晶の磁束格子融解転移現象が抵抗率測定で観測可能な現象であることを実験的に示したものである。さらに,混合状態における磁気相図全体を鳥瞰し,磁束格子融解転移が観測されないような高磁場においてボルテックスグラス転移の可能性を指摘したものである。その成果は今後の高温超伝導の科学的な解明と工学的応用に寄与することが大いに期待されるものである。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |