学位論文要旨



No 112931
著者(漢字) 矢持,忠徳
著者(英字)
著者(カナ) ヤモチ,タダノリ
標題(和) BCL-6蛋白質異常発現の分子病理学的意義
標題(洋)
報告番号 112931
報告番号 甲12931
学位授与日 1997.04.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1235号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高津,聖志
 東京大学 教授 澁谷,正史
 東京大学 教授 御小柴,克彦
 東京大学 助教授 中村,義一
 東京大学 助教授 平井,久丸
内容要旨 背景

 ほとんどすべてのnon-Hodgkin’s lymphoma(NHL)にクローン性の染色体異常が見られる。その染色体異常のなかには特定の組織型とよく対応する染色体転座があることが知られている。このような染色体転座の切断部位に位置する遺伝子のクローニングが近年精力的になされてきた。しかしB-cell lymphoma(B-NHL)最大のサブタイプであるDiffuse large B-cell lymphoma(DLB)の中ではcentroblast様あるいはimmunoblast様の大型B-cellが瀰漫性に浸潤する組織像を特徴とする亜型である。本亜型では以前から3q27領域にしばしば染色体転座が認められていたが、1993年に3つのgroupによってその転座点近傍から新しい遺伝子BCL-6が単離され、この遺伝子の発現異常とDLB発症の関連について注目されてきている。BCL-6遺伝子はヒト染色体3q27上の26kbの領域にわたって存在し、9個のエクソンからなっている。mRNAのサイズは3.8kbで、翻訳開始コドンは第3エクソンに、終止コドンは第9エクソンに存在する。悪性リンパ腫の3q27染色体転座における切断点は、BCL-6遺伝子の第一エクソン及びその周辺に集中しており、この転座によってBCL-6蛋白質の構造に異常は生じないが転写機構が影響を受けることが推測されている。これまで報告された3q27染色体転座のパートナーは、8q24,11q13,5q31,等多彩である。一方BCL-6蛋白質はそのcDNAの構造から706アミノ酸からなること、C末端に6個のC2H2 typeのZinc finger domainを持つこと、N末端にはBTB-POZ domainを有する事などが知られている。すなわちこの様な構造からBCL-6蛋白質は転写因子であることが予想され、生物学的に特徴的な機能を有することが期待されている。この遺伝子の構造や機能を明らかにすることによってDLBの病因や病態の理解が進むものと期待されている。我々のグループはこれまでBCL-6遺伝子の病的及び生理的状態における発現動態について検索してきた。そして以下の4点、すなわち1)BCL-6蛋白質は核に局在し正常組織ではGerminal Center B-cell(GCB-cell)に特に高く発現する;2)NHLではGC由来B-NHLの多くに高発現する;3)BCL-6再構成例は必ずしもBCL-6蛋白質の過剰発現を示さない;4)BCL-6蛋白質は92-98KDのリン酸化を受ける蛋白質である,等の所見を見出し報告してきた。これらの結果よりBCL-6遺伝子の発現はB-cellの分化に関連した特異的な機能を有すること、またこの発現の脱制御が何らかの形でDLBの発症に関与していることが推察される。今回は、この様な特性を持つBCL-6遺伝子の生物学的機能、特に1)BCL-6遺伝子の発現の特異性;2)BCL-6遺伝子の過剰発現が細胞に及ぼす影響、の2点を明らかにすることを中心とする研究を行った。

結果と考察

 今回の研究により私はBCL-6遺伝子の生物学的機能に関して以下の5項目の新知見を得た。すなわち1)顆粒球系、単球系、T-Cell系など、B-cell系以外の血球細胞にBCL-6が発現していること、また分化したそれら血球細胞の腫瘍性カウンターパートであるM3(急性前骨髄性白血病)、M5(急性骨髄単球性白血病)においてもBCL-6の発現が見られること;2)骨髄性前単球性白血病細胞株、U-937及び前骨髄性白血病細胞株、HL-60において、単球系及び顆粒球系への分化を誘導するとBCL-6の発現が上昇すること;3)上記2)において誘導の際の発現調節はtranscriptional levelおよびpost-transcriptional levelの両方で行われていること;4)サル腎線維芽細胞、CV-1にBCL-6蛋白質を過剰発現させるとapoptosisが誘導されること;5)4)のBCL-6蛋白質過剰発現によるapoptosis誘導に伴ってbcl-2遺伝子の発現は低下するが、bax遺伝子の発現は影響の受けないこと;の5項目である。ごく最近の他のグループによるBCL-6遺伝子に関する研究成果としては、1)BCL-6蛋白質は転写抑制因子であること;2)細胞周期とBCL-6遺伝子の発現に相関性があること(BCL-6遺伝子はG1期の後期からS期のentryまで発現していない);3)BCL-6とimmunoglobulin enhancerの転座を有する細胞株においてこのenhancerがBCL-6遺伝子の転写を脱制御していること;などがある。しかし今回の我々の結果はいずれも他の発表論文に記載されていない新しい知見である。今日の結果にもとづいてBCL-6発現の意義について以下の3点を考察する。

1.BCL-6遺伝子の発現と白血球分化の相関について

 今回の検索の結果、ヒト正常末梢血中ではB-cellのみならずT-cell,単球,顆粒球においてもBCL-6の発現がみられ、また白血病M3、M5においてもその発現が十分に確認されたが、未分化な白血病であるM1、M2ではBCL-6の発現が確認できなかった。この結果からBCL-6は分化した各系の白血球細胞では発現するが未分化な細胞では発現していない傾向にある事が推察される。さらにこの傾向は、未分化なレベルにあるU-937、HL-60においてはBCL-6の発現は弱いのに対し、TPAによって単球系への分化に伴い増幅されるということを確認することによって裏付けられた。しかし今回の結果は、BCL-6遺伝子が分化に直接関与していることを示すものではない。この点を確実に示すには、BCL-6の単独強制発現による単球系への分化誘導、もしくはTPA存在下でBCL-6発現抑制をすることにより分化を停止させるなどの実験が必要であり、これは今後の課題である

2.BCL-6遺伝子過剰発現が細胞に及ぼす影響

 BCL-6遺伝子を組み換えアデノウィルスを用いて過剰発現させたCV-1は3日でapoptosisを起こした。同じMOI数で感染させたコントロールウイルスでは、apoptosisはほとんど見られなかった。この現象はアデノウィルスによる毒性ではなくBCL-6蛋白質がもたらしたものであると判断された。apoptosisであるという事はFACS解析およびDNA fragmentationの検索により示された。これまでapoptosisに関連する転写因子としてc-myc,p53,IRF-1などが報告されている。このうちP53についてはP53欠損マウス骨髄性白血病細胞株M1に温度感受性P53を遺伝子導入して温度依存性に野生型P53を発現させるとapoptosisを引き起こすこと、そしてそこにBCL-2を強制的に発現させるとapoptosisが著明に阻止されることが報告されている。またP53発現細胞ではBCL-2の発現が抑制され、またapoptosisを誘導することが知られているBaxの発現が上昇することから、BCL-2とBaxがP53によるapoptosisの誘導に関わっている可能性が示唆されている。今回、私はfibroblastにBCL-6蛋白質を過剰発現させるとCV-1細胞がapoptosisに陥ること、そしてそのようなBCL-6過剰発現細胞ではBaxの発現は変化しないにもかかわらずBCL-2の発現抑制がみられることを見いだした。このことはBCL-6によるapoptosis誘導にBCL-2の発現抑制が関与することを示唆するものである。またこの系でBaxの発現変化が認められなかったことは、P53がBaxのプロモーターに直接的に結合してその転写を活性化することを考えあわせると、BCL-6によるapoptosis誘導がP53とは、異なったメカニズムによっている可能性を示唆している。最近BCL-2を直接の標的とする遺伝子としてc-mybが報告された。c-Mybは血液腫瘍発症と関連性の深いoncogeneであるが、この研究では、c-MybがBCL-2のプロモーターに直接結合しその転写をup-regulateすることによってmyeloid cellのapoptosisを抑制していることが示されている。今後、BCL-6によるBCL-2の発現抑制が直接的なものであるのか間接的なものであるのかを明らかにすることにより、さらにそのapoptosis誘導のメカニズムが明らかになると考えられる。一方、最近アデノウィルスベクターを用いてP53を肺癌細胞に過剰発現させるとapoptosis誘導に重要な役割を担うFasが誘導されることが報告されており、BCL-6によるapoptosisとFasを介したapoptosisの関連性についても解析する必要がある。

3.胚中心におけるBCL-6の高発現について

 我々のグループは以前、BCL-6がヒトリンパ装置のGCB-cellにとくに高発現をしていることを示したが、GCB-cellではIgV領域の体細胞突然変異が起こり、外来抗原により高い親和性を持つ細胞が生き残り、親和性の低い細胞はapoptosisで死滅すると考えられている。このGCB-cellのapoptosisはCD40シグナルやsIgクロスリンクで抑制されることが報告されている。一方、BCL-6が強く発現している成熟B細胞RamosをCD40ならびにsIgでクロスリンクするとBCL-6の発現抑制が起こることが最近報告された。またGCB-cellにおいてはBCL-2の発現が低いことも報告されている。これらの報告と私が今回fibroblastで観察した現象から、私はBCL-6蛋白質がGCB-cellにおいてもapoptosisの誘導に重要な機能を負っているのではないかと推測している。今後、さらにBCL-6とBCL-2ならびに他のBCL-2関連遺伝子の機能的関連を解析することによってBCL-6の生理機能のみならずその発現異常によるリンパ腫発症のメカニズムを明らかにすることができると考えている。

審査要旨

 本研究はリンパ腫最大の亜型である瀰漫性大細胞型Bリンパ腫の原因遺伝子と考えられているBCL-6遺伝子の発現調節機構および生物学的機能を明らかにするため、1、正常末梢白血球、白血病検体および分化誘導可能細胞株を用いたBCL-6遺伝子発現と分化度との関連の解析;2、BCL-6過剰発現線維芽細胞を用いたBCL-6遺伝子の生物学的機能の解析;を試み下記の結果を得ている。

 1、BCL-6の発現を解析した結果、正常末梢血から単離した顆粒球系、単球系、T細胞系など、B細胞系以外の血球細胞にBCL-6が発現していた。またそれら血球細胞腫瘍性カウンターパートであるM3(急性骨髄性白血病)、M5(急性単球性白血病)においてもBCL-6の発現がみられた。

 2、骨髄性前単球性白血病細胞株、U-937及び前骨髄性白血病細胞株、HL-60において、単球及び顆粒球系への分化を誘導する際にBCL-6の発現が上昇した。

 3、U-937における単球系への分化誘導の際のBCL-6発現調節は転写時および転写後の両方で行われていた。

 4、サル線維芽細胞、CV-1にBCL-6タンパク質を過剰発現させると3日で細胞が浮遊し、細胞の形態、FACS解析、DNA fragmentationの確認からその状態がApoptosisであることが示された。

 5、4のBCL-6タンパク質過剰発現によるApoptosis誘導に伴ってbcl-2遺伝子の発現は低下するが、bax遺伝子の発現は影響を受けないことが示された。

 以上、本論文は正常末梢白血球、白血病検体および分化誘導可能細胞株を用いたBCL-6遺伝子発現の解析から転写調節機構の一端を明らかにした。またサル線維芽細胞、CV-1にBCL-6タンパク質を過剰発現させるとApoptosisが誘導され、bcl-2遺伝子の発現が低下することを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかったBCL-6の転写調節機構及び生物学的機能の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位授与に値するものと考えられる。

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